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黒幻のリンクライン  作者: 水無雲夜斗
第一章 ニュービーキラー編
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1-3 通学路での噂話

 第一学生寮からレアード学園までの直通路は一本道といえばそうだが、坂道である。

 そもそもレアード学園はリンクライン島南東部にある高い丘の上に校舎を構えており、どこをどう進んでも斜面を登る必要があるのだ。

 仕方ないといえば仕方ないが、その坂を気だるそうな顔をしながら上る者もいれば、涼しげな顔で上る者もいる。

 レンは後者にあたり、そしてケイスは前者にあたっていた。


 「ったくよぉ、なんで朝からこんな坂道登らないといけないのかねぇ」

 「レアードは武術の名門校だ。こういうところでも生徒達の体力作りに気を配ったりしているんだろう」

 「体力なんて武術訓練してたら勝手に身につくもんだろ。見ろ、二年三年の先輩方はまるで平地でも歩くかのようにすらすら上っていきやがる。辛い顔して坂道登ってるのは俺達一年ボウズだけだ」

 「あのなケイス、確かに武術訓練は厳しいものだって話は聞くから訓練で体力はつくだろうけど、そもそも体力がなければ訓練そのものについていけなくなるぞ。武術を嗜むならこういう時に体力を―――」

 「あー、わーったわーった、どのみちこの坂上らないと校舎まで行けねぇんだ。文句はここまでにしといてやるよ」


 六分暦ろくぶんれき532年4月13日午前8時15分。

 朝食の後ケイスと別れて身支度を整えたレンは、8時10分頃に学生寮前でケイスと待ち合わせをして二人でレアード学園に向かうことになった。

 いわゆる登校。

 この島に来てから何度か経験していることだが、まだこの島に来て間もない新入生はこの通学路を歩くという行為に新鮮な気分を味わうことができている。

 

 「しっかし驚いたよなぁ、まさか入学式の時に偶然隣に座ってたお前と同じクラスになるとは」

 

 というケイスの呟きに、レンは少し笑う。

 

 「そうだな、レアードの新入生クラス分けは実力に応じて上位15名をAクラス、それ以外はそれぞれ生徒の適正に合った課ごとにクラスが割り振られるって聞いてたけど……」

 「総合3位のお前は当然Aクラス。で、ギリギリ15位だった俺もAクラス。妙なめぐり合わせもあったもんだ」

 

 言って、ケイスはからからと笑う。

 

 「まぁでも改めて考えるとすごいよな。今年のレアード受験者数は1000人を超えてたって話だし、その中から入学できるのは100人だけ。そん中の3位が今まさに俺の目の前にいるんだ。にわかには信じらんねぇな」

 「そういうケイスこそ総合15位は取っているんだろう、十分凄いと思うぞ」

 「実感ないし3位のお前に言われても正直あんまりなー。それに、どんだけ取り繕うとAクラス最下位なんだ。こんなレッテル貼られたら女子にモテねぇよ」


 トホホ、と肩を下げるケイスに、苦笑するレン。

 校舎までの坂道は長く、既にレン達は10分近く歩いている。今までは直線だった道も緩やかなカーブに差し掛かり、標高が高くなってきたのかガードレールの向こう側にはうっそうと生い茂る森、中規模なコンクリートビル群、その先に青くどこまでも広がる海という美しい景色が広がっている。

 ここまで来ると新入生の中にも体力不足で歩調を落とす者がいたが、二人はペースを落とすことなく、息切れさえした様子もなく会話を続けていた。


 「しっかしよくよく考えてみればAクラスってすげぇよな」


 ケイスが片手持ちの手提げカバンを肩越しに担ぎ直すと、話題を掘り返す。


 「1000人いた中の上位15人だぜ? しかも世界中から集まった武術家の卵達の中から選ばれた選りすぐりの15人だ。ちょい自画自賛になっちまうけど、そう考えるとすげぇよ」

 「確かに言われてみればそうだが、イマイチ実感を持つことはできないな。何度か会っているとはいえ、Aクラスにいるみんなの何がすごいのかを俺達は知らないからな。実際俺自身そんなに大した力があるとは思っていないさ」

 「かーっ、3位のくせに謙虚だなお前は。1000人中3位なんだから、もっと自信持てよ!」

 「言われてもなぁ。それなら一位の生徒はどうなるんだ?」

 「そいつはまぁ、とにかくすげぇんだろ」


 目を背けて適当な返事を返すケイス。その様子から察するに、彼自身も1000人中の15人がどれほど偉大なのか実感できていないのだろう。


 「気にしすぎるのも何だが、こうして考えてみるとやっぱ15位内ってすげーんだよな」


 頭の後ろで手を組み、空を見上げながらケイスがぼやく。


 「実際自分がそういう立場になってみてもまったく実感ないよな。俺の場合はレアードに入学するためにこれまで厳しい特訓とかしてきたわけじゃないから特に」

 「そうなのか? 俺は死に物狂いで特訓してきたけど」

 「総合成績第3位様が大した努力もせずに入学してきたなんて話になったら大暴動不可避だろ」


 そういうものなのか、とレンは首を捻ってみせるが、彼自身はあまり成績とか順位とかを気にしたことがないのでやはり実感がない。

 ケイスの言う通りあまり気にしない方がいいのだろう。レンが昔読んだことのある書物によると、順位というものは競争のための目安となり、競争はいずれ戦争に発展する場合がある。気にしすぎると周囲に敵を作りかねないものなのだと。

 面倒事はごめんだし、レン自身はこの学園生活で腕を磨くつもりだが、無理に一位の座に着こうなどという考えが持てるわけでもない。彼の望みはもっと高い場所にあるのだから。


 「しっかしお前といい、今年の上位成績保持者は化け物揃いらしいな」

 「俺も含まれてるのか?」

 「化け物筆頭さんが何か言ってますよ。今期で一番話題に上がってるのがお前だろうに」


 ケイスが先程話題に出したように、レンがこの島を訪れてから解決した事件は数多い。そして、他の生徒にそういった話はない。

 今やこの島の話題はレンで持ち切りといっても過言ではない。


 「けど、お前以外にもすげぇのはいるんだぞ。悪名高きネームレス盗賊団の元団員とか、素手で町に押し寄せる超重量級魔獣を全滅させた大男とか、帝国剣術主流派であるヒルデブランド家の長女とか。あと、お前の上にいる総合成績第一位様は若干13歳で『リリエイツ公国』からA級戦力指定を受けてるって話だしな」


 レンの肩がぴくりと反応する。

 ケイスがどこでここまでの情報を仕入れてきたのかということはかなり気になったが、それ以上に気になる点が彼にはあった。


 「ヒルデブランド家の長女?」

 「お、そこに興味を示すか。お前剣やってるし、そりゃ気になるよなぁ」


 帝国では主流派である剣術―――ヒルデブランド流。

 その名の通り帝国名門貴族であるヒルデブランド家が編み出した剣術であり、その歴史は300年にも及ぶ。

 趣味で剣術を学ぶ者だけでなく、帝国軍白兵部隊にもこの流派を取り入れられていることもあり、帝国はおろか全世界で有名な剣術だ。

 剣の道を歩む者にとって、この名を知らない者はいないだろう。当然、レンもその名を何度も耳にしていた。


 「なんというか驚きだよ、まさかあのヒルデブランド家の長女と同年代だったなんて」

 「うーん、俺は剣術について詳しいわけじゃねぇが、そんなにすげぇもんなのか?」

 「剣の道を志す者にとっては、ちょっとしたヒルデブランド家の者は有名人みたいなものかもしれないな。といってもその長女とやらの容姿を知っているわけではないけど」


 容姿という言葉に反応して、ケイスがにやりと笑う。


 「そんなに容姿が気になりますかい、旦那?」


 と、レンに下心があるということを前提にした質問をするケイス。


 「そうだな、気になるといえば気になる」


 と、純粋な興味本位で返すレン。

 すれ違いのあるやりとりではあったが、完全に勘違いしたケイスは下卑た笑みをさらに深め、懐からメモ帳を取り出す。


 「では、紹介してやろう。ヒルデブランド流後継者にしてヒルデブランド家の長女。名前は『エファ・ヒルデブランド』。容姿端麗文武両道との触れ込みアリ。髪が薄紫色のロングで、何よりバカでかい剣を持ってるっていうのが一番の特徴らしいな」

 「薄紫色の髪に、バカでかい剣……」


 はて、それは最近どこかで見かけたような。そんな気がしたレンだったが、最近はいろいろありすぎたせいで、どこで見かけたかまでは思い出せそうにない。

 そこでふと、レンは足を止める。

 思い出すことに集中しようとしたためではない。

 もう少しでレアード学園の校門に差し掛かろうというところで、何やらこちらに強く意識を向ける存在がいたからだ。


 「どした?」

 「いや、なんというか、あの子……」


 校門の手前、生徒達が何気なく通過するそこに、一人の少女が立っていた。

 薄紫色の長い髪に、紫色の瞳。きっちりと着こなした制服は彼女が生真面目な性格であることを表現しているようである。

 門を通過する生徒が時折振り返って彼女を見るのは、単に少女の容姿が美しいからというだけではない。

 彼女は手に大きな何かを持っていた。

 全長にして1メートル以上。軽く少女の身長ほどはある。銀色に輝くそれは、少し巨大すぎるアタッシュケースだ。

 門の前に立つ少女は決して小柄ではなかったが、それにしても大きな荷物を抱えている。おおよそ学生が持ち歩くような代物ではないようなサイズだ。

 それが注目を集めている理由だろう。

 こういう手合いと好き好んで関わるような趣味はレンにはなかったが、しかし彼は諦めたように嘆息し、その少女に近づいていく。

 校門の前で仁王立ちする少女は、他の生徒には目もくれずにその紫色の瞳でレンを見ていた。いや、睨んでいたの方が正しいかもしれない。敵意はないが、強い意思を纏った瞳だとレンは思った。


 「レンさん、ですね」


 彼我の距離が3メートルほどにまで縮まったところで、少女はレンに声をかけた。


 「憶えていますか、先日あなたと共に戦った者です」

 「今まで半分忘れかけていたけど、今キミの姿を見て思い出したよ」


 目の前にいる少女は、確かにレンの知っている人物だった。

 今朝ケイスと話した、レンが解決した事件の数々。その中にあった「新人いびり二年生貴族生徒集団撃破」事件で、レンはこの少女と関わっている。

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