1-2 悪友との朝食
「朝から随分と騒がしかったな、レン」
自室からメイドを追い出し、軽い朝の運動を済ませてちょうど一時間ほど時間が経った午前7時。
男子学生寮一階にある食堂は、まだ朝も早いということもあってか、人はまばらだった。
その中の窓に近い一席に腰掛けていたレンは、その真正面にいた人物がからからと笑う様子を見てため息を吐いていた。
「ほんとあの淫乱メイド誰かもらってくれ」
「真面目なお前の口から淫乱メイドなんて言葉が漏れるなんて結構レアだな」
と、笑いながらトーストを齧った同席の男は、レンのクラスメイトである『ケイス・ラースヘル』だ。
先が白みがかった茶髪が特徴的で、よく言うと明るい性格、悪く言えばちゃらんぽらん。その性格のせいかいろんな人物(特に女性)にちょっかいを出しているらしく、今年度入学してきたばかりだというのに島内の知り合いの数はそこそこだという。
「ところで本当にもらえるのなら引き取りたいんだが、よろしいのでしょうか?」
ケイスの言葉にレンが返事をする前に、トスンと彼らのテーブルのちょうど中央、何もない部分にどこからか飛来した調理用包丁が綺麗に刺さる。
恐る恐る二人が飛んできた方向に目を向けると、そこには厨房から満面の笑みを送っている例のメイドがいた。
「……滅多なことは言うなよ、ケイス」
「お前もな、レン……」
男二人してこの手の冗談は絶対に言わないと決意し、彼らは朝食を再開する。
ちなみにあのメイドが厨房にいる理由としては、今朝彼女が説明した通りメイドとしてのアルバイトの一環として、生徒達の配膳もあるらしい。
実際、今レンが口にしている料理は空色髪のメイドが作ったもの(本来は寮に務めるメイドが手分けして作るものだが、本人の強い要望もあってレンの朝食は全て彼女のお手製)だったりする。
「と、ところで聞いたぞレン」
未だ目の前に突き刺さる包丁の恐怖から脱却するためか、ケイスは話題を転換する。
「お前また事件に首を突っ込んだらしいな」
「またその話か。いろんな人から質問攻めにあってるから、正直勘弁してほしいんだけどな」
「そりゃあなぁ。四月三日のトレインジャック事件解決に始まって、住宅街お騒がせの放火魔逮捕、南の森から現れる畑荒らし猛獣討伐、剣道部2年を3人相手にして圧勝、そんでもって新入生の中じゃ入学時総合成績第三位だもんな。注目が集まるのは無理ねぇよ」
そう、毎年この時期になると島内を盛り上げるのがレアード学園新入生の話題なのだが、いま最もこの島を騒がせているのはレンである。
彼がこの島にやってきてまだ一週間はほどだが、今このリンクライン島は期待の新入生レンの噂で持ちきりだ。
もちろんケイスの耳にもその噂は届いており、彼は斜め上に首を向けて何かを思い出すような動作で、
「で、今回はなんだっけ? 確か『新人いびり二年貴族生徒集団撃破』だったか」
「それ集団とか言われてるけど、実際はたったの三人だったぞ。それに、状況は剣道部の時と似たようなものさ」
「いやいや、ぜんぜん違うだろ。剣道部の時は正式な申し込みの上で一人ずつ撃破だったのに対して、今回は二人同時だろ。しかもいびりを食らってたのはか弱い女生徒だったとかで、それを守った騎士様って黄色い声が上がってるんだぜ。かーっ、うらやましい!!」
「尾ひれつきすぎだろう」
げんなりとしたレンは、手に持っていたトーストをひと齧りした後に補足説明に入る。
「実際には二年貴族生徒三人対、俺を含む一年生二人だ。俺一人で相手をしたわけじゃない」
「え、マジかよ。いびられてた女の子が参戦したのか?」
「いや、女の子ではあったけど名前は知らない。赤色のリボンが見えたから一年生ってわかっただけだ」
レアード学園では学年ごとに制服にあるリボン(男子ならネクタイ)の色が違う。
今年度一年生は赤色、二年生は緑色、三年生は青色だ。
ケイスはふーん、と適当に相槌を打つと、手元にあったソーセージに豪快にかぶりつき、咀嚼しながら会話を続ける。
「でもよ、このレアード学園の二年生相手にそこまでやれるってことは、相当手練だよな」
その言葉に、レンはこくりと頷く。
世界中から優秀な生徒を集めたこのレアード学園は、若く優秀な人材を育てることを主に置いており、座学だけでなく武術の教育もカリキュラムに取り入れられている。
そこで一年も修練を積んでいる者なら、たとえ相手が大人の下等軍人5人程度でも軽くのせる程度の実力を有しているだろう。
レンは一年の中でも第三位といわれるほどの実力を有しているが、これまでのレアード学園の通説で語るならば彼の実力は二年の下の上程度と考えるのが無難だ。
もちろんレンがその説通りの実力かどうかは不明だが、それでもこの段階で一年生が二年生の相手をできるというのは、十分に規格外のことなのだ。
同様に、レンと共に二年生徒を相手にしていた謎の少女も、ものすごい実力者だといえるだろう。
「どんな見た目だったんだ? 身長は? 髪はロングそれともショート? 美人か? 胸はどうだった?」
「いや身長は平均くらい、髪はロングのサイドテールだったけど……美人とか胸とかはどうでもいいだろう」
「いいやよくないね、むしろそこが重要だろうか!」
「そ、そうか?」
「お前もしその子が美人でナイスバディーだったりしたら……くそう、こうしちゃいられねぇ。おいレン、今すぐその子を俺に紹介しろ!!」
ケイスの瞳は完全に燃えていた。野獣の目だった。
レンは呆れてため息を吐くと、コップに残っていた水を飲み干して席を立つ。
「馬鹿言ってる暇があったらさっさと食べろ、授業が始まるぞ」
時計を見て「まだ余裕じゃねーか!!」と叫ぶケイスを放ってレンはトレーを返却口へと置くと、そのまま食堂を後にした。