1-1 ツイてない目覚め
真っ赤な炎が周囲を包んでいた。
熱さはまったく感じない。崩れた瓦礫に混ざる木材がぱちぱちと音を立てて燃えているが、そんなものは気にもならない。
やわらかいものがよかった。
感触がいいのだ。それを斬るたびに感覚が満たされて、心にぽっかりと空いた隙間が埋められていくような気がして。
それでもその隙間は一向に塞がる気配がなく、まるで手のひらで掬った水が指の隙間から落ちていくのをわかっているのに、それでも何度も掬うように、自分がどうしてこんなことをしているのかさえわからず、ただ一つだけ心にある欲望を満たすために、とりあえず斬る。
赤いものは炎だけでなかった気がするが、そんなものは些細なことだった。
気付けば災害の中心に立っていた。なにやら周囲が騒がしいような気さえした。でも関係がなかった。
やわらかいものが一斉に増えて、むしろ歓喜していた。
―――どこに向かって進んでいるんだろう?
純粋な疑問が心に湧いて、すぐに消えた。
足は意志に反して前に進んでいるが、何故足を前に出すのか。その理由を考えるのが億劫だった。
だから、そこに辿り着いた時。
真っ赤な少女を見て、ようやく元に戻れた。
世界の中心に位置するリンクライン島。
六大陸から遠く離れた海の中心に存在する島は、面積約51平方キロメートル、人口およそ2万人という小さな孤島である。
元々無人島であったその島は、およそ150年ほど前に六大陸から訪れた人々が移り住むことによって発展し、現在でも人口は少ないとはいえ、住宅地から繁華街まである立派な街が島の一部にどっしりと構えるほど発展している。
その島に唯一存在する学校がある。
島立レアード総合高等学園。
全国から優秀な人材が集まるその学園は、島の南東、人口密集地帯にある高台の頂に建っている。
そこから少し下、森を抜けた先にある第一学生寮。その一室でレンは目を覚ました。
「……ツイてない」
べったりと肌に張り付く嫌な汗と、頭の中に大きな錘が入っているかのような倦怠感。ついでにベッドの上に伸ばした足の上に妙な圧迫感があり、目の前に肌色の何かが接近している。
寝起きざまに零した言葉は、久々に見た悪夢に対するものだ。
と言いたいところだが、理由はもう一つある。
「なんでお前が俺のベッドの上にいるしかも顔が近い!!」
ぐぐぐ、とレンは目の前にあった顔を鷲掴みにし、何故か自分の顔に近づいてきていたそれを力づくで押し返す。
顔面はレンの手に覆われていて見えないが、それは大きな桜色のリボンで後ろを結んだ空色の髪に、海色の瞳を持つメイド服を纏った少女だった。
「ああん、レン様、朝から随分と恥らわれて……昨夜はあんなに激しかったのにぃ!」
「そうだな、お前を部屋から追い出すのに随分と苦労させられた憶えが、あるッ!!」
ぐんっ、とレンが腕に力を込め、メイド服の女性の顔面を勢いよく押すと、彼女はそのまま吹き飛んで床を2、3回ほどバウンドした後、すざざぁ!! と体勢を立て直して着地する。
その動作は可憐そのもの。先程までの乱れた態度はどこへやら、両足を揃え、背筋をぴんと伸ばして直立し、両手をスカートの前で合わせてうやうやしくお辞儀をする。
「おはようございます、レン様。今朝のご気分はいかがですか?」
「お前のせいで最悪だ」
のそりとレンは布団から出ると、ベットから足だけを下げてため息を吐く。
現時刻は朝の6時頃。窓の外を見ると十分な量の日光が満ちており、小鳥達が元気よく鳴きながらそこら中を飛び回っている。
空は透き通るような青色で、雲一つない快晴。窓から差し込む陽光は心地よく、メイドの一件さえなければ最高だっただろうとレンは頭を抱える。
「で、エリア? どうやってこの部屋に入ってきたんだ? 一応鍵はかけていたはずだし、男子寮に女生徒が侵入するのは基本的に禁止されているはずだが?」
問うと、エリアと呼ばれたメイド服の少女は小首を傾げてにっこりと笑いながら、
「それは不法侵入からのピッキング―――もとい、私はこれでも寮のメイドとして今年度から住み込みでアルバイトをさせていただけることになっています。なので、朝にレン様を起こすのもメイドたる私の役目」
「おいちょっと待て最初の方に不吉な言葉が聞こえたぞ。あと、いくらメイドでも夜中からの朝にかけての指定時間に男子寮に入る許可は下りないはずだ」
「それはメイド権限というものです」
一瞬、空気が沈黙する。
ジト目と笑顔が向かい合っておよそ5秒。
「とりあえずレン様、お着替えをお手伝いいたします!」
「いいから出ていけ」
呆れ返ったレンにメイドは男子寮から摘み出される。
こうして新しい学園生活は、慌しい朝からスタートする。