梅雨
あれから1ヶ月が経ち、季節は梅雨になった。
あいつとは変わらず『ビビり』だ『悪魔』だと呼び合い、メールや電話をする日々を続けている。
どうして俺に話してくれたのかと聞くと、
「んー?なんとなく?」
またそれかよ。答えになってねぇよ。
「強いて言うなら『同じ匂いするから』かな?」
なんだよそれ。
家族にはまだカミングアウトしていないらしく、これを機においおい話すらしい。
俺は実験台かよ。
親に嫌われたくないから、気持ちはわからんでもない。
ちなみにあいつにはあれ以来会っていない。
お互い忙しいのもあるが、会う理由もないからだ。
スマホを見る頻度は変わらないが、あのチャットに行く回数は格段に減っていった。
愚痴を言いたければあいつに言うし、わざわざネットに書き込むほどのことでもない。
最近は個人特定も怖いからな。
指先で発言するよりも、心のどこかで感じる背徳感や罪悪感は全くないしスッキリする。
これが本当の友だちをもつということだろう。
……もう行かなくてもいいか。
そう思い、チャットへ久しぶりにアクセスし、あのスレッドへ入室した。
迷いはなかった。
【---とあるチャット】
レッド さんが 入室 しました
S:レッド!久しぶり!
グンジ:どうしたんだ?最近顔見せないじゃないか。
レッド:悪い。今日でもうやめるわ。
ドーマー:マジ?
レッド:ここの管理はお前らに任せる。今までありがとう。
レッド さんが 退出 しました
ドーマー:まぁ、そういうこともあるだろうな。
S:でも俺らは俺らで楽しもうぜ。
グンジ:じゃあ、気をとりなおして聞いてくれるか?
S:どうした?
ドーマー:グンジのことだからなぁ…。
グンジ:俺のことだからってなんだよwww昨日なんだけど…
…
……
………
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6月の蒸し暑い平日の早朝。
頭を掻きながらリビングに行くと、母親からのメモと1000円札が置いてあった。
夜遅く帰り、朝早く出勤するのでこういうことはよくある。
『今日話し合いたいことがあるので、2人とも夜8時には帰ってきて下さい。ご飯はいつも通り用意をお願いします。 母』
あまり良い予感はしないが。
姉はまだ起きていないようなので、手紙はそのままにして朝食の準備に取り掛かった。
今日は日直のため早めに登校し、職員室まで向かう。
担任から日誌を預かり、出ようとすると何やら一角が騒がしい。
目をその方向へ動かしてみる。
すると、学校一のイケメン教師と噂される十六夜が女子に囲まれていた。
キザで自分に酔っているので、男子と一部の女子からは『キザヨイ』と呼ばれている。
「先生~、先生は彼女いないんですかぁ?」
「今はいないよ。紹介してくれよ。」
「え~、じゃあ、私がなってあげますよぉ。」
「いいけど、卒業したらな。」
「キャー!」
自分も経験しているが側から見ると痛いにもほどがある。
あまりにもうるさいから他の教師も注意しに行っている。
「何よ、あのハゲ。」
「不衛生極まりないって感じ~。」
「まぁまぁ、話はまたあとで。今は教室に戻れ。な?」
「先生、今度LINE教えて下さいね~。」
「またね~。」
職員室を出る途中、俺と目が合う。
「あ、1年の真黒くんがこっち見てたんだけど!」
「マジ?ラッキーじゃん!」
「でもやっぱり年上が1番だよねー。」
「言えてる~。」
こそこそ言い合っていたようだが聞こえてるぞ。
さっさと退散しよう。
女はイケメンが好きなのか?
『私?私はイケメン好きでも嫌いでもないなー。』
放課後ビビりにメールで聞いてみると、こう返ってきた。
『私がアカシくんといるのは中身が気に入っているからであって、別に太っていようがチビだろうが、ハゲ散らかしているオッサンだろうが関係ないよ。』
それは言い過ぎじゃないか。
まだ成長期だと信じさせくれ。
こいつをそこらの女だと思っていたのが間違いだった。
そのあとビビりは、カラオケの仕事があるというのでメールに区切りをつけた。
夜6時。自宅。
母親との約束まで時間があるので、軽くシャワーを浴びた。
この季節になると汗がベタつくから嫌になる。
キッチンで経口補水液を飲み、リビングでテレビを付ける。
すると姉の帰宅。
「ただいまー。」
「んー。」
一応の返事。
「何よ、その返事。いつものことだけどさ。」
いつものことなら突っ込むなよ。
スマホをダラダラと眺めてみる。
「ふーん、イケメンだからって全部許される訳じゃないのねー。」
姉がつぶやいていたので何かと思いテレビを見ると、イケメン俳優の万引き疑惑を特集していた。
「そりゃあ、そうだろ。顔が良くても人間は平等だからな。」
「あんたも気をつけなさいよー?」
「どういう意味だよ。」
「別にー?」
この含みのある言い方が、あいつに似ていてムカつく。
「ところでさ。」
「ん?」
「最近あんた変わったよね。」
「どこが?」
「どこがって言われても困るんだけど、私に対する態度が前ほど攻撃的じゃないっていうか。最近あのチャットも見てない気がして。」
「まぁ、確かになぁ。」
「好きな人でもできた?というか恋人できた?」
「なんでそうなる?」
「なんとなく?」
あいつが出てくるからやめろ。
「友だちだよ、友だち。」
「ふーん。ま、いつでも紹介して。この優しいお姉さんが歓迎するからさ。」
紹介も何もそういう関係じゃねぇし、あんたより年上だし。
友だち、という位置が1番しっくりくる気がする。
俺が反応しなくなったのでつまらなくなったのか、姉は夕食の準備を始めた。
たまには手伝ってやるか。