休日と呼べない休日
朝。
朝食を簡単に作る。
目玉焼き、トースト、紅茶。
新聞を読みながら食べる。
オヤジみたいだが癖になってしまった。
9時前。
待ち合わせの公園まで30分ほど時間がかかるので、余裕をもって自宅を出る。
あいつに私服で会うのは初めてだが、汚れていなければ問題ない。
駅まで歩き電車に乗る。
休日なだけあって、車内は空いていたが3駅ほど先なのでドア付近に立つ。
「ママー、このお兄ちゃんカッコいいね!」
しばらく揺られていると、隣の座席に座っていた5歳くらいの少女が、俺を指差ししながら母親らしき女に話かけていた。
「コラッ。指はやめなさい!すみません…。」
母親は申し訳なさそうに謝罪した。
「大丈夫ですよ。」
笑顔でそう返し、再び窓の外を見る。
まだ視線を感じる。
「ねぇ、ママ。あみちゃんこのお兄ちゃんと結婚したい!」
少女のビッグボイスに、周りにいた10人ほどの乗客が一斉に吹き出した。
「もう!なんてこと言うのよ!すみませんすみません!」
母親が立ち上がり、顔を真っ赤にしながら平謝りを繰り返す。
「いえいえ、本当に大丈夫です。お気になさらないで下さい。」
慣れてるからとは言わなかった。
目的の駅に着いた。
母親と少女に会釈し、電車を降りる。
子どもは自由で良いよなぁ。
後先のことを考えずに、すぐ「結婚」とか言えるだなんて、ある意味うらやましく思える。
子どものころか……。
俺は待ち合わせ場所を目指した。
約束した時間の10分前に着いた。
まだあいつは来ていない。
俺はトイレ前のベンチに座り、空を見上げた。
雲1つない、澄み切った空。
この青々とした空間に吸い込まれそうだ。
こんな綺麗な心に俺はなれないだろうな。
「ワッ!!」
いきなり後ろから大声がした。
思いがけない衝撃に、心臓が飛び出るんじゃないかと思うくらい驚いた。
後ろを振り向くと、案の定ビビりがいた。
人の気も知らないで隣に座る。
「おはよ!驚いた?」
「驚いた?じゃねぇよ!寿命縮むぞ!」
「あはは!ゴメンゴメン。でもアカシくんの反応面白過ぎ!」
「じゃ、行こう!」
ひょいと俺の目の前に立ち、満面の笑みで手を伸ばした。
あいさつもそこそこに早速かよ。
手を握るのは気が引けるので普通に立った。
ビビりは少し不満そうにしたが、すぐ笑顔に戻り歩き始めた。
またこいつに振り回される1日になりそうだ。
改めて見ると小さいなぁ。
俺の肩上くらいか?
視線に気がついたのか、ビビりが振り向く。
「何?どうしたの?」
「なぁ、お前身長いくつ?」
「んー?中学校以来測っていないけど150cmとちょっとだと思う。」
「小さっ!せめてヒールのある靴履けよ。」
俺はビビりの足元の、味気ないスニーカーを見て言う。
「嫌だよ。これが1番楽なんだもーん。」
だもーん じゃねぇよ。
7部丈のシャツにジーパン。斜めがけのバッグ。
胸は…うん。
しかもショートカットだから、遠目だと小学生のように見える。
「一応男と会うんだから、お洒落の1つくらいしろよ。」
嫌味を込めて言ってやる。
「だから、これが楽なんだって。」
「そんなんじゃ、男が寄ってこねーぞ。」
「いいの!私が良ければそれで!」
開き直ってどうする。
しばらく歩いていると本屋を見つけた。
新しい参考書がほしい……。
そうビビりに話しかけようとしたとき、
「ねぇ、本屋寄っても良い?」
お、めずらしく気が合うもんだな。
だが俺も行きたかったと言うのは、なんとなく負けた気がするので生返事をする。
ついでに立ち読みでもするか。
自動ドアが開き、2人して入る。
ここはCDショップと本屋が併設されている場所でそこそこ賑わっている。
BGMに、昨日カラオケで歌った人気ドラマの主題歌がちょうど流れていた。
その曲の歌手が、新しくアルバムを発売すると宣伝していた。
ビビりが鼻歌を歌っている。
「この曲好きなのか?」
「ん?まぁねー。ドラマも全部見たよ。あの俳優さんカッコいいよね。」
機嫌が良さそうだ。
その年の顔と言われるほどの話題曲だから知らない人は少ない。
ドラマは、おおまかにあらすじを知っている程度で、見たのは1話だけだ。
お目当てのコーナーに着いた。
「俺、参考書選んでるから好きに見てこいよ。それまでここにいるから。」
「真面目だねー。じゃ、遠慮なく。ありがとね。」
そう言ってビビりは別の場所に行った。
俺は参考書や志望大学の過去問題に目を通し始めた。
しばらく時間が経ったころ、ビビりが俺の腕をつついてきた。
「ゴメンね。おまたせ。」
「いや、大丈夫。」
俺は参考書を閉じた。
見ると何冊か本を買ったようだ。
「ほしい本見つかった?」
「少し高いけどこれだな。」
持っていた本を軽く振る。
見せてと手を差し出すので渡した。
「じゃ、買ってくるね。」
「何でだよ。」
「誕生日プレゼント買うって言ったでしょ?気に入らないもの渡しても仕方ないし、あなたの好きなものを買う方がずっと良いと思うんだけど。」
あっけに取られている間にスタスタとレジへ向かってしまった。
店の外で待っていると、ビビりが本の入った紙袋を渡してきた。
「はい、どうぞ。」
「……どうも。」
慣れていないことなので少したじろぐ。
「ちょっと、高かったんだからありがたく使ってよ。」
だから高いって言ったろ?
ついでにノートもねだれば良かった。
そう言うと機嫌を損ねそうなので我慢する。
「さてと、次はご飯かな?」
確かに昼どきだから良い具合に腹が減っている。
「安心して。クレープじゃないから。」
「当たり前だ!」
突っ込みながら本屋をあとにした。
昼食はお互いなんでも良いということになったので、比較的店が空いてそうな蕎麦屋にした。
女だからとかそういう言葉は使いたくないが、もう少しかわいらしい食べ物を選んでも良いと思う。
パスタとかオムライスとかピザとか。
エビフライやハンバーグは……子どもっぽいか。
まぁ、食べられるならそれでいいけども。
店に入ると、カウンターとテーブル席を合わせても10席ほどのこじんまりした内装だった。
客は俺たちの他に2人いるのみで、落ち着いて食べられそうだ。
テーブル席に案内されると、ビビりはメニューを広げる。
写真が無く、料理名のみのもの。
「ここの店は蕎麦屋だけど、カツ丼が有名なんだよ!だから私はそれにするね。」
決めるの早いな。
元々それ目当てだったのか。
それにしてもまた男らしいものを……。
蕎麦屋なんだから蕎麦にしよう。
店員にカツ丼と盛り蕎麦を注文し、料理が来るのを待った。
水を飲みながら、ビビりはおとといメールで書ききれなかった自己紹介を始めた。
新幹線を使う距離に実家があり、現在はひとり暮らしをしていること。
4つ下に弟がいて地元の高校に通っていること。
俺のことも聞きたがるので少し話した。
生まれてからずっと都内でマンションに住んでいること。
3つ年上の姉がいて、国立大学に通っていること。
「へー。お姉さん頭良いんだね!」
高校卒業した途端、化粧がケバくなって服装も派手になったけどな。
大学デビューというやつか。
そんなことを話すうちに、料理が運ばれてきたので食べ始めた。
ビビりは食べると静かになるらしい。
「静かでゴメンね。」
と言うが、俺はそれがありがたい。
口の中に物が入っている状態で話してほしくなく、不快だからだ。
ほとんど会話がないまま食べ終わり、割り勘で会計を済ませた。
ビビりが 一緒でいいのに とボヤいたが、本を買ってもらって食事まで奢られるような男ではない。
次はカツ丼にしてみよう。
俺は店の暖簾をくぐりながらそう思った。
蕎麦の量が多かったので、結構腹が一杯だ。
ビビりも同じくらいの量を食べたにも関わらず、コンビニでアイス食べたいとあって驚く。
食べる割りには細い。
痩せの大食い というやつか?
コンビニに着き すぐに戻る と言うので外で待っていた。
5月中旬の日差しが暑い。
半袖でも良かったかもな。
「おまたせ!」
ビビりがソフトクリームを持って立っていた。
「ここで食わなくていいのか?」
「ううん。歩きながら食べたい。」
首を横に振った。
「んー!おいしー!」
舌鼓をうつのを見ると これでも女なんだなぁ と感じる。
「何よ。ジロジロ見て。ニヤニヤ気持ち悪いなぁ。」
無意識に顔がほころんでいたらしい。
俺、笑っていたのか?
・。
街中を歩いていると、20代くらいのチャラチャラした女2人組がこちら側に向かって歩いてきた。
女たちがこっちを見るなり
「男の方マジイケメン!アイドル?」
「声かけてみる?」
「隣にいるの女?釣り合わなさすぎじゃね?」
「うちらの方がよっぽどいいって!ギャハハ!」
下品な笑いを繰り返している。
「気にすんな。」
ビビりに声をかけた。
大丈夫 とシレッとしている。
すれ違う直前
「調子乗んなよ。」
女の片方が悪態をつきビビりとぶつかった。
「マジひでー!」
「へーきへーき!これぐらいしないと!」
女たちが過ぎ去る。
ハッとして視点を変えると、洋服にベッタリとソフトクリームを付けたビビりがいた。
本人もさすがに予想外のことだったようで放心している。
頭にきたので追いかけようとすると
「いいの!やめて!」
と腕を掴む。
女たちが歩いていったのは、駅方面だったために人が多く見失ってしまった。
「本当にいいのか?」
怒りが冷めないまま聞く。
「うん。じゃあ、行こ。」
「行くってどこに?」
「着替えないとでしょ?私のアパートこの近くなんだ。」
ある意味、さっきぶつかってきた女たちよりも行動が読めない。
休日と呼べない慌ただしい休日。
でも心なしか悪くないと思ってしまう自分がいた。