束の間の日常?
朝7時。
アラームによって目が覚めた。
ベッドから起き上がると案の定身体が重い。
両手を組み、高く挙げて背筋を伸ばす。
コキッという小気味の良い音が鳴った。
洗面所で顔を洗い、髪型を整える。
制服に着替え、鞄の中身を確認して玄関を出た。
登校途中に朝食をコンビニで済ませ、校舎に入る。
廊下を歩いていると、昨日クレープを食わせてきた女子2人と目が合った。
相変わらずケバい。
「真黒くんおはよう!昨日はどうしたの?変な女と一緒だったけど。」
「あのあと野次馬に話しかけられて面倒くさかったよねー。」
「あぁ、それね。ちょっと強引なスカウトだったから断ってすぐに帰ったんだ。」
開口一番の話題にムッとしつつもその場凌ぎの嘘をつく。
だが2人は納得したようだ。
「やっぱり?真黒くんカッコいいもん!どうして読者モデルとかやらないの?」
「芸能人になったら自慢できるもんね!」
「まだ高校生だし、勉強を頑張りたいんだ。それからでも遅くないよね?」
答えなんてわかりきってるけれども。
自己顕示欲の塊め。
タイミング良く、朝礼を告げる予鈴が鳴った。
「もちろんだよ!それじゃあね。」
「クレープまた食べに行こうね!」
誰が食うか。
俺は笑顔だけ返すと自分の席に着いた。
授業が始まる。
昼休み。
「なぁ、これから学食行かねぇか?」
同級生の奏介に話かけられた。
いつもは購買だが悪くない。
「いいね。なら急ごう。」
俺は財布を持ち、席を立った。
食堂はピークとはいかないものの混み始めていた。
ここは生徒はもちろん、学校関係者もちらほら利用している。
安い、量と種類が多い、うまいの3拍子が揃っていると評判らしい。
「先に買ってこいよ。」
奏介が席に座り、場所を取っておいてくれるようだ。
「悪いな。」
礼を言い、券売機に並ぶ。
前にいた女子の集団が、順番を譲ろうとしてきたが断った。
さすがに割り込みは人間として良くない。
俺の番が回ってきて、券を買う。
悩んだが無難にカレーにした。
配膳され水をコップに注ぐと、奏介のいる場所まで戻る。
「おまたせ。」
「おかえり。じゃあ、俺も。先に食ってていいぞ。」
「いや、待ってるよ。」
「まぁいいけど。じゃあな。」
数分して戻ってきた奏介の持つトレーにはラーメンが乗っていた。
両手を合わせ食べ始める。
……視線が痛い。
「相変わらずの人気ぶりだな。」
奏介がからかうように言う。
「あぁ。」
「否定しないのかよ。」
そういうお前だって、名前負けしない爽やか高校生だと持て囃されてるじゃないか。
男の俺から見てもそこそこ男前だと思う。
たわいもない話をしながら食べ進め、皿が空になった。
もう少し静かなら味わって食べられるのに。
女子の割り込みがなかっただけマシか。
食器とトレーを返却口に置くと、教室に戻った。
午後は眠くなるが、我慢しなければ。
俺は奏介に断りを入れ、自分の机に参考書とノートを広げた。
学年1位をキープするためだ。妥協はできない。
俺は授業の予鈴が鳴るまで、問題を解き続けた。
放課後になり部活組と帰宅組に分かれる。
俺は帰宅組だ。
「ねえねえ、真黒くん。」
女子3人グループの1人が話かけてきた。
「ん?どうしたの?」
爽やかスマイルで答える。
脇の2人が悶絶している。
反応がいちいちうるさい。
「今日、カラオケ行かない?どう?」
家に帰って勉強したいんだけどな……。
断ろう。
「ゴメン。今日はちょっと…。」
「えー!カレンとサラと一緒にいたのに今日はダメなの?昨日『また今度』って言ったよね?」
出たよ。ああ言えばこう言う。
「いいじゃんカラオケ。俺も行くよ。」
奏介が割り込んできた。
「え?お前部活は?」
「1日くらい休んでも平気だって。そんなに大事な時期でもねーし。楽しまないと損だろ?」
そういうものなのか?
女子3人は大歓迎のようだ。
「ラッキー!それじゃあ、行こう行こう!」
あれよあれよという間に行くことになってしまった。
まぁ、奏介がいるからフォローしてくれるだろう。
徒歩圏内にある、1番安いというカラオケにやってきた。
学生証を見せるだけで、フリータイム500円らしい。
受付で店員を呼ぶため呼び鈴を押す。
「いらっしゃいませ!」というお決まりのあいさつをしながらやってきたのは……
忘れもしない、ビビりだった。
「ビ……」
ハッとして口を閉じる。
幸い誰も気がついていないようだった。
なぜか奏介が受付を済ませ、伝票を受け取っていた。
ゾロゾロと個室まで歩く。
「またあとでね。」
ビビりが俺だけに聞こえる声で囁いた。
話しかけんじゃねぇよ。
「ん?知り合いか?」
奏介が尋ねる。
「いや、姉貴の友だち。」
無難な返しだ。
個室に入ると女子3人は空調の設定や差し入れの菓子と飲み物を出していた。
持ち込みは大丈夫なんだよな?
「アカシ!一緒に歌おうぜ!」
マジかよ。
「えー!?」「動画撮っていい!?」「レアだよレア!」
女子がおのおのに叫ぶ。
一応話を合わせるために流行曲くらいは歌えるが……。
奏介がリモコンを操作する。
昨年大ヒットしたドラマの主題歌。
これなら大丈夫そうだ。
歌い終わり、少し息苦しくなったので廊下に出た。
自室以外の狭い部屋は苦手だ。
するとちょうど暇そうにしていたビビりに遭遇した。
「結構ノリノリに歌うんだね。」
こっそり聞いていたようだ。
「ほとんどあいつに助けてもらったけどな。」
「あいつって一緒にいた男の子のこと?アカシくんに友だちがいたんだー。びっくりー。」
バカにしたような発言にカチンとくる。
「それくらいいてもいいだろ。お前ほど普通に話さないけどな。」
受付の電話がなった。
「ふーん。ま、楽しんでって。」
ビビりは仕事に戻っていった。
含みのある言い方がひっかかる。
そろそろ俺も戻ろう。
歌わなくてもニコニコしていれば何とかなるよな。
高校生の力を舐めていた。
俺も高校生だが、遊び慣れているのと慣れていないとでは次元が違う。
結局フリータイムをフルに使って遊んでしまった。
そして自宅に着いたのが9時過ぎ。
最近流されてばかりのような気がする。
シャワーを済ませ、リビングを通る最中に母親が声をかけてきた。
「おかえり。こんな遅くまでどこに行っていたの?」
遅くまでって、あんたは午前様がほとんどじゃないか。
「学校のあと、友だちの家で勉強していたんだ。」
いつも用意している嘘を言う。
「そう。変な人と付き合わないようにね。」
何回目だよ、それ。
「うん。大丈夫だよ。おやすみ。」
俺は曖昧に返事をして自室のドアを開けた。
気分が悪い。
スマホのホームボタンを押し、いつものチャットを開く。
黒く渦巻く闇をぶつける。
やはり人間は同情されたい生き物だ。
自分でも女々しいと思うが。
数分後、ビビりからメールが届いた。
こいつには当たるわけにいかない。
『少しビックリしたけど来てくれてありがとう。明日の予定忘れないでね。』
わかってるよ……。
『了解。じゃあおやすみ。』
こんなもんでいいだろ。
何だかんだ10時だ。
遅刻するとあいつの場合怖いから早めに寝よう。
ブックライトを消して目を閉じた。