第一印象、最悪
翌朝、学校へ行く道すがら昨日のことを思い出していた。
40代くらいの女性配達員が不機嫌そうに待っていたが、俺の営業スマイルでコロッと態度を変えた。
女なんてチョロい。
電車に乗ればチラチラこっちを見られるし、学校に近づけば女子から声をかけられる。
それが俺の日常。
勉強はただわかるからできるだけだし、運動も好きだからできるだけ。
クラス委員は周りから勧められて仕方なく。
モテるのは嫌な気はしないがどうにかならないものか。
憂鬱だ。
「ねえねえ、真黒くんはどんな女の子がタイプなの?」
「ちょっと、それ聞いちゃう?」
授業が終わり帰ろうとすると女子2人組が絡んできた。
スクールカースト上位のカレン、その腰巾着のサラ……だった気がする。
いわゆるギャルで苦手な人種である。
ひとことふたこと話していたらこんな話題が出てきて、面倒くさいがヘタなことを言えないので笑顔を作る。
「俺、まだ人を好きになったことがないから、好きになったらその人がタイプだよ。」
「えー!?じゃあ、私たちにもチャンスがあるってこと!?」
「キャー!!」
周辺の女子が勝手に盛り上がる。
前世は猿か何かか?
「はいはい!私今すっごく気分が良いから真黒くんにクレープご馳走しちゃう!」
カレンが手を挙げながら主張する。
挙げなくてもわかるっつーの。
「何でクレープ?」
俺としたことが思ったことを口にしてしまった。
……セーフだよな?
「え?だって前に好きだって言っていたじゃない。」
覚えていない。たぶん誤魔化すために言ったんだろう。
でも気を悪くさせないように。
「あー、そうだったかも。ゴメンゴメン。」
「ずるい!私も行く!」
私も私もと女子10人くらいがカエルのように合唱する。
男子は呆れて全員帰ったようだ。
「じゃあ、今回は最初に声をかけてくれた2人とだ。君たちとはまた次の機会にしよう。ゴメンね。」
しぶしぶ了承した面々と舞い上がっている2人を見て、平和だなぁと他人ごとながら思った。
「集団で歩くと周りに迷惑だから、自分が悪者になってでも私たちのことを考えてくれる優しい人」とでも思っているのだろうか。
ただ面倒なだけだし。
「そういうことだから、行こう行こう!」
「トッピング悩むよねー。」
勝利組が俺の背中を押しながら廊下へと歩き出す。
いきなりのことにつんのめりながらも同行する。
勝手に触るな。
他の女子が残念そうにするが、とまどう演技で手を振り落ち着かせる。
飽きないねぇ。
上履きから下足に履き替え、校舎を出る。
ともかく今日はこの2人に合わせることにしよう。
クレープを食べ終わり、駅に向かう。
言われるがままにおすすめを注文すると生クリームとイチゴ、チョコレート、バニラアイスがトッピングされたものを渡された。
生クリーム独特の脂っこさが腹に溜まり気持ち悪くなる。
正直に言って嫌いだ。
そんな不機嫌な俺を余所に女子2人は際どく甘そうなものにシェイクまで頼んでいた。
だから太るんだよ。飯を食え飯を。
「食べた食べた~。」
「うん、ちょっと並んだけどやっぱりあそこが1番だね!」
女子にはついていけない。
それでダイエットだのなんだのと言い出すから笑える。
だが奢ってもらった手前無理をする。
「さすが女の子。俺は1つでお腹いっぱいだよ。」
「そんなこと言ってペロリ完食してたじゃん。」
「よっぽど美味しかったんだね!」
だから無理したんだよ。
半分でギリギリだった。
まぁ、2人が満足なら構わない。
早く解放してくれ。
ベラベラと聞いてもいないことを話してくるが、適当に流しつつ足を進める。
途中国道を渡る際に、歩道橋を使わなければならない。
屋根がなく、俺の身長より少し高いフェンスが設置されたよくあるタイプのもの。
冬、雪の降った日には何度も転びそうになった厄介な場所だ。
階段を登り終わり、コンクリートの橋の上を歩く。
すると中間地点に、俺と同年代くらいの女がフェンスを掴み空を見上げていた。
ロングTシャツにジーンズ、スニーカーというコンビニに行くような地味な格好。
手荷物はなぜか足元に。
ショートヘアで化粧っ気のない顔は……中の上というところ。
異様な雰囲気にピタリと立ち止まる。
「何、あの女の人。」
「飛び降りたりして。」
「ちょっと、言い過ぎ。声でかい。」
2人が寄り添い口々に言い合う。
女は俺たちに全く気付いていないようだった。
まるでこの世に自分1人きりだとでもいうように。
女は何かを決心する素振りを見せると、さらにフェンスを強く掴み、登り始めた。
「マジ!?」
「早く止めた方がいいって!」
2人が混乱している。
……どうでもいい。
本音だった。
人間生きていれば、1度や2度死にたくなるときくらいある。
ただ、人を巻き込まないでほしい。それだけ。
駅のホームで電車に轢かれたり、樹海で首を吊ったり。
掃除や片付けをするのは他人だ。
しかも電車が止まろうものなら莫大な費用がかかる。
また、発見した方は一生もののトラウマを植え付けられるに違いない。
発作的な自殺は、考える余裕もないからそんなことをするんだろうけれど。
ただ迷惑な話だ。
目を女に向けると、柵に手を当てて身を乗り出している。
女子たちは抱き合ってギャーギャーうるさい。
俺の名前を呼んだり、身体を叩いたりしているが無視する。
そんなに言うなら2人で助けろよ。
こっちは「思いがけないことに足が動きませんでした。」とでも言ってやり過ごすとする。
こういうときに優等生というのは便利である。
女は日干しの布団ような状態になりながらも、また身を起こし足をフェンスに掛けた。
飛び降りるまで秒読みだ。
どうせ退屈な人生だ。女子2人には悪いがその勇気をしかと受け止めこの目に焼き付けよう。
熱を込めて見守る。
---素直に気持ちを伝えなさい。
頭の中で声がした。
あいつだ。
---隠しごとをしないようにね。
うるさい。
あんたのせいで俺は……。
……。
「チッ!」
舌打ちをすると女の元へ駆け出した。
転ぶ直前身構えるように自然と動いていた。
「真黒くん!」
カレンとサラも次いで走る。
女の脚を抱きかかえる。
太ももが顔に着くが喜ぶ余裕などない。
「手を離して下さい!」
無我夢中で叫ぶ。
女は少し驚いたようだったが、拍子抜けするほどすんなりとコンクリートに足を着けた。
俺たち4人はその場に座り込む。
女子たちは泣きながら、良かった怖かったと言っている。
お前ら何もしていないだろ。
まずい、野次馬が集まってきた。
スマホのカメラで撮ろうとする奴もいる。
「修羅場?」とか言ってんじゃねぇよ、聞こえてるぞ。
息を切らしながら横目で女を見る。
すると女も俺をマジマジと見つめていた。
テレビで毎日のように出演しているイケメン集団とは違うのだけれど。
恐る恐る尋ねる。
「あの……何か?」
「こっち来て。」
女がそう言った次の瞬間、俺を無理矢理立たせ腕を掴んだまま早足で駅方向に歩き出した。
女子たちは目を丸くし、口をパクパクさせていたが俺は言う。
「詳しいことは明日話すからそのまま帰って!また学校で!」
伝わったかどうかなんてわからない。
ただ言わないとあとが怖そうだから。
女は人の気も知らないでズンズンと歩く。
第一印象、最悪。
それがこの女---日比谷ゆりとの出会いだった。