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お嬢様の好物

「太郎君。さっそく今日デートしなさい」


「デートってそう言うもんでしたっけ? まぁいいですけど」


さっそく次の日に命令形で呼び出されて放課後デートとなる。



「とは言っても、俺たいしたプランは持ってませんよ」


「乙姫さんとお付き合いしているのに? とんだ甲斐性なしね」


「違いますよ。乙姫先輩が恥ずかしがり屋なので、あまり堂々とデートしたがらないんです。ですから、映画とか喫茶店とか図書館とか静かな場所しか行けないんですよ」


「図書館でデート……、何をするの?」


「別に映画と同じですよ。映画館だって見てる間は会話が無いじゃないですか。同じ本を読んで感想を言い合ったり、違う本を読んで薦めあったりするんです」


「なんて色気のないデート……」


「ほっといてください。だから嫌だったんです。乙姫先輩とカグヤさんじゃ完全に感性が真逆で、俺の彼女は乙姫先輩、つまりカグヤさんの楽しめそうなデートプランはないということです」


デートというのに、まったく相手をもてなそうという気が0に等しい太郎だが、事情が事情なだけに仕方ないとも思われる。準備期間も1日もなかったし。


とりあえず校門の前で2人でいると目立ち、方向性は違えど目立つのが嫌いな2人には非常に居心地が悪かったので、歩くことになった。


「……ただ歩いているだけでは何もならないわ。これじゃデートに見えないじゃない」


「見えないとまずいんですか?」


「お父様はああ見えて察しがいいから。私にばれない程度の監視くらいはつけてきてもおかしくないわ」


「それはまずいっすね。俺が乙姫先輩と一緒にいるのは大丈夫ですか?」


「乙姫さんはおしとやかっぽいし、外で人がいそうなところで明らかに恋人っぽいことはしないでしょ」


「まぁそうですね」


人が居なさそうなところでは意外と甘えてきたりするのだが、それはカグヤが相手でも秘密にしておきたかったので太郎は黙っていた。


「あ、でも手を握ったりはしないでよ。まだお父様がどうするか分からないから、勘違いしないで」


「しないですよ。言われない限りは。でも何をすればいいんです?」


「そうね……、私を誘うような人はいつも無駄に豪華なところに誘ってくるか、庶民を自慢してくるかだから……ずっと相手に任せてたのよね。自分で考えたことはなかったわ」


「カグヤさんともあろう人が、人任せというのはらしくないですね」


「考える必要のないことは考えないだけよ。向こうが考えてくれるなら、あとは私がいいか悪いか決めるだけ。全部自分でやる必要は無いわ。実際は、まともに会話もできない人ばかりだったけど。正直言うと、太郎君は私とこれだけ会話が続くだけましよ。やっぱり私の目に狂いはなかったわね」


「俺を褒めているふりをして、自分を褒めてんですか?」


「今回はあなたを褒めてるわよ。私の家柄にも容姿にも遠慮なく来る人はいなかったから」


カグヤは少しだけ笑顔を見せた。普段凛としていて、あまり笑うことが無い彼女の自然な微笑みだった。


くぅ~。


「…………」


「…………」


だが、カグヤから聞こえたお腹の音につられて、太郎はその顔を綺麗だとか思うことはできなかった。


「お腹がすいたわね。どこかいきましょう」


「音はスルーするんですか」


「お腹がすいたら音が鳴るのは自然のことよ。恥ずかしがるほうが変だわ」


(恥ずかしいのを、堂々とすることで半減させようとしてるな)


太郎はそう思ったが、もちろん思うだけ。太郎が人付き合いをそれなりにうまくやってきた余計な一言を言わないスキル。思ってても言わなければ思ってないのと同じである。


「何かしら? まるで私が堂々としてお腹がなったのをごまかそうとしているとでも言いたげな顔をして」


だがカグヤには通用せず。エスパーばりの洞察力を持つカグヤには、ほんのわずかの表情の動きですら見られる。


「気のせいですよ。俺もそう思ってますから。じゃあどこに行きます?」


「太郎君は今日夜ご飯はいいのかしら?」


「うちは結構適当ですから。父さんは仕事でいないことが多いですし、兄貴は自由で、1人で食べることは珍しくないです」


「そう、じゃあ同じね。私もお父様と一緒に食べることは少なくて、家に戻ってから作ってもらうことが多いわ。なら今から外食しても問題ないわけね」


「いいですけど、俺お金を使うのは好きじゃないんで、いいところに行くのはいやですよ」


「そんなこと求めてないわ。ちょうどいいわ。太郎君が普段外食している場所に連れて行きなさい」


「へ? でも俺はいい店には行きませんよ。質より量ですから」


「それでいいって言ってるじゃない。文句があってもお店に文句はつけないわ。お店を出てしばらく経った後に、太郎君に言うわ」


「俺には言うんですね」


「お店に迷惑をかけるわけにはいかないじゃない。どんな人でも社会のために働いている人は尊敬するべきだわ。私はまだそれができてないから」


ワガママお嬢様の割には、妙に常識ある行動をとるため、太郎もあながち無下にできなくて、結局押し切られたりする。


「というわけで、ここになりますけど」


太郎が連れて来たのは、いわゆる牛丼チェーン店である。


牛丼チェーン店は種類が多いが、太郎のお気に入りは牛丼の種類もサイズも多く、カレーも取り扱うす○家である。


「ここでいいわ。私も好きだもの」


「カグヤさん来たことあるんですか? お嬢様なのに」


「それを言うならあなたも一応お坊ちゃまの立場でしょ」


「そうですけど、俺は食事にお金を使いたくないだけなんで」


「私はいろんな食事をしているだけよ。詳しい話はまたしてあげるから店に入りましょう」


そして2人は店に入る。


『いらっしゃいませー、2名様ですか? テーブル席にどうぞー』



店員にすぐに案内され、テーブル席につく。


牛丼チェーンの店のピークは昼であり、夜はお客さんがいないわけではないが、そこまで混雑しているわけでもないので、あまり店内は騒がしくなかった。


『どうぞー、ご注文はお決まりですかー』


「ねぎ玉並つゆだくでお願いしますわ」


「!?」


「はい、ねぎ玉並つく、つゆだくで」


まだメニューを見てもいないのに、注文をカグヤがしたので、太郎が驚いてカグヤを見る。


店員も、ちょっと店に場違いな綺麗な見た目をしている女子が、メニューノールックで注文をしてきたので、一瞬たじろいで、繰り返す注文を軽く噛んでいた。


「太郎君は?」


「ああ、俺は牛丼大盛つゆだくと卵単品で」


『はいかしこまりましたー。少々おまちくださいませー』



「カグヤさん、注文早すぎですよ」


「何がいけないのかしら? 有名なチェーン店でインターネットでメニューが分かるし、そうでなくても外にもメニューがおいてあるのだから、、改めてメニューを見て決めるのは二度手間よ。今は空いてるからいいけど、お昼にメニューをじっくり考えていたら、店にとっても本人にとっても手間が増えるだけよ。それにあなたもすぐに言えたってことは、そう思っているってことでしょ」


「まぁ何度も店員さんを来させるのは悪いんで、大体決めてますけど」


「それが正しいの。何かを選択するっていうのは、結構労力を使うものなのよ。有名な実業家は毎日同じ服を着るそうだわ。本当に必要なことを能力の高い人は分かっているものよ」


カグヤは長い髪を手で梳きながら、自慢げに話す。


「それにしても、さっきの注文の仕方はただメニューを知ってるだけじゃないですよね。さっきの話の続きを聞かせてくださいよ」


「ええ、あなたは勘違いしているみたいだけど、私はお嬢様学校に通っていたわけではないわ。普通の私立の小学校と中学校に通っていたの」


「そうなんですか。喜多家のお嬢様にしては珍しいですね。そう言う家風なんですか?」


「いいえ、私には兄様と姉様がいるけど、2人とも男子校と女子校で、お金持ちの人ばかり通うが学校に行ってたわ。私が自分で希望したの。勉強なんてどんな環境でもできるから、それよりも見聞を広める方がいいって」


「小学校に入る前の時点で言ったってことは、6歳くらいの時にもうそんな意識があったんですか?」


「私はお母様が違うから。少し意識が兄様と違うとは思ってたけどね。食べるものもその影響よ。私の通ってた学校では、普通の子も結構いて、食生活の違いに驚いたわ。だから、中学生になってすぐくらいに、自由にできるお金で、普通の食事をたしなんだわ。このお店もそのうちの1つで、私はけっこう気に入ったの」


「だから詳しかったんですか」


「ええ、そしてそれは正しかったわ。私をお嬢様だと思って、庶民の生活を体験させるというくどき文句で何度も誘われるようになったけど、どれも新鮮味なんかなくて、すぐにあしらったもの。姉様なんかそれで1回だまされかかったくらいだし。そもそもね、いいものばかり食べてて、一般社会の食生活も知らなくて、トップにたって皆を指導できるとは思わないわ」


「別に分からんことは分からなくてもいいと思いますけど」


「それは仕事の技術や知識のことでしょう。食生活は学ぼうと思えばできるわ。現に姉様は知らなかったせいで、だまされかかっているわけで、知らないことよりは知ってた方がずっといいわ」


『おまたせしましたー、ねぎ玉並つゆだくと大盛つゆだくと卵ですー、ごゆっくりどうぞー』


ちょっと話していると、すぐに注文された品物が2人の前に並ぶ、さすがの提供の早さである。


「それではいただきましょう」


そしてカグヤはこなれた手つきで卵を割り、白身を丁寧にとって牛丼に乗せる。


「白身とるんですね」


「ええ、生の白身の成分は黄身の栄養を体に吸収させにくくして、胃腸への負担も重くするわ。触感は嫌いじゃないんだけど」


「そうなんですか。だったら俺もそうしたほうがいいですかね」


「人それぞれよ。他の卵料理でちゃんと加熱した卵を食べてればそこまで気にすることじゃないもの」


「そっすか、じゃあ俺はそのまま食べます」


カグヤは太郎が卵を準備する間に先に食べ始める。


黄身をうまく肉に絡めて、あまり全体的に混ぜすぎずに丁寧にレンゲで掬う。


つゆだくな上、卵を混ぜているので、全体的に柔らかく、レンゲでも掬いやすくなっていて、それをご飯粒1粒、葱1つ落とさずに上品に口に運ぶ。


器を持ち上げてかきこむ周りの男性と比べて、少しずつ食べる姿は500円程度の牛丼なのに、高級なものを食べているように見えた。


少し冷ましながら、髪をかき上げている美人が絵になるのか、ちらちらと周りがカグヤを見ていた。


「? 太郎君? 何をしてるのかしら?」


「え、紅しょうがかけてるんですけど」


「ちょっと多くないかしら?」


太郎の器は牛丼が隠れるほど紅しょうががのっていて、紅しょうが牛丼と化している。


「これがいいんですよ。値段は牛丼ですけど、トッピングが乗っているみたいで得した気分になります」


「迷惑じゃないかしら……?」


「ここは俺良く来るんで大丈夫です。ここの店長さんいい人なんです。俺もはじめは躊躇してたんですけど、『継ぎ足すと下の方が悪くなっちゃうし、24時間営業だから、冷蔵保存もできないから、余ったら捨てないといけない。だから、残り少ないやつを空っぽにしてくれるとありがたい』って言われたんです。ここの紅しょうが、どこもあまり量が入ってないでしょう。継ぎ足さずに、残りがほとんど無くなったら、入れ物ごと交換してるんです。もちろん使わないか、使うにしてもちょっとの人もいますから、バランスは取れてるんだと思います。残しさえしなければあとはマナーの問題ですよ」


「そうなの……、実は私も紅しょうが好きなの。いいことを教えてくれたわね。この店は今後も利用しましょう」


そして、カグヤもそこそこ紅しょうがを使って、満足いく夕食となった。






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