お嬢様の気持ち
次の日、太郎は正装に着替えて使用人の運転する車に乗って、父親とともに会場に向かっていた。
スーツを着るのは初めてではないが、頻繁に着るものでもないため、やや着慣れていない感じが出ていた。
そんなこんなで到着したホテルはこの辺りでは最も大きく、セレブ御用達である。
「まだ相手は到着していないみたいだな」
先にお見合い予定の部屋に2人は腰を降ろした。2人だけでお見合いをするには広すぎる部屋で、十数人雑魚寝できそうなものである。
「そりゃ1時間も前に来たらいないだろうよ」
悠斗は心配性で、集合時間より早めに行動する癖がある。その心配性をなぜ今回のケースでは生かしてくれなかったのかと、太郎はがっくりしながら思った。
「だからこそだ、あらかじめ失礼なことを言わないかチェックしておかなければいけないからな」
「別に失礼なことを言って相手が俺を幻滅する分にはいいんじゃないか?」
「そうもいかん。まぁお前は俊太と違ってへんな趣味は持ってないから心配はしてないが。ちなみに、趣味は何て答えるつもりだ?」
「読書」
「うむ、何か学校で目立つことはやっているか?」
「たいしたことじゃないが、図書委員を勤めてる。成績もクラスで10位以内には入ってる」
「休みの日は何をしてる?」
「読書するか、友人と外で遊ぶかだ」
「なんという面白みのない。優等生だなお前は」
「面白くなくていいんだよ、俺は目立つのは嫌いなんだ」
「失礼します」
悠斗と太郎が話をしていると、女性の声ガ聞こえ、ドアがノックされる。
その音に反応して悠斗が立ったので、釣られて太郎も立つ。
奥からは、メイドらしき人と、着物姿の女性が姿を現した。
「はじめまして、私は喜多家お仕えしているお嬢様の専属メイドの鈴鹿と申します。本日は大旦那様も旦那様も急なお仕事が入ってしまいまして、代わりに私がお嬢様の保護者としてご対応させていただきます」
「は、はい、こちらもよろしくお願いします、三波悠斗と申します」
(あっちから俺を指名してるのに、親が都合つかなくて、メイドが来てるのか。まぁ別にいいけど)
太郎は少し今の状況が気になったが、どうせ断ることなので、気にしないことにした。
こういう疑問点を持っても原則的に太郎は言葉を発することは無い、面倒なことは大嫌いだからだ。
いくら沈黙が金とは言っても、あまりにも何も言わないのは良くないことは太郎も分かっているのだが、そこは太郎がそこそこ大らかなので、何とかなっている。余計なことをいってこじれるよりは、黙ってて我慢するほうが楽なのである。
「ではさっそく、後は若い2人にお任せしましょう」
「は、はい。じゃあ後は頑張れよ太郎」
そう言って鈴鹿と悠斗は出て行ってしまう。
フォローする話はどこへ行った! イエスマンは父さんじゃないか! と太郎は思ったが、父さんが居なければ父さんに気を使うこともないので気楽にできると考えて、改めてお嬢様ぬ向き直る。
「はじめまして、三波家次男、三波太郎と申します。本日はよろしくお願いします」
「……、喜多カグヤです」
太郎が挨拶すると、お嬢様はカグヤと名乗り頭を下げた。
だが、名前を名乗るとすぐに辺りをキョロキョロ見渡しはじめた。
「何してるんですか?」
「カメラもない……、盗聴器もないわね……。よし、太郎君。単刀直入に言うわ。私の婚約者になって頂戴。ただし、結婚は前提にしないでね」
急に正面を向いたと思うと、急におしとやかな様子がなくなり、砕けた言葉遣いで太郎に変なことを言い始めた。
「あの、ちょっと意味が分からないんですが」
「言ったとおりよ。あなたにも分かるようにもっと分かりやすく言ったほうがいいかしら? 婚約者のフリをしばらくして欲しいって言うことよ」
「すいません、分からないのは言っていることの意味じゃなくて、その中身です。どうしてそんなことをするんですか?」
「あらごめんなさい、日本語が分からないのかと思って、余計な気遣いをしてしまったわ。そこまではひとくなかったのね」
(ずいぶん毒があるな、話し方は丁寧だけど)
「私は小さい頃からとても可愛らしくて、いろんな男性に求婚をされることも今も多くて、そうでなくても婚約話が後を耐えないわ」
「まぁそうでしょうね」
実物を見て改めてでたらめな美人であることを再認識した。
「でも皆私の見た目とか、喜多家の財産目当てばかりで、薄っぺらくて耐えられなかったの。でも、お父様は女性は結婚して家庭を支えるべきっていう古い考えの人で、私を結婚させようとするの。だから、私は男の人がいなくても、自分で何でもできるように頑張ったわ。日本語の不得意なお母様のために、英語を話せるようになって、成績もずっと学年トップ。家事も掃除も使用人に習ってできるようになった」
「努力家ですね」
お嬢様というと、ワガママし放題で自分では何もできない人というイメージがあるが、かなり努力型お嬢様である。
「でもお父様は、私の価値がただ上がっただけとしか見てなくて、お見合いの話が増えて、私に求婚してくる人も逆に増えてしまったわ」
「魅力が上がってしまったんですね」
「だから、私は考えたの。初めから協力関係を持ってくれる偽の婚約者がいれば、苦労は無いって」
「いい案ですね」
「だから、私はあなたを指名したの。あなたが最適よ」
「なんで俺なんですか、お嬢様くらいの器量なら……」
「カグヤでいいわ。様をつけたかったらつけてもいいわよ」
「……カグヤさんの器量でしたら、いくらでも協力者は作れるでしょう」
「そこが難しいところよ。ある程度事情を知っている協力者だと、お父様に嘘だとばれてしまうから、意味が無いの。かといって、あまりにも関係の無い人だと、勘違いされたりして私に不利益になる可能性もあるわ。加えて、ある程度地位のある家じゃないと意味が無いから、お金を渡して普通の人に頼むのも無理。そして何より、私のことを好きにならないこと。その条件を満たしているのがあなたよ」
「なんで俺が?」
「三波家は喜多家には及ばないけど、三波四郎さんの知名度もあるから十分。喜多家と三波家のつながりはおじい様同士の友人関係だけだから、そこまでつながりも深くないけど無関係でもないわ。後はあなたが私の好みでもなくて、私を好きになりそうでもないわ」
「何で俺がカグヤさんのことを好きにならないと?」
「私が1年間独自にリサーチをした結果よ。他にも候補はいたけど、あなたがそうだったわ。実際にそうでしょう? 今日のお見合いも断るつもりだったはずだわ」
「まぁそうですけど。でも俺の事情をしっかり知ってるんでしたら、俺は選ばないはずじゃないですか?」
「どうしてかしら?」
「俺には彼女がいるんですから、婚約者のフリはできないですよ」
「え……?」
「もしかして、知らなかったんですか?」
独自リサーチ(笑)である。
「い、いいえ、むしろ好都合よ! 彼女がいるんだったら、なおさら私に勘違いして好きになることはありえないはずだわ。やっぱり私の目に狂いは無かったのよ」
「まぁ間違っては無いですね」
「と、いうわけで、協力して頂戴」
「俺に拒否権は無いんですか?」
「う~ん、してもいいけど、いずれ無理やりにでも了承させるわよ。それくらいはできるわ」
「一応聞きますけど、俺の彼女が迷惑を受けることは無いですよね」
「それは保障するわ。そこまで毎日用事があるわけでもないから、名前と時々時間をくれればいいわ」
「まぁそれくらいなら協力しますよ。お互い家の事情は苦労してるみたいですし」
「ありがとう。やっぱりリサーチどおりのイエスマンなのね。私の言うことを断らないのも評価ポイントよ」
やっぱり断ればいいかな思いつつも、太郎はカグヤの手助けをすることを了承した。
お人よしなのもあるが、カグヤが努力をしているのに、報われないのについつい同情してしまったこと、そして、断るとなんとなくより面倒な展開になりそうなことを察したからである。