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【1-4】異世界サバイバー あるいは 妖精さんのお食事事情

「なぁマリーベル、こっちで本当にあってるのか?」

「んー。大丈夫なはずよ。まだそんなに日も経ってないし、なんとなく見覚えもあるし。あとマリーでいいよ。そう言わなかったっけ」

「見覚えねぇ。僕にはほとんどどこも同じような景色に見えるけど。マリーベルのさ……」

「マリー!」

「……。マリーのさ……」

僕がマリーベルと出会ってから二日。僕たちは相変わらず森の中を彷徨い歩いていた。

「おお! またまた発見! ミナト! ほら食べられるやつ!」

僕の言葉をさえぎり、マリーはそう叫ぶと少し離れた位置にある木陰の草むらに飛び込んでいった。程なくして、身体中にトゲトゲした葉っぱを大量にくっつけたマリーがニコニコしながら這い出てきた。その手には真っ赤で小ぶりな果実が大量に抱えられていた。

「にひひ。まだまだあるみたいよ!」

マリーはそう言って僕に果実を手渡すと、両手で抱えるのではまどろっこしいのか、洋服の裾をたくし上げると、それを袋に見立て、次々と果実を放り込んでいった。

「……見えるよ。それ」

「見ようとすればね。……見たら怒るからね」

そう言いながらも、マリーはせっせと果実を集めている。僕はそんな彼女を眺めながら、今日初めての食料を一粒口に入れた。

「すっぱ」

ほんの少しの甘味の後に、口の中が引きつるような酸味が走る。小粒とはいえ、あまり積極的に食べたい味ではなかった。

「あー! ずるい! わたしも食べたいのに!」

喚く妖精に、手元にあるうちで一番大粒の果実を投げてやる。器用なことにそれを口でキャッチしたマリーは、リスのように頬を膨らませながら幸せそうに喉を鳴らした。

「んー! おいしー!」

「なぁ、ちょっと聞きたかったんだけどさ」

「ん?」

マリーは目だけを動かし僕を見た。

「マリーって食べ物食べないとダメなの?」

「ダメ!」

「食べないとどうなるの?」

「死ぬ!」

というかそもそも彼女は妖精なのだろうか。反論がないので僕はそう思っているが、いかんせんここは僕の常識から外れた世界だ。この世界の妖精が、僕が思っているほどにスピリチュアルな存在だという保証はない。こちらの世界では、存外に身近な存在である可能性もある。喋るところを考慮して、僕の世界でいうならば、オウムとか九官鳥とか。別に普通の食べ物を食べて栄養補給していたとしても、何ら不思議はないのだ。

「ミナトは時々常識のないことを言うのね。わたしだって生きてるのよ。生き物だよ? 食べなきゃ死ぬよ? 食べなきゃ死ぬよ!?」

「そんなに言わないでも、マリーの分まで食べたりしないよ」

僕はそう言いつつ、マリーが集めた成果を袋に詰める。比較的綺麗な葉っぱを集めて縛った即席のものだ。マリーの袋には、なるべく綺麗で大きな実を入れてやる。

「水はどれくらいあったっけ?」

「もうそんなにはないはずよ。また川か湧き水探さないとね」

僕は腰に付けられた水筒を揺らした。わずかに水音がするが、やはり中身は少ないようだった。水筒は、たまたま中身が空洞になっていた枯木を葉と蔓で縛ったもので、衛生的に気分は悪かったが、代替え品もないので我慢する。乾燥した木の筒は水の通しもいいようで、放っておくとだんだんと水が染み出てしまうような代物だった。

少ない水と食料を分け合いながら、それでも僕とマリーが彷徨うのには一応、理由があった。

「で、マリー。君の生まれた場所ってのは、本当にこの近くにあるんだよね」

「うん。わたしの短い記憶が確かなら、もうそろそろのはず」

「そこには何か建物があったんだよね?」

「そうね。正直、生まれたばかりのことは、ぼんやりしててうまく思い出せないけど、あったと思う、建物」


マリーと過ごした二日間。僕は好奇心もあり、彼女の正体についてそれとなく質問を繰り返した。そこで彼女の年齢に話題が移った時、僕は少なからず驚かされてしまった。

「わたしの年齢? んー多分ね、五日ぐらいかな」

彼女はそう言ってけらけらと笑った。僕と出会う前、ほんの数日前に生まれ、当てもなく彷徨っていたところを、罠にかかってしまったらしい。

続けて彼女はこう言った。

「わたしが生まれた場所はここからそう離れてないんだけどね。近くに大きな建物? 屋敷? みたいなのがあって、わたしは何となく森の方に来ちゃったんだけど、今思えば建物の方が快適だったかもねー」

建物があるなら、人もいるかもしれない。そう考えた僕たちは、マリーの記憶を頼りに彼女が生まれた場所を目指すことにしたのだった。


「ねえ、マリー。少し疑問なんだけど」

「なに? ミナト」

マリーは果実集めに疲れたのか、飛ぶことをやめ、僕の肩に腰掛け取り立ての実をかじっていた。

「君は生まれたばかりにしては色々と知識も言葉も理解しているようだけど」

「ああ、そのことね」

マリーはさして興味がある風でもなく、変わらず果実をかじり続けている。

「わたしもよくわからないの。生まれた瞬間のことは覚えてないけど、お父さんが色々教えてくれたってことだけ、なんとなくわかるというか」

「お父さん?」

「わたしにこの身体を与えてくれた人」

僕がマリーの身体を見つめると、マリーは少し恥ずかしそうに羽根をぱたぱたと動かした。

「産んでもらったなら、お母さんじゃない?」

「お母さんは女の人でしょ? あの人は、男だったと思う。なんでってわけじゃないけど、生まれた瞬間にわかったの。この人がお父さんだ。この人がわたしを生んでくれたんだって」

「その人が色々教えてくれたの?」

「正確には、お父さんと会話して教えてもらったわけじゃないの。わたしが生まれた瞬間に、お父さんの記憶をもらった、というか。全部ってわけじゃないと思う。知ってることなんてごく僅かだし、ただ、言葉とか、歩き方とか、食べ方、飲み方、そんな感じのことは一通り教えてもらったの」

「その人に関する記憶はある?」

「それが、全然ないの。ただ、男の人だってことはわかったけど、それだけ。お父さんが誰で、なんであそこにいたのかもわからない」

マリーは少しだけ寂しそうに目を伏せた。生まれてそれほど日が経っていないにもかかわらず、彼女にはしっかりとした感情が芽生えているらしい。マリーが父だという男から受け継いだのは、彼女が言うほど僅かなことでもないように思えた。

「……それで、その人は今なにを?」

僕がそう言うと、マリーは果実を持った手をピタリと止め、しっかりと僕を見据えて言った。

「死んだよ」

事もなげにそう言ってのけた彼女の瞳は、果実を頬張る時と同じように、青く澄み渡っていた。今から向かう先には、マリーの父親の死体があるのか。そう思うと、マリーを連れて行ってもいいものか、少し悩むものがある。

しかしマリーはそんな僕の心を察したのか、穏やかな口調で、

「でも気にしないで。所詮生まれた時には死んでた親だもん。そこまで思い入れはないわ」

言って笑った。

「そっか」

そういうものだろうか。

僕は笑うマリーに、あいまいな笑顔を向けることしかできなかった。


会話をしたりしなかったり、途中で休憩も挟みつつ、歩きつづけて数時間が経った頃だった。

もうすっかり日は傾き、一時間もすれば辺りは暗くなってしまうだろう。そうなる前に、どこか夜を明かせる場所を探さないといけないな。そう思い始めた時、マリーが言った。

「この大きな木、見覚えがあるわ」

「じゃあ近いのか?」

「うん。近いと思う」

マリーは一際大きな古木を見て、その形を確かめるように周囲をぐるぐると飛びまわった。

「ねぇ、ミナト。わたし、ちょっと辺りを見てこようと思うの。もしすぐ近くにあるのなら、そこに行けばいいし、まだ遠いなら、ここら辺で野宿するんでしょ? このおっきな木の幹なんか、寝床にはちょうどいいと思うし、だから二手に分かれて、わたしは偵察。ミナトは寝床の用意。これでどうかな」

「うん。それでいいよ。異論はなし」

「おっけー! じゃあここら辺で待っててね、ミナト。すぐ戻ってくるから!」

マリーはそう言うと、右手をさっと挙げ、額にあてると敬礼の姿勢をとった。僕が思わず微笑むと、マリーは満足そうに顔をほころばせ、大きく手を振ると、さっと森の奥へと飛んで行った。

「変なことばっかり知ってるんだな」

少し微笑ましい気分のまま、僕は寝床を作ることにした。

幹の外周を一回り見ると、ちょうど人間が一人入れそうな大きさの窪みを見つけた。

「うん、ここでいいか」

窪みに溜まった泥や落ち葉を掻き出し、手近な枝葉でクッションを作る。幸いにも辺りには柔らかそうな草木が生い茂っており、僕はほんの十数分ほどで今夜の寝床を整えることができた。

「さてと」

うん。なかなかの居心地だ。

「さすがにベッドには劣るけどな」

ふと元いた世界を思い出す。

最初は夢じゃないかとも思ったが、もう二晩も夜を過ごし、妖精と会話をしながら歩き回っていると、やはり夢ではないのだろうという諦めにも似た確信が胸に湧き上がってくる。

麻央や吉田くんは心配しているだろうか。親にはなんと説明をしたのだろうか。

考えながら、心の底では答えは出ていることを自覚する。

「まぁ、どうでもいいか、そんなことは」

時間が経てば経つほど、異世界にいるのだという確信を持てば持つほど、元いた世界への執着を失っていく僕がいた。

辛くもなければ悲しくもない。

そんなに嫌いか? あの世界が。僕は自分に問いかける。

いや、そうじゃない。即座に自身で否定する。

僕は世界が嫌いだったわけじゃない。ただ、そう。軽くなりたかっただけだ。

僕は今、何もない。

この世界では、家族も、肩書きも、友人も、責任も、義務も、生きる理由さえ、何もない。

僕がただ僕として、他の何者でもなく、他の何事にもよらず、存在することができる。

ここでなら、僕が望む僕になることができる。

「あっははは……」

不思議とこみ上げてくる笑い声を、僕はただそのままに、広い世界へと吐き出した。


ーーどれくらいの時間が経ったろうか。

すっかり辺りも暗くなり、うとうとしていた僕の耳を、甲高い叫び声が貫いた。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

僕はとっさに起き上がり、耳をすませた。すると、またも悲痛な叫び声が辺りを震わせた。

「助けてぇ!! 誰かっ!! ミナトぉ!!!!」

その声を聞いた瞬間、全身の毛が総毛立つのを感じた。この声は、間違いない。マリーベルの声だ。

「マリー!! どこだ!! どこにいる!?」

僕は声を限りに叫んだ。マリーの声は真っ暗な森の中で反響し、方向がつかめない。ただ、その尋常ならざる状況を切に伝えるのみだ。

「助けて!! ミナト!! ミナトぉっ!!!!」

「くそ! どこにいるんだよ!?」

僕は声をあげつつ、半分闇雲に走りまわった。

森の闇は深く、視界は雑木にさえぎられている。僕は何度も転びそうになりながら、ひたすら走り続けた。

「たす……くきゃあっ!!」

マリーの声が、一際悲痛な音を出す。

「マリー!!!!」

僕は目前の草藪に突進した。ベキベキと枝葉の折れる音が耳に刺さる。尖った枝で皮膚が切れ、頬に鈍い痛みが走った。

「マリー……!」

突然、視界が開けた。そこはちょっとした広場のようになっていて、月明かりがその中心に降り注いでいる。夜露で湿った雑草がキラキラと光り輝いて、周囲を妖しく照らしていた。

「ミナト……。ミナトぉ……」

開けた視界の片隅に、マリーはいた。

彼女はうつ伏せに地面に倒れ、左腕をかばうようにその身を小さく丸めていた。

「あぁ、マリー! 待ってろ、今行く!」

駆け出そうとした僕の目が、マリーの側でうごめくなにかを捉えた。

それは、黒い影のように見えた。月明かりの影に身を隠すように、その身体を揺らしている。黒く塗りつぶされたその姿の中心に、歪んだ二つの赤い光が滲んで見えた。

「なんだ……?」

動く気配はまるでないが、赤い光は僕の動きに連動するように瞬いている。僕は視界の片隅に赤い光を捉えたまま、しばらくその様子を探っていたが、マリーへ視線を向けた一瞬のうちに、その光は消え失せていた。

今のは一体なんだ?

不穏な予感とその影に、疑問は不安となって僕の心を満たす。

だが今は、無理やりにでも進まねばならない。マリーのうめき声が、僕の足を動かした。

「マリー! 大丈夫か?」

マリーに声をかけると、彼女はふるふると首を振った。

マリーは何かに怯えるように身体を強張らせ、時折苦しげに呻いてる。

「あうう……痛い……痛いよぉ」

マリーは目から涙を流しながら、痛みを訴えた。

「腕をやられたのか? ちょっと見せて」

「うう……」

マリーは恐る恐るといった様子で身体を起こした。周囲にはマリーのものであろう赤い雫が垂れ、夜露を黒く汚していた。

「あぁ……。これは……」

マリーの腕は何か鋭利な刃物で切りつけられたようにぱっくりと皮膚が割れ、赤く汁気をおびた柔らかい肉が、外気に露出していた。マリーの心臓の鼓動に合わせ、傷口から血が溢れる。

「痛いよな。大丈夫だから、少し我慢して」

とにかく応急処置をしてやらないといけない。何はともあれ、血を止めないと。

僕は比較的綺麗な上着のポケットを破り、即席の包帯を作ると、それをマリーの傷口に当てた。その上から手近な草で縛り、布がずれないように固定してやる。

こんなもので止血になるのかわからないけど、迷っている余裕はない。

「ひっ! いっ……っ!」

当てた布が、マリーの血を吸って赤く染まっていく。マリーは引きつったような声を上げ、苦しげにその身を捩った。

「……くそっ! なんでこんな。何があったんだよ」

一体マリーの身に何が起きたのだろうか。

彼女の傷はとても深く、事故や悪ふざけでつくものではないだろう。

もっと、直接的に悪意のある何か。マリーを襲い、その悪意をもって腕を切り裂いた何かがいるのだ。あるいは、先ほどの黒い影。あいつが、その犯人なのかも。

きっとまだ近くにいる。僕が現れたことで退散したのか、隙を窺い、身を隠しているだけなのか。

なんにせよ、身を隠す場所もなく、怪我をしているマリーを連れて無茶ができるはずもない。

黒い影は気になるが、マリーに無理をさせるわけにはいかない。ここは一旦逃げよう。

そう決めて、マリーを乗せようと手を伸ばした、その時。マリーの恐怖に引きつった顔が目に映った。

「ミナト……! ミナトっ! 避けてっ!」

マリーが叫ぶのとほとんど同時に、僕はマリーを抱えその場から飛び退いた。

一瞬遅れて、風を斬るような音が響いたと思うと、僕らのいた場所の地面がざっくりと割れていた。

「いっ……た!」

飛び退いた衝撃にマリーが悲鳴をあげる。

やはり敵はすぐ近くに潜んでいたようだ。少しでも判断が遅れていたら、僕もただでは済まなかったろう。

「くそっ! 一体なんなんだ、よ!?」

第二撃を警戒し、振り向いた僕は、そこで初めて敵の姿を目にした。そしてその瞬間に、僕の心は僕の意思に関係なく恐怖し、震え上がった。

月明かりに照らされ、僕の前に現れたそれは、僕が想像したどんな怪物よりも、ずっと醜悪で恐ろしい姿をしていた。生理的な嫌悪感で全身の毛が総毛立ち、本能的な恐怖心から震えが止まらない。

「いやぁ……お父さん。もうやめて……!」

ただ一つ、マリーのか細い声だけが、僕を正気でいさせてくれた。

ただ、マリーの声だけが。


ーーー


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