7話 救出
正しく入門しようとすれば、通行税が必要な王都。しかしいかに壁が高く堅牢であろうとも、大きいゆえに目の届かない場所が存在する。子供なら楽々通れるような穴。勝手に育って壁より高くなった樹木。早急に修復しなきゃいけないほど大きな穴もある。
貧乏である外域の集落の住人は、時折、そうした裏通りを使って入り込む。悪ささえしなければ、巡回兵士は見て見ぬふりをするが、いくら取り締まってもキリがないというのが本音だろう。
慣れたルートを使って、やすやすと王都に入ったダルシー。彼女は今、王城の門に立っている。
「ここまでは、問題ないんだけどね」
城の警備は厳重だ。王都の外壁のように、やすやす入り込めるとは思っていない。いつもより兵士が多い気がするのは、後ろ暗い気持ちがあるからか。中にいると思われる言一狼に会いたいのだが、彼はおそらく虜囚の身。正面から行っても会えないだろう。
「うーん。考え無しすぎた」
そもそも、危険を冒してまで彼に合う必然性は無い気がする。強引に連れていかれたといえ、無実とわかれば開放されることもあるのだ。と、そこまで考えて頭を振った。間違いだったとしても役人がさらっていったのは事実だ。事実だけに、間違ってましたと、素直に開放すると思うのは甘い。貴族のプライドは異常に高い。軽くて半殺し、最悪は命を奪われる可能性もある。
「助けたいけど、方法がわからない」
うんうんと頭を抱えていると、城橋を護っている門番がやってきた。ぶつぶつ言ってる自分を警戒したのかもしれない。私も捕まってしまうかも。ビクつきながら出方を待つと、意外にフレンドリーな職質をされた。
「ジョルジュの店のダルシーじゃないか。何の用事だ? 奇特な神官さんは来てないぞ」
門番は、店によく食べにくる兵士だった。ダルシーたち孤児の面倒を見ている神官は腕が良い。治療を施すために城に呼ばれることもあった。それを覚えていた兵士が、迎えにきたものと勘違いしたようだ。
「あのー。迎えというか、会いにきたのは確かだけど、相手がちがうって感じです」
「違う相手とは、誰のことかな?」
しまった。
ダルシーは沈黙。つい正直に答えてしまったが、言一狼のことを何と聞けばいいのか。昨日捕まった人ですよ、と言ったところで、マトモに教えてくれるとは思えない。自分も一緒に捕まるかもしれない。
「あ、あの――。今日は、いい天気ですよね?」
「はあ?」
「いえあの。人が多いから。天気がいいと王様の催し物とかがあるのかなって――」
誰が聞いても不自然な誤魔化しだと、自分のセリフながらあきれてしまう。フレンドリーだった兵士が、訝しげに目を細める。ダルシーの背中からは冷たい汗が流れる。このまま、私も捕まってしまう。そう覚悟したとき。
「おい、城をみろっ!」
「嘘だろ……」
別の門番たちが、城を見て騒ぎはじめた。ダルシーに迫っていた兵士も、その声に振り向く。うん、今しかないよねっ。と、彼女は自分に言い聞かせる。
「兵士さん通るよ!―― 風よっ 私を運んでっ」
足元に意識を込め、昨夜練習した風魔法を使ってみる。風は、強くも優しく吹き始め、ダルシーの体を高々と浮き上がらせた。
「のわにっ?」
「あの娘、貧民街のウェイトレスだろ?」
「神官の修行をしてるって聞いたことあるが」
「え? 魔法って修行で身につくのか?」
「なんでもいいっ、捕まえんか!」
右往左往しながら、兵士たちは追いかけてくるが、空中を舞う彼女を捕まえることはできない。お城への潜入なんてどうみたって重罪だ。こうなったら仕方ない。ダルシーは、遅い覚悟を決めると、門と城を繋ぐ橋をひとっ飛びに越えた。
「ゲンは、どこかな」
城の外壁も楽々越えると、中の人々は城から出ようと橋のほうへ群がっていた。これだけパニックになってるなら後からうやむやにできるかも。正面に迫った本城を見据えると、言一狼のいそうな場所を宛てもなく探していく。
「お城に、ヒビが入っていく。もしかすると、あの中心?」
細かな亀裂が、蜘蛛の巣のようにみるみる広がっていく。いちばん酷くなってるのは、丁度、目の前に迫ってきているテラス付近だ。
城は、崖の斜面を利用して造られていた。こちらからは見えないが、建物の反対側の下には川があるのだ。ダルシーは、一階の屋上兼、二階の入り口に通じるテラスを、降下地点と定める。
「風よ、私を降ろして」
身体を支えていた風がその強さを緩めていく。不慣れな風魔法の初本番としては上出来だろう。ふらふらしならが、ダルシーはテラスに不時着する。洒落たテーブルとイスの置いてある空間には、石のかけらが散らばっている。パラパラと破片が降ってきているのだ。気休めに手で頭を護ると、入り口に向けて歩き出した。
「時間は、あまりなさそうね」
扉に手をかけて、思い切り引っ張る。思いのほかすんなりと開いた部屋は、何もない小部屋だった。ぴかぴかに磨き上げられた大理石の床の奥には、高い背丈の扉が待っていた。彼女は、その扉も開けようとするが、今度はびくともしない。扉に耳を当てると、どんどん叩く音がする。
「これって、壊せるかな?」
言一狼に聞きたいことはたくさんあったが、ランキングの1位は魔法の使い方だった。
昨日、無我夢中でジョルジュを治療した彼女は、誰にも見られないように、授けられた魔法を試してみた。そこでわかったことは、言葉の長さに比例して威力が増すこと。そして、イメージすれば、治療と風や空気の魔法が思うように使えること。
制御はカンタンで、なるべく具体的に願って、シンプルに唱えるだけ。イメージ不足の適当な願いは魔法を暴走させてしまう。なにせ最初のテストでは、見える範囲の樹木がすべてなぎ倒されてしまったのだ。もっとよく正しい使い方を身に着けないと、人を救うどころか傷つけてしまう。言一狼にはまずそれを教えてもらいたいのだ。
「えっと。私が通れるくらいのサイズで裏の人を傷つけないでドアを切りたい。風よカットして」
シュパーン
一枚物の厚い板の造詣された扉が人の背丈サイズで傷がつく。切り面は、鋭利な刃物を用いたようにきれいだった。くり貫かれた部分が、ゆっくりと音をたてて倒れかと思うと、 間髪いれず人のたくさんの声が耳に届いた。
広い部屋の中では、崩れる始める壁や天井の避けて、高価な衣服を着た人たちが逃げ惑っていた。扉が一部分が開いたのに気付いた数人の男が、我先に飛び込んでくるが、ダルシー1人サイズの隙間に数人が入り込んだせいで、たちまち身動きが取れなくなってしまった。
「もう。通れなくなっちゃったでしょ」
仕方なく、もう一方の扉に穴を開けることにする。今度は何人も並んで通れるくらい大きく切り開くと、人が来る前にさっさと中に入り込んだ。
事態はより差し迫っていた。見上げるほど高い天井から落ちてくる欠片は、小ぶりであっても致命傷になりかねない。どんどん壊れていく謁見の間は、埃がもうもうと立ち上がり、煌びやかさは失われていた。
「ゲーン! どこぉ!!」
勝手につけた愛称に答えてくる声はない。ダルシー自身も危険なのだが、空気のバリアを張って、落下物の中を突き進んで行く。視界はますます酷くなり、倒れた柱や壁などで、足元もおぼつかなくなってきた。言一狼は、ここにはいないのだろうか。そう思いかけたとき。
「見つけたっ! げんいちろうっ!!」
少年は、逃げることも降り注ぐ石を避けもせず、ただその場に座り込んでいた。何もかもを投げ出し、終わりを迎える城の一角でかかる試練を受け止めている。まるで、自分の命を諦めたようだった。
その姿に、ダルシーの心に怒りが湧いてくる。生きたくても生きられない人もいるんだ。可能性があるのに、死を選ぶなんて死者への冒涜だ。それに。
「私に、力を与えておいて、勝手に死ぬなんて許さないっ!」
声が届いたのか、彼はダルシーのほうを向いた。彼女と交差したその視線には驚きが宿っていた。しかし、それも一瞬のこと。とうとう本格的に崩れてきた天井は、ダルシーの真上に落ちてきた。
スローに感じ取れた最後の時。少女は、自分の生命の終焉を正確に判断する。
もう、だめか。
あんなの、空気幕じゃ防げないし。
天井の塊が、あんなに近く。
もうすぐ、ペシャンコだね。
でも最後に。
顔が見れたからいいよね。
目を閉じようといたその時、目前の景色が、二度変化した。
一度目は、瓦礫を背景にした少年の顔。
そして二度目も、少年の顔だったが、背景は何もない空の上だった。
遅くなりました。




