4話 神官魔法
おお、ブクマ ありがとうございます!!!
一日だけ、時をさかのぼる。
「商売の邪魔邪魔、どっか行っちまいなっ」
少年が連れて行かれた後、店にたむろする野次馬を、ジョルジュがしっしと追っ払う。衛兵達を帰して1人残った役人は、小僧を店にかくまっただのと難癖をつけていた。ジョルジュは、役人を無視していた。
いつものように、小銭でも握らせれば、直ぐにいなくなるのだろう。だが、商売の準備を邪魔されたことで、ハラワタが煮えくり返っていたのだ。女主人の苛立った小言は、神官希望の娘へ向けられる。
「少しは懲りたんじゃないかっ、ダルシー? できもしないことを頑張っても結果はこれさ。全部を助けるなんで無理なんだよ。あんたにもアタシにもね。ああ。無駄な時間だったよ。今日はいつもより頑張ってもらうからね」
しかしその小言は、ダルシー・ハートレットの耳に入ってない。頬に手を当ててボーっとしている。ついさっきの出来事を、彼女は思い出していたのだ。
さっきの、げんいちろうの行動 ――
誰もが「もう終わりだ」と思ったとき、少年は、意外な行動に出る。
ダルシーの耳元に口を寄せて、こうつぶやいた。
「ダルシーが成りたい神官にしてあげる」
その声はとても甘く、人の声とは思えないほど爽やかに輝いていた。いつまでも聞いていたいような、でも消えてなくなるからこそ愛おしいような。切ない旋律が耳の中を刺激していった。
それからそっと、頬に、キスをしたのだ。
その場にいた人々は皆あっけにとられたが、別れのラブロマンスかと自分を納得させた。
―― あの意味はなんだったのだろうか。
私を神官にするって? バカなの? そんなことはありえない。自分でもわかってるんだ。魔法ってのは努力でなんとかできることじゃない。生まれたときに、魔法使いになる人は決まっている。最初から、特別な人として世の中に出てくるのよ。
子供のときから知ってたけど、もしかしたらって希望を持っていた。神様がどこかで見ていてくれて、努力をわかってくれて、私を魔法使いにしてくれるときがやってくると。でもそんな奇跡は起こらなかった。都合のいい神なんてどこにいないんだ。
バカにしないで。
神官になんかなれないんだから。
現実を受け入れられない私を、バカにしないで。
バカに、しないで……。
神官になりたいという願い。誰にからかわれても、これまで気にしたことは無かった。でも彼の言葉だけはナゼか心に刺さってきた。自分の深い気持ちを軽くあしらわれたような、たいしたことではないと宣言されたような、言い得ない思いが堂々めぐりする。
そんなダルシーの逡巡は、役人によって強制終了させられた。
「き貴様、王の代理人である、こ、この私の歯向かうのかっ」
キンキンという耳障りな言動と、ザキっという物を断ち切る音。直後、ダルシーの視界には、ジョルジュが倒れていく光景が捉えられた。
「ここいつが、貧乏人風情が、この俺を無視するのが悪いのだ。俺のせいではないのだっ」
役人の震える手には、短剣が握られていた。煌びやかな装飾は実用に足りると思えないが、それでも短剣は短剣。刃先からしたたり落ちる血液が、直前の凶行を物語たる。
「貴様が悪いんだからなー」
役人は叫ぶと、倒れたジョルジュから足早に離れていった。役人の声を合図に、散っていた野次馬が戻ってきた。
突伏した店主の下からは、断続的に血が溢れて出ていた。赤い溜まりは地面に広がっていく。下手に触ることは危険だと素人にさえわかる。
「じ、ジョルジュさん?」
彼女の返事は無い。
「だ、誰か医者を」
「医者なんて、どこにいる」
ダルシーは助けを請うが、周囲の反応は冷たい。その通り。集落に医者なんかいない。王都の中には、貴族や住人相手の医者がいるはずだが、入場するためのお金がない。かき集めて王城に入れたとしても、貧乏集落の人間を診てくれる医者などいないのだ。
「孤児院の神官サマなら?」
「用事で別の町に行ってる。戻るのは来週だって」
また、だ。
私を助けて仕事をくれた恩人ジョルジュ。役人のちょっとしたカンシャクに触れたせいで、生の灯が消えようとしている。どくんどくん、血の海はさらに広がり、ひざまづいた少女の足元を濡らし始めている。人は、こんなことで命を失くすのか。
また今度も、私は何もできない。
ダルシーの中に絶望が広がる。
真黒い気持ちが心を埋め尽くす寸前、頭の中に少年の声が鳴った。
――ダルシーが成りたい神官にしてあげる――
「あの言葉の意味って、もしかして?」
ダルシーは、幼さの残る自分の胸に、ジョルジュ身体を抱えた。そして恩人の命の生還を心の底から祈った。
「おねがい、神様っ ジョルジュさんを救ってっ!」
お腹から熱いものがこみ上げてくる。両手がパァッと光った。
十分に明るい午前中にもかかわらず、日差し以上にまぶしい輝きが、ジョルジュを包み込んでいく。あまりのまぶしさに、人々は自分の目を遮る。
「おおっ」
「どうした?」
「見たことあるぞ、こりゃ、神官魔法だ」
傷を負ったジョルジュを包んだ神官魔法の光は、濃度を変化させながら、彼女の身体のあらゆる部分を暖かくなでていく。頭、胸、お腹、おしり、足。まるで愛おしい人を抱きしめるように、優しくめでる。
満足したのか、光は唐突に無くなった。辺りを満たしたまぶしさが消え、ジョルジュの顔に赤みが戻る。
「ジョルジュさんっ」
名前を呼ばれた彼女は、さっとまぶたを開いた。大丈夫と言いながらその場に立ち上がるのを見て、ひときわ大きな歓声が野次馬達からあがる。
「うおおぉぉぉぉーっ」
ダルシーは、身体から力がなくなったように、へたへたと座り込んだ。今の現象はなんだったのだろう。手のひらに居残る光の感触がまだ暖かい。本当に神官になったの?
鳴り止まない歓声と拍手を聞きながら、自分につぶやく。
「よくわからないけど、あの人に確かめなくちゃ」
彼女は決意した。
お城へ潜入することを。
予定しているのは、あと2話+エピローグです。




