3話 謁見の間
役人に捕らえられた中山言一狼は、問答無用で牢に放り込まれた。
昼が終わり夜を向かえ、まぶしい朝がやってくる。頭ひとつも通らないほど狭い風取りの窓から、僅かな日差しが室内を照していった。
城は石造りだった。この牢は、二階以上であろう場所に儲けられたと想像される。隙なく積み上げられた石の子部屋だが、柵と扉は木製だ。逃走を避ける意味で太い鉄を用いるべきだが、鉄は貴重なのかもしれない。
通路の奥で重々しく扉が開かれる。ガチャっガチャ。鎧を鳴らす数人の騎士が、言一狼の牢の前に止まった。
「出ろ。我が王が、じきじきにお会いになられ……」
牢の中を覗き込んだ騎士の言葉が詰まる。その部屋は、自分達が知っているはずの牢とは違っていたのだ。冷たい石の床にはふかふかの絨毯、壊れかけていた木製寝具は、みたことないパイプベッドになっていた。眠気を誘うような暖かなマットレスに少年は悠々と寝そべっている。
ふっくらしたベッドから当たり前のように起き上がった囚人は、自から牢を出る。フリーズ最中の騎士たちに向けて、行かないのかと、指でジェスチャーした。
背の高い男が我に帰った。言一狼の腕を後ろに回し、乱暴に木枷はめると、首に縄をつけて引いていった。
これは謁見の間というのだろうか。当たり前だが、王と相対した部屋は牢よりも広い。例えるなら小学校の体育館を二つ足したくらい。低い層ならこの広さもアリだが、ここに来るまで3度、階段を登っている。牢が二階だとしても最低でも五階以上となる。
上にも居住空間があると考えるのが妥当ならば、いかほどの高さになるのか。この建築物を築ける経済力から、国の権勢が見て取れた。
謁見の間には、偉そうな側近達が左右にずらりと並んでいた。言一狼に向けられるさげすむ視線視線。中央のその奥には、王が鎮座していた。
ぴかぴかに磨かれた大理石の床。辛うじて王の姿が確認できる距離に、言一狼は跪かされる。ぬくいベッドで過ごした身体には、床の温度が冷たく感じられる。
「これより、国王サマによるお裁きが執り行われる。黒い髪の罪人よ、面を上げい」
騎士の一人が剣を抜いて、彼の首に剣をつきつけ、ぐいと持ち上げる。
「以下に、そのものの罪状を述べる……」
勝手に国内に潜入した罪。
市民を扇動して反乱をもくろんだ罪。
婦女子に乱暴を働いた罪。
盗みを働いた罪。
貴族の名誉を汚した罪。
聞いたこともなく覚えも無い罪とやらが、側近の口から並べ立てられていく。耳にしているほかの側近たちは穢れた物でも見るように、口をゆがめ、罵声をかける。一人などは王の目も憚らず唾を吐いた。
「……以上。これらは、紛れも無くそこなる人間が起した事実であります。大臣である、このオースロめが、すべての証言を吟味し確認しておりまする」
大臣と名乗ったキンギンパールなメタボ男は、王のほうを恭しく振り返った。白々しく、少年を糾弾する声が騒がしくなる。ここぞとばかり、大臣に同調することで自分の立場をアピールしているのだ。
彼らにとって、罪状の真意などはどうでも良い。いかにこの場で王や大臣の印象に残ることのほうが重要なのだ。
大臣は、満足そうに一同の顔を眺めると、大きく両手を広げて同調者達を静めた。
その行為はまるで、この場を仕切っているのは王ではなく自分のほうであると言っているようにも見える。王が不機嫌に見えるのはそのせいかもしれない。
「さて、方々。この者の罪状は明らかだが、もしも言い分があるのなら、聞いてみようではないか」
そう言ったメタボ大臣は重い腹を揺さぶりながら、跪かされた言一狼のほうへやってきた。数メートル前で一旦停止。少年が完全に拘束されていることをしっかり確かめてから、顔が触れる距離まで接近する。
そうして、彼にだけ聞えるよ小声で訊いてきた。
「お主、異世界から召還されてきたそうだな。小国を滅ばしたのもお主か?」
少年は、ここに連れて来られてからこれまで、面白そうな物を見るような目をしていた。まるで観光客が、始めての異文化の建物を案内されたように、笑っていたのだ。しかし大臣の言葉を耳にしたとたん、その目から光が消えた。
「ほう、異国のブタのクセに自分の立場を理解しているとみえる。良い心がけだ。おぬしの命は風前の灯。我の言うことを聞くか? さすれば、悪いようにはすまいぞ」
大臣は腰をかがめる。この少年の命は自らの手中にある。国を滅ぼしたほどの魔法使いなどというが、捕らえてしまえばただの薄汚れた小僧でしかない。いまにも命乞いはじめるに決まっている。
絶望の広がった顔をしかと見ようとした大臣だが、少年の目の奥には予想外の感情が潜んでいることに気がついた。




