2話 筆談少年
思いのほか、文章が長くなってしまいました。
ジョルジョの店は、集落のなかで一番大きなレストランだ。地域でとれる農作物や、冒険者たちが持ち込む魔物や獣の肉を素材に、料理を作る。その味は上々のようで、ときおり王都の住人も食べにくるほど評判の店である。
開店前なのでまだお客はいないが、あと2時間もすれば座る場所もなくなるほど賑わってくる。
ダルシーは軒下に積んであった重い木製テーブルの一つをかかえると、いつものように、店の表に配置した。大人二人が並んで座れる長椅子をおくと、少年に手を貸して座らせる。心配そうに一瞥すると、自分は店の奥へと歩み入った。
店の責任者で雇い主に声をかける。
「ジョルジョさん、調理場を借りるね」
「それはいいけど、あんたも物好きだね。この前、ネコを拾ってきたと思ったら、今度は人間かい」
ジョルジョは、気のいい女性らしく快活に了解するが、同じくらい呆れた顔をしている。ダルシーが生き物を拾ってくるのは、それほど珍しいことではないらしい。今回はたまたま大物だったというだけだ。
「私は、わけ隔てなく救いたいの」
「まったく頭が下がるよ。その食材代は、給金から差し引くけどね」
「うん、ありがとう」
ダルシーは礼をいうとさっそく料理を作り始める。料理といっても、行き倒れに食べさす物だ。自身の経済力の都合もあり、胃にも財布にもやさしい食材に限られる。
水をいれたナベを火にかけた。適当に煮立ったところで、手近にあった肉と野菜を煮込む。塩と何かの調味料をふり、煮解けたところで火を止める。カンタンな煮込みの出来上がりだ。深いお皿に盛りつけた煮込み料理を、少年の前に置く。
「どうぞ、ゆっくり食べてね」
まだ寒さの残る朝。アツアツの料理はごちそうだ。少年は生唾を飲み込むが、料理には手をつけず、料理と一緒に出されたコップの水に指を浸す。何をするのかと見ていると、その指でテーブルに水の文字を書いた。
『いいのか』
文字を書く。妙に優雅な動作にダルシーは、見とれた。そういえば、この少年が転がっていた地面にも文字が書いてあったっけ。話すことができないほど衰弱しているのが理由だと思ったが、そうではないのか。もしかすると、聞くことも話すこともできないのかも知れない。
「キミ、話せないの?」
思わずそう聞いてから、しまったと思った。話せない相手に言葉で尋ねるとは間抜けである。侮辱されたととられても仕方ない行為だ。どう取り繕うかと思案していると、少年はまた、水の文字を連ねた。
『はなせる はなさない』
「まるで、なぞかけね」
少女がふふっと微笑みながら、改めてお皿を少年の前に置き直した。
「助けてあげるって言ったよね? たっぷり食べて」
少女の言葉を信じられないようだ。十五歳の自分よりも年下にみえる少年。目元幼さの残る彼は、たいした人生経験をもっていないはず。天真爛漫とはいえなくてももっと能天気であってもいいはずだ。
それなのにこの子は、こちらの行為に裏があると思っている。疑いを持たなければ生きていけなかったのかもしれないが、私の手を握ってついてきたでしょうよ。少しくらい頼りにしてもらわないと、ご飯を作ったこっちがいたたまれない。ダルシーは少年に向かって怒り出した。
「あのね。いきなりで信じられないのはわかるけど、私はあなたを助けたいの。というか、私は誰でも助けたい。これは私の性分なの。無茶な願いをいったりしないから、さっさと食べてしまって!!」
むーっ、とにらむ少女。おずおずと、力なく見つめる少年。見えない綱を押し引きしているように伺える。ジョルジョが横から口をはさんできた。
「食べなよ。このダルシーはね、魔法の力もないのに、神官を目指してみんなを救いたいっていう変わった娘なんだよ。バカみたいに裏がないから安心しな」
「バカって……。」
ジョルジョの言葉が効いたのか、にらめっこに疲れたのか、すでに限界を超えた空腹に負けたのか、少年はむんずとフォークを掴む。そして出来立ての料理を口にガツガツと放り込んでいく。行儀を知らない子供のように、軟らかい肉をむしゃむしゃかじっては、皿を持ってずずずっとスープを飲む。夢中で食べる目には涙が光ったようにみえた。
どれだけお腹をすかしていたのか。おかわりを二回して、鍋の料理がなくなったとことで、ようやくひと心地ついたらしい。大きなゲップをして食事が終了した。
少年の給仕と店の開店準備を同時にこなしていたダルシーは、空になったコップに水を注ごうと、大きなヤカンを抱えてテーブルへ向かう。後あと一歩で、テーブルというところで、小鳥がバサバサっと横切り、体のバランスを崩した。まえのめりにつんのめって、持っていたやかんの水を、少年の頭にぶちまけた。
『っ……!!』
「あ、ごめん」
大慌ててタオルでとってきて、少年にかかった水を拭き取っていく。年ごろの娘から、頭も身体も拭きまくられているのだが、少年は無反応。照れくさそうにもせず、歳不相応にされるがままになっていた。
顔や頭を拭きあげると、ホコリで真っ白だった頭もあらわになっていく。その髪の毛は、この世界では珍しい黒髪だった。
「そうそう、まだ名前を言ってなかったね。私はダルシー。ダルシー ハートレット。キミは?」
少なくなったやかんの水をコップに移して、三度水文字を書く。
『げんいちろう なかやま』
「げんいちろう、かあ。珍しい名前ね。そんなカッコしてるけど、魔法使いなの?」
げんいちろうは、首をひねった。自分は、はたして魔法使いなのだろうかと。散々迷ったあげくに、こう、水で書いた。
『かも』
「なぁによ、それっ」
ぷっと吹き出すダルシー。そのやり取りが可笑しかったようで、げんいちろうも、一緒に笑う。うん、声は出せるんだな、とダルシーは思った。話せるのに話せない理由が気になるが、とりあえず、心がほぐれたことで納得しておこう。
でも、これからどうするか。死に損ないを拾ってきて助けたのはいいけれど、後のことは全く考えていなかった。仮にも人間である。ネコのように餌付けして飼うなんてことはできない。せっかく助けたのに、このまま放り出すことはできないし。
自分も住んでいる『神官の孤児院』に連れていくのが妥当なところだろうか。げんいちろうは魔法使いかもしれないという。行き倒れは事情があるのだろうが、本当に魔法使いであれば、できる仕事はいくらでもある。親代わりの神官に相談して決めようと結論を出した。
「キミ、これから行くところはあるの」
『ない』
「それなら……」
一緒に来ないかと言おうとしたとき、あたりのざわつきが静まったことに気付いた。
怒声に売り声、そこを行きかう人々の喧騒があったのだが、いきなり沈黙したのだ。朝の騒ぎの代わりに響いてきたのは、語気高い男の声。
「そこの小僧、この国の者ではないな。魔法使いか?」
癇に障る声の方向には、王都の役人が立っていた。ときどきこの辺りを巡回する男である。3回に1回は、買った食べ物の金を払わないことで評判になっている。いつも護衛を数人従えているが、今は衛兵も混じっていた。
「この人は、空腹の旅人ですよ。死に掛けていたところを、そのダルシーが拾ってきた――」
ジョルジュの受け返し遮って、役人は横柄に口上を述べる。
「どうでもよい。黒髪の小僧よ。貴様は、わが国に対して謀反を企だてていると聞き及んでいる。一緒にきてもらおう」
ダルシーは、自分の血の気が引いていくのがわかった。この役人はときどき、言いがかりをつけては誰彼かまわずひっ捕らえていく。
男は死んでなければ返されてくるが傷だらけになっている。ひどい仕打ちの理由を聞いても応えてくれることはなかった。連れたいかれたのが女であった場合、一人も返ってこなかった。
連行への恐怖はぬぐい堅いものがある。当初は歯向かう人間もいたが、1人残らず捕らえられて拷問されたことで、逆らう者は一人もいなくなった。
「小僧よ、聞えているのかや?」
一切の反応をみせないげんいちろうに、役人は苛立ちを隠さない。おいっ、と指図すると、後ろに控えていた衛兵が近づいてきた。
遠巻きに見ている野次馬たちの表情はさまざまだ。またかとあきれている近所の売り子。自分の無力さにうなだれている冒険者。面白い見世物にニヤニヤしているチンピラ。自分には関係ないと背を向けて去っていく者もいる。
ダルシーは、怯え震えて何もできないでいた。いま、目前にいる少年を助けることができずに、すっかり縮こまってる。自分はなんて無力で情けないのだろう。みんなを助けるなんて言っといて、ひどい有様。神官になるなんて言っておきながらたった一人に手を差し伸べることさえできないでいる。
少年の肩に、衛兵の手が伸びた。
―― もう終わりだ ――
誰もがそう思ったとき、少年は、意外な行動に出る。
ダルシーの耳元に口を寄せて、それから、
キスをしたのだ。
役人も含め、その場にいた人々は皆あっけにとられたが、別れのラブロマンスかと自分を納得させた。
「ふん、大人しくしておれば、何もせん。何もな」
衛兵にがっちりと捕らえられた少年は、そのまま連れて行かれてしまった。




