At that time 1988 Part4
高揚した気持ちのまま、ステージを背に控え室に下りていくと、祥二が興奮しながら
「みんな良かったよ!凄く楽しかったー!」
徹も満足げに
「あー、俺は何回か途中ミスったけど、慌てずに最後までいけたんじゃね?」
これまたドヤ顔、ってそんな言葉はこの頃無かったが、そんな感じの表情で自画自賛だ。
「確かにミスタッチが何回かあったけど、今までの練習よりは全然良かったわよ。松ヶ谷君、意外に本番に強いのね?・・・緊張で我を忘れてた誰かさんと違って。」
陽子が笑いながら茶化す。
・・・・・悪かったな。
「まあ、最初だけだったから大目に見てやってくれよ。」
苦笑いしながら信吾がフォローしてくれた。
・・・優しいなあ、同じ時間を過ごしてる幼馴染みならではだな。
・・・あ、陽子もだったか。
「意外には余計だけどよ、これからが楽しみだな!・・・ちょっと俺ションベン行って来るわ!」
「・・・下品ね。褒めて損したわ。」
陽子が眉をひそめる。
徹が小走りに出て行ったのと入れ違い気味に、ライブのスタッフさんがやって来て
「君達なかなか良い演奏だったよ!まさかビートルズにジョン・ボーナムばりのドラムが乗るなんて、なかなか過激な「抱きしめたい」だったよ。ホントに好きなドラムだったよ。」
「えっ・・・、俺っすか?あ、ありがとうございます。」
まさか自分のプレーを真っ先に褒められるとは思っていなかったらしく、信吾が照れてやがる。
「うん、ベースの彼氏ともバッチリだったし、キーボードの彼女も完璧だったね。ヴォーカルの彼氏もよく頑張ったね。」
次に褒められた俺達も顔を見合わせて、喜ぶ。
「余計なお世話かも知れないけど、ギターの彼はもうちょっと頑張った方が良いね。ちょっと途中でとちったりミスタッチしてたようだし。」
祥二が慌てて
「彼は半年ぐらい前に始めてギターに触った初心者なんです!彼なりに一生懸命練習して彼なりに上達したんですよ!」
スタッフさんも申し訳なさそうな表情で
「ああ、そうだったんだ?ごめん、ごめん。今度は是非オリジナルにでも挑戦してみたら?」
それを聞いて、祥二が感慨深げに
「・・・オリジナルかあ、やってみたいなあ。」
「難しいけど、コピーとはまた違ったバンドの楽しみがあるよ。イマジネーションで無限に広がるからね。頑張って。」
俺達が声を合わせて
「はい!ありがとうございます!」
スタッフさんが手を振りながら、控え室を後にする。
入れ替わりで何組かの年上のバンドさん達からも声をかけられて、それぞれ俺達の演奏を褒めてくれた。
「ねえねえ!私達結構評価されてるんじゃない?」
陽子がちょっと興奮気味にまくし立てる。
「そうだね!小野さんの腕は文句無しだし、信吾君は初心者とは思えないリズム感だし、純ちゃんも緊張さえしなけりゃ実力あるしね。徹君も練習次第じゃもっともっと上手くなれるはずだよ!」
・・・緊張さえしなけりゃね。
褒められたのか貶されたのかわからんが、褒められたと言う事にしとこう。
「それにしても、徹君遅いね。」
この場にいたら、自称バンマスの徹が有頂天になって盛り上がっていたはずだ。
数分後、徹がこわばったような表情で控え室に戻って来た。
「何だよ徹、遅かったな?うんこでもしてたのか?」
「ちょっと純君!汚いわねーっ!」
陽子が俺の脇腹を肘で突く。
「・・・ん?ああ、うん?」
徹は心ここにあらずの様子だ。
信吾が徹の肩に腕をかけて
「どうした?何かあったのか?」
と、聞いても
「いや、何でもねえ。」
と、答えるだけだった。
最後の一組のステージが終幕し、他のバンドさん達は打ち上げで飲みに行く話をしていたが、俺達高校生はそのままライブハウスを後にした。
祥二と陽子は道すがらキャピキャピと音楽の話をしている。
俺と信吾と徹はそんな二人の様子を見ながら後ろをついて行く。
すると祥二が振り向いて、
「ねえ、徹君!次はオリジナルにも挑戦したいんだけど、どうかな?」
一応、バンマスの意見は求めるのね?
すると、ボーッと歩いてた徹が
「・・うん?」
と、不意に驚いたように顔を上げる。
祥二が笑いながら
「いやだなー?さっきからどうしちゃったの徹君?これからのThe Namelessの方向性についてだよ。」
「・・・ああ、バンドの事な。」
徹が頭をかきながら続ける
「いや、なんかさ、ライブやったら達成感って言うか。・・・燃え尽きた感があるよな?」
盛り上がる俺達に水を差すように、妙な事を言い出す。
「どうした?急に。」
「いや、なんつうか、そろそろ俺達もよ、高3になるし、卒業後の事とかっても考え出さなきゃいけねえだろ?・・・そんでバンドごっこは一区切りで良いんじゃねえ?」
「・・・え?」
祥二が絶句する。
陽子は急な徹の心変わりに腹を立てた様子で
「なんなのよあんた?さっきと言ってること違うじゃないのよ?言い出しっぺがそんないい加減なこと言うなんて!」
徹が表情を変えずに
「・・・まあ、俺もいろいろ考えたんだよ!特に俺ん家は母ちゃんしかいねえから、そうそう遊んでもいられねえし。」
徹の家庭事情を言われて、4人はそれ以上何も言えず、押し黙ってしまった。
"ごっこ"か・・・。
まあ、実際今のところプロ目指してやってた訳じゃないし。
ただ、このままやってれば、そういう道も広がったかも知れない。
徹の家庭事情を一番身近に知る祥二が寂しそうに
「まあ、バンマスの徹君がそう言うんならしょうがないか。・・・せっかく初ライブやって楽しくなってきたところなのに、ちょっと残念だね。」
信吾もずっと無言だが、残念そうに唇をかみしめてる。
「何か私は納得いかないけど、自称バンマスがそう言うし、祥二君がそれに従うって言うんならしょうがないわね?」
陽子はさっきまでそうとう怒っていたようだったが、徹と祥二の様子を見て、その怒りもだいぶ収まったようだ。
「それでもまた気が変わって、またやろうって時は私にも声かけなさいよ?せっかくシンセ買ったんだから!」
こうして、徹の気まぐれで始まった俺達のバンド、The Namelessは、たった1回のライブを終えて、バンマス徹の気まぐれで解散した。
その後、俺達の口からバンドの話をする事は一切無かった。
でも俺達の友情はバンド結成前と変わらず、親友として悪友として卒業まで一緒に過ごしたんだ。