At that time 1988 Part3
そしてバンド結成から約半年後、いつものようにスタジオに向かうと、オーナーが珍しく浮かない顔で俺達を迎えた。
「どうしたんですか?」
祥二がたずねると
「来週末知り合いのライブハウスさんで対バンライブが予定されてて、うちのお客さんのバンドも出る予定だったんだけど、ギターの子が腕を怪我しちゃって欠場するってたった今連絡が入ったのよ。困ったわー。」
「そうなんですか、大変ですね。」
素っ気ない感じで祥二が答え、俺達はスタジオに向かう。
「ちょっちょっちょっちょっと待って!」
オーナーが慌てて俺達を呼び止める。
「・・・何だよ?」
徹が不機嫌そうに振り返る。
「ねえねえ!君たち出てみない?」
「ええ?僕たちがですか?」
急な申し出に祥二が驚く。
「うんうん!」
オーナーがにこやかに頷きながら続ける。
「大学生とか社会人のアマチュアバンドさんばっかりだし、君達が練習してる60年代とか70年代のロックをやってるバンドさんが多いから、君達も勉強になると思うよ。」
「うーん、でもまだ僕達には早い・・・。」
慎重な祥二の言葉を遮るように、徹が目を輝かせて
「おお!やろうぜ!やろうぜ!俺達の初ライブだ!」
祥二もちょっと考えながら
「・・・そうだね。せっかくだから参加させて貰おうか。いずれライブは出来たらやりたいと思ってたし、最初は対バンで慣れる方が良いしね。」
オーナ-が手をパチンと打って
「じゃあ、決まりね!・・・君達、当日まで怪我なんかしないでよ?特に松ヶ谷君。」
「・・・あ?何で俺なんだよ?まあ任せなって!」
浮かれる徹を見て、陽子が茶化す。
「どう見ても私たちの中で一番危なっかしいのはあんたでしょ?」
まあ、外れてはいないな。
俺と信吾と祥二が笑うと、徹が頭をかきながら
「・・・やっぱり、俺はお前が苦手だ。」
そして対バンライブ当日。
いつものように信吾と落ち合ってから陽子を迎えに行く。
いつもはそんなに待たされないんだが、その日に限って15分待っても出てこない。
陽子の家の玄関に背を向けて待っていると、後方からバタンッ!とドアが開く音がして陽子が出て来る。
「ごめーん!お待たせーっ!」
・・・やっと出て来たか。
「遅えよ。」
俺と信吾が陽子の方を振り返って息を呑む。
・・・化粧濃っ!!!
てか、気合い入れすぎだろ。
「ん?どうかした?」
多分、これを陽子に言うと怒って化粧をし直して、今度は30分以上待たされるであろうからやめておこう。
さて、途中祥二と徹とも合流した。
徹のリーゼントがいつもよりガッチガチ、ポンパドールがいつもよりとんがり気味に決まってる。
「よう!・・・お?どこのキャバクラの姉ちゃんかと思ったら小野か?」
陽子も負けじと
「凄ーい!しゃべるニワトリ発見!・・・と思ったら松ヶ谷君じゃないの!」
「んだとー?」
「何よ?」
「はいはい喧嘩はやめやめ。今日は初めてのライブなんだから仲良くやろうよー!」
祥二がなだめつつ、会場のライブハウスに到着。
オーナーに言われたように受け付けをしている主催者へ5人で挨拶に向かう。
「”STUDIO AIR”さんのバンドさんだね!今日はよろしく!・・・えっと、それで君達のバンド名は?」
俺達5人はそれぞれ顔を見合わせる。大事な事を決め忘れてた。
初回のミーティングで揉めてから棚上げしたままだったバンド名。
何となくそのままここまで来てしまったんだ。
祥二が恐る恐る聞いた。
「・・・あの、やっぱりバンド名無いとまずいですよね?」
「え?君達バンド名決まってなかったんだ?今時の若い子達って、真っ先にバンド名とかスタイルとか決めて、形から入るもんだと思ってたけど、珍しいね。」
スタッフさんが笑いながら、俺達を見回す。
そう言えば、衣装も普通の普段着で、陽子の化粧以外は普段のまんまだった。
徹がここぞとばかりに
「だからバンド名はよお、俺が提案したDEATH・・・。」
「それは死んでも嫌っ!!」
陽子が全力で遮る。
祥二がスタッフさんにたずねる。
「名無しって英語だとなんて言うんですか?」
「名無し?うーんと、多分Namelessじゃないかな?」
祥二が俺達の方を振り返りたずねる。
「どうかな?」
・・・”Nameless”なかなか良い響きじゃないか。
俺と信吾と陽子は無言で頷く。
徹は一人キョロキョロして
「えっ?何っ?何っ?」
状況が飲み込めていないようだ。
「じゃあ、バンド名はThe Namelessでお願いします。」
「・・・え?良いの?じゃあThe Namelessと。じゃあ、よろしくね!」
「はい、よろしくお願いします。」
「聞いてると思うけど、今日は8組出場で、君達は3番目ね。1組持ち時間約15分だから、まあ3曲ってとこかな?楽器のセッティング中は、ボーカルが軽くMCで繋いでもらえばお客さんも飽きないと思うんで。・・・じゃあ頑張ってね。」
「はい、わかりました。」
「祥二、MCって何?」
「ああ、ちょっと何か話をするんだよ。まあ今日みたいな場合は自己紹介とかしてもらえれば。純ちゃん頼むよ!」
何か話せば良いのか。
つっても、それによってお客さんの俺達への見方も変わるよな。
・・・結構、責任重大だぞ。
「・・・俺に出来るかな?」
祥二が俺の不安そうな顔を見て、にこやかに
「大丈夫だよ、純ちゃん!落ち着いてね!」
そして、ライブが始まった。
観客は30人くらいの狭い箱だ。
1組目、2組目と社会人なのか、大学生なのか、年上の人達のバンドの演奏が終わった。
つうか、控え室を見回すとみんな年上ばかり、俺達が一番年下みたいだな。
その演奏は凄い上手かった。
こんな上手い人達の後で、俺達の演奏は大丈夫かな?
さて、いよいよと言うかとうとう俺達の出番になってしまった。
ステージに出ると俺以外の4人は、それぞれ楽器のセッティングを始める。
えっと、俺は何か言うんだっけ。
と、マイクを握ってステージからオーディエンスの方を振り返ると、途端に頭が真っ白になった。
「・・・・・・・・・・えーっと。」
後ろでセッティングをしていた祥二達4人は俺の異変に気づいた。
俺が緊張のあまり頭の中のもん全てをぶっ飛ばしちまった事に。
・・・何だっけ?
・・・何を言えば良かったんだっけ?
・・・そもそも俺は何でここに居るんだっけ?
その時、後ろからいきなり俺の股間をむんずと握る手が。
「いでっ!何すんだよっ?」
その瞬間どっか飛んで行っちまってた自分が舞い戻ってきた。
手の主は徹だった。
「しっかりしろよ、てめえ。」
小声で言って自分の立ち位置へ戻って行った。
・・・サンキュー徹、助かったよ。
そうだ!MC!MC!
「・・・あ、すいません!俺達The Namelessです!・・・初ライブって事で緊張してます!」
観客がどっと笑う。
俺が緊張でどうにかなっちまってたのは、メンバーだけじゃなく、観客にも丸わかりだったらしい。
「まだ下手ですが、一生懸命やりますんで、よろしくお願いします!」
ふっと息をついて後ろを振り返ると、セッティングを終えた4人が位置について頷く。
俺も4人を見回した後、信吾に向かって頷く。
信吾のカウントが始まる。
「・・・ワン・ツー・スリー!」
バンドを結成して初めて練習した「I Want to Hold Your Hand」。
信吾の刻む力強いビートに、祥二のベースが絡まるように乗り、グルーブを生む。
この二人リズム隊の演奏はマジで息がぴったりだ。
祥二はともかく、信吾は初心者のハズなのにな。
よっぽどリズム感が良かったんだろうな。
そしてそんな二人のリズム隊に、これまた陽子の完璧なキーボード演奏でのコードが載る。
俺は陽子の奏でるコードを聴いて、ヴォーカルの音程を取る。
これは誰に言われるでも無く、練習中に知らず知らずのうちに俺が習得した技。
って言うほどの大袈裟なものでも無いか。
そしてそんな3人の演奏に、ちょっと頼りない感じの徹のギターが鳴る。
いや、上手くはなってるんだぜ?最初に比べれば雲泥の差で。
・・・ちょっと雲が低いだけで。
たまにミスタッチが聞こえるが、徹は他では見せないマジな表情だ。
頑張れ!頑張れ!歌いながら心から応援してしまう。
いや、俺もマジだ。熱いっ!癖になりそうな熱さだっ!
そして「Satisfaction」、最後は「20Th Century Boy」の3曲を続け様に演奏した。
3曲があっという間に終わった気がする。
さっき俺を極度の緊張に追いやった観客達は笑顔で拍手をしてくれている。
今の自分達の自分達なりの演奏は出来たと思う。
バンドの4人を振り返ると、4人とも充実した笑顔だ。
こうして俺達のバンド、The Namelessの初めてのステージは無事幕を下ろした。
・・・かに見えた。