At that time 1988 Part2
そして、初めてスタジオで全員そろって練習する日を迎えた。
俺と信吾は陽子の家に集合して、陽子の練習用の楽器を運ばされる羽目になった。
「なあ、信吾。」
「ああ?」
「確か陽子の電子ピアノって結構でかかったよな?」
「ああ。」
「あんなの持って駅まで歩いて、電車乗るのか。」
「ああ。」
俺と信吾の頭には小学生の頃から陽子の部屋に鎮座していた、でかい電子ピアノのイメージしか無かった。
おかげで、普段から寡黙な信吾がさっきから「あ」としか発声してない。
陽子が玄関から顔を覗かせる。
「はい、お待たせー!じゃあこれお願いね!」
そこには長方形のそんなに小さくは無いが、一人でも持てそうな大きさのソフトケースが。
「あれ?お前の電子ピアノってこんなに小さかったっけ?」
俺が尋ねると、陽子がにんまりして
「祥二君が私に自由にやって良いって言ってくれたでしょ?だから、ピアノじゃ無きゃダメ?って聞いたら、音の幅が広がるしピアノにこだわらないよって言ってくれたから、前から欲しかったシンセ買っちゃったの!」
「へー。」
これはただの相づちの「へー。」ですね。
「って言っても、貯金が5万円しか無かったから、足りない分お父さんにおねだりしちゃった!」
「へーっ!」
これは欲しい物盛りのはずなのに、貯金が出来る同じ高校生に心底感心してる「へーっ!」。
「シンセ弾いてるTM NETWORKの小室さんとかREBECCAの土橋さんなんか凄く素敵でしょ?憧れてるのよー!」
何はともあれ本体を信吾が、俺が付属品を持たされて、3人で祥二が手配したスタジオに向かう。
電車で移動し祥二に教わった住所へ向かうと、ギターケースを背負った祥二と徹がガードレールに寄っかかって待っていた。
こぢんまりとした水色の建物。
看板には”STUDIO AIR”と書かれている。
これがスタジオか。
初めて入る、新しい空間に胸が高鳴る。
中に入ると、ドレッドヘアーで髭面のオーナーがにこやかに出迎えてくれた。
年の頃は40代前半ぐらいだろうか?
「いらっしゃい!・・・あら、可愛いお客さん!」
可愛いと言われ、陽子が反応する。
「えーっ、そんなーっ!可愛いだなんてーっ!」
有頂天の陽子をスルーして、オーナーが祥二の手を取る。
「君が電話くれた針須君?初めまして!君とっても可愛いねーっ?」
俺達5人が固まる。
中でも祥二と陽子は正反対の感情で固まる。
固まった俺達を見回して
「ああ、ごめんなさい!でもそっちの趣味じゃ無いから安心して!お嬢ちゃんもチャーミングよ!」
そっちってどっちだよ!?俺達高校生なんでわかりません!
・・・とっても、個性的なオーナーだって事はかろうじてわかりました。
固まった陽子は意識が戻っただろうか?・・・良かった、大丈夫みたいだ。
気を取り直して案内されたスタジオの練習室に入る。
6畳ぐらいの部屋の奥にマイクスタンドとアンプが数台、そして奥にはドラムセットが鎮座している。
「うお!?」
信吾が陽子のシンセを持たされているのも忘れたような勢いで、ドラムセットに駆け寄る。
無理も無い、信吾だけはこの日初めて本物の楽器に触れるのだ。
信吾がすがるような眼で俺達の顔を見つめる。
「はいはい、わかったよ。」
信吾から陽子の楽器を受け取ると、信吾は喜び勇んでドラムセットの前に座る。
俺と徹とで陽子のシンセのセッティングを始める。
「おい、こりゃ結構重てえな。これずっと信吾一人でぶら下げて来たのかよ?馬鹿力だな。」
そんな徹を尻目に、ドラムの前に座った信吾は、真新しいスティックを取り出すと、おもむろにドラムを叩き出す。
凄い音圧だ。
「・・・馬鹿力だな。」
徹が呆れる。
全員の楽器のスタンバイが出来たところで、祥二が陽子に
「ちょっと小野さんの演奏のプランが聴きたいんだけど。」
「そうね、ビートルズはギターが二人だけど、うちは一人でしょ。針須君が松ヶ谷君にリードギター教えてるって言ってたから、私は基本コード弾こうと思うの。」
「うんうん。」
「こんな感じでイントロだけちょっと遊ばせてもらおうかな?って。」
と言い、まず高めのキーでイントロ部分を弾き、Aメロ部分のバッキングコードを低めのキーで弾き出す。
「どう?」
陽子が祥二を振り返ると、祥二が
「うん、凄く良いと思うよ!」
そこに徹が茶々を入れる。
「何だ、好き勝手やらせろって言ってたから、もっと派手な演奏するのかと思ったら意外に大人しいんだな?」
「だーれが、好き勝手やらせろって言ったのよ?あんたじゃないんだから!」
「・・・うっ!」
徹が言葉を詰まらす、陽子が続ける
「私もバンドは初めてだけど、みんなで一つの曲を演奏するんだから、それぞれ俺が俺が私が私がってやっちゃうと、良い演奏出来ないと思うの。それぞれ役割に沿って、協調しながら演奏するのが基本よ。」
これには徹も感心する。
「へー、お前良いこと言うな?」
「だから松ヶ谷君は自分勝手な演奏して、足引っ張らないでよね?その前に意識して足を引っ張れるほど、上達したかどうかは疑問だけど?」
「うわっ!ひでえっ!前言撤回だ!」
陽子の言葉に凹まされた徹以外、全員が爆笑する。
「じゃあ、先に僕と信吾君と小野さん3人で合わせてみようか?」
祥二のかけ声で信吾が慌てて
「ちょっと待って!俺数分前に初めてドラム触ったのに、もう合わせろとか無理だよ。」
「とりあえず、バスドラとハイハットとスネアだけでも、信吾君ちで僕と練習した通りにやってもらえば良いよ。失敗しても気にしないですぐ立て直すようにね?目標はリズムキープ。」
「あ、ああ。」
こんな弱気な信吾は初めて見たな。
蚊帳の外っぽい、俺と徹。
俺はまあ、とりあえず3人でどんな演奏になるか見たいから良いんだけど。
「祥二ー、俺と純はどうすりゃ良いんだ?」
「まずリズム隊をある程度固めたいから、音量小さめで合わせて練習しといてよ。」
「わかったー。邪魔すんなって事なー?」
さっき陽子になじられたので聞き分けが良い。
俺はとりあえず一度聞かせてもらおうかな?
「じゃあやろうか。ワン・ツー・スリ・ジャジャジャーのタイミングで入るよ?・・・信吾君、カウントお願い。」
「よ、よし、じゃあ行くぞ?・・・ワン・ツー・スリー!」
信吾のドラムと祥二のベースと陽子のキーボードが一斉に鳴り響く。
個々の音が絡み合って、なんつうかグルーヴって言うの?・・・を生み出す。
前に信吾が雑誌を叩いて祥二がベースを弾いてたのより、数百万倍ワクワク感が上がってる。
ただ、やっぱり信吾がいっぱいいっぱいなのが手に取るようにわかる。
そら、そうだよな。自主練はしてたとは言え、さっき初めて楽器に触ったんだから。
しかし凄い音圧だ。さすが馬鹿力。
祥二と陽子は何というか抜群の安定感。
楽しそうに演奏してる、この2人は練習要らなさそうだな。
徹はと見ると、音を出さずに3人に合わせているが、時々首をかしげたり、左手をぶらぶら振ったりしている。
こりゃ、まだまだ3人と合わせるレベルじゃないみたいだな。
そして曲はエンディングへ。
「ふぅーーー!!」
信吾が大きく息を吐き出す。
「ダメだ!何かすげえバタバタした。」
祥二が額の汗をぬぐいながら
「アハハハ、最初なんだからしょうがないよ。でも凄く筋は良いと思うよ?和太鼓やってたんでしょ?和太鼓のリズムに比べれば、ロックのリズムは単調だしね。」
「そ、そうか?良かった。」
「もうちょっと力抜いて、リラックスして叩いてみたら?もっとスムーズに腕が動かせるようになると思うよ?」
信吾が両肩を回しながら
「リラックスねえ?・・・こんな感じか?」
ふっと肩を落として前より小さなスイングで叩き出す。
「あー、ホントだ!これならもうちょい練習すれば手数も増やせそうだな。」
「針須君、私はどうかな?」
陽子が聞くと、祥二は
「小野さんには文句のつけようが無いよ。」
「そう?なら良いんだけど?何かあったら遠慮無く言ってよ?」
「うん!そうだ、出来たらコーラスお願い出来るかな?僕も一緒にやるから。」
「良いわよ、多分私と針須君以外はそれどこじゃ無いでしょ?」
信吾が苦笑いしながら
「まともに叩けてないのに、そんな余裕あると思うか?」
祥二もちょっと笑いながら
「・・・じゃあもう一回やってみようか?徹君も入るかい?」
「いやー、パス。もう何回か自主練させてくれ。このままじゃただ足引っ張るだけだ。」
陽子に言われた事がよっぽど気になってるのか?意外な一面。
「そうだ、それなら純ちゃんもちょっと待ってて!」
ここまで、俺は陽子の荷物運び以外出番無し。
ほぼ、見学者だな。まあ良いけど。
と、祥二がバッグの中をゴソゴソ。小さなラジカセを取り出す。
「とりあえず練習も兼ねて、リズム隊だけの演奏を録っておきたいんだ。それで徹君の家での練習に使ってもらえれば。」
「そうだなー。お前らと俺じゃスタートラインが違うから、俺は相当努力しなきゃマジでダメだな。」
徹に似合わずえらく殊勝な言葉だ。
ただ調子が良いだけのちゃらんぽらんじゃ無い、この男の良いところだ。
それから2テークほどリズム隊3人での練習と録音、俺と徹も入ることに。
徹が唯一自分で買って持ち込んでいたエフェクター、ディストーションのセッティングをしていると、祥二が
「あ、エフェクターはオフで練習しようよ。」
これにはちょっと徹も不満そうで
「何だよ、スタジオで初めて音出せるのに、エフェクター使わせてくれねえのかよ?」
「うん、音を歪ませると雰囲気で弾けちゃってる風に聞こえちゃうから。生音でちゃんと弾けてるかチェックしながら練習しないとね。」
「・・・チェ、せっかくギュインギュイン出来ると思ったのにな。まあしょうがねえか。」
渋々だが師匠の言うことはちゃんと聞くようだ。
「じゃあ信吾君お願い!」
「よっしゃ、じゃあ行くぞ!・・・ワン・ツー・スリー!」
4人の楽器が一斉に歌い出す。
この日初めて加わった徹もイントロを聴く分には、相当練習して来てる感じだ。
短いイントロ、そして俺も歌い出す。
俺も必死に歌詞を暗記してきたんだぜ?
一応カタカナで書いた歌詞カードは持参してるけど。
すっげえ気持ちいいっ!!!
何だこの高揚感?カラオケで歌うのとは別次元の気持ちよさだ!
・・・カ・イ・カ・ン!
と、しばらくすると徹のギターが乱れ始めた。
ああ、生音だとよくわかるな。
徹が必死に立て直そうと焦っている、祥二はそれを励ますような眼差しで見守っている。
そして、1テーク終わると祥二が間髪入れず
「信吾君!続けていこう!」
1曲終わり安心して気を抜いた徹が慌ててギターを持ち直す。
そして、もう1テーク、3テークぶっ続けしたところで祥二が
「はい、じゃあ休憩しようか。」
徹が疲労困憊な表情で
「祥二!続けてやるなら最初から言ってくれよ!」
「アハハハ、ごめんごめん。でも行く行くはライブをやる事も考えると、もっと続けて曲を演奏することにもなるからね?」
そりゃそうだ。
「それに僕らはまだ1曲目を練習中なんだから、早くこの1曲を仕上げてレパートリー増やさなきゃいけないし。それには体で覚える反復練習あるのみ。」
普段は気弱で大人しい祥二が、音楽のこととなると人が変わったようで面白い。
「特に徹君はさっき自分でも言ってたように、一人0からのスタートなんだからね?しごくから覚悟しといて。」
「・・・マジかよ、・・・へいへいわかりましたよっと。」
その様子を見て陽子がクスクス笑う。
徹が仏頂面で
「あんだよ?」
と言うと
「あらやだ、針須先生ー!このお弟子さん、態度が反抗的なんですけどー?」
「・・・くっ!俺はお前が苦手だ。」
こうして俺達は、そうこうしながらバンドをスタートさせた。
その後俺達はバンマス徹の方針通り、祥二の全面指導の下、練習を重ねレパートリーを増やしていった。
The Beatlesの「I Want to Hold Your Hand」と「She Loves You」、The Rolling Stonesの「Satisfaction」、T.Rexの「20Th Century Boy」、Deep Purpleの「Smoke on the Water」とか超有名どころのナンバー。
どうしても徹の仕上がり待ち的に進みがちだったが、とりあえず目標があるわけでも無く、割とのんびりと楽しくこなしていったんだ。