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STAGE  作者: 今野 英樹
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At that time 1988 Part1

あの時・・・。

バンド結成が決まってから約一週間、2回目のミーティングが招集された。

とりあえず個々で揃えなきゃいけない物は、祥二と相談して揃えたりの準備期間中。

俺はヴォーカルなのでとりあえず身一つ、普通の生活を送りつつ、腹式呼吸ってのが出来るように腹筋を鍛える運動をするようにはなった。

祥二がコピーしたスコアとカセットテープを配りながら口を開く。

「じゃあ、とりあえず一曲目はこの曲をやってみたいと思うんだ。」

The Beatlesの「I Want To Hold Your Hand」(邦題「抱きしめたい」)か。

超メジャーな曲だよね。確か兄貴が持ってるCDに入ってたな。

信吾がこっそり

「・・・どんな曲だ?」

と聞いてきた。歌詞はうろ覚えだったので、出だしをハミングで歌ってやると

「あー、それか!なんか聞いたことある。」

と、陽子が困惑したような表情と声色で

「ねー、針須君。曲は良い曲なんだけど、この曲はピアノとか、キーボードのパートが無いわよね?」

それを聞いて祥二が

「うん。そうだね。」

と、アッケラカンと答える。

陽子が不満そうに

「ちょーっとー!私を仲間はずれにしようって魂胆なの?」

祥二が苦笑いしながら

「ゴメンゴメン!違うよ。あくまで僕の選曲は、初心者の徹君と信吾君に合わせてるんだ。そしてこのスコアも僕の父さんが原曲を現代風にアレンジして書いてくれたスコアなんだけど、父さんも鍵盤楽器は経験が無いから書けなかったんだって。」

ちょっと申し訳なさそうに言う。

さらに不満そうに陽子が

「・・・で?」

慌てて祥二が

「それでね、小野さんの腕前ならスコアが無くても即興でアレンジ出来るんじゃないかって。要は小野さんの好きなようにアレンジして弾いてもらおうかと。」

それを聞いて陽子が一転、目を輝かせて

「えっ?アレンジ?私やった事無いわよ?」

言葉とは裏腹に嬉しそうに言うと、祥二が続ける。

「でもピアノで譜面通りに練習してて、たまにちょっと早く弾いてみたりとか、アドリブ入れて弾いたりとかしたでしょ?小野さんなら絶対出来るよ。」

おだてられた陽子が悪そうな顔で微笑む。

「む?もしや儂の意のままに弾いてもかまわぬとな?」

祥二も合わせる

「は!お代官様のお好きなように編曲をしていただきとうございます。」

「針須屋、そちも悪よのう。」

「お代官様ほどでは。」

「ウワッハッハッハッハー!」

陽子と祥二が高笑いする。

とりあえず、俺達はその小芝居を見ていたが、たまらず徹がツッコむ。

「・・・気い済んだかー?」

「うむ、苦しゅうない。」

陽子がおちゃらける。

陽子は徹の天敵になりつつあるな。


脱線したな。本題に戻そう。

「・・・ところで練習はどうするんだ?スタジオってのに行くんだろ?」

俺が聞くと祥二が

「そうだね、それぞれ部活とかバイトとかあるし、お金もかかるからスタジオは月に2回ぐらいのペースで入りたい所だね。」

そう高校生の最大の壁、それは欲望と反比例してお金を持っていないって事だ。

余談だが俺と信吾は幼馴染みで、特にお袋同士が仲が良くて、この二人の大蔵大臣が相談して俺達の小遣いの額が決められている。

俺と信吾に金銭面での優劣が出来ないようにとの配慮らしい。

が、他の奴らの小遣いの相場を聞いて、圧倒的に低い事に二人揃って落ち込んだ事もある。

でも、生活費を稼いでいる徹よりは、十分恵まれてるのかもな。

ああ、また脱線したな。

祥二が俺達を見回して

「あとはそれぞれで自分のパートを自習してもらうしかないんだよね。出来れば信吾君には早めにドラムに触って欲しいんだけどねえ。」

「一応、言われた通り雑誌を置いて、スティックで叩く練習はしてるぜ。」

「そうだね、まず僕達リズム隊が形にならないと他のパートが合わせられないから。小さくてもベースの音が出せて、信吾君の練習と音合わせられるような場所があれば良いんだけど。」

信吾がちょっと考え込んで

「それじゃ、うちの工務店の作業場に来るか?たまに電ノコとか使ってるような場所だし、昔祭りの太鼓の練習もそこでやらされてたから、空いてる時なら頼めば使わせてもらえるかも。」

祥二が嬉しそうに

「うわーっ!そこ使わせてもらえるとありがたいなーっ!頼んでみてもらえるかな?」

「オッケー。わかった。」

それまで蚊帳の外になってたバンマス徹が

「祥二、俺はどうしたらいいんだ?」

「とりあえず、渡したカセットに原曲とお父さんに弾いてもらったギターパートが録音してあるから、スコア見ながら何小節かずつ反復練習だね。」

「あら?お父さんに弾いてもらったの?針須君もギター上手だって聞いてたから、針須君のお手本が聞きたかったわ。」

と、陽子が言うと、祥二はみるみる顔を真っ赤にしながら

「いや、やっぱりお手本となるとお父さんの方が遙かに上手いからね。僕なんてまだまだ全然だし。」

「そうなの?・・・あらっ?」

陽子が音楽室の壁際に置いてあった、軽音楽部の練習用のアコースティックギターを見つけて抱えて持ってきた。

「ちょっと弾いてみてよーっ。」

「・・・えっ、・・・じゃあちょっとさわりだけね。」

さわりだけと言いつつ、「I Want To Hold Your Hand」をイントロからワンコーラス弾いた祥二の演奏を聞いて陽子が感嘆の声を上げる。

「すっごい、上手じゃないの!やっぱり松ヶ谷君じゃなくて、針須君がギターやるべきよ!」

「うっせい!うっせい!うっせい!」

陽子は徹の立派な天敵になったな。


そして次の週末、信吾の家の作業場に信吾と祥二と俺で来ている。

俺は小学生の頃から出入りしてる遊び場みたいな場所。

信吾の親父さんから

「遊んでも良いけど道具はいぢんじゃねえぞ!」

と念を押されたにも関わらず、小学生の好奇心で大工道具を弄って怪我をしてしまった。

大慌てで親父さんが飛んできて心配してくれるのかと思いきや、ゲンコツを食らわされたと言う甘酸っぱい、いやいやただ単に痛い思い出の場所。

昭和のおっちゃん&おばちゃんて、他人の子供でも悪い事すれば平気で怒ってたよな。

平成の昨今、そんな事したら訴えられちまう世の中になる・・・んだろうな。

・・・・と、そんな予感がボンヤリとしたようなしないような昭和63年。

作業台の上にはズタズタになってる漫画雑誌達。

「親父が近所から苦情来ない程度になら音出して良いって。」

「ありがとう!練習するにはこれ以上の場所は無いよ!」

祥二が真新しいベースをケースから取り出す。

「ストラトみたいなベースだな?」

俺がたずねると、祥二が微笑みながら

「フェンダージャパンのプレシジョンベースって言うんだ。徹君にあげたギターもフェンダージャパンのストラトで、ベースを選びにお父さんと見に行ったら、安くて徹君のと色が一緒のがあったから。」

祥二が嬉しそうだ。

「ベースって初めてやったけど、面白いよ。ベースとドラムで刻んだリズムの上に、ギターとかキーボードとか歌声とかがデコレーションされて曲になるんだなと思うとワクワクするよ。」

信吾が感心する。

「ほー、そういうもんなのか。何となくバンドの裏方的な存在かと思ってたわ。」

祥二がち真剣な顔で

「とんでもない!ヴォーカルやギターやキーボードはどれか欠けてもバンドとして成り立つけど、ドラムとベースは欠かす事は出来ない大黒柱なんだよ。」

そう言われると信吾が急に心配そうに

「そう言われると責任重大な気がしてきた。・・・俺、出来るかな?」

祥二が無邪気に微笑んで

「僕もベースは初心者だから一緒に頑張ろうよ!・・・じゃあちょっと合わせてやってみる?」

信吾が雑誌を作業台の上に並べながら

「まだシンバルまで手が出せない感じなんだけど。」

「とりあえず、ハイハットとスネア、あと足でバスドラ踏む感じで一定のリズムキープが出来るようにして、タムとかシンバルはそれからで良いと思うよ?」

信吾が気持ちを決めたように

「よっしゃ、じゃあちょっとやってみるか。」

と、おもむろに雑誌をスティックで叩き出した。

お!良いリズム感だ。しかも力強い。

雑誌を叩くたびズバン!ズバン!と良い音を立てる。

まるで雑誌がいっぱしの打楽器のようだ。

祥二が目をつぶって頭を振ってリズムを取っていたが、おもむろに目を開き信吾とアイコンタクトを送ったかのようにベースを弾き出す。

鳥肌がぞわっと全身に立つ感触、これは気持ちいいグルーブ感。

つってもかたや雑誌を叩いて、それにベースが乗ってるだけなんだけど。

これが本物のドラムで、ギターが乗ったらどうなるんだろ?

祥二がふと合図を信吾に送る。

信吾がふとそれまでビートを刻んでた手を止めると、祥二が満足そうな笑顔で信吾に向かって

「信吾君、凄いよ!リズム感もリズムキープもバッチリじゃない!」

褒められた信吾が嬉しそうに

「いやー、祥二も凄いな。祥二のベースが乗っかった途端、背筋に電流が走った様だったよ。」

「よし!じゃあもう一回!次は純ちゃんもちょっと歌ってみてよ。」

見とれて惚けてた俺に祥二が促す。

「お、おう。」

歌詞はまだ暗記してなかったから、原曲を聴きながら書き出したカタカナの歌詞カードを見ながら歌ってみる。


あ、そうだ!最初にお断りしときます。

このストーリーはロックンロールミュージックを中心に俺達の青春を描くお話なんだけど、演奏シーンは割愛するんだってさ。

一応俺は歌った体で話が進んでいくんだけど、実際はちゃんと歌ってるんだぜ?

ただ他人の曲の歌詞を勝手に書く、・・・いやいや歌うと、えっと”スラックス”?じゃなくって”サブバッグ”?とかって、何か世に出回ってる音楽の著作権ってのを牛耳ってるおっさん達に怒られるんだとか?

俺らは高校生だから難しい事はよくわかんねえが、そう言う大人の事情らしい。

何かプロレスをしない「キン肉マン」か、サッカーをしない「キャプテン翼」みたいだけど、まあそう言う事でよろしくメカド(略)


そんな事情も含みつつ近所迷惑になるとマズいんで、若干声のボリュームは抑えているが歌ってみると、チョー気持ちいいーーー!!!

・・・と、声に出して言ってれば未来の流行語大賞が、・・・いや、なんでもない。

それから、3人で夢中になって練習していると「カツーン!」と何かが床に落ちる音がした。

「あ゛ーーーーーっ!!!!!」

と、信吾が長いつきあいでも初めてぐらいのでかい声で絶叫する。

驚いて見ると手にしたスティックが1本折れてる。

祥二が苦笑いしながら

「あーあ、折れちゃったね?でも雑誌叩いて折れるって相当な力だよね。」

「馬鹿力なんだよな、信吾は。」

俺が言うと信吾がしょんぼりして

「・・・スペア買って無かったからまた買って来なくちゃ。てか、今月もう小遣いあんま残ってねえ。」

祥二が励ますように

「今日はここいらでお開きにしようよ。信吾君は今度スタジオ入る時までには新しいスティック用意して欲しいんだけど。もし資金が足りないならカンパ募ろうか?」

「・・・。」

折れたスティックを手に信吾は呆然。

と、その時ガラッと作業場の引き戸が開き、信吾の親父さんが顔を覗かせる。

「おう!ガキどもやってるか?」

何しろ信吾の産みの親、・・・いや産んだのはお袋さんだけど、まあでかいおっさんだ。

そんじょそこらのプロレスラーよりでかいだろうな?

「あ、おじさん、ちわーっす!」

「おう、純か。しばらくぶりだな。元気にしてっか?」

「うん!」

祥二が花咲く森の中でクマさんにでも出会ったみたいに緊張の面持ちで

「あ、あ、あの、初めまして!は、は、針須って言います。お、お、お邪魔してます!」

それを見た親父さんが、ほころんだ笑みで

「お?お前さんが針須んとこの坊主か?父ちゃんとは全然雰囲気違うな?」

それを聞いて祥二が驚く。

「・・・え?父をご存じなんですか?」

珍しく親父さんが慌てたように、

「・・・ん?あ、いやー、隣町の商店街のパン屋だろ?昔、商店街の建物もおっちゃん達が建てたりしてたからな。それで知ってるだけだぜ。」

「あー、そうなんですか!」

祥二は納得したようだ。

「それはそうと、信吾!おめえしょぼくれてどうしたんだよ?」

流石に親子だ、普段寡黙で表情をあんまり表に出さない信吾の、落ち込んでる様子に気づく。

「・・・んー、せっかく買ったスティックを折っちまった。」

それを聞いて慰めるでも無く

「この世に壊れねえ物なんて無え。そいつはバチとしての役割を終えたんだ。感謝して葬ってやれよ。」

流石、木を扱うプロ、何となく言葉の重みが違うな。

・・・バチはちょっと違うけど。

親父さんが続ける。

「お前ら今日はもうバンドやらねえんなら、この後ちょっと作業したいんだけど良いか?」

3人で顔を見合わす。

どうせ今日はもう終わるつもりだったしから、3人揃ってうなずく。

「おし、じゃあまたここは使ってねえ時は好きなだけ使って良いからな?遠慮無く遊びに来いよ!」

太くて威圧感がある声だが、優しさと心地よさが同居してる。

「うん!おじさんありがとう!」


と、次の日学校に登校すると、たまたま先に登校していた信吾が机上に学生鞄を置いて、スティックで叩いていた。

鞄を置きながら

「あれ?もうスティック買いに行ったのかよ?よく小遣い残ってたな?」

信吾がニヤッとして手にしていたスティックを差し出す。

「よく見てみ。」

先っちょのチップって言うんだっけ?ポッチが無いな?

それと若干の荒削り感。

「あの後、父ちゃんが折れてないスティックを見本に練習用にって作ってくれたんだ。10セットも!」

「へー!良く出来てるな!流石大工の棟梁だ。」

「ああ、本番用のちゃんとしたヤツは、母ちゃんにお願いして小遣いもらって買えって。」

前に何度か聞かされた「職人は腕っ節一つで勝負する。財布は母ちゃんに任せる。」って信吾の親父さんの信条そのままのようだ。

そのうち祥二もやって来て、眼を丸くして感心してる。

昨日バイトで来れなかった徹は、眠そうに教室へ入って来て手をあげて

「よー。」

とだけ言うと、自分の机に座り突っ伏し寝だした。

「あいつのギターはどうなんだ?」

と、俺が祥二に聞くと苦笑いしながら

「『指がつるー!!』とか『右手と左手が上手く動かせねー!!』とか言いながら、何とかやってるよ。」

なかなか前途多難のようだ。

その途端ムクッと徹が頭を上げ、祥二がビクッとする。

キョロキョロし頭をかいてまた寝る。・・・地獄耳なのか?

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