Friends 1987
1987年春、高校に入学した俺。
幼稚園から親友の信吾は小学生から町の道場で習っている柔道部、俺は中学から続けてるサッカー部に入部した。
中学では2年からレギュラーでMFを任されてた。
でも、また高校に入ると一番下っ端に逆戻り。
・・・人生その繰り返しだな。
サッカー部の初練習の日。
練習と言っても下っ端の一年は、グラウンド整備とかボール磨きから始めさせられる。
ふと一緒にボール磨きをさせられてる新入生を見回すと、同じクラスのえっと・・・針須だったっけ?がいた。
「やあ、一緒のクラスの、えっと針須君だよね?」
針須は驚いたように、そしてはにかむような表情で
「あ、君は・・・蓮野君だったよね?・・・よろしく。」
「こっちこそ、よろしく。君も中学からサッカーやってたの?」
「うん、一応ね。ただ、僕はあんまり上手くなくて補欠だったけど。」
「そっか、でもサッカー好きなんだね。」
「・・・うん、他のスポーツはチビだと不利だけど、サッカーなら僕みたいなチビでも出来るポジションがあるからね。」
上級生が遮るように
「おら!一年坊!無駄口叩いてんじゃねえぞ!ボール磨き終わったらランニング始めるからな!」
・・・チッ!偉そうに。
次の日の昼休み、信吾と昼飯を食べようとすると、教室の隅の方でポツンと一人で昼飯を食べようとしている針須を見つけた。
いっつも一緒にいるヤンキーっぽいツレがいないな?
・・・確か、松ヶ谷って言ったっけ?
信吾には昨日のサッカー部でのことを話していたので、針須の方を指さすとコクッとうなずいた。
「よ!一緒に昼飯食おうよ!」
「あ、うん。」
「いつも一緒にいる、えっと松ケ谷だっけ?あいつは?」
「徹君?・・・徹君はバイトで夜遅かったから寝てくるって、どっか行っちゃったんだ。」
と言うと、針須は慌てて小声で
「・・・あ、バイトの事は内緒にしといて。学校にバレるとマズいから。」
「ああ、良いよ。」
見ると針須の前には総菜パンが二つと三角パックの牛乳。
「昼飯はパンと牛乳だけかい?」
「うん、家がパン屋で、朝は商品の仕込みでお母さんが弁当を作る時間が無いから、売り物のパンを持って行けって。」
「へー、パン屋さんなんだ。でもパンだけだと栄養偏ったりしないか?」
信吾が笑いながら
「俺だったら10個食っても腹の足しにならなさそうだな。」
針須も笑いながら
「須田君はたくさん食べそうだもんね?」
引っ込み思案だが、素直な良い奴だ。
こいつとは仲良くなれそうだと確信した。
・・・と、その昼休みに、一年生が上級生二人を相手に暴れたらしいとの噂が流れていた。
長い授業が終わって放課後、信吾と教室を出て昇降口へ歩いていると、突然後ろから
「おいっ!!てめえら待てやっ!!」
と怒鳴る呼び声。
振り向くとそこに血相を変えた針須のツレ、同じクラスの松ヶ谷が立っている。
そう言えば午後の授業で見掛けなかったな?ずっと昼寝してたのか?
それはそうと、明らかに友好的ムードじゃないのは一目でわかる。
ただ怒鳴られる理由がわからない。
信吾を見やると信吾も首をかしげる。
よくわからないが話を聞いてみるしか無さそうだ。
「・・・何?」
「何?じゃねえよ!てめえら祥二の昼飯のパンを馬鹿にしたそうじゃねえか!」
確かにそんな話はしてたような?
でも、一切馬鹿にした覚えは無い・・・よな?
「馬鹿になんかしてねえよ。」
「あーっ!?バックレてんじゃねーよ!!パンで栄養が偏ってるからチビだとか言ったそうじゃねえか!?」
・・・酷い悪口だなー。
てか、そんな事言ったっけ?
「いや、多分そんな事言ってねえぞ?」
「るせーんだよ!!祥二に謝れやコラ!!」
キレてて全く聞く耳持たずの様子だ。
って、謝るにしても、その針須本人がいないんだけどな?
「・・・いい加減にしろよお前。」
ヤバい、今度は信吾がキレそうだ。
信吾がキレると俺じゃ止められねえぞ。
「お前何か勘違いしてんじゃねえのかよ?」
「るっせんだコラーッ!!!」
松ヶ谷が殴りかかる。・・・速い!
ビシッ!!
信吾がまともに顔面を殴られてよろける。
信吾も負けじと、間髪入れずにそのでかい拳で殴り返す。
鈍い音が響き、松ヶ谷の体が飛ばされるがこらえる。
そしてすぐ殴りかかってくる。
信吾がちょっと驚いた表情を見せる。いや、俺も驚いた。
大抵の奴は信吾の一発を食らえば、その破壊力に戦意喪失するのが常だ。
こいつ見かけ倒しじゃ無いな。
それからお互い数発ずつ殴り合うが、どちらも引かない。
珍しい光景だ。信吾と互角に渡り合える奴がいたなんて。
例えるなら信吾がスレッジハンマー、松ヶ谷は日本刀。
そんな危険な領域に入った二人を、俺は止められない。
辺りを見るとあっという間に野次馬が集まっている。
ヤバいな、このままじゃ大騒ぎになりかねないな。いや、もうなってる?
・・・その時
「あーっ!!待ってーっ!!やめてーっ!!」
誰かが甲高い声で叫びながら、集まった野次馬の後ろから人混みをかき分けてやってくる。
やっと姿が見えた。針須だ。
松ヶ谷が針須の声に気づき、振り返る。
「あーっ!?こいつらがお前を馬鹿にしたんだろうがっ!?」
「だからーっ!!誤解だってばーっ!!!」
人混みを容易に越えられず、針須が懸命に叫ぶ。
「二人は、徹君以外で初めて話しかけてくれた友達なんだからやめてよーっ!!!」
信吾と松ヶ谷の動きがピタッと止まった。
「・・・そうなのか?」
「そうだよーっ!それなのにこんな酷い事してっ!!」
松ヶ谷が拳をふっと落としながら、バツの悪そうな表情になって
「・・・すまなかった!すまなかった!すまなかった!」
針須と信吾と俺に頭を下げ始めた。
俺と信吾はぽかーんと顔を見合わせた。
針須が泣きそうな表情で、半ばポカンとしてる俺と信吾に
「僕からもごめんなさい!徹君も君達と友達になれるかと思って、君達との話をしてたら急に怒り出して走って行っちゃったんだ。」
・・・そうか、そこで断片的に言葉を受け取って勘違いしたのか。
察した俺と信吾は、顔を見合わせて笑いそうになった。
・・・と、集まっていた野次馬がざわつく。
「おら、どけよ!」
野次馬をかき分けて、後ろからいかつい上級生が数人やってくる。
その中心には、とっても見覚えのある顔が。
別当緋人。
小学校、中学校と俺達の二学年先輩で、筋金入りのジャイアニズムの持ち主。
小学生の頃から、事あるごとにそのジャイアニズムを遺憾なく発揮して、俺達ともよく揉めたが、そのたびに信吾に返り討ちにあってる色々と残念な先輩だ。
「おう、須田に蓮野じゃねえか。お前らもこいつと揉めてんのか?・・・じゃあ話は早い、そいつをこっちに渡しな。」
別当の傍らには顔を腫らした上級生が二人。
あー、もしや昼休みに乱闘騒ぎがあった一年生と上級生って・・・。
松ヶ谷が面倒くさそうに
「何だてめえら、まだやられ足りなかったのかよ?てめえらが喧嘩ふっかけてきたんだろうが。」
「う、うるせー、お前が屋上の俺らの場所で勝手に寝てたんだろうが!」
顔を腫らした一人が、明らかにビビりながら叫ぶ。
くっだらねえなー。
負け犬の遠吠えってこのことか。
松ヶ谷がニヤッとしながら
「何で学校の屋上にお前らの場所なんてあんだよ?てめえは地主か?」
別当が俺と信吾の顔を見ながら
「・・・と言う訳だ。こいつはもらって行くぞ?」
それまで、黙っていた信吾が、静かに太い声で
「・・・別当君、すんません、こいつ俺のダチなんで見逃してやってくれませんか?」
松ヶ谷と別当が同時に驚く。
「えっ!?」
別当が困惑したように
「ダチってお前ら、揉めてたんじゃねえのかよ!?」
信吾が、松ヶ谷の肩を抱きながら
「いやー、ただじゃれてたんすよ。」
松ヶ谷は信吾の顔を見上げながら言葉を失っている。
「それと・・・」
信吾が松ヶ谷から離れ、別当に近寄り耳元で何かを囁く。
別当がそれを聞いて、狼狽しながら
「・・・わかった。・・・お前がそう言うんなら、お前に預ける。・・・ただし、今後俺らをナメたマネさせんなよ?わかったな?」
信吾が頷く。
上級生グループの面々がうろたえる。
「・・・えっ?あの、別当君?」
別当が、その面々を振り返り
「良いだろ!?もうナメたマネしねえって約束させたからよっ!!」
信吾が頭を下げて
「別当君、ありがとうございます。」
「お、おう、じゃあな。・・・おら、行くぞ!」
グループの連中は納得はしてなかったようだが、俺達をにらみつつ渋々引き上げて行った。
野次馬も徐々にばらけていく。
騒ぎを聞きつけた教師が駆けつけた頃には、俺達も野次馬に紛れてその場を離れていた。
ちょっと離れた場所で、俺が信吾に
「信吾、さっき別当の親分に何て言ったんだよ?」
と聞くと
「松ヶ谷は俺と互角だから、確実に別当ちゃんより強いっすよってアドバイスをな。その松ヶ谷と俺が組んだらどうなるか?ってな。」
ああ、それは絶対敵に回したくないタッグだ。
馬場&猪木、ゴジラ&メカゴジラか。
「俺ら一年坊と揉めて負けたら、恥をかくのは別当番長だからな。」
信吾が笑う。
松ヶ谷が困惑した表情で
「何だよ?てめえかばってくれたつもりか?俺一人でもあんな奴らに負けるつもりねえけどな?」
信吾が呆れたような顔で
「そんなに顔腫らして何言ってんだよ?」
「てめえが言うなよ。」
松ヶ谷がにやけながら即座にツッコむ。
「喧嘩に自信あるんだろうけど、一日に3ラウンドもやることねえだろ。」
信吾も笑う。
「・・・まあ、確かにお前とはヘビー過ぎて、ちょっと疲れてたけどな。・・・ありがとよ。」
徹が気まずそうに礼を言う。
こいつも見た目ほど悪い奴じゃ無さそうだ。
あれ?・・・針須は?
・・・とあたりを見回すと、針須が青い顔をして震えながら近寄ってくる。
松ヶ谷とツルんでいても、こういう修羅場には慣れていないんだな。
何でもこの二人は、中一の時に松ヶ谷の両親が離婚して、松ヶ谷がお袋さんと弟妹と針須の家の近所に引っ越して来た頃からの関係だとか。
その頃、松ヶ谷のお袋さんが仕事を探していて、松ヶ谷は弟と妹に食費を割いてあげて自分は何も食べず公園で水をがぶ飲みしてたところに、針須がパンを差し入れしてやったそうだ。
その時から松ヶ谷は恩を感じて、当時いじめられっ子だった針須の用心棒的存在になったとか。
色々と奇妙なコンビだ。
そして、この時から俺達4人はかけがえのない、生涯を通じて無二の存在になった。