Reunion 2013
さて、また何の変哲も無い日常、今日も仕事から帰宅し、
「ただいまー。」
ネクタイを外しながらキッチンに入る。
と、テーブルの俺の席に一通のはがきが置いてある。
「あ、おかえりー。」
洗い物をしていた振り返り陽子が答える。
「何これ?」
はがきを表裏ひっくり返して見てみると、宛先の住所が実家の住所になってる。
陽子がエプロンで手を拭きながら
「んー、実家に届いてたみたいよー。お義父さんがさっき届けてくれたの。ついでに樹莉亜がお小遣いいただいたみたいよ。友達とのボウリング代にしなさいって。」
週末に友達と行くボウリング大会を宣伝したのか。
おっとりとしてるが、案外したたかな娘よの。
まあ親父は樹莉亜にデレデレだからな、小遣いをあげる良い口実になったろう。
祖父と孫娘の絶妙な需要と供給のバランス。
「ふーん、高校の同窓会かー。いつぶりだっけ?」
「確か私たちが結婚する直前に、一回やったきりじゃない?」
そうだ、そこでみんなに俺と陽子が結婚する事を徹にバラされて、同窓会から結婚式の二次会、・・・いやいや前だったから前夜祭みたいになったんだっけ。
「お前の実家にも届いてたんだろ?」
「まあね。でも私はパスね、あなた一人で行って来て良いわよ。」
冷蔵庫から発泡酒の缶を出して、プシュッとプルタブを開ける。
「お前は行かないのかー?」
「主婦は24時間、年中無休なんですけどー?お勤め人さんがビールをプシュッ!プハー!とかなさってる時もそのつまみを作ってるんですよー?それに私たち二人で出かけちゃって、樹莉亜のご飯とかどうするつもり?」
「ビールじゃ無くて発泡酒だよ。」
と口から出かかったけど、すんでの所で飲み込んだ。
それを言ってしまうと、家での安らぎのひとときがスーパードライになってしまう。
そんな折、樹莉亜がヒョコッと部屋から出て来た。
「よ!ただいま。」
「パパお帰りなさーい!今日ねー、お爺ちゃんが来てくれたんだよー!」
うん、もう聞いた聞いた。
そして、それから約一ヶ月後、同窓会当日。
小さなホテルの宴会場、ビュッフェ式の同窓会。
懐かしい面々が・・・。
懐かしいと言うか太ってたり禿げたりと皺になったりと、それなりに変貌を遂げてたりしていて、ある意味新鮮であり、それなりに見覚えのあるような顔が並ぶ。
そんな変貌した一人が声をかけてくる。
「おー、蓮野久しぶりー。ちょっと太ったな?」
・・・俺も多少なりとも変貌を遂げていたクチだった。
でも、見た目は若く見られるんだぜ?
・・・と、女子の集団から一人、きりっとした細身の美人が話しかけてきた。
「純君お久しぶりね。陽子は来てないの?」
「よう、美空。久しぶりだな。・・・今日は俺一人だ。」
「・・・そう、残念ね。しばらくぶりに陽子に会いたかったのに。陽子は元気?」
この佐川美空、高校時代の陽子の親友。
そして俺が大学時代の一時期、陽子と別れてた時につきあってた、俺の元カノでもある。
そこら辺はまあどうでも良い昔話なので割愛させてもらう。
こいつは昔とあんまり変わってないな。もともと大人びてたし。
「ああ、元気だよ。・・・お前はまだ一人なのか?」
元カレの下世話な質問である。
「そうよー、純君がお嫁にもらってくれなかったから。」
いたずらっぽく微笑みつつ、グサッと刺さることを言われて反撃された。
美空はペロッと舌を出して
「冗談よ、冗談。」
美空はハンドバッグの中を探り、一枚の名刺を差し出した。
「ここで小さなお店やってるの。もし良かったら今度寄ってよ。」
「何の店だい?」
「ちょっとしたお料理とお酒出すお店、隠れ家的な感じで静かなお店よ。」
「それって繁盛してないんじゃないのか?」
笑いながらからかうと、美空も笑いながら
「違うわよ、失礼ね!まあ私もあんまり忙しいと困っちゃうけどね。」
へー、”ルビー・チューズデイ”か。
住所を見ると通勤の電車でいつも通り過ぎる駅の近くみたいだが、途中下車までしてわざわざは行かないかもな。
「オッケー!今度寄らしてもらうわ。」
とりあえず社交辞令的な返事をしといた。
「うん!よろしくね。火曜日はお休みだから。」
「だから、”ルビー・チューズデイ”か?」
「えーっ?違うわよ。相変わらず単純ね?・・・じゃあね。」
美空が笑いながらまた女子のグループの方へ戻っていく。
「あ、いたいた!おーい!純!」
相変わらず騒がしい声。徹だ。
その後ろには信吾と、祥二のベーカリーと同じ商店街で肉屋を営んでる蕪島も一緒だ。
さすが肉屋、高校時代と比べて遙かに肉付きが良くなってる。
そこに祥二の姿は、・・・無い。
こいつらと会うのは一昨年、祥二の親父さんが亡くなって以来だ。
徹は高校卒業後に、結構有名どころの芸能事務所へ入社して、タレントのマネージャーをしていた。
それが去年急に独立して、現在は一人の無名女性アイドルを抱える社長兼マネージャーをしている。
信吾は高校卒業後、大学に進学し建築士の資格を取得していた。
いずれは親父さんの営む工務店を継ぐつもりだったんだろうけど、バブルがはじけて親父さんは工務店を廃業してしまった。
親父さんは腕の良い大工の棟梁で、その業界では一目置かれた存在だったので、知り合いの工務店に雇われて、大工を続けていた。
そのため、信吾は中堅建築会社に就職し、建築士として働いている。
徹も信吾も二人とも未だに独身だ。
蕪島は実家の小さな肉屋を継いで家庭を持っている。
祥二と同じパターンだ。
「よう、祥二は来なかったのか?」
蕪島が口を開く。
「俺もあいつを探したんだが、来てないみたいだな。」
「そうか、陽子がよくあいつの店に買い物に行ってるけど、あいつは店先に顔出さないって言ってるからな。元気にしてるんか?」
「陽子ちゃんはうちにも寄ってくれてるからな、毎度。俺も祥二とは町内会の寄り合いでたまに会うぐらいなんだよな。」
フゥーッとため息をつき、続ける
「最近、近所にでかいスーパーが出来ちまってよー。うちとか祥二の店なんかもお客取られて結構カツカツなんだよ。」
手に持ったグラスのビールを飲み込み続ける。
「現に同じ商店街の電気屋なんかは店閉めちゃったし。特に祥二は親父さんが一昨年亡くなっただろ?何とか店を続けるために頑張ってはいるみたいだけどな。」
それを聞いて徹が
「自営業って大変なんだな?まあ、俺も一応小売業じゃねえけど自営業だし。社長兼従業員だしな。」
「芸能事務所なんて儲かってそうに見えるけどな?」
「そりゃー、俺が前いた、売れっ子をたくさん抱えてる事務所ならガッポガッポ儲かってるけどよ。うちみたいな零細は儲からねえんだよ。」
とか言いながら危機感は感じられない。むしろ楽しんでるみたいだ。
「で、徹んとこの麗羅ちゃんはどうだい?前よりは売れてるんかい?」
麗羅ちゃんとは、徹の事務所に所属している唯一の無名女性アイドルだ。
糸篠麗羅、実物に会ったことはないが、なかなか可愛い子だし、歌も上手い。
「いやー、相変わらず今ひとつだな。ってか、お前らちゃんとCD買ってくれてんのか?」
「出るたびに買ってるよ。つうか、俺達が1、2枚買ったからってそうそう変わらんだろ?」
話を聞くと、現在人気の某アイドルグループのオーディションで落選した彼女をたまたま会場で見てた徹が惚れ込んで、当時所属していた事務所に契約を掛け合ったが受け入れられず、彼女をデビューさせるために独立したそうだ。
「結局今のアイドルに求められてるのは親近感なんだよな。素人みたいな未完成のアイドルを、ファンが育てて少しずつ完成形に近づけていってる風に感じさせる。たまごっちみたいなもんだ。」
たまごっちか。ニュアンスはわかるけど古いな。
「アイドルつったら、やっぱ聖子ちゃんとか明菜とかキョンキョンだろうが?俺は麗羅をそういう正統派アイドルとして売りてえんだよ!」
「なるほどな。」
「ただ、いかんせん流行の素人っぽいアイドルグループが強すぎてな。しかもTVも昔みたいに歌番組が無いだろ?俺の本格アイドルは燻っちゃってるって訳よ。」
「まあ、確かに今、昔みたいにソロで活動してて、時代の象徴みたいなアイドルっていなくなっちゃったよな?」
信吾も相づちを打つ
「だな、ソロでやってる子だと、アーティストみたいな括りになってるな。」
「それに今CDが売れない時代だろ?ダウンロードがどうのこうのとか。何か特典でも付けりゃ別なんだろうけどな。」
業界人のくせに目新しい物は苦手らしいな。
「一人じゃ総選挙も出来ないしな?」
「とにかく、俺はあいつを昔のアイドルみたいに、トータルパッケージで売りてえんだよ!」
そのためにこの社長兼マネージャーと無名アイドルちゃんのお仕事は、CDショップのインストアライブのどさ回りと、老人ホームの慰問がメインだ。
「まあ、そのこだわりは良いと思うぜ?俺達は応援してるからな?」
「サンキュー。やっぱ持つべきはダチだな。・・・純と信吾は仕事の方はどうよ?」
飲んで若干口がなめらかになったのか、信吾が口を開く
「建設関係なんて景気の波に影響されやすいからな。妙に忙しかったり妙に暇だったり色々だ。・・・親父はバブルはじけて潰した工務店の仲間集めて、被災地に乗り込んでったよ。」
「へー。」
それは初耳だ。
「『体が動かなくなるまで、一軒でも多くの建物を被災地に建ててやらあ!それが俺の大工として生きた証だ。』ってな。俺なんて中堅建築会社のリーマンだから、そんな真似出来ねえし。」
昔からそういうノリの人だったよな。
「へー、おじさんらしいな。」
徹も感心したように
「漢だねー。かっちょ良すぎるな。・・・で、純はどうよ?」
俺?多分また愚痴になるぞ。
「そうだなあ?普通だな普通。ちょっとマンネリ化して最近嫌気がさしたりもするな。・・・家族と自分の暮らし守るには今の会社にしがみついて、毎日パターン化された生活をこなしていくしか無いんだろうけどな。」
「何だ?脳天気なお前にしちゃネガティブだな。転職でもしたいんかよ?」
脳天気はお前に負けるよ、徹。
「自分でもどうしたいのかよくわからないんだよな。仕事が嫌でしょうがないって訳でもないし。無い物ねだりなんだろうけど。生活に刺激が欲しいだけなのかも。」
信吾が心配そうに俺の顔をのぞき込む。
「刺激って、お前大丈夫か?」
「ハハハ、わりいわりい気にすんなよ。まあ呑もうぜ呑もうぜ。」
黙って聞いてた蕪島が
「まあ、気分的なもんだろうな?俺も毎日毎日肉仕入れに行って、切って店頭に並べてっての繰り返しだもんな。当たり前の事を毎日コツコツ当たり前のようにやってるのに、後から出来たスーパーに客持って行かれてクソ面白くもねえ。・・・まあ、反撃の策は練ってるけどよ?じゃあまたな!」
そう言って蕪島は別のグループの所へ移っていった。
「おう、またな。・・・みんなそれぞれ色々あるんだな?そうそう、さっきのお前の刺激がどうのって話で、ちょっと面白い事思い付いたんだけどよ?」
ちょっとため込んで
「・・・どうだ?久し振りにまたバンドでもやってみねえ?」
・・・バンドかあ。
・・・バンドねえ?
・・・バンド!?
これまでみじんも思ってもみなかった。
こんな中年になって、高校の時にかじった程度のバンドをまたやろうだなんて。
そりゃ、そうだ。俺一人じゃ出来ないんだし思い付くわけも無い。
信吾が怪訝そうに徹に問う。
「バンドったって、お前あれからギターやってたのか?」
徹が首を振りながら
「うんにゃ、全く。」
「そんなんで、またバンドやろうとかって言ってんのかよ?」
「・・・だよな。まあ咄嗟に思い付いただけだしよ。」
そんなやりとりも俺の耳には届いていなかった。
何が変わるかは全くわからないし、何も変わらないかも知れない。
でも何か心が揺れ動いた。
・・・ヤバい!!何かドキドキが止まらない。
徹が笑いながら慌てて
「ハハハハハ、なんちゃってー!冗談冗談。学生じゃないんだ、お互いそれぞれ仕事とか生活があるから、そうそう時間合わせて集まるなんて難しいよな?・・・おい?純?」
信吾が俺と徹を順々に見やりながら
「徹、もう手遅れみたいだぞ?純はもうその気になってるみたいだ。」
徹が呆れたように
「マジかよ!?相変わらず単純な奴だなー?」
信吾が笑いながら
「単純さはお前ら良い勝負だろ?」
「ケッ!お前が言うか?・・・で、どうする?信吾は乗るか?」
「そうだなー?俺もまあ乗っても良いけどな。そもそもドラムの俺がいねえと、お前らがリズムに乗れねえんじゃねえか?」
ダダダダン!テーブルを信吾が軽く叩いてニヤッと笑う。
「誰が上手い事言えって言ったんだよ?・・・じゃあ、やってみるか。って純、てめえ聞いてんのかよ?・・・あとよ、バンドやるなら痩せろよな?てめえ。」
まだ放心状態の俺。