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STAGE  作者: 今野 英樹
29/44

Generalprobe 2013

それから週に二度ほど、俺が仕事を早くあがれそうな日は祥二と携帯で連絡を取り合って、路上での特訓を続けた。

やはり最初のうちは照れもあったが、初回と違って心の準備も多少出来てたし、何よりも「やらなきゃならない。」と位置づけする事で、開き直りが出来た。

そうすると案外気が楽になって、自分でも喉が開いて声の出方が変わっている事が実感出来た。

そうすると勘違いかも知れないが、段々自分が上手くなってるような気がして、楽しくなってきた。

そもそも音楽って楽しんでやるもんだよな。

って、今更ながらごくごく基本的な事を思い出した。

そして、俺も楽しみながら歌えるようになった頃、俺達の他にもちょっとした変化が現れだした。

今まで素通りしていた通行人達が、ポツリポツリと立ち止まって俺達の演奏を聴いてくれるようになったんだ。

俺達はプロじゃない、しがないパン屋とリーマンなんだぜ?

しかもこれからプロを目指すために路上ライブをしている若者じゃない、普通の中年だ。

それでも、演者である俺達が楽しんで演奏してる姿が共感を呼んでるのかな?

音楽って面白いなー。・・・今更ながら。


そんなある日、家に帰ると樹莉亜が玄関までやって来て

「おかえりっ!・・・ねえねえパパ、最近アーケード街で歌唄ってるの?」

ドキッ!!何故バレたんだ?

陽子か?口止めしといたのに、これだから女って。

「えっと、・・・ママに聞いたのかい?」

すると首を振って

「ううん、同じ中学だった子が一昨日部活で遅くなって、夜アーケード通って帰ったら路上ライブしてる人達を見掛けたんだって。」

「へー。」

「ギター弾いてた小柄なおじさんが超上手くて立ち止まって見てたら、横で歌歌ってたのが樹莉亜のパパじゃない?って気がついたんだって。ギター弾いてたのって祥二おじちゃんよね?」

「アハハ、バレちゃったか。」

・・・恥ずかしい事をしていた俺を怒ってるかな?

「・・・ゴメン。」

すると樹莉亜がほっぺを膨らませて

「そうよー、何で内緒にしてたのよー?・・・あーあ、樹莉亜も見に行きたかったなー。」

あら?意外な反応。

「・・・えっ?嫌じゃないの?」

「何で?かっこいいじゃなーい。パパがストリートミュージシャンだなんて!」

・・・いやいやお嬢さん、パパはストリートミュージシャンじゃないですよ。

まあ、でも友達に知られても嫌がられて無かったんなら良かったよ。

「で?次はライブいつやるの?私も見に行きたいわ!」

樹莉亜が目を輝かせて聞いてくる。

いや、だからさ、あれは路上ライブじゃ無くて練習なんだって。

「うーん、パパの仕事が早く終わりそうな日に、祥二おじちゃんに連絡して行ってるから、何時とかって決まってないんだよな。」

「そうなんだ、残念。」

「それより再来週末、本番のライブやるから、その時見においでよ。」

樹莉亜が目を輝かせて

「ママも出るのよね?うん、わかったー。」

すると、キッチンから陽子が出て来て

「あら、樹莉亜に見せるんだったら失敗出来ないわよ?ねえ、パパ。」

茶化すなよ、つうか誰が見たって失敗しないように特訓してるんだからな!

「お前こそ!」

と喉元まで出掛かったが、こと音楽に関してこの人はほぼ完璧超人なので、俺が何を言おうと天に唾を吐くようなもん。

言ったが最後、ケチョンケチョンに貶されて樹莉亜に笑われるだけなんで言えない。

家長の威厳を守るため、ここは敢えて我慢だ。

・・・矛盾してますね?・・・まあ、いいや。


さてその週末、ライブ前最後の合同練習で5人がSTUDIO AIRに集まる事になった。

当然、俺と祥二のエロくない個人授業以外にも、週末には合同練習をしていたが、徹のスケジュールがなかなか合わず、実は5人揃ったのは久々。

・・・いやー、こんなんで大丈夫なんだろうか?

しかも、せっかく5人揃うと思った矢先、徹からちょっと遅れるとのメールが。

揃っていた徹を除いた4人のうち、真っ先に陽子が不満を漏らす。

「ねえ、一番下手っぴが一番練習に参加出来なくて、しかも最後の練習にも遅刻してくるってどういうこと?」

うむ、我妻ながら歯に衣を着せない見事な直球の悪口。

祥二が苦笑いしながら

「ハハハ、徹君もたまたま練習の日に仕事が入っちゃったみたいなんだ。今日は絶対来るって言ってたから大丈夫だよ。」

俺達は先に入って楽器のセッティングを始める。

そこへ徹が大きなスーツケースを引いて、一人なのにどやどやと入って来る。

「おうおう!わりいわりい!遅くなったな!」

陽子がすぐさま突っかかる

「遅いわよ!ほら、早く準備しなさいよ?」

流石に本人に下手っぴとは言わないか。

・・・大人になったな。

「おう!そう急かすなよ。その前によ、お前らまだステージ衣装揃えてねえだろ?」

「・・・あ。」

俺達4人は顔を見合わせた。

そう言われてみれば、話し合いはしてたものの、演奏の練習ばっかりに気を取られててすっかり忘れてた。

「ハッハッハー!そう思ってよ、実は今ここに来る前に寄り道して、調達して来たのよ!」

「調達ってお前、5人分の衣装買って来たのかよ?」

信吾が驚いて、目を丸くして尋ねる。

いや俺達も十分驚いてたんだけど、驚きすぎて言葉にならなかった。

「馬鹿だなー、俺がそんなに金持ってるわけねえべ。」

祥二が悲しそうな表情で、後ずさりしながら

「・・・じゃあ、もしかして。・・・徹君何てことを!すぐ自首するんだ!」

「・・・盗んだんじゃねえよ。・・・ぶん殴るよ、お前。」

祥二が慌てて

「アハハ、冗談だよ冗談。」

「じゃあ、どうしたんだ?」

俺が尋ねると

「おう、これでも業界人の端くれで、最近レイラのTV出演も増えただろ?で、TV局出入りしてる衣装レンタル業者ともコネが出来てな。プロデューサーに言ってレイラには毎回お宅の衣装着させるって言ったら、無料で貸してくれる事になったのよ。」

「へー。」

「で、そこに寄って早速借りて来たってわけよ。衣装着てやれば練習も気分出るだろ?」

と、言いながらスーツケースを開けると、そこにはビニールに包まれた黒いスーツと思われる衣服が、大量に詰め込まれていた。

「じゃあ早速着替えて練習しようぜ。ほれ、これは陽子のだ。」

「ありがとう!・・・トイレで着替えて来るわ!」

包みを受け取って、陽子がそそくさと練習室を出て行く。

「俺らはここで良いよな。・・・ほい、これ純のだ。」

「サンキュー!」

それぞれ、包みを受け取ってスタジオ内で着替え始める。

あっと言う間に黒ずくめの、中年4人。

流石に長年のつきあい、サイズもほぼピッタリだ。

それぞれを見回しながら感嘆の声を上げる。

信吾が嬉しそうな表情で

「俺のサイズの服ってデカいサイズの専門店にでも行かないと、そうそう無いんだぜ?よくピッタリのスーツがあったな?」

徹が笑いながら

「そりゃ、どんなタレントにも対応出来るように衣装揃えてるからな。ちなみにお前のはプロレスラーサイズだってよ。」

信吾が頭をかきながら

「・・・プロレスラーかよ。・・・だろうな。」

4人で顔を見合わせてゲラゲラ笑う。

祥二がはにかみながら

「みんなは、普段スーツ着てるから様になってるけど、俺は着慣れてないから何か着せられてる感じになってないかい?」

確かに祥二のスーツ姿は冠婚葬祭以外見た事が無い。

ネクタイの結び目も微妙に崩れている。

何かすげえ可愛いんだけど。

「ちょっと来てみ。」

「・・・うん?」

祥二がキョトンとしながら俺の方に近寄る。

お節介かと思いつつも、ついつい祥二のネクタイを結び直してあげると

「アハハ、純ちゃんありがとう!」

「おう!祥二、カッコカワイイぜ!」

・・・と、トイレで着替えてきた陽子が、困惑したような表情でスタジオに入って来る。

「・・・ねえ徹君、あなたにしちゃ凄くセンス良いデザインのスーツ選んでくれたんだけど。・・・ちょっとブカブカのよね?」

徹が頭をかきながら

「ああ、わりいわりい。女の服のサイズとかよく知らねえんだよな。・・・それに俺がお前の体のサイズに詳しかったらやべえだろうよ。なあ、純?」

まあ、そうだが。

ってか、俺ですら陽子の服のサイズなんかよく知らんぞ。

陽子が明らかに不機嫌そうな表情をしてる。

「あーあー、わかったわかった。そしたら後で一緒に行って、サイズ合うの借り直そうぜ。とりあえず練習中はそれで我慢してくれ。・・・ちょっと先方に電話しとくか。」

徹がスマホを取り出すと、陽子の表情がパーッと明るくなり

「あー、良かった。ありがとう!」

「おう!・・・もしもし、さっきはどうもでした!・・・うん、それでさあ、中年のおばちゃん用に選んでもらった服がでかかったみたいでさー。」

陽子の表情が一気に凍る。

表情豊かに電話する徹を尻目に、無表情の陽子が辺りを見回す。

・・・と、俺達のスーツが掛かっていた、プラスチックのハンガーに視線がロックオンしたようだ。

そのハンガーの一つを手に取るとブンブン振り出した。

ヤバい、俺と信吾と祥二が後ずさりして距離を置く。

巻き沿いはゴメンだ。

徹がその殺気をはらんだ異様な空気に気づき、恐る恐る振り返る。

「・・・もしもし、じゃあまた後で。・・・はい。」

いそいそと電話を切って

「陽子くん、待ちたまえ。・・・えっと、話し合おう。」

明らかに陽子の手に握られている、生活必需品でもあり凶器にもなる便利グッズにビビッている。

それに対して陽子が明らかに心外そうな顔で

「ちょっと何よそれー?私がいかにもすぐ暴力に訴えるみたいじゃない!徹君じゃあるまいし。」

・・・誰もツッコめない。

ツッコんだらすぐ暴力に訴えられる、そんないかにもな悪寒しかしないのである。

そんな俺達を見回して、陽子がハンガーを椅子の上に置き直す。

「ほら、練習しようよ!時間もったいないわよ。」

祥二が苦笑いしながら

「そ、そうだね、始めようか。」

「ういーす。」

俺と徹、信吾もそれぞれの持ち場へ向かう。

徹が俺の肩に腕をかけて、にやけながらこそっと

「もし今度、バンド名を変える機会があったらドメスティック・バイオレンズにしようぜ。」

徹、珍しくずいぶんと上手い事を。

陽子に聞かれたら相当不味い事になると思うが。

「何か言った?」

陽子が矢継ぎ早に聞き返す。

「いやいや、何でも無い何でも無い。」

俺と徹が慌てて口を合わせて否定する。

「ふーん、・・・まあ良いけど。」

ホッ、良かった聞かれていなかったようだ。

そして位置に着いた俺達を目の前に祥二がにこやかに振り返る。

「さってと、久々に全員揃ったね。徹君のおかげで衣装も揃ったしね。」

徹が照れくさそうに頭をかく。

陽子がすかさず口を挟む。

「そうね、衣装の事はすっごく感謝してるわ。・・・でもね、とりあえず私達4人はもう何回も練習してきてだいぶ仕上がってきてるけど、徹君は大丈夫なの?」

まあ、俺も口には出さないけどほぼ同感だ。

それを聞いて徹が頭をかきながら、バツの悪そうな表情で

「いやー、マジで悪かったなー。足引っ張らねえように努力すっからよ。」

祥二がそれを聞いて、

「うん、今日はまあ仕上げって言うか、俺達4人はだいぶ合わせられてたから、徹君を含めて合わせるのが最終目的だからね。」

久々のフルメンバーでの練習なのに、いきなりそんなレベルの練習で良いのか?

それで無くても徹は言っちゃなんだが、他の3人の演奏レベルより劣るのは紛れもない事実だが。

「徹君、ミスタッチしても気にせずにどんどん俺達についてきてね。」

「よっしゃ!」

「じゃあ指ならしに「I Want to Hold Your Hand」から行こうか?・・・信吾君お願い。」

「うし、じゃあ行くぞ?・・・ワン!ツー!スリー!」

一斉に4人の楽器が歌い出す。

・・・意外にもと言っちゃ失礼だが、徹のギターが上手くなってる気がする。

久々のアンサンブルとは思えないほど、4人の演奏が一体感とグルーブ感を生み出す。

これこれ!この感じだよ!

俺も負けてらんないな!俺だって、祥二と特訓したんだ。

否応なしにテンションが上がる。

Rock'n'roll Timeだ!!

4人の奏でるリズム&ビートに身を委ね、俺も歌い出す。

声の出が良い、絶好調だ。これまでに無い手応えを感じる。

これも祥二との特訓の成果か。

それにしても徹のプレイに驚かされる。

ミスタッチはたまにあるものの、慌てる様子も無く、その表情には若干の余裕すらうかがえる。

以前の徹だったら弦を抑えるのに必死で、一度失敗すると焦ってあれよあれよとペースを崩していっただろう。

そんな様子が一切無く、なかなかの安定したプレイを見せる。

そしてあっという間に曲はエンディングに。


「ふーっ!」

陽子が一息ついて

「徹君どうしたのよ?練習来てなかった割にちゃんと弾けてたんじゃない?」

と尋ねると、徹が嬉しそうに

「そうか?まあミスタッチは何度かあったけどな。」

「いや、俺もちょっとびっくりした。良いプレイだったぜ?マジでどうしたんだよ?」

信吾も無言で微笑みながらうなずいている。

徹が祥二の方を振り返って

「だって、なあ?祥二。」

「うん、実はここ最近、徹君の空き時間に一緒に練習してたからね。俺は早朝の仕込みと焼きの時間以外は割と自由に時間使えるから、連絡取り合って俺の家に来てもらったり、俺が出向いたりしてさ。」

呆れた、この小さな体のどこにそんなバイタリティが秘められているのか。

「じゃあ、俺との特訓の日以外は、徹の練習にも付き合ってたのか?」

「うん、みんなを驚かせたくて、純ちゃんにも内緒にしてたんだよ。」

徹が怪訝そうな顔をして

「何だよ、特訓て?」

と訊ねる。

俺は祥二と顔を見合わせるが、祥二は微笑むだけで何も言わない。

しょうがなく俺が、祥二とのストリートライブ形式の特訓を徹に説明した。

話の途中からこみ上げてくる笑いをこらえていた徹が、吹き出しながら

「プッ!祥二もえげつない事やらせたんだな!何だよ、知ってたら冷やかしに行ってやったのによ!」

祥二が呆れ顔で首を振りながら

「・・・だから徹君にもその事は内緒にしてたんだよ。最初嫌々だった純ちゃんが折角やる気出したのに、知り合いの特に徹君なんかに冷やかされたら、途端にやる気無くすだろ?」

・・・それは言える。

徹がほっぺたをふくらませる。

「徹君なんかとは何だよ?」

祥二が慌てて手を振って否定する。

「ごめんごめん。言葉のあやだよ、言葉のあや。」

「まあよ、でもその徹君なんかでも、練習の成果は出てただろ?」

「そうだね、凄く良かったよ。でもさ、俺の家とかでアンプの音量を極力絞って練習してたら、『気分出ねえ。』とか言って音量を上げようとしてたのを、説得するのは骨が折れたんだからね。」

陽子と信吾が後ろでクックックッと笑っている。

徹がその様子に気づきにらみつける。まあ本気で怒ってる訳ではないが。

「それはそうと、何で徹はアーケード街で練習させなかったんだ?俺とセットで練習した方が祥二の負担も減っただろ?」

「流石に街中でエレキギターを鳴らすわけにもいかないしね。それに純ちゃんと徹君じゃ欠点の質が違うからね。」

陽子が不思議そうに

「・・・って言うと?」

と、訊ねる。

「純ちゃんは上手なんだけど、大勢の人の前だと萎縮して本来の力が出せない。気持ちの特訓が必要だったんだ。徹君は単に技術的な面で未熟だったから、徹底的に反復練習して体に覚え込ませる練習にしたんだ。」

「ふーん。」

「だから、そんな二人に一緒の練習をしてもらっても、どっちも中途半端になると思ったからバラバラに違うメニューで練習をしてもらったんだよ。」

「なるほどねー。」

ふむ、理論的だ。

徹以外は全員納得した様子だ。

眉間にしわを寄せていた徹が口を開く。

「つまり純はビビりで、俺はただの下手糞って事か。」

・・・オイ!そこまで言うと俺が傷つくだろ!

祥二が苦笑いしながら

「いやいや、そこまで言ってないよ。・・・さてと、続けようか。」

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