SUSUME STREET 2013
・・・さて、祥二とのアーケード街での路上特訓をおよそ小一時間、結局「Stand By Me」だけを延々と練習し、すり減らした喉と精神を潤すべく、近所の居酒屋のカウンターに座っていた。
ビールをお互い注ぎ合ってグラスを合わせる。
チンッ!と心地よい音が渇いた心に響く。
「純ちゃん、お疲れ様!どうだった?」
精神的にかなり疲れ切ってた俺は、祥二に恨めしそうな視線を投げながら
「どうもこうもねえよ。・・・まさか道ばたで歌わされるなんて思ってもいなかったよ。」
「ハハハ、だよね。言ってないし。」
そう言って祥二が無邪気に笑う。
「心の準備も出来てないし、しかもぶっつけ本番で上手くいくわけないじゃん。」
「うん、そうみたいだね。今日はそれを試させてもらったんだ。でも、次からは大丈夫だね?」
・・・次?
「・・・次って、またやんの?」
「うん、特訓なんだから一回きりって訳ないじゃん。そうだね、毎日は大変だから週二ぐらいにしようか。」
祥二が無邪気そうに微笑む。
「・・・マジかよ。」
バンドを再開した事をちょっぴり後悔しだした。
しかしそれもこれも俺が発端でみんなを巻き込んだんだし、それは俺が言っちゃいかんよな。
ふと、いっつも思ってたある疑問を祥二に投げかける。
「ところで祥二はさ、普段俺達なんかよりよっぽど人見知りのはずだろ?よく平気で人前でギター弾けるよな?」
祥二が頭をかきながら
「うん、僕も最初はすっごく恥ずかしかったんだ。・・・でも父さんに小さい頃から、親戚の集まりとか商店街の宴会とか、よく人前で弾かされてね。」
引っ込み思案の祥二にとっては結構な拷問だったろうな。
「・・・へえ。」
「みんな応援してくれたり、上手く弾ければ褒めてくれたりしてそれが嬉しくて。で、数をこなすうちに、段々人前でも自信を持って演奏出来るようになったんだ。」
祥二、覚醒の瞬間か。
「・・・ほう。」
「僕が得意な物ってギターだけだったからさ。・・・それ以外はからっきしだけどね。だからギターだけでも自信持たなきゃって。あとは慣れだよね。慣れればどうって事なくなると思うよ?」
「そういうもんかな?」
「そうだよ、それに純ちゃんは元々歌が上手いんだから、自信持てば最高のパフォーマンスが出来ると思うよ。」
そう褒められると豚も木に登る、悪い気はしない。
「じゃあ、頑張ってみるか。次は予習して来ても良いんだよな?」
「うん、とりあえず今日渡したリスト以外の曲はやらないから、安心してよ。」
「・・・絶対だぞ?」
「今日やってみて、純ちゃんがすぐに上手く歌えるようだったら、次も抜き打ちみたいなスタイルにしようかと思ったけどね。・・・やっぱりある程度練習が必要だってわかったから、次回まで練習しといてよ。」
見た目に似合わず、結構な辛口評価。
・・・まあ、当たっていますね。
「へいへい。どうせ俺は緊張しいの下手っぴですよ。」
わざとふてくされた風にしてみる。
若い女の子がすると可愛いんだろうが、40過ぎのおっさんじゃ可愛くも何とも無く思える。
「いや、純ちゃんも人並みで安心したよ。純ちゃんは昔から何やってもそつなくこなせるタイプだったからさ。ちょっとは欠点も無いとつまんないよ。」
いや友よ、そう評価してくれてるのはありがたいが、俺は欠点だらけの人間だと思うぞ。
「でもさ、お前がギターしか取り柄が無いなんて、卑下し過ぎだろ。その何て言うか、お前んとこのパンは最高に美味いんだからさ。」
祥二の表情がパッと明るくなる
「そう言ってもらえると嬉しいよ。純ちゃんはうちの一番のお得意さんだからね。」
俺と言うよりは陽子がだろ?
祥二が神妙な顔つきになって
「実は、俺が最初バンドに参加するって事を渋ってたのに、それを覆して参加することにしたのはちょっと訳があってね。」
それはもう聞いただろ。
商店街が近所に出来た大型商業施設に逼迫されててバンドどころじゃなかったと。
で、徹と信吾が尽力して、売上げがまた伸びるようになったから参加することにしたと。
「前に言ってたじゃん。」
祥二が苦笑いして
「うん、あれは建前。・・・本当は徹君が最初に誘ってくれた時に、やりたくてやりたくてしょうが無かったんだ。」
そう言えばあの時徹も、断られたけど脈有りとか言ってたもんな。
「徹はうすうす気付いてたみたいだぞ。」
「そうだろうね。実は俺も純ちゃんと一緒で、毎日パンを焼いて売ってるだけの生活にちょっとだけ飽き飽きしてたんだ。」
「えっ?」
・・・そうだったのか。
「いや、ホントにちょっとだけだよ?小さい頃から、ずっと俺はパン屋を継ぐんだからと思ってたし、当然大好きな仕事なんだよ。ただ高校卒業してから、ずっとそればっかりだったから、何となくね。」
俺達の中で一番真面目なこの男がそんな事を思っていたなんて、話してみないとわかんないもんだな。
「それと俺の家は、お爺ちゃんがまだ父さんが高校生だった頃に亡くなってて、父さんも62歳で死んじゃって、決して長命の家系じゃないんだよね。何か俺もその血を引いてるから、もしかしてそんなに長く生きられないのかもって考えたら、何か死ぬまでに好きなことをやっておきたいなんて思ったりもしてね。」
「・・・何だよ、縁起でもないな。」
「ハハハ、まあそればっかりはわかんないけどね?ただ、好きなことをやりたくなったってのは本気なんだ。・・・あ、この話は純ちゃんにしかしてないから、みんなには内緒にしといてね。」
「わかったよ。誰にも言わないよ。」
「特に陽子ちゃんには絶対にね。陽子ちゃんが耳にしたら、織美にすぐ伝わりそうだし。織美には余計な心配させたくないから。」
主婦ネットワークは、下手なSNSより話が広がるのが早そうだもんな。
俺は黙ってうなずく。
「それと大がもうちょっと大きくなって、小学校通う頃になったらギターを教えてあげたいんだ。」
「おー、良いじゃないか。」
「俺がさ最近曲を作ったりするのにギターを鳴らしてると、チョコチョコやって来て近くに座ってジーッと見てるんだよ。」
「へー、可愛いな。ギターが好きなのかもな?」
何か想像して笑えた。血は争えないんだね。
いや、その自称短命な血とは争って、打ち勝って欲しいよね。
「じゃあ、そのうちThe Namellesの6人目のメンバーとして迎え入れるか。」
祥二が朗らかに笑いながら
「ハハハ、そうなったら楽しいだろうね!でもそんな頃まで俺達がやってられるかな?」
「やれるだろ!やる気さえ続けばな。」
「うーん、・・・バンマスのやる気持続が怪しいね?」
「ハハハッ!それが一番の問題だな!」
・・・ブエックション!!!
遠くから徹のくしゃみが聞こえた様な気がする。
でも、祥二が俺と同じような気持ちを持ってたとは以外だった。
祥二のそんな気持ちを知っちゃったら、ライブは絶対成功させなきゃな。
もう特訓が嫌だとは言ってられなくなっちゃったな・・・。
その日はそれからもうしばらく飲んで、祥二と別れた。
家に帰ると陽子がキッチンで雑誌を読んでいた。
「ただいまー。」
「あら、お帰りなさい。ちょっとゆっくりだったわね?・・・その割にあんまり酔っ払ってないみたいだけど。」
「ああ、そんなには飲んでないからな。祥二に呼び出されて駅前のアーケードで歌ってたから。」
「歌ってカラオケ?」
そんな楽しいもんちゃいまんがな。
「違うよ、・・・なんちゅうか祥二がギター弾いて、俺が歌って。・・・路上ライブ?みたいな感じで。」
陽子の予想を超えてたようで、陽子が吹き出す。
「プッ!何でそんな事してたのよ?」
「あー?俺が本番で緊張して真っ白にならないように、人前で歌うのに慣れさせる特訓だとさ。」
「プププッ!おっかしい!・・・で、どうだった?上手く出来たの?」
もう完全に面白がってやがる。
おおよそ、結果も予想出来てるんだろ?
「・・・ガッチガチに緊張してボロボロだったよ。」
「やっぱりねー!それを見越しての特訓なのね。・・・さすが祥二君ねぇ。」
はいはい、ご名答ご名答。
「でも、何で祥二君そんなに一生懸命なのかしら?最初は乗り気じゃなかったんでしょ?・・・まあ祥二君が何に対しても真面目なのはわかるけど。」
「それはさあ、」
・・・と言いかけて、祥二との誰にも言わないって約束が頭をよぎった。
特に、目の前の陽子にはと、念を押されたんだっけ。
「えっと・・・、祥二が何に対しても真面目だからだよ。」
「それ私言ったし。・・・まあ良いわ。そろそろ寝ましょ。」
祥二よ、俺は約束は守ったぞ。
そして今後も絶対守る。・・・多分。
「そうだな。・・・あ、そうだ。このことは樹莉亜に黙っててよ。」
陽子がキョトンとする。
「へ?何で?」
「いや、何となく父親が道ばたで唄ってるなんて聞いたら、樹莉亜が嫌がるかな-?って思ってさ。・・・何となく俺も恥ずかしいし。」
「ふーん、良いけど思い過ごしじゃない?まあ、嫌なら内緒にしといてあげるけど。」
男親は年頃の娘には嫌われたくないんで、超気を使うんですよ。
わかるかなー?わかんねえだろうなー?・・・いえい!




