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STAGE  作者: 今野 英樹
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Formation 1988

高校2年に進級した春のある朝、桜の花びら舞い散る校門をくぐると、後ろから

「おーい!純ー!信吾ー!」

と呼ぶ聞き覚えのある声。

俺と一緒に呼ばれた信吾こと須田信吾すだしんご、陽子と同じく家が近所で、幼稚園から高校まで同級生の親友、体がでかく無口で男気溢れる優しい漢だ。

家が工務店で、大工の棟梁の親父さんに鍛えられ、腕っ節は洒落にならないほど強いが、温厚で決して好戦的な性格じゃ無い。

ただしダチとか大事なもののためには体を張るタイプ。

俺も何度も助けられた。

そして、声の主は高校に入学してからの友人の松ケ谷徹まつがたにとおる

茶髪のリーゼントの尖った感じのイケメンでお調子者、小学生の頃、空手を習ってたとかで細身ながら喧嘩はめっぽう強い。

ヤンキー風ではあるが曲がった事が大嫌い。

両親が離婚をしていて、お袋さんと2人の弟妹と暮らしている。

家計を助けるため学校が終わると、一目散にバイトに走る生活。

アルバイトは校則違反なので当然内緒だ。

その徹に腕を引かれて一緒に走ってくるのは針須祥二。

俺と同じサッカー部所属、小柄でかわいい系の見た目で、人見知りのおとなしいタイプ。

家はパン屋さん。

そう、未来の我が家の朝食に欠かせない。

・・・・・・・・・・えっと、何か、そんな予感がする。

この二人は俺達の隣町の中学出身で、中学時代からツルんでるんだが、何故この全然タイプの違う二人が一緒にいるのか、理由を知るまで不思議だった。

「よう!おはよう!」

俺と信吾が立ち止まって待ち構える。

追いついた二人、ハアハア息を弾ませてる。

信吾が笑いながら

「珍しく早いじゃねえか。」

祥二が苦笑いしながら

「ハアハア・・・、ハハハ、徹君が張り切っちゃっててね。」

家が近所の祥二と徹。

大抵、祥二が徹を迎えに行って、なかなか出て来ない徹の巻き添えで、ギリギリ登校が当たり前の光景。

・・・どっちにしろ駆け足なんだよな。

息を整えながら徹が

「ハアハア・・・実はよ、ちょっと面白そうな事考えたんだけどよ!」

・・・と。

俺と信吾は顔を見合わせて苦笑した。

こないだ徹が考えついた面白い事って、学校の近所の神社がある山に、徳川の埋蔵金があるらしいって話を聞きつけて、掘りに行ったんだよな。

オチとしてはよくある都市伝説、・・・って、この頃はそんな単語無かったか。

まあ要はデマで、穴を掘ってた俺らを見つけた神社の神主が、約一名身長180を越える大男を見て、これは何らかの事件だと思ったらしく警察沙汰になったという悲劇。

その時一番痛い目を見た信吾が

「今度は誰の埋蔵金だよ?・・・つうかもう地べた掘るのは絶対嫌だからな。」

呆れたように言うと、徹が食い気味に

「ちげーよ!今度はもっと現実的な話だよ!」

コラコラ、その非現実的な思いつきで俺達まで補導されたんだぞ。

まあ、話は聞いてやろう。

「昨日さ、祥二と相談したんだけどよ、俺らでバンドやってみねえか?」

祥二が苦笑いしながらすかさず

「相談って言うか、徹君が思い付いての独断なんだけどね。」

・・・なるほど。

時は80年代後半、空前のバンドブーム。

それまでアンダーグラウンドな存在だったロックバンド達に人々が熱狂し、世のヒットチャートはロックをはじめとした様々なバンドが賑わし、しのぎを削っていた。

それに伴い巷にもアマチュアバンドが溢れていた。

街を歩けばギターケースを背負った若者が大勢。

若者って言っても俺らより年上ばっかなんだけどね。

TVでは、深夜にアマチュアバンドが多数出演し、メジャーデビューをかけてライブパフォーマンスを繰り広げる番組

ーが放送されてたりもした。

なるほど、そこに目を付けたか。確かに面白そう。

・・・いやいや、待て待て。

「・・・って言うかさ、祥二はギター弾けるけどよ。俺らはほとんど楽器弾けねえのにどうすんだよ?・・・縦笛でも吹くのか?」

祥二は小学生の頃から、若かりし頃プロギタリストを目指していたパン屋の親父さんの影響でギターを弾いていて、かなりの腕前だった。

俺がたずねると、徹がそんな事はもう決定済みのようなしたり顔で、

「あん、それはもう考えてあるぜ。ホントは俺がヴォーカルやりてえんだけど、俺は歌だけが苦手だ。」

何だろう?ツッコめと言ってるのか?

確かに徹は音痴なんだよな。

「歌だけ?」

「歌だけだろ。それ以外は完璧超人だ。」

「数学は?」

「あー、それもそんなには得意じゃ無いな。でも九九までは完璧だ。」

「英語はよ?」

「うーん、まあ日本人だからな。とりあえず日本語が完璧なら良いだろ。」

そろそろ完璧超人の化けの皮がはがれてきたな。

「・・・歴史。」

「あ゛ーっ!歴史はこれから俺が作るんだよ!」

俺と信吾が笑いながらなだめる。

「わかったわかった。」

「・・・まあそんでよ?純は歌が上手いだろ?ルックスもまあまあだし。だからヴォーカルは純に譲ってやるよ。」

あら、褒められた。かなり上から目線で。

俺と徹のやりとりを苦笑いしながら眺めてた信吾がたずねる。

「・・・で、俺には何やらせる気だ?」

「信吾はよ、ガキの頃から祭りで和太鼓叩いてたって言ってたじゃん?だからドラムな。」

ずいぶんと無理矢理なこじつけだな。

「和太鼓とドラム一緒にして良いもんなのか?」

信吾がさらに苦笑いだ。

信吾は親父さんが町内会の世話役をやってて、祭りとかって言うと先頭に立って実行委員みたいな役回りを買って出ていた。

そんなんで、信吾も小学生の頃から祭り時期になると大人に混じって太鼓を叩かされていた。

まあリズム感は間違いないと思われる。

俺が

「じゃあ、ギターは祥二・・・。」

と言いかけると、かぶせ気味に徹が

「ギターは俺!祥二にはベースをやってもらう。」

あら、驚いた。

「えっ?祥二がギターじゃないのかよ?」

「やっぱギターは目立ってかっけえだろ?祥二に教わりながら俺がやる!」

・・・無茶苦茶だな。

「祥二、それで良いのかよ?」

俺が聞くと、祥二がはにかみながら

「・・・まあ、ギターやってるからベースも弾けると思うし。・・・ただ二つだけ条件が。」

まず祥二が俺を見て

「小野さんって、幼稚園の頃からピアノやってたんだよね?」

小野とは陽子の旧姓だ。

俺がうなずくと

「彼女にキーボードとして参加してもらえないか頼んでくれないかな?僕のギターも父さんから教わっただけで所詮素人仕込みだし、やっぱりちゃんと音楽理論がわかってるメンバーがいないと厳しいと思うんだ。」

途端に徹が

「えー!女入れんのかよー!俺は硬派なロックンロールがやりてえんだけど!」

祥二が珍しくちょっとイラッとした感じで徹をにらむ。

それを見て、これまた徹が珍しくバツが悪そうに

「・・・いやー、冗談冗談。・・・わりいわりい。」

本当におかしなこの二人だけのパワーバランス。

そして祥二が今度は一同を見回して

「それともう一つは練習する選曲とか僕に任せて欲しいんだ。徹君と信吾君は初心者だし、僕が徹君にギター教えながらだと、あんまり難しい曲は出来ないと思うんだ。」

俺に異論は無かったので

「じゃあ陽子は俺が誘ってみるよ。」

「うん、是非頼むよ!」

ちょっとしょぼくれてたはずの徹が、急に元気を取り戻して

「よし!決まり!俺がバンマスな!」

いや、この場合祥二が・・・まあいいや。


二時間目が終了の休み時間、陽子の席へ行く。

祥二の要請通り、陽子の勧誘をするためだ。

「純君、どうしたの?」

幼馴染みながら、なかなか言い出しづらい。

しかも、高校に入学しててっきり音楽関係の部活に入部するのかと思ってたら、テニス部に入部してたし、もしかしてピアノも嫌々やらされてて「もう音楽なんかやりたくないわ!」ってなパターンとか?

ここで陽子に断られれば、祥二のやる気も失せて、この話がおじゃんになる可能性もあるわけだ。

結構、責任重大かも。

「いや、実はさ・・・。」

「何よー?」

・・・ええい、ままよ!

「あのさー、俺らでバンドやりてえなって話が出てさ、・・・で、陽子がピアノやってるから参加してくんねえかなって。」

「ふーん、・・・メンバーは誰?」

「俺。」

「それは知ってるわよ。・・・他には?」

「信吾。」

「へー。」

「祥二。」

「あーっ!」

「・・・徹。」

「プッ!松ケ谷君、楽器なんか弾けるの?」

「いや、出来ないらしい。祥二にギターを教わりながらやるんだと。」

「何それ?針須君かわいそう。」

かわいそうとか言いながらケタケタ笑う。

・・・女ってわかんねえ。

まあ、想定内の反応だ。

陽子みたいなわりとまじめなタイプには、徹みたいなワルっぽいタイプには否定的になる。

人間なんだかんだで印象が大切だ。

「そうねー、まあせっかく誘ってくれたし、面白そうだから良いわよ。」

あら?意外。あっさりと。

「どうしたの?きょとんとして、嬉しくないの?」

「・・・ああ、ありがとう。いや、高校入ってテニス部に入ったりしてたから、音楽が嫌いになったのかと思ってたよ。」

「アハハ、まさか音楽は好きよ。ただ、ピアノは家でも出来るし教室にもまだ時々通ってるから、部活は運動部に入ろうって決めてたの。」

そんなもんなのか。

「それでよくバンドに入ってくれようと思ったな?」

「だから言ったじゃないの、面白そうだからって!」

あ、そうか。

「じゃあ、今後の事はまた連絡するよ!」

「うん!よろしくー。」

早速、祥二に陽子がOKしてくれた事を報告する。

「うわー!良かったー!純ちゃんありがとう!」

満面の笑みで喜んでくれた。

俺はただのメッセンジャーで、たまたまそれが、陽子の好奇心にフィットしただけなのに。

・・・まあ、良いか。


早速、次の日の昼休み、音楽室でメンバー顔合わせのミーティングが開催された。

って言うほど大袈裟なもんじゃ無いけど。

自称バンマスの徹が口を開く

「まずはバンド名決めようぜ!いくつか考えてきたんだけどよ、CRAZYとかってどうよ?」

パンクバンドとかにありがちなような、良いのか悪いのか判断が付かない。

陽子がすかさず、

「えー?嫌よそんなの!松ヶ谷君ってクレイジーなセンスしてるわねー。」

「馬鹿だなー、漢字で苦麗慈威って書くんだよ。イカすだろ?」

「なおさら信じらんない!暴走族がやりたいんだったら、一人で走ってきなさいよ。」

これは陽子に同意だ。

「ダメか?良いと思ったんだけどな?じゃあ、DEATH BOYSってのはどうだ?」

「死んじゃってるじゃない!一人で死んじゃってよ!巻き沿いは嫌よ!」

「何だよー!じゃあ、どんなのが良いんだよ?」

徹がちょっと苛ついてる。

俺と信吾と祥二は蚊帳の外で、二人の漫才を笑いをこらえて見ている。

「・・・そうねー、”プリティ”とか入るとかわいくない?」

「あ゛ーっ?プリティだー?信吾がいるのにプリティってガラじゃねえだろ。」

急に振られた信吾がボソッと棒読みで

「アイハブゴーイングトゥプリティ。」

・・・意味わかんね。

・・・信吾の渾身のボケなのか?

信吾以外全員が数秒を置いて爆笑する。

祥二が笑いながら、

「とりあえず、埒が明かないんでバンド名はまた追々って事にしない?」

徹も笑いながら

「まずは名前から入るんじゃねえのか?まあいいや。」

と、折れたところで祥二が

「で、まあ路線というか、とりあえず最初は何曲かコピーをしたいんだ。」

まあ、そうだろうな。

「ゆくゆくはオリジナルもやってみたいとは思うけどね。」

徹が急かすように

「で、何をやるんだ?プロデューサー。」

「もう、茶化さないでよ?・・・うん、まずはビートルズとか60年代70年代頃の曲を何曲かやりたいと思ってるんだ。」

「ビートルズー?何か古くせえなー!BOOWYとか新しくてかっこいいのにしようぜー!」

かぶせるように徹が不満を言う。

陽子がすかさず

「えー、ビートルズ良いじゃない!かっこいいし、かわいいわよ。」

それを聞いた徹が毒づく

「チェッ、女はすぐ何でもかわいいって言いたがるよな。」

陽子の助け船に祥二がほっとしたように

「徹君と信吾君は楽器がそもそも初心者だからね、ビートルズならロック演奏の基本が身につくと思うよ。純ちゃんもナチュラルな歌い方で歌えると思うし。どうしても個性の強いヴォーカリストの曲だと、マネをしようと変な癖が付いちゃうと思うから。」

俺は兄貴がビートルズとかローリング・ストーンズとかレッド・ツェッペリンとか聴いてるんで、そこら辺のメジャーな曲は多少知ってるし好きだ。

「まあ、バンドの方針とかは祥二に任せるって言っちまったからな。・・・良いぜ。」

そう言ってから徹が慌てて

「あ、でもよ!」

「どうした?」

「あのキノコみてえな頭には絶対しねえぞ!それは断じて断る。」

ドッと徹以外が大爆笑。

祥二が笑いながら

「ハハハ、そこまではコピーしなくて良いよ。」

と、答えると徹はほっと胸をなで下ろす。

陽子が

「案外、似合うかも知れないわよ?」

と冷やかす。

ここまであまり口を開かなかった信吾が口を開く。

「ところで、ドラムセットってすっげえ高いんだけど、買わないといかんのか?」

「いや、ドラムは当然めちゃくちゃ高いし、普通の家じゃ場所も取るし音が大きすぎて叩けないよ。スタジオ行けば貸してもらえるし、買う必要は全然無いよ。」

信吾がさらに驚愕を増したような表情で祥二にたずねる。

「え?じゃあ普段どうやって練習すれば良いんだ?スタジオに毎日行くわけにも行かないだろ?」

「とりあえずスティックだけ買ってもらって、雑誌でも何でも良いからある一定のリズムで叩き続ける練習。それに慣れたら数を増やして叩いて、出来れば足もつま先を浮かせて均等のリズムで踏む練習だね。」

「そっか良かった、昨日の帰り楽器屋にちょっと冷やかしに行ったらドラムセットが10万以上もするんで、こんな高いんかとビビってゲロ吐きそうになったわ。」

「アハハ、ごめん。もっと前に言っておくべきだったね。」

今度はそのやりとりを聞いてしばらく黙っていた徹が口を開く

「・・・そう言えばギターっていくらするんだ?」

静寂の時が数秒流れる。

ここは俺がツッコむべきなのか?

「お前それでギターやるって言ってたのかよ?」

「・・・ああ。」

捕らぬ狸の皮算用ってな諺はあるが、皮算用すらしてない呆れた奴がここに約一名。

祥二が苦笑いしながら

「そんな事だろうと思って、お父さんに徹君用に一本ギター貰っといたんだ。良かったら使ってよ。」

「マジか!?ありがてえ、後でおじさんにお礼言いに行くわ!!」

そこに遠慮と言う言葉は無い。ただこの二人のおかしな絆と空気感がある。

ハタから見て、とても微笑ましい関係だ。

昼休み終了のチャイムが鳴る。

それを聞いて祥二が

「じゃあ今日はこんなところで、また選曲とか絞ったらまた集まってもらって、具体的に練習とかの打ち合わせをしよう!」

と、締める。

みんな次の授業に向かおうと立ち上がると、おもむろに陽子がピアノの前に座り、俺も知ってる「Let It Be」を弾き出す。

耳の肥えてない俺でもわかる、上手い。

祥二の方を振り返り

「私はこんな感じだけど、どうかな?」

えっと、これは音楽やってる同士だと成り立つ会話なのか?俺にはちょっと意味がわからん。

と、祥二を見るとちょっと涙目で

「思った通りだ!小野さんが参加してくれてホントに良かったよ!」

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