俺の好きなあの子
「長瀬君、おはようございます。唐突ですが今日、図書館デートしませんか?」
「また急だなお前は。どうしてまた?」
「それはもちろん」
秋瀬なるは人差し指を真っ直ぐに立てくるりと回って見せると、そのまま俺に詰め寄り微笑んだ。
俺は思わず一歩後退る。お願いだからそう無防備に近づかないでくれ。
「読書の秋、だからです。わたし本読むの大好きなんですよ! だからその楽しさを、長瀬君にもお伝えしたくて。ダメですか?」
いや、そんな風に言われて断れる男がこの世にいるのか? 体が熱くなるのを感じ、思わず顔を逸らした。
「変なの、ちょっと前まで話しかけるとむすーっとして煙たがってたのに今は照れるんですね」
「あーもうその話はしないでくれ。気づかなかった俺がバカでした!」
「怒ってないですよー。それで、図書館行きますか?」
俺は降参のため息とともにはいと呟いた。
「やった。また長瀬君と図書館行けるんですね。なにお薦めしようかなぁ」
そのまま秋瀬なるは楽しそうに体揺らしながら校舎内に消えていった。
彼女とはいろいろな経緯を経て最近付き合いだした。お互い意識はしていたものの、主に俺のせいで見事にすれ違っていたのだ。しかし中々たどり着けなかった今の場所に俺はやっと登りつめることができた。だからこれから頑張らなければならない。
ただ、やっぱり行動を起こすのはいつも彼女であった。
彼女が言った図書館とは、学校にある図書室ではなく、学校からは距離のある市立図書館のことだろう。そこは、俺らにとって思い出の場所であった。いや、今その話はいいか。
ま、そんなんだから彼女が本を好きなのは百も承知だが……言っとくが俺も読書は好きなんだが。
あの言い方、秋瀬なるは俺が本嫌いだとでも思っているのだろうか。
「やだな、語弊ですよ。長瀬君が読書好きなの私も知ってます。でも、どんな本を読むのかずっと気になってたので今日はお互いの好きな本を紹介しあえたらなぁと思って」
放課後、図書館に向かう途中そのことについて秋瀬なるに話すと、彼女とは悪びれた様子もなく笑って見せた。
「え、俺秋瀬が好きそうな本とか読まないけど」
「だから良いんじゃないですか。お互いをもっと知る機会になるでしょう。それに、長瀬君が変な本読んでないか確認してやろうと思って」
「失礼だな、俺は官能小説なんて読まないよ。ホラーミステリーとか歴史モノが多いかな」
「なら良かったです。私は純文学とか恋愛が多いかなぁ。でも、ファンタジーとかも結構読みますね」
見事に合わない。こんなんで大丈夫なのか?
「心配しないでください。読めって強制するつもりはないんです。ただ私は、長瀬君に興味があるんです」
同じ学校の生徒が少なくなったのを見計らってか、秋瀬なるは俺の顔を覗きながらそっと手を握ってきた。
本当に、ずるいよな。
「俺も秋瀬には興味あるよ」
そっぽを向きながら俺も同意する。俺は秋瀬なるの小さな手を握り返した。
予想外に二人だけのミニビブリオバトルは白熱した。女子はぐろい表現も出てくるようなホラー作品は敬遠するかと思いきや、秋瀬なるは意外なほど食いついてきた。
「気持ち悪くないの?」
「ないって言ったら嘘ですけど、こういうホラー作品の中にも恋愛があるのかと思うと見逃せない。以外とこういう状況の方が真剣に恋してるのかなって考えます」
逆に秋瀬なるに質問されたこともある。
「恋愛が主線の話でも、つまらなくありませんか?」
「むしろ面白いよ。今まで知らなかった世界が知れたっていうか、すごく勉強になる。ファンタジーとかもさ、現実からかけ離れた新しい世界を創造してるのが凄いよな」
結局最後はそれぞれ最もお薦めする本を読みあう会になっていた。
気づけば閉館の時間。今までは陰で図書館にいる秋瀬なるを見てきたが、こうして隣に座れるのは俺にとって喜び以外の何者でもなかった。
「どうでしたか、図書館デート」
「楽しかったよ」
「私も、やっと隣に並べたなぁって、とても嬉しかったです!」
どうやら互いに同じ気持ちらしい。なんだか照れくさい。
「これからはもっとたくさんの本を読まないとな。守備範囲広がっちまったし」
そんな気持ちを隠すように話を変えつつ頬をかいた。たぶん秋瀬なるにはこんな誤魔化しは通用しないだろう。けど、元々こういう性格なんだから仕方ない。
「ふふ、私も読みたい本増えちゃったなぁ。あ、でも、あんまり怖いのは読むと眠れなくなるからその時は夜まで付き合ってくださいね!」
「はいはい…….って、読むのをやめる選択はないのか」
「そうですね、ではあまりにもぐろいものはあらかじめ教えてください。読みだすと気になっちゃうので、そういう作品は長瀬君から内容を聞こうと思います」
「なんだそれ、まぁ良いけどさ」
秋瀬なるは屈託無く笑う。俺もつられて笑ってみた。
手は、自然と繋いでいた。
こんなデートも悪くない。最近の高校生にしては地味かもしれないけど、彼女と本を読むのも楽しいもんだ。
「送ってくよ。最近日が短くなったしな」
「ありがとうございます」
ここまで読んでくださりありがとうございました。
前作「僕の嫌いなタイプ」はそこそこの長さがありましたが、今作は時間の関係もありとてもあっさりしたおまけ小説になりました。
ですが、初々しくも可愛い二人が描けたので楽しかったです。前作は付き合うまでの話でしたからね、やっぱり少しくらいいちゃいちゃさせてあげなくては。
お題が読書ということで、本を読むのって楽しいよ、こんな風に本で遊ぶのもありじゃない、というような、読書の良さを伝えられる作品にしてみたかったです、はい。
出会いとかきっかかけが図書館ってちょっと素敵ですね。そんなちぐはぐな二人の息ぴったり日常会話。ゆるく楽しんでいただければ幸いです。基本的にはなるの方が一枚上手。長瀬君は本当に元不良なのだろうか。
おっと、一応この作品だけでも理解できる内容にしようと思っていたのに、後書きで前作にしか出てない話を書いてしまうとは。
ここまで読んでくださりありがとうございました。連載作品の方もよろしくお願いします。
それではまた。
2015年 9月23日 春風 優華