「遭遇」
帰鑑した後、迷わず部屋に戻ってベッドにうずくまった。自分がこの二週間やってきた事。それが、極端に言えば人殺しのための努力だった。そう思うと、馬鹿らしくなった。ダークネスだけを倒せばいいんじゃない。それまでに、多くの命を奪わなければならないのだ。
こんな簡単な事に、俺は今まで気づいていなかった。
「こんな事なら、おとなしく地球で暮らしておけばよかった」
そう呟いて、静かに意識を落とした。
翌日。今日で、もう航行テストも終わってしまう。このままでは、まともに戦うことなどできやしない。昨日あれだけ張り切っていた自分が、何とも滑稽に思えた。特訓をする気など起きるはずもなく、マンガを適当に眺めて過ごした。
この部屋は殺風景だ。あるものはベットにトイレ、荷物が入っている棚のみ。壁紙も張られていないし、家具は全てが金属でてきていて、どこかの牢獄にでも入れられてしまった様である。それが嫌になって部屋の外に出てみたが、部屋の中と大して変わらない廊下が続くだけだった。窓から見えるのは、黒と点。その点があの残骸を思わせて、さらに気分が悪くなった。
「雷二君、こんな所でどうしたんだい?」
不意に話しかけられた。達也さんがそこに居たことを、今の今まで気づいていなかった。
「……達也さんこそ、こんな所でどうしたんですか?」
「今日は、朝から元気が無かったように見えてね。君の部屋に行こうと思っていたんだ」
「俺は、そんな」
違う、とはっきり否定することが出来なかった。
「僕達は、これから旅をしていく仲間なんだ。悩みがあるのなら、聞かせてくれ」
達也さんは、俺の目をじっと見つめた。耐えきれなくなって目を逸らしたが、視線は強く刺さったままだ。
「戦う気を無くしたかい?」
ズバリ言い当てられて、間の抜けた声が漏れてしまう。まるで心を見透かされた様だった。
「え……」
「はは、少し考えれば分かるよ」
達也さんは愛想笑いを浮かべた。俺はまだ、肯定も否定もしていないっていうのに。
「頼む、話してみてくれ」
「……はい。昨日俺が倒した奴に言われて気づいたんです。俺は人殺しだって。もちろん、あいつらは地球人じゃないし、もしかしたら姿も違うかもしれない。でもちゃんと生きた『人』なんです。俺は、その人たちを……」
話している内に顔は赤くなり、目も熱くなってきた。頭が、どうにも冴えない。
「そうか。確かに、ただの高校生だった君には荷が重すぎるかもしれない。強引な形で君をその気にさせてしまった事は謝るよ。だが、君にしか出来ないこともあるんだ。それを覚えておいて欲しい」
それだけ言って、達也さんは引き返していった。俺にしか出来ない? なんの説明にも、言い訳にもなっていない。俺にしか出来ないからって……。
「もう、今日は寝よう……」
心のつっかえは、全然取れていない。モヤモヤした気持ちで、眠りに就いた。
そして次の日。起床してしばらくすると、達也さんから召集がかかった。いよいよ、初のワープが始まるのだろう。システムの最終確認を行っている研究員以外、全員ブリーフィングルームに集まった。結構沢山の人数が、裏方として働いているのだ。なのに俺は……。
「これより、水星へのワープを行う。本当はこれと言って集合する必要も無いが、初回ということで集まってもらった。ワープ成功を確認次第、持ち場に着いてくれ」
「はい」
俺と達也さんは、船外で出て探査等行うという役割なので、ワープ時にはこれといった持ち場が無い。というよりか、俺は船の仕事を一切任されていない。達也さんの配慮だろう。
「最終チェックの終了を確認した。十五秒後にワープを行う! 一瞬振動が起こる場合もある。しゃがむか、何かに掴まっておくんだ」
何が起こるか分からない恐怖から、目を閉じてその場にしゃがんだ。そして、聞いた事のない妙な音がしたあと、一瞬の揺れ。そのままどこかに落ちていきそうな感覚だった。
「……ワープ成功を確認した。全員持ち場へ行ってくれ!」
「雷二君、船の外に出てみよう」
「大丈夫なんですか? 本当は宇宙とかありませんよね?」
「大丈夫大丈夫。水星内に移動したことは確認しているから」
「誰かに、いきなり襲われるとか……」
「意外に怖がりだね君は。じゃあまず、窓の外を確認しよう」
怖がりなんて言われたくはない。十分想定出来る事態だと思うのだが。
「うわっ、ここ水の上ですよ達也さん!」
「何だって!?」
窓から見える景色は、一面水である。『水星』といったって、こんなことあり得るのか。
「それじゃあ外には出られないな……とりあえずブリーフィングルームで待機していてくれ」
「は、はい」
部屋に戻る時も、景色から目が離せなかった。一面の水。水星にはどのような人が住んでいるのか。
ペガサスホーンに取り付けられている望遠カメラで辺りを見渡したが、やはり見える範囲(周囲100km)は全て水で、陸地は無いらしい。水星の『海』の上だそうだ。しかし、ペガサスホーンで飛んでいけば陸地に着ける事は確かである。
「じゃあ早速、水星のディメティスがある場所へ行きましょう」
「いや、そうはいかないんだ。今、ライジングのレーダーを確認してみたんだが……」
ディメティスには、通常の戦闘用レーダーの他に、同じディメティスなら、どの惑星のどの場所にあるか、とまで判別できる特別なレーダーが組み込まれている。通常はパイロットの俺が入らないと起動しないディメティスも、このレーダーだけはパイロット無しで確認できるのだ。
「どうやらこの星のディメティスは、まだちゃんと組み立てられていないらしい。一部のパーツは一ヶ所にまとめられいるんだけぞ、大部分のパーツはバラバラに散ったままなんだ。恐らくは海底の中にね」
「なるほど。じゃあそのパーツを集めればいいんですか?」
「いや、残念だけどこの船に潜水機能は無いし、小型の潜水艇も積んでいない。今のところ、僕達じゃ残りのパーツは集められないと思っていてくれ」
「なら、今パーツが集まっている場所に行ってみるしかないですね」
「まあ、全く手がない訳じゃないんだけど……今はそうしようか。早速出発だ」
「分かりました」
「……最悪の場合、戦うことになるというのは、頭に入れておいてくれ」
「!? それは……」
「ダークネス達がパーツを集めている最中かもしれない。水星人が僕達と敵対するかもしれない。僕もあまり考えたくないけどね」
戦い。俺は今、そんな状態じゃないのに。もし戦うことになってしまったら、どうすればいいんだ。
「一時間もすれば着く。水星の景色でも見ていてくれ」
達也さんはそういって部屋を出た。しかし俺は、不安で心が潰されそうで、とても動けなかった。
それでも何とか、自分を落ち着かせるためだと言い聞かせ、窓まで歩いた。水星の海は、とても綺麗に輝いている。ボーッと眺めていると、少しだけ気を紛らす事が出来た。しかし小さな島が見え、降りる準備をしてくれと言われた途端、再び動悸が速くなり始める。胸が苦しい。
「どうしたんだい、雷二君」
「すいません達也さん。俺、まだ心の整理がつかないんです」
「いや、僕も君を不安にさせるようなことをいって済まなかった。安心して欲しい。あの島には砂浜と森林しかないし、島自体だってとても小さい」
「人が余り居なくたって、どんな人か分からないんじゃ……」
「もしもの時は、白兵戦なら私一人でやる。君は着いてくるだけでいい。さあ、行こう」
船が砂浜近くに着水した。どうせなら、と自分でドアを開けた。
「待ち構えてはいないようだ。下に降りよう」
未知の地へ着いた足は、何故かあまり違和感が無かった。達也さんは、手袋をはめて砂を一掴み採集している。
「地球のものと見た目は遜色ないな。……ああ済まない、後にするよ」
こんな時に、なんと能天気な人だろうか。俺はさっきから、恐怖で歩幅がどんどん短くなってきているのに。
「森林の中は何があるか分からない。慎重に進もう」
「……はい」
最初からそうしている。森林に入った瞬間からは、感覚を研ぎ澄まして360度警戒しているのだ。本当に、何があるか分からない。
暫く歩くと、小屋が一軒見えた。ここまで歩くだけで随分汗をかいたが、ここにきていっそう冷や汗が吹き出てくる。
「あそこだろう。入るぞ」
「だ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫も、何も。入らなければ始まらないだろう」
「そう、ですね……分かりました。俺が開けます」
極度の緊張で息が荒くなっているのを抑えられない。この緊張を、早くどうにかしたい。その一心で、ドアを勢い良く開けた。
「ぇひゃい!」
鈍い音と共に、ドアの向こうに居た何者かが倒れた。
「え?」
「ど、どうしたんだ雷二君?」
「い、いや、えっと……」
倒れて居る人物は、この星の海と同じ色の髪を持つ少女だった。
執筆:藻世