「宇宙」
「空が、落ちていく……」
そう声に出そうとしたが、喋る事が出来ない程の力がかかっており、ペガサスホーンがそれほど高速で移動していることが分かった。
そして気づいた頃には、
「宇宙、宇宙だ……」
俺達は星々の海に居た。と言っても、丸い窓から見える景色は真っ黒だが。
「第五から第三ロケットの切り離し完了。よし、ヘルメットを外していいぞ」
そう言って達也さんが外したヘルメットは 地面に着くことなく宙に浮いた。
「凄いですね、これが無重力ですか」
「そうだね。私も実際に体験するのは初めてだ。でも直ぐに重力発生装置が起動する筈だから、上には気をつけ……」
その時、浮いていたヘルメットが、達也さんの頭に直撃した。
「……ふっ、あははははは!」
俺はもちろん、他の研究員の人も一緒になって、思い切り笑った。心の底から笑ったのは久しぶりだった。
「……さっきヘルメットを外していいと言ったのは失敗だった」
「た、達也さん、今度は、ヘルメット外していいですよね?」
笑いをこらえる事が出来ない。でも、それはもっともだと思った。この二週間は、親の元を離れ、睡眠時間を削り、大変なトレーニングを重ねた、いい印象のない二週間。こうやってリラックスできるのが、とても幸福に感じる。
「ああ、今度は大丈夫。私は駆動系の操作に行くから、雷二君は部屋で休んでいてくれ。多少の娯楽はある」
「わかりました。……その娯楽とか荷物は、浮いた後叩きつけられたりしてませんよね?」
「それなら大丈夫だよ。ベット等の寝具は固定してあるし、その他の荷物を入れてある部屋や棚は、無重力になるとエアバッグでいっぱいにして、動けなくなるから」
「へえ……上手く出来てるんですね」
「それと、地球時間で2日はワープせず、航行テストをするからね」
「わ、ワープ!? そんな事が出来るんですか?」
「あれ、説明していなかったか。この船は、宇宙線や太陽光をエネルギーとして、ワープアウト出来るんだよ。まあ、これはディメティスのエネルギーを解析した結果と、この前の戦闘データがあったから出来たことだけどね。今の地球技術だけでは、到底真似できない」
「へ、へえ……」
理屈を聞いても、恐らく実際に体験してみても、理解できないだろう。
「2日間通常航行するのは、そのエネルギーを溜めるためでもある。もちろん、僕達が宇宙に慣れるためっていうのが大きいけどね」
「そういうことなんですね。それじゃあまた後で」
船内図を見ながら自分の部屋に入り、ベットに腰を置いた。不馴れなせいか落ち着かない。ゲームかマンガで気を紛らそうとも思ったが、どうにも休むに休めなかった。
ボーッとしている内に、横になって壁を眺めていた。これまでの悲劇の回想、これから始まる戦いへの不安感……
それらを全て忘れるように、深い眠りに就いた。
目覚めると部屋の時計(日本の標準時に合わせており、午前午後の区別を付けるため24時間表記になっている)は12時15分を指していた。最後に確認したときは18時くらいだった覚えがあるので、実に18時間も寝ていた事になる。こんな事は初めてだった。
ゆっくり起き上がってみると、身体の節々が痛かった。これも初めての経験である。顔を洗い、達也さん達に挨拶して、朝食か昼食かよく分からないごはんを食べる。途中で、これは宙食だな、なんてくだらないギャグを思い付いて一人笑いをこらえていた。緊張感の無さに、自分のことながら呆れた。
朝食を食べ終わると、時間が驚くほど進んでいない事に気づいた。一時間半は経っている気がしていたのだが、その実時間は三十分しか経っていない。やる事が無くて、とても暇なのだった。
気がつけば足は自然と訓練場へ向いていた。やはりメニューをこなさなければ気が済まない。達也さんは、別にしなくてもいいと言っていたのだが。
射撃、ランニングマシーン、体術。トレーニングをしている時間が一番落ち着く。
「ふぅ。ちょっと休憩にすっかな」
その時だった。警告音と思われるものが、船内に響き渡る。船に異常が起きたのか、あるいは。
「雷二君、 まずい! 敵襲だ!」
「ま、まさかダークネスが!?」
「いや、おそらくその配下だろう。すぐに出撃してくれ!」
「分かりました!」
出撃訓練は地球で何度もやった。戦闘シミュレーションはその三倍以上やった。覚悟は何度決めたか分からない。
が、それでも、緊張が無くなる訳ではない。動悸がどんどん早くなる。
「やるしかない、やるしかないんだ……!」
そう言い聞かせながら格納庫まで走り、近くの台からコクピットに飛び乗った。
「発進、スタンバイっ!」
「よし、ハッチを開くぞ。出撃5秒前!」
大丈夫だ。絶対に倒せる。自分の力を信じろ。初めての宇宙が何だっていうんだ。
「ディメティス・ライジング、真荷雷二、出撃します!」
衝撃と共に、俺は宇宙空間へ飛び出した。
執筆:藻世