3.理由
残酷な身内の想像上の行動に憤りを感じていると、怪訝な顔をしてサー・オーラントがこちらを見ていた。
「何です? 私がお宅に伺うことに何か不都合があるとでもいうのですか?」
不都合だらけです。
だが、言えない。私にはとても言えない。
自分の意気地のなさには、ほとほと困りものだ。
だが、よく考えていただきたい。
貴方と私が一緒に私の家に行くのだぞ?
普段は影の薄い女の子が今話題の女性に大人気の男を連れてきた。
周り興味津々。
洗いざらい聞かれる。
私の平和終了。
ほら、こんなに簡単に未来が見えるではないか。
それとも何か?
貴方は私の未来など、どうでもよいと思っているのか? そうなのか?
……うん、思っていそうだ。
「仮に文句があろうとこれは既に決定事項です。早く馬車へとお乗りなさい。行きますよ」
「あ……あぅ、い……嫌…」
「……ん? 今何と?」
ひぃぃぃぃ!
目力が凄い!!
何だ!? 何か恐ろしい力でも持っているとでもいうのか!?
貴方なら持っていても私は不思議に感じないぞ!
そんな下々に向ける目で見られると、私の内情が白日の下にさらされているような気がしてならない!
私の汚い心を読まないでくれ! やめてくれー!
……目力のせいか、強者の威圧のせいか、私は馬車の中へと入らされた。
馬車が動き出したので思わず小さな悲鳴を上げたが、どうやらまだ私の家へとは走り出してはいないらしい。
馬車が邪魔にならないところまで移動するようだ。
このままでは確実に家に向かう。
家の周囲がお祭り騒ぎになる。
こ、ここで負けるわけにはいかない……!
負けてしまっては一緒に仲良くお家へと連れて行かれる。
そうなっては健やかなる生活は戻ってはこないのだ。
ここで、ここで踏ん張らなくては!!
だがどうやってそれを伝える?
相手は石化の術(私専用)をよういるやつである。
そんな相手に私が上手く伝えられるか……嫌、無理だ。
どうすれば……どうすればいいんだ………
…っは!? そうだ、あの手だ!!
「っぅ……噂…私…箝口令…分かる………地獄」
必殺、片言対話術ー!!
ふ、ふはははははっ!!
これならば単語の意味を繋げて少し考えれば、頭の良い貴方ならわかるはずだ!
我、勝機を見たり!
「……?」
だが駄目だった。
不振な目で見られている。
何、こいつ? おかしいのではないか? という目で見られている。
心が痛い。
私は精神面でも強くはないのだ。たいへん打たれ弱い。
体も心も繊細なのである。
よって、もうすでに心は挫けそうだ。
「……つまり、私がお宅に伺うことによって、噂が立ち、箝口令が敷かれていてもあなたの正体が世間に分かってしまう。それであなたに危険が及ぶということでしょうか?」
「…!? そ、そうです」
その通り!
やはりあなたは分かっているではないか。
これで貴方が私の家に来ることの危険性が分かっていただけたであろう。
よって、そのような世迷いごとは止めていただく。
私の平穏のためにな!
「ふむ、一理あります。が、式典までに貴女には作法及び礼儀を徹底的に学んでいただかなければならないのですよ。これでも神の名をかけた式典。失敗や無様な姿を晒すわけにはいきません。完璧が求められるのです。今ぐらいから練習しなければそれこそ貴女、失敗などしては式典後生きてはおれませんよ?」
何それ、怖い。
私の期待のこもった瞳を受けて言うことがそれとは、何と非情なかたなのだろうか。
優しさの欠片も見えない。優しい言葉が欲しい。
今なら詐欺師の甘言にコロッといきそうである。
言うことが一々恐ろしいのだ、貴方は。
しかも嬉しそうな顔をして言うものだから性格を疑うぞ。
「生きて……いけない」
生きるか死ぬか……死ぬ確率の方が高そうだな。
「…まぁ、貴女のご実家が被害に遭われるのも本意ではありません。今回私がお伺いするのは諦めましょう」
「っ!! ほ、ほほ本当で、す…か?」
「えぇ。その代り、こちらの屋敷に来ていただくことは譲れませんよ。なので、貴女ご自身からご両親に約五か月留守にすることを言って来てください」
なん、だと?
この自他ともに認める対人意思疎通障害の私が五か月もの間家を空けると言うのか? 両親に。
そんなことをすれば、あまりに私が外に出たがらないから心配していた両親がもろ手を挙げて喜ぶではないか!
そして、どうぞどうぞと追い出され、家に帰りづらくなってしまう!
「そ……それ、は」
「何です? 嫌なのですか? ならばやはり私が」
「いえ! じじ、自分でい、言います!」
貴方が来るぐらいなら、自分でいばらの道を行く!
その方が後の傷がまだ小さいはず!
「そうですか? ならばお願いしますよ」
「は……はぃ…」
心底嫌だ。
何故こうも私にばかり不幸が舞い降りる。
神々に呪いでもかけられているのだろうか?
罰当たりなことをした思い出はないのだが……
今からでも回避できないものか。
思い悩む私を置いて、サー・オーラントは話を進める。
「一応極秘情報なので、貴女が家を空ける理由は……そうですね、城で下女・侍女の応募に受かったことにでもしましょうか。そうすれば住み込みですから怪しまれませんでしょう。私の屋敷も城に近いですしね」
「ぁの……ですが…」
「何です?」
「私が……そそそ、のようなことに応募した、とは……ありえないことかと」
「……大抵の女性の憧れで、誰しも応募ぐらいはしたことがあると思うのです」
「……私は……ない、ですね」
「……それほどですか」
「はぃ……それほど、です」
ほっといてもらいたい。
人には向き不向きがあるのだ。
私は城勤めになど絶対に応募するような性格ではない。
どんなに華々しい皆の憧れの職場だろうが、無理だ。
むしろ派手なものになればなるほど私は働ける気がしない。
もし万が一、応募だけは何かの拍子にしたとしても受かるなどとは絶対に思わないだろう。
それは両親が一番理解していると思う。
「では、どこか裁縫職人の所で弟子になったということは?」
「……自分……不器用、ですから……」
「………」
心底嫌な者を見る目で見られた。
いや、ほんと、申し訳ない。
裁縫など細かいちまちました作業はどうも苦手でして……
女としてできないことはないのだが、大雑把に仕上げてしまうのだ。
とても裁縫職人の所に弟子入りできる腕前とは思えない。
やはり両親も信じない。
「………ならば、恋人ができたのでその人の所に行くということにしましょう。それならば、年ごろの娘です。ありえないことでもないでしょう」
「………」
「……まさか、それも…」
「………」
「………」
最後に一番あり得ないとことを言われた。
私が、異性の恋人ができ、その人の所へ押しかけるなどの情熱を持っているとはだれも思っていない。
自分で言っていて辛い。この数秒間で私の心は瀕死である。
流石はサー・オーラント大最高裁判官。人を追い詰めることに対しては右に出る者はいないと見た。……辛い。
沈黙が馬車の中を包む。大変気まずい。
何故傷つけられた私が申し訳ない気持ちになるのか……理不尽だ。
「……自分探しの、旅に出たことにしましょう」
「……はぃ」
人は、それを失踪と呼ぶ。
だが今までの中では、一番両親が信じそうだった。
来週もお会いしましょう!