閻魔大王、施錠を心配する
ここは地獄。
群雄割拠となった昨今は争いが絶えなかった。様々な勢力がぶつかり合い、地獄でありながら命を削り、消し飛ばしていた。
それほど彼等はこの地獄を欲している。
「ついに我が軍が最強か。まだ物足りんな」
地獄の統治はもちろん、この地獄内で最強の人物、軍が務める。最強であるならばなんだってよかった。
生き物たるもの、浪漫が追い求めている。ここは究極的になると、最強を求めなければ生きられない。
「いや、トームル・ベイ様。軍よりあなたが強すぎる」
「ふん。強くなければ生きられん。我はまだ高みへと行ける」
これほどまでの我が最強をこの世界の統治だけでは物足りない。そう感じながら生きている、地獄の国取りを行う者がいた。
3mほどの筋骨隆々の大男、骸骨のアクセサリーをいくつもつける風貌は敵味方問わず強烈な恐怖感を与えていた。名も実力も地獄の中では知らぬ者はいないほどの強者。
”閻魔大王”、トームル・ベイ
「ベイ様!連合軍です!」
「あ?」
「多くの軍が結託し我々を討とうと盟約をした模様です!その数、120万!さらには名だたる強者が何百人もいるようです!」
「ほぉ。弱者共なりに、纏まれば抗えるとでも考えたか」
「お、落ち着いている場合ですかーー!?我が軍の10倍以上です!」
数から言って圧倒的不利な彼等。いくら最強の男が立っているとはいえ、絶望的な数の差には心が折れかけていた。しかし、トームル・ベイはこの劣勢に魂が珍しく燃えた。
「騒ぐな馬鹿共!我は少々切ない気分でもあるのだ」
「な、なんでですか!?」
「その連合軍とやら!120万から成るならば討ち果たせばこの国取りは幕だ!皆の者、戦闘の準備だ!120万の魂を食い殺せ!」
「!しょ、承知しました!」
戦歴の中でもっとも相手の数が多い。この劣勢を跳ね除け、最強の名をより磨きたかったトームル・ベイ。地獄の覇権を決めるには相応しい相手であることを望んでいる。
「しかし、ベイ様。まさか120万の大軍を相手に一度も退かないとは。さすがです」
「ふん。何を焦る?所詮は我等が駆逐した軍の集団に過ぎん。奴等にチャンスを与え、同時に葬る好機であると我を捉えている」
「くぁーー!かっけー!ベイ様に仕えてよかったです!見習います!」
「……あ」
「どーしたらベイ様みたいに強く、好戦的で、冷静で、大胆でもあるんですか!?俺にも教えてください!弟子入りさせてください!」
部下達のテンションに対し、先ほど熱く冷静だったトームル・ベイは一つ気がかりを思い出した。
「!どうしました!?」
「いや、なんでもない」
やばっ。家の鍵、ちゃんとしたっけ?
これから戦いとなると家に戻る暇なんてない。昨日、『部下と仲良く酒が飲める話術』と『強すぎるあなた向けの弱者を労わる戦闘術』、『恐怖を発しない話し方』の本、机に置きっぱだ。あとビール缶も。
それだけじゃない。へそくりもあるし、武器コレクションも地下にある。鍛錬場なんか見られたら努力の軌跡が見られて恥ずかしい。才能で戦っている感じなのだ。
いや待て!幼少の頃から考えていた、『俺の必殺技全集』なんて覗かれたらさすがにマズイ。カッコイイ技名よりも、技そのものを昇華した方がいいという結論に至った我にとっての黒歴史。若い頃の過ちがあって今があるとも言えるがな!
「なぁ。連合軍はいつ来るという予測だ?」
「2日後と見ています」
「2日か。ふっ、そんなにも早く死にに来るとはな」
いや、短いな。たった2日じゃ我はこの軍を離れるわけにもいかない。もっと遅く来てくれ。家に帰れないだろう。
!おっと、冷静さを見失っていた。2日で来るということは最速で連合軍を滅ぼせば3日には帰れる。その日に家に戻り、施錠をしてあったか確認しよう。
「来るまで我は休んでいよう」
全然休める気がしない。とても不安だ。家の鍵をしたかどうか、こーゆう時1人身はしんどい。
しかし、3日か。1日は24時間、1440分、86400秒。と考えてしまう。1日とはなんて長いのだ!1年間も生きていたら立派に成長できるのは当然だ!体も、毛も、ナニも、大きくなる!
あー心配だ。早く来い連合軍!さっさとお前等を蹴散らせて家の施錠を確かめる!この任務には我にしかできん!どうやって連合軍を呼ぶ!?
「!むっ、そうだ!皆の者!!向かってくる連合軍を討ちに行くぞ!」
「な、なんですとーー!?」
「我が軍は元々、守戦を性分としない!相手が120万だろうと、いかなる強者が率いようとも攻めて攻めて討ち滅ぼす!皆、我がトームル・ベイの背についてこい!」
うむー。こんな強引な攻め。戦死者が増えそうだ。これは我が最前線に立ち、部下達を守るしかない。司令官でもある我の愚かな不安によって、死ぬとはなんたる不憫。そして、家の施錠もチェックする。
「さっすがベイ様!劣勢でも自分のスタイルを貫くなんて!」
「一生ついて来ます!この世の果てまで行きます!」
我の家までは来るんじゃない。ともかく、我等が討って出れば連合軍の進軍速度によるが、今日の夜にでもぶつかるはずだ。一夜で決着をつける。家の鍵が心配だからだ!
「行くぞ!連合軍などという弱者共を滅ぼす!」
「おおおおぉぉぉっ!」
こうして、トームル・ベイは120万の連合軍を相手に12万の手勢で攻め入りました。数では圧倒的な劣勢ではありましたが、いくつもの死線を超えて来たトームル・ベイの軍は圧倒的な強さを持っていました。特にトームル・ベイは単独で80万もの命を消したと言われました。
連合軍はトームル・ベイの強さに恐れ、逃げ出しました。もう誰にも彼を止められないと悟り、わずか2日で連合軍は解散。
「はぁっ……はぁっ……鍵はしたか!?」
トームル・ベイには連合軍の戦いよりも不安に感じていた、自分の家の鍵について全速力で確認に向かいました。連合軍を討ちに行った速度と同じくらいの速さでした。
ガチャガチャ
「おおっ……良かった。鍵をしている。やはりな……。しかし、家の周りをこんなに綺麗にした憶えはないような……」
トームル・ベイは違和感を感じて家に入りました。自分の家じゃないように感じました。その中は……
「コラ、ベイ!あなた、ちゃんと掃除をしなさいと言ったでしょ!?ビール缶はちゃんと捨てなさい!」
「掃除が苦手なら家政婦を何人も雇えと言ったはずだ!」
「げっ……親父とお袋」
ご家族がたまたまベイの家を訪れており、勝手に掃除を始めたようです。読書中だった本を捜すのは大変だったそうな。
「あぶない、黒歴史やへそくりは無事のようだな」
そう思っているトームル・ベイであるが、ご家族はそんなことはお見通しなのであった。とりあえず、祝勝祝いに酒を飲みました。
鍵閉めを忘れずに。出た後は1回、ご確認を