第三十三話 回復魔法
ソラちゃんとカイル君が広場から出て行った後、ラギ君達はすぐに正面を向いた。その先には、武器を構えた町の人々。中には見知った人の姿もある。
じりじりとにじみ寄ってくるその人達の目には覇気がない。みんな、虚ろな表情でこちらを見つめ、殺気立っている。その様子は誰が見ても異常な光景だった。
そして、ラギ君達もまた動かない。ううん、動けないんだ。武器を構えてはいるが、相手はつい昨日まで普通に話していた方達ばかり。攻撃できるわけがない。
でも、だからといって攻められているわけにはいかない。こっちだって、ここで死ぬわけにはいかないの。だから……。
「うぉああああ!」
「来たぞ!」
私たちは戦うっ! 大切な人をを守るために……操られたこの方達を助けるためにも!
沈黙を破り、一人の男性が斧を手に雄叫びを上げながら突進してきた。
その先にはラギ君。
「っ……!」
ラギ君は男性を視界に捕らえると、その動きを読んで素早く後ろに回り込んだ。高く飛び、首筋を殴る。
鈍い音。うつぶせに倒れる男性。
転がり落ちた斧を奪い取ると、彼は走り出した。
それが合図だったかのように一斉に走り出す町の人々。
「始まった……!」
思わずそんな言葉が口から飛び出す。
狂った叫び声がいくつもあげられる。走ってくる足音が、まるで地響きのように感じられる。
鳥肌が立つ。緊張のためか恐怖のためか、心臓の鼓動が速まる。
ほどなくして、金属のぶつかり合う音が聞こえてきた。
目を向けると、エミちゃんが町の人達の攻撃を二本のナイフで受け止めていた。それを素早くはじき返すと、身をかがめて相手の鳩尾に柄を叩き込む。
倒れる相手に見向きもせず次の者を相手にする姿は、武器の扱いだけでなく、戦いというものに手慣れているようだった。
「……エミちゃん」
あなたは一体、何を経験してきたの……。
普通の女の子のものではない動きに、つい顔を歪めてしまう。と……。
「すごい! エミりんかっこいい!」
隣のピクが声をあげた。視線を下げると、キラキラした瞳でエミちゃんを見つめている。
……かっこいい、か……。
そうだよね、うん。今は、頼もしい。
過去に何があったのか、今は関係ないんだ。エミちゃんは今、この状況を乗り切ろうと私達にその力を使ってくれている。それだけでいい。それに……。
「ごめんねっ! ちょっと眠ってて!」
仲間のために戦う彼女は、なんだか生き生きしているように見えた。
「エミ! 伏せろっ!」
突然、ラギ君が叫ぶ。
エミちゃんが指示に従って素早く姿勢を低くすると、その頭上を弾丸が通過した。
また、銃が……!
続くようにして、彼女の横をラギ君が走り抜けた。その勢いのまま、銃を撃った人物に蹴りを入れる。
「うぁあ!」
あぁっ! 受け止められた!
うなり声をあげ、大きな腕でラギ君の足をガードした男は、銃を持った手を今度は大きく振るってきた。
「くっ!」
「ラギ君! 避けて!」
ラギ君が声に反応して横に飛ぶ。直後、飛んできたのは大きな石。
ゴッ!
そんな鈍い音と共に石は男の顔面に衝突する。男は声も上げられないまま、後ろに倒れて気絶してしまった。
「エミ! サンキュな!」
「お互い様!」
二人はそう声を掛け合うと、背中合わせになって構える。そして、また襲ってきた者に対して迎撃を食らわす。
息を合わせて戦う二人に、操られた町の人達は敵わないようだった。
すごい、呼吸が合わさってる……。
感嘆し、見惚れていると……。
パンッ!
近くからそんな音が耳に飛び込んできた。
「……!?」
咄嗟に音の方を見ると、そこには驚き顔で銃を見つめるピクの姿が。
ピクは目を大きく見開いて自分の手を凝視し、それから前方に目をやった。追うようにして視線を巡らすと、カイ君の後ろで崩れ落ちるように倒れる少年が目に入る。
……あ、もしかしてピク……。
「……撃ったの?」
「う、撃っちゃった……ねぇ、死んでないよね……?」
桃色の瞳が大きく揺れる。震える小さな背中を支えようとしゃがみ込むと、カイ君の声が聞こえてきた。
「うわあ~、危なかったぁ……ピク、ありがとな!」
「え……」
「……ピク、こいつは眠ってるだけだ」
続いて、少年の状態を確認したルーク君が声をかけてくる。その事実を知ったピクは大きく息を吐き、ニっと笑った。
「へ、へへーん、ピクすごいっしょ!」
「ピク……うん、よくやったね」
「えへ。よーっし、カー君、ルー君! 危なかったらピクが助けてあげるからね!」
「おう! 頼りにしてるぜ!」
「ああ!」
二人はピクに微笑みかけると、すぐに走り出した。離れないように、でも近づきすぎないように。
さすがいつも一緒にいる二人だね。目で合図し合って、支え合いながら戦ってる。
そしてピクも、遠くにいながらも援護している。さっきは怯えるような表情だったけど、二人に感謝されて今は自信を持ってる。
私の気持ちとしては、本当は銃を人に向けて欲しくはないんだけど……。ううん、だめだめ。今は人の心配より自分の心配しないと。自分が助からなきゃ、他の人は助けられないじゃない。
首を振り、前を向く。と、くいくいと袖を引っ張られた。
「ねえねえ、ぼくは? ぼくにできることはない?」
「アト君……」
ちょっと青ざめながらも、真っ直ぐな目でアト君が私を見つめてきていた。
アト君も何か役に立ちたいんだね。……なら。
わたしはアト君をピクちゃんの横に立たせると、その耳元で囁いた。
「アト君。ちょっと辛い気持ちにさせちゃうかもしれないんだけど、それでもいい?」
「……いいよ。ぼくも戦いたいもん」
「わかった。じゃあ、カイ君達の方をよく見て。襲ってくる人達がいるでしょ。その中に、こっそり襲ってこようとしている人がいるかもしれないの。アト君はその人を捜して、ピクに伝えてくれる?」
「ピクちゃんに?」
「うん。そしたら、ピクがあの銃を撃って眠らせるから。出来る?」
「うん! やってみる!」
アト君は力強く頷くと、じっと目を凝らし始めた。
同じようにして、私も注意深く町の人達を見つめる。もし、ピクの銃が間に合いそうになかったらカイ君達に直接声をかけるために。
そうすると、ある点に気がついた。
それは、襲ってくる人の数が減らない、ということ。
ラギ君、エミちゃんは戦闘経験があるためか、五分もしないうちに襲ってくる人を気絶させている。カイ君、ルーク君の方も多少手間を取っているけど、負けてはいない。地面に倒れる人の数は増えている。それなのに、立っている人の数は減っていなかった。
……人の数が増えている。それも、一気にじゃなくてちょっとずつ。まるで、四人が疲れるのを待っているかのように……。
「あっ、もしかしてそれが狙い……!?」
「ピクちゃんカイ君のところっ!」
突如、アト君が叫ぶ。
続くようにして放たれる銃弾。
銃弾は真っ直ぐ飛んでいき、カイ君の背後を狙う少女の肩に当たった。
髪を乱し、倒れる少女。
瞬間、その奥にキラリと光る得物が見えて。
「カイ君伏せてっ!」
思わず声を発する。
同時にあがる、遠くからの銃声。
固まるカイ君。
その彼の右側から突撃してくる黒い影。
「カイッ!」
パッと赤が舞った。
尻餅をつくカイ君。その目の前で倒れるは……。
「ルークッ!?」
バッとカイ君が倒れるルーク君の身体を支えた。その目が肩に行き、大きく揺れる。
ルーク君肩を……!? 回復しないと!
駆け出そうとした私はそこでハッと気づく。
まだ、銃を撃った奴を倒してない!
ピク、あいつを……!
振り返った私はそこで息を飲んだ。
ピクが蒼白な顔をしていたからだ。唇は震え、目はルーク君から動かせていない。
なら私がっ!
「ピク貸して!」
ピクから奪うようにして銃を受け取ると、私は撃った奴めがけて引き金を引いた。パンッと乾いた音を立てて銃弾が放たれる。
真っ直ぐ飛んで行った弾は運よく狙った奴に当たったようで、相手は銃を手放しその場に倒れ伏した。
でもまだ油断できない!
私はすぐに視線をカイ君達のところに戻し、二人を襲おうとする者四人に弾を撃ち込んだ。しかし、二発は当てることが出来たが、残りの弾は外れてしまう。
その時、シュッと空を切る得物が見えた。
それは弾を当てることが出来なかった者の足に刺さり、その者を転ばせる。
「今のうちに! カイ君、ルーク君をピンクちゃんのところへ!」
エミちゃんの声。
素早く反応したカイ君は、ルーク君を背負ってこちらに走ってきた。
その間に、敵の足に刺さったナイフを抜き取ったエミちゃんはそいつに蹴りを入れて気絶させる。そのままラギ君を呼び、一時的にカイ君達の護衛に回った。
そのおかげか、カイ君は狙われることなくシールドの元までたどり着く。中に入ると、ルーク君を下ろして私を見上げてきた。
「ピンク!」
「任せてっ」
私は仰向けに寝転がるルーク君の肩に手を置き、目を閉じた。
神経を集中させる。手のひらが熱を持ち、魔力と呼ばれる力が集まってくるのがわかる。
そっと目を開くと、わたしの手からは緑色の光が発せられていた。それは、ゆっくりとルーク君の傷へと吸い込まれていく。
徐々に、だけど確実に光を浴びた皮膚が再生していくのがわかる。
赤みが消え、傷が見えなくなると私はフッと力を抜いた。収まる光。
その下から見えた肩は、すっかり元の状態に戻っていて。
カイ君、ルーク君、アト君、ピクの四人が安堵の息を吐くのがわかる。
とりあえず、無事に魔法が使えてよかった……。
どっと疲れが襲ってきて私はその場にへたりこむようにして座る。
そっか、これが魔力を使うってことか……。気力が減ったのか身体がだるい。
「あ……ピンク、大丈夫か?」
呆然としてたルーク君が我に返ったのか、そう声を掛けてくれた。
私は息を吐きながらも笑顔を作る。
「うん。痛みはない? 大丈夫そう?」
「ああ。怪我したのが嘘みたいによくなってる。サンキュな」
肩を回し、立ち上がるルーク君。彼を見て、会君が目を丸くした。
「え……ルークもう戦えるのか?」
「ああ。休んでる暇はないみたいだからな」
シールドの外に目を走らせる。
カイ君とルーク君が離脱してしまったため、多くの住人を相手にするラギ君とエミちゃんの姿がそこにはあった。二人は敵を倒し続けてはいるけど、疲れのためかその動きは最初よりも鈍っていた。よく見ると、怪我してるのも見受けられる。
「よし、やるか。次は遠距離からの攻撃にも注意しないとな」
「……だな」
ルーク君が歩き出す。続くようにしてカイ君も立ち上がると、ピクが二人を仰いだ。
「あ…….ピク、頑張ってやっつけるから! 遠くにいる敵も!」
「ピク……大丈夫なの?」
「大丈夫……だって、みんな戦ってるもん。見てるだけは嫌」
「……わかった」
頷き、銃をピクに返す。
と、アト君も声をあげた。
「ぼくも! 遠くにいる人、見つけるから!」
「おう、みんなで戦おうな!」
片手を上げて、再びシールドから出ていく二人。その背中を見送り、私達もさっきよりも集中して広場に目を凝らした。
……他に、私に出来ることはないのだろうか。
そう思い始めたのは、戦いが始まってからしばらくたった時だった。時計がないから、どのくらいの時間戦っていたのかはわからない。一時間、二時間なのかもしれないし、実は三十分しかたってないのかもしれない。
だけど、その間にも住民は次々と襲ってきていて。カイ君たちが怪我してシールドに戻ってくる回数もだんだんと増えてきていた。
その顔には疲労の色が見え始めている。
このままじゃ、負けちゃう……。
でも、私に戦う術はない。武器もないし、もちろん武術の経験もない。今出来るのは魔法で傷を治すことのみ……。
あぁ、この魔法で体力も回復できたら……遠くからでも傷を治して上げられればいいのに……!
「……あ」
そこで、小さく声をあげてしまう。
なんで今までその考えに至らなかったんだろう。
遠くから傷も体力も回復させる……出来る、かもしれない。やってみたことも、方法も曖昧だけど。
不安はある。けど、やるしかない! 少しでもみんなの役に立たなきゃ!
私は息を吸い込んで自分を落ち着かせ、目を瞑った。視界が闇に覆われる。
手を胸の前で組み、頭の中で想像してみる。
遠距離魔法といったら、ルーク君のビームとかロイ君の炎の玉とが思い浮かぶ。じゃあ、回復魔法の場合は?
……魔法陣、かな。形は本で見たことある。
その状態のまま、魔法陣をイメージする。前線で戦う四人の足元に魔法陣を発生させて、その光で傷を癒す。更に、体力も回復させる……。
瞬間。
——ル……ラ……
「……!」
何、今の……頭の中に声が……。
意識を集中させる。
するとまた、脳裏に声が響いてきた。
それは、どこか外国のものと思われる言葉で。意味はよくわからない。けど、なんだか綺麗な言葉だと思えた。
これ、もしかして魔法を使う時の言葉……?
……もし、これを詠唱することで魔法が使えるなら。代償がどれほどのものかはわからないけど、やってみる価値はある。
目を開く。シールドの中、真剣な表情のピクとアト君。前方に、怪我を負ったまま戦う少年少女四人の姿。
その音を遠くに感じながら、私は四人の足元を見やり、口を開いた。
流れるようにして発せられるは、私の知らない単語の数々。だけど、それを前から知っていたかのようにすらすらと口に出せていて。カイル君はこんなことも私の頭に刻んだのかと、ぼーっとする頭で考える。
詠唱が半分を過ぎると、組んだ手が白く発光し始めた。共鳴するかのように、私が見つめる先の地面も光始める。
視界の端で、シールドの中の二人が見上げてくるのがわかる。
笑顔を向けようとした。
突如。
そこで吐き気が襲ってきた。
うっ……、魔法のせい……?
思わず口を押さえそうになる。が、直前で思い留まり、格好を崩さずに詠唱を続ける。
こ、こで……途切れさせるわけにはいかない……!
そうして最後まで言葉を紡いた時。パッと光が舞った。弾かれるようにして両手を広げると、全身が白に包まれる。
そして、戦う四人の足元に魔法陣が現れた。それは、白に似た緑色の光を生み出し、四人の身体を覆う。
四人が驚き顔で動きを止めた。その身体の傷ついた部分が光を吸収する。
しばらくして光が収まった時、私は四人の状態を確認すると、疲れと安堵でその場に膝をついた。
よ、よかった……成功、してる……!
四人は最初と同じ状態。つまり、負っていた傷が全て消え去っていたのだ。顔色もよくなってる。どうやら、疲れも回復できたみたい。
「ピンク! 助かったぜ!」
「すごいじゃん、ピンクちゃん!」
ラギ君、エミちゃんの二人が笑みを見せてくれる。カイ君、ルーク君も同様に。そうして戦闘に戻ったみんなは、ちゃんと攻撃の手が鋭さを戻していた。
「ふぅ……」
乱れた呼吸を整えるように一つ息をつく。
と、ぎゅっと手を握られた。
「お姉ちゃん、すごい……すごいよ!」
「先生のおかげでカイ君もルーク君も元気になったよ!」
「あ……二人とも……ありがとう」
そう言ってもらえると救われるよ……私も、みんなの役に立てたんだって。
二人はキラキラした目で私を見つめた後、自分達も頑張らないとね、と笑顔で頷きあった。
うん、これで少しの間は戦い続けることが出来そうだ。でも、ずっと続けているのにはやっぱり限界がある。今のうちに、何か他の対策を考えないと。
そう思って立ち上がろうとした時、ふと影が差したのを感じた。
背後から殺気。
刹那——
ガァンッ!!
「っ!?」
大きな音と共に空気が震えた。
突然のことに耳を塞いで振り返ると、そこには大男がいて。
その手には、大剣。
大きく振り上げられた得物が、もう一度振り下ろされた。
ガンッ!
シールドが波立つように振動する。
こいつ、シールドを破壊しようとしている……!?
「うわああん!!」
「あ……お、お姉ちゃん……っ!」
アト君とピクが私にしがみついてくる。
私は守るようにして二人を抱きしめると、再び大男を見上げた。
男は赤い目を光らせ、一心不乱にシールドを殴ってくる。
な、なんとかしないと……そうだ、銃は!?
ピクの手元を見る。
ない……!
視線を地面に滑らすと、シールドから出るか出ないかの位置に転がる銃が見えて。
でも、この距離からじゃ手が……! それに、取りに行こうにもしきりに殴ってくるから地面が揺れて……バランスを取るのが精一杯……!
必死になって身体を支えていると。
ピキ……。
そんな不吉な音が耳に入った。
ハッとシールドを仰ぐ。
「そんな……!」
亀裂が入った……!?
そう思ったのも束の間。
パリンッ!
透明な壁が、砕けた。
破片は四方八方に散り、地面に落ちる前に光となって消える。
壁を破った大剣が、また振り上げられる。
今度は守ってくれるものがない。
剣の腹が、鈍く光る。
男の雄叫び。
身体が強張る。抱きしめる腕に力が入る。
迫る剣から目が離せない。
それが、私たちを斬ろうとした直後だった。炎の玉が目に映ったのは。
赤く燃え上がった球は大剣を弾き飛ばすと、その勢いのまま男の胸に当たった。
燃え上がる身体。
「がああああっ!!」
獣のような声を上げて男が地面を転がり回る。続くようにして降ってきたのは大量の水。
重たい水を全身に浴びた男は寝転がったまま動かなくなった。
な、なに、今の……私たちを助けてくれた……?
呆然とする頭を回転させて、やっとのこと顔を動かし背後を見やる。
視界に入ったのは、懐かしの姿。
「ふう……危なかったな」
「ロイ、君……!」
「ピク、久々だな」
そう。金色の髪に兎耳の彼——ロイ君が、そこに立っていたのだった。




