第二十二話 悪夢
第三章始まりました!
終わりに近づいてきましたよ……!
蒼空と孤児園のみんなはどうなるのか。
最後までお楽しみ下さい!
気が付けば、ぼくは真っ白な床の上に立っていた。
ここは、どこ……? ぼくは、何をしてたんだっけ?
状況を理解しようと、自分が今いるところを確認する。
視界に入るのは、高級なバッグが並んでいる棚。歩いているお金持ちそうな女の人達。部屋を照らす明るい蛍光灯。セールと書かれた札。
ああ、そうだ。ぼく、水無月さんのために高いバッグを買いに来たんだ。
手元を見ると、おしゃれな紙袋。中には水無月さんが見せてくれた写真のと同じバッグが入っている。
これだ、これ。あれ? いつの間に買ったんだっけ。記憶がない。けど、財布の中身は空になっていた。
まあいいや。これを水無月さんに届けないと。水無月さん、喜んでくれるといいな。一生懸命お金を貯めて、こんな入りにくい店に買ったんだもん。ぼくにしては頑張った方だよね?
紙袋を大事に抱えながら水無月さんの家まで行くと、ぼくは彼女を呼び出して紙袋を渡した。
水無月さんは、驚いた顔をしてくれる。
「あら? もう買ってきたの? 思ったよりも早かったじゃない」
「うん! モエカちゃんの喜ぶ顔、見たかったから!」
「ふふっ、ありがとう、蒼空ちゃん。嬉しいわ」
水無月さん、嬉しそう。よかったぁ、喜んでくれて。
バッグを渡して水無月さんと別れると、ぼくは家に向かった。その途中、急に視界が霞む。
っ……なに、これ……? 目眩……?
立ってられなくなり、膝をつく。目の前が真っ暗になる。
しばらくすると、視界が回復してきた。ふぅ、と安堵の息を吐き、立ち上がる。
何だったんだろう? 今の。立ちくらみ?
とりあえず帰って休もうと顔を上げた時、ぼくは驚きに目を見張った。
え、なにここ。さっきの場所と、違う……。なんで? 今ぼくは、自宅に向かっている道路を歩いていたはずなのに。どうして、こんな路地みたいな所にいるの……?
後ろを振り向くと、見知った道が見えた。混乱していた頭が、少しだけ落ち着く。
なんだ、知らない所じゃなかった。ふらふらってこんな路地に入り込んじゃったのかな?
戻ろうとして、ぼくは足を動かした。その瞬間、何かを蹴っ飛ばしてしまう。視線を下げると、そこにはどこかで見た事ある高そうなバッグが。
……え、待って。これって……。
しゃがんで拾い上げる。これ、さっきぼくが水無月さんに渡したバッグ……どうして、こんな所に……。
いや、同じバッグだけど、水無月さんのじゃないかもしれない。だって、さっき渡したばっかだよ? こんな所に落ちているはずがない。あの水無月さんが、捨てるわけない。そのなのに……。
ドク、ドク、ドクと、ぼくの心臓は不自然なくらい脈を打っていた。
そっと、中身を確認する。見覚えのあるハンカチ。ぼくが持っているのと色違いのメモ帳。ぼくとおそろいの、キーホルダー……。
手が震える。これ以上、見たくない。真実を、知りたくない。だけどそれ以上にぼくは理由が知りたくて……。
汗ばむ手で、メモ帳を開いた。
『お母さんへ。これを見たら、このメモ帳とバッグに入っている物、バッグごと捨ててきてくれない? あたし、こんな汚い物触りたくないから。萌香より』
「っ……!?」
声が出なかった。身体が動かなかった。一瞬にして、身体が冷える。
このメモ帳が、この筆跡が、これが水無月さんの物だという事を証明していて……。
なんで、どうして……ぼくが悪いの? 何がいけなかったの? 欲しい物はこれじゃなかったの? 無理して嬉しそうな顔してたの?
さまざまな疑問が浮かび上がっては消えていく。
「あれ? 如月さん? こんなところでなにしてんの?」
不意に、頭上から声が聞こえてきた。顔を上げると、クラスメイトの女の子が不思議そうな顔でぼくを見下ろしていた。
その声に、ぼくはすぐさま我に返る。そして自分の手元にある物を見て、不味いと思ってしまった。ぼくは感情が顔に出やすいタイプなのに。
予想通り、彼女は目を見開いた。バッグを指さし、声を上げる。
「それ、水無月さんのバッグじゃない! 如月さん、なんてことしてんの!?」
「違っ……これはぼくじゃなくてっ……」
「最低!」
「待って! うぐっ……」
走り出した女の子を追おうと、しゃがんだままの状態で地面を蹴ったぼくは、バッグに足を引っかけて盛大に転んだ。擦り剥いたのか、手がひりひりと痛む。
ばくはしばらくの間起き上がれなかった。水無月さんがぼくのバッグを捨てたという事実。それにクラスの女の子に勘違いされたという事が重なって、ショックを受けていた。そのせいか、動く気になれなかった。
少しして、ぼくはゆっくりと起き上がった。地べたに座り込み、前方に見える大通りをボーと眺めてはは、と乾いた笑みを漏らす。
大通りにはたくさんの人が歩いている。それなのに、誰もぼくを助けに来てくれない。気づきもしない。それが、何故だかすごく悲しかった。
なんか、動きたくないな……。
脱力感が襲ってきて、ぼくは仰向けに寝っ転がった。そのまま目を瞑る。
ああ……このまま寝てしまおうか。起きた時、今のが全部夢だったらいいな……。
なんて思いながら眠りにつこうとした。んだけど……耳に、聞きにれない音が入ってきた。聞き慣れないというか、この場所では絶対に聞こえないと思われる音。
ザァッという水の音。はしゃぐ人たちの声。飛び込み禁止と呼びかける声。迷子のお知らせ……。そして――。
「蒼空ちゃん? そんなところで寝てると日焼けしちゃうわよ?」
「えぇ!?」
今一番会いたくない、会いにくい人の声にぼくは飛び起きる。目の前には、日焼け止めを塗っている水着姿の水無月さんが……って、え? 何で水着? っていうかここ……プール!?
突然の瞬間移動? にあんぐりと口を開けてしまう。
「な、なななんでプールに……」
「寝ぼけてるの? さっきプールに来たばっかりじゃない」
「え……?」
いやいや、ぼく今まで路地裏にいたよ? プールになんて……あ、もしかしてこれ夢? 路地裏で寝ちゃったのかな?
「ほら蒼空ちゃん、行くわよ!」
「え、ちょっと待って!」
笑顔でぼくの手を引っ張った水無月さんは、ぼくをプールサイドに連れて行った。
先に水に浸かると、水無月さんはぼくに水をかけてくる。
「うわっ、冷た!」
そこで確信してしまう。これは、夢じゃないって。ぼくは実際に、水着を着て水無月さんと一緒にプールに来ているんだって。
一体、何が起こっているの……?
「何してるの蒼空ちゃん。早く泳ぎましょ」
「あっ、うん……でも、ぼく泳げないよ」
「知ってるわよ。でも、いくら蒼空ちゃんでも足が着くところで溺れたりはしないでしょう?」
まあ、そうだけど……。今ぼく結構混乱してて、色々と不安なんだよね……。
ぼくが渋っていると、水無月さんが不満そうな顔して上がってきた。
「もうっ、しょうがないわね。浮き輪持ってくるから、待ってて」
「あ、ごめん……」
ぼくが寝てた場所に戻っていく水無月さん。彼女をじっと見つめ、ぼくは首を傾げた。
ぼくのために、浮き輪を持ってきてくれる。すごく笑顔で、楽しそうにぼくをここまで引っ張ってくれた。彼女は、優しい。じゃあ、あの捨てられていたバッグは何?
「水無月さん、今日も如月さんと遊んでいるの?」
水無月さんが走っていった方向からそんな声が聞こえ、ハッとして視線をあげる。そこには、路地裏でぼくを見つけた女の子がいた。勘違いをした、あの女の子が。
誤解を解かないと。
「水無月さんのバッグをあんな所に捨てていたの、如月さんって知ってるでしょ? あんな酷い子と、無理して仲良くしなくてもいいんだよ?」
女の子から放たれたその言葉に、二人の元に駆け寄ろうとしたぼくの足は動かなくなった。
ぼくが捨てたんじゃない。そう否定したいと思った。だけど、あそこにあのバッグが捨てられていたというのは本当の事なんだと理解してしまっていて。それと同時に、ぼくが否定したら水無月さんが酷い人と思われしまうのではないかという考えが頭を巡り。何か理由が会ったんじゃないかとも考えて……。
二人から視線を外す。
心が重い。頭が着いていかない。どうしたらいいのかわからない。どうすれば解決できる? ぼくが酷い人だとは思われたくない。水無月さんが酷い人だとも思われたくない。でも捨てられていたのは本当で……。
頭の中がグチャグチャになる。そんな時……。
「そーらちゃん!」
明るい声と共に、水無月さんがぶつかってきた。足下がふらつき、ぼくの身体が宙に浮いたかと思うと、視界が青に染まった。
最初、何が起こったかわからなかった。鼻と口に水が入ってきて、息が苦しくなって、周りが泡立っているところを見てから、頭が理解した。水の中にいると。
早く水から上がらないと、死ぬ……!
「あ……っ……!!」
声が出ない、苦しい! 死んじゃう! やだ、やだ、怖い! 誰か、助けて……! 水無月さんっ……!
「ぶはぁっ!」
一気に視界が晴れる。肺に入った水を外に出そうとして、咳が出る。
「ゲホッゲホッ、ゴホッ、ゴホッ……! っ……はあ、はあ」
苦しさに涙が出て、視界が歪む。
少し息が落ち着くと、水無月さんが背中をさすってくれていたのがわかった。
助けて、くれたんだ……。
四つん這いの格好から身体を起こしてお礼を言おうと口を開く。直後。
「ちょっとあんた! 飛び込みは禁止なのよ!?」
聞こえてきた怒声に身体がビクッと揺れた。慌ててプールの方に目を向けると、幼い女の子を抱いた女性が怒りの目をぼくに向けていた。女の子はわんわん泣いている。
え……ぼく、何かしちゃった……?
「あんたのせいでこの子が溺れそうになったじゃないの! 上に乗っかるってどういうことよ!?」
ぼく、その女の子の上に落ちちゃったの!?
で、でも、それはぼくじゃなくてっ……。
「ごめんさい! この子、ドジだから足を滑らせてしまって……」
背後から聞こえてきた声に、ぼくは固まった。
水無月さん、何言って……?
「もうこんなことがないように言っておきますので、どうか許してあげて下さい!」
「……」
女性は何も言わずに、こちらを睨み付けてから離れていった。
あの女性の声はすごく怖かった。こちらを睨み付けた目つきも。女の子の上に落ちちゃった事も、申し訳ないと思った。けど! これは全部、水無月さんがぶつかってきたせいで! なんですべてぼくが悪いみたいに!
「蒼空ちゃん、気をつけないと。あの女の子、死んじゃってたかしれないわよ?」
ぼくに視線を落とす水無月さんの目は、真剣で。後ろにいるクラスメイトの女の子の顔も、怒っていて。ぼくは攻める事も忘れてただ愕然と二人を見つめた。
なんで、そんな顔をしてるの? 見たでしょ? 水無月さんが押したところ。ぼくじゃない。ぼくじゃ、ないのに……。
目眩がしてきた。身体から力が抜け、倒れそうになる。ハッとして足に力を入れると、背中に何かがぶつかった。
「痛っ……えぇ!?」
背中に当たった物を見ようとして、ぼくはさっきの出来事を忘れて目を疑った。
夜に、なってる!?
さっきまで昼間だったのに、いつの間にか周りは真っ暗になっていた。空には月が浮いているし、その上場所まで変わっていた。
いきなりの出来事に再び混乱しそうになる頭を何とか働かせて、場所を確認する。
えっと……ここは、公園? ぼくの家の近くにある公園だ。
背後にあったのはベンチだった。
顔を前に向けると、そこには花火を持った水無月さんの姿が。
って、なにしてるの!?
「ほら蒼空ちゃん。逃げないと足が燃えちゃうわよ?」
水無月さんの持つ花火の火が、ぼくの足下に落ちる。近づいてくる、火の粉。
やだ、熱い! 燃える! 来ないで!
走り出そうと立ち上がる。足の上に落ちる、火。
「やめて水無月さん! 火傷しちゃう!」
「あははははははははっ!」
「……っ!?」
花火を振り回しながら迫ってくる水無月さんを見て、ぼくは息を呑んだ。
狂っている。そうとしか言いようがなかった。
水無月さんは目を見開き、歪んだ笑みを浮かべていたんだ。笑い方もおかしい。焦点が合っていないように思える目は、花火の光のためか赤く見える。
そう、思わず見つめちゃったのがいけなかった。前を見ていなかったぼくはガッと足を砂場の段に引っかけ、砂の上に倒れてしまった。
水色の靴が、目の前に下ろされる。バチバチと音を放ち、落ちてくる花火。
「ひいっ……!」
逃げようとするが、足がもつれて立つ事が出来ない。
仁王立ちした水無月さんは、月を背景に不気味な笑みを浮かべていた。その手から、火が降り注ぐ。
熱い……痛い……服が、燃える! やめて……焼けちゃうよぉっ!
腕から上がった炎に目を瞑る。
その時、叩きつけられたかのような衝撃が頭に来た。驚いて目を開けると、水に濡れたぼくの身体。いつの間にか周りは明るくなっていて、水無月さんの姿も、花火もなくなっていた。
そしてこの場所は……トイレの個室。
扉の外からは、水無月さんと他の女の子の笑い声。
水、掛けられた!? わけがわからない!
「ちょっ、水無月さ……!?」
抗議のために個室から出ると、目の前には下駄箱が。下駄箱の中には落書き。如月と書かれた上履きの中には画鋲。
振り向くと、ゴミ箱があって。中には上履きで踏んだ跡のついた、ぼくのノートと教科書。
驚きも悲しみも、怒りも沸かない。何も考えられない。ただ単純に、目の前で繰り広げられる光景に呆然とする。
「キモッ」
「どーすんだろうねぇ?」
笑い声の方に首を巡らすと、ぼくの机があった。上には花瓶と、枯れた花。椅子、机、机の中にはびっしりと罵詈雑言。
目をそらす先生。投げられる紙くず。広げると、死ねの文字。
逃げるように教室を出る。場所は、家の中。座布団に座っていたお母さんが言う。
「蒼空、さっき萌香ちゃんが忘れ物届けに来てくれたよ? いい友達ね」
違うよ、お母さん。水無月さんは、そんないい子じゃないよ。彼女のせいで、ぼくは苛められているんだよ?
声が出ない。お父さんが言う。
「蒼空も、萌香ちゃんを見習わないとな。言い友達なんだから、大切にしろよ」
なんで、みんなわかってくれないの……?
水無月さんは、酷い人なのに! ぼくの居場所を奪った人なんだよ!?
もう、こんな場所、いたくない……!
「じゃあ、死んだら?」
「え……」
胸を押される。後ろに倒れ、ぼくの身体が重力に引っ張られる。近づいてくる、車の音。クラクションの音。上がる悲鳴。遠ざかっていく、歩道橋と、空と……水無月さん。
彼女は、恍惚の笑みを浮かべていて。
ダンッ!
「っ……!?」
体中に衝撃が走ったような気がして、ボクは目を見開いた。息苦しさが襲ってきて、肺に溜まった空気を吐き出す。
「はっ、はっ、はっ……」
汗が額を伝う。起き上がると、額だけでなく体中に汗をかいているのがわかった。
乱れた息を整えつつ、左に視線を走らせる。壁際のベッドには、ソラが眠っている。その顔は、とてもじゃないけど穏やかだとは言えない。かく言うボクも、さっきまで悪夢を見ていた。
夢の内容を思い出す。
あれは、多分ソラ目線だ。ソラが体験した事が、ボクの頭に流れ込んだに違いない。なんでかはわかんないけど。
でも……あんなに辛い目に遭っていたんだ。許せないよ、モエカちゃん。そりゃあ死にたくもなるよ……。
あれ? でも、夢の最後。ソラ、モエカちゃんに落とされてたよね? ソラは自殺したはずなんじゃないの?
何かが引っかかり、その夜、ボクは寝ずに見た夢を思い返していた。




