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異世界の孤児園  作者: 宇佐美ときは
第一章 孤児園の子供達
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第五話 薬

 昼食を食べ終え、ぼくは前に買った漫画を読み返していた。何度読んでもこの漫画は面白い! 絵も上手だし。ぼくもこんな上手な絵が描けたらな~。

 読み終えた一巻を閉じると、机の上においた二冊目に手を伸ばす。そんなぼくの横を、ルミちゃんが通り過ぎていった。


「ロイー! 庭に猫がいるよ」

「脅かしちゃだめだぞ」

「うん! あ、ロイも見に行こう!」

「いいぞー」


 庭に出て行くルミちゃんとロイ君。ぼくも行ってみようかな。

 開きかけた漫画本を机の上に戻し、玄関に向かった。

 庭に出ると、カイ君が登って下りられなくなった木に真っ白な猫がいた。青色の目で、ルミちゃんの赤い瞳をじっと見つめている。でも、ルミちゃんが撫でようと手を伸ばすと、庭の奥に逃げていってしまった。


「あ、待ってー!」


 ルミちゃんが楽しそうに追いかけていく。ぼくはその後ろを歩くロイ君の隣に並んだ。


「ルミちゃん、楽しそうだね」

「ああ」

「ロイー、子猫そっち行ったよ!」

「おう」


 前を向くと、ルミちゃんから逃げてきた子猫がぼく達の方に走ってくるのが見えた。しゃがんで捕まえようとするロイ君。だけど、子猫はひょいっとロイ君の手をよけてさっきの木に登っていってしまった。


「よーし、アタシも!」


 子猫を追いかけ、ルミちゃんが木によじ登っていく。子猫はそんなルミちゃんをじーっと見つめている。


「ルミちゃん、危ないんじゃない?」

「ルミー、下りてこーい」

「え? うわぁ!」


 ロイ君の方を向いた拍子に、ルミちゃんが足を滑らせて……危ないっ!

 ぼくは思わず目を瞑った……けど、いつまで経ってもルミちゃんが地面に落ちた音が聞こえてこない。おそるおそる目を開けてみると、そこにはルミちゃんを抱きかかえたロイ君の姿が。

 落ちたルミちゃんを受け止めたんだ……かっこいいー!


「ロイ……ありがとう」

「大丈夫か? ルミ」

「う、うん」


 半分呆然としながらルミちゃんが頷いた。多分、落ちたことにびっくりしたんだろうな。

 ロイ君はルミちゃんを下ろすと、ほっとしたように息を吐いた。同時に、ぼくも肩の力を抜く。

 ルミちゃんはさっきと同じ笑顔に戻ると、木を見上げた。


「あれ? 子猫いなくなっちゃった」


 あ、ほんとだ。いつの間に。ルミちゃんが落ちたときに逃げたのかな。

 ぼくはキョロキョロと辺りを見渡してみる。……あっ、いた! アジサイの草の陰に隠れてる!

 ぼくはある程度まで近くに行くと、その子猫に手を伸ばした。


「怖くないよ~、おいでおいで」


 すると、子猫は少し躊躇ちゅうちょした後、ゆっくりと近づいてきた。ぼくはその子猫の喉元を撫でてあげた。子猫はゴロゴロ言いながら目を細める。


「わぁ~、ソラちゃんすごーい」


 ルミちゃんが感心したように褒めてくれた。

 ぼくは昔から動物に好かれるらしくて、動物園に行くとほとんどの動物が近寄ってくる。動物を飼育している人が驚いているのを覚えている。

 そんなことを思い出しながら撫で続けていると、横からルミちゃんが手を伸ばした。その途端、子猫はぼくとルミちゃんの足の間をするりと抜け、庭の外に逃げていってしまった。……ルミちゃんは、ぼくとは逆に動物に嫌われてるのかな?


「ロイ、追いかけるよっ!」

「ああ!」


 子猫を追いかけ、ルミちゃんとロイ君が走っていってしまった。ぼくも追いかけようと立ち上がった。そこで孤児園の中から叫び声が聞こえてきた。


「ぎゃああああ! なんだこれぇ――――!?」


 この声は……誰? なんか、聞いたことがないほど高い声だったけど。

 ぼくはルミちゃん達を追いかけるのをやめ、小走りで孤児園の中に入った

 そこで目を疑った。だってカイ君が、カイ君が……片手に乗るぐらい小さくなってるんだもん!


「な、何でカイ君小さくなってるの!?」

「知らねーよ! おれが聞きてーよ! 何でだっ!?」


 いや、ぼくに聞かれても。こんな非現実的な事なんて今まで聞いたことも見たこともなかったし。あ、この異世界がもう非現実的か……。

 そこに、スターとルークがやってきた。


「かわいいっ!」

「かわいいとか言うな!」

「……」

「ルーク、なんか反応しろー!」

「人間じゃなかったんだな」

「人間だし! 自分で小さくなった訳じゃねえし!」


 まあ、そうだよね。自分で小さくなっていたらカイ君はあんなに取り乱してないと思うから。でも、じゃあ何で小さくなってるんだろう? 何かを食べたり飲んだりした、とか?


「カイ君、何かを食べたり飲んだりした?」


 ぼくの心を読んだのか、スターがカイ君にそう尋ねた。カイ君は少し考えた後、あっ、と思い出したようにぼく達を見上げた。


「そう言えば、机においてあったラムネを食べたぜ。ほら、そこに瓶があるだろ?」


 机の上を見ると、確かに小さな瓶がおいてあった。なかには白いラムネが……って、これラムネなのかな? ぼくには何かの薬に見えるんだけど。


「それを食べたら、急に身体が冷たくなって。気づいたらこうなってたんだ」

「これさ、見た目からしてラムネに見える?」

「えっ、それラムネじゃねーのか!?」

「オレには薬に見えるんだが」

「え!? おれなんかヤバイ薬飲んじまったのか!?」

「うん。多分」


 スターの答えを聞き、カイ君はサーッと青ざめた。あー、机の脚にしがみついて震えちゃったよ。

 それにしても、誰がここに薬を? あ……心当たりがある。もしかして……。


「……ルミちゃん、だね」


 ぼくの代わりにスターが薬を作った人物を言ってくれた。

 ルミちゃんは幼い頃から薬を作るのが得意で、これまでいろいろな薬を作ってきた。園長先生によると、ルミちゃんの親はどこかの研究所の研究員で、怪しい機械や薬を作っている人らしい。その血を引いたからか、薬を作っているところを見てたからなのかはわからないけど、五歳の頃から薬に興味を持ち始めたみたい。そんな怪しい研究所にいさせるわけにはいかないから、園長先生はルミちゃんをこの孤児園に連れてきたんだって。

 ……それで、今回は身体が小さくなる薬を作ったというわけか。っていうかどうやって作ってるんだろ? 全然想像できないよ。


「ねえねえ、ボク達も飲んでみようよ」


 唐突に、スターがそんなことを言い出した。え、飲むの? カイ君みたいに小さくなっちゃうのに?


「楽しそうじゃん」

「確かに楽しそうだけど……」

「そして冒険するんだ。この孤児園の中を」

「おお! いいな、冒険!」


 さっきまで震えていたのが嘘のように、スターの言葉にカイ君が目を輝かせた。

 小さくなった視点で、大きく見える孤児園を冒険……確かに楽しそう。


「おいルーク。お前も飲めよ。このままじゃ潰されちまうんじゃないかと……いや、何でもねえ」

「それは潰してほしいというフラグだな」

「ちげーよ! フラグじゃねーよ!」

「わかった。オレがそのフラグを回収してやろう」

「何でそうなるんだっ!?」


 潰そうとするルークの足を避けながら逃げ回るカイ君。小さくなっちゃったからか、そのスピードはすごく遅い。……ルーク、絶対遊んでいるよね。

 その間に、スターが薬を口に放り込んだ。……ぼくも食べてみようかな。

 ぼくは瓶から一つ薬を取り出すと、味を確かめずにごくりと飲み込んだ。だって、苦かったら嫌でしょ?


「……!」


 飲み込んでから三秒後、急に身体の中が冷たくなるのを感じた。まるで、突然氷水に入れられたかのように冷たい。続いて、ふわっと身体が軽くなった。高いところから落ちているように思えて、思わず目を瞑る。


「すげー……人が小さくなるの、初めて見たぜ」


 カイ君の声が近くで聞こえ、ゆっくりと目を開けた。そこには元の姿に戻っているカイ君が……ううん、違う。ぼくが小さくなったんだ。机や椅子、ソファが大きい……!

 ぼくの隣では、スターがキョロキョロと辺りを見渡しており、その先ではルークが薬を飲むのが目に入った。薬を飲んだルークは青白い光に包まれ、すぅーっとぼく達のように小さくなった。……すごい。ルミちゃん、本当にどうやって作ったの?

 小さくなったぼく達は、物語の主人公気分で今までとは違う孤児園の中を探検した。さすがに二階にはいけなかったけど、一階だけでも楽しかった。


 時計を見ると、もう午後五時を回っていた。そろそろ園長先生が夕ご飯を作る時間だ。

 ぼく達は探検の感想を言いながら机の前まで戻ってきた。だけど、そこで問題が発生する。その問題を最初に口をしたのはルークだった。


「これどうやって戻るんだ?」

「…………」


 一斉に口を閉じ、視線を合わせるぼく達四人。何も言えない。ぼくも含めてみんな、忘れてたという顔をしている。

 もうわかると思うけど、問題というのは戻り方がわからないということだ。


「ル、ルミちゃんに聞けばわかるよ、多分……」


 スターの声に頷くぼく達。いや、もしわかんなかったら大問題だから! まずくない!? もしこのまま戻れなかったら……やめよう。ネガティブな想像はやめておこう。

 さっきの笑顔が嘘のように、深刻な顔で玄関を見つめる。すると、ぼく達の思いが届いたのか玄関から待ち望んでいた人物の声が聞こえた。


「みんなー、ただいま!」

「ルミちゃん!」

「ルミ!」


 ぼく達は玄関の前まで走ると、ルミちゃんが気づくようにぴょんぴょんと跳ねながら声を上げた。

 ロイ君と笑い合っていたルミちゃんをはぼく達に気づくと、笑みを消して固まった。かと思えば、驚きとしか言えないような声を出す。


「えっ、その薬使っちゃったの!?」


 その声音にぼくは嫌な予感がした。

 ルミちゃんは頭に疑問符を浮かべているロイ君に困ったような表情を見せる。


「ど、どうしようロイ。まだ元に戻す薬作ってないよ!」

「効き目が切れたら戻らないのか?」


 状況をなんとなく理解してくれたのか、ロイ君がルミちゃんにそう言う。だけど、ルミちゃんは首を左右に振った。


「まだ使ったことがないからいつ効き目が切れるのかわからないの!」

「…………」


 ぼく達はなんで何も考えずに使ってしまったんだ。

 どうすれば? という視線をルミちゃんに送っても、どうしようという視線しか返ってこない。

 そんななか、スターが口を開いた。


「カイ君が悪いんだよ!」

「おれ!? た、確かに最初に飲んだのはおれだけどさ、飲んで冒険しようっていったのはスターじゃねえか!」


 喧嘩になりそうな雰囲気が漂い始める。ああ、本当にどうすれば……!


「ただいまー」


 玄関が開く音と共にそんなのんきな声が聞こえ、ぼくはばっと振り返った。だって、この声は、園長先生の声だもん!

 園長先生だったら何とかできるんじゃない!? と、園長先生の前で手を大きく振る。


「園長先生!」

「え!? 何でソラちゃん小さくなってるの!?」


 声は園長先生の後ろから降ってきた。

 園長先生の後ろには、買い物に行っていたハートちゃんとピンクちゃんの姿があった。あ、そりゃびっくりするよね。ぼくだってカイ君を見たときはびっくりしたもん。

 園長先生に気づいたカイ君達は、ぼくの横で一斉に状況を説明し始めた。


「先生、この薬を飲んだら小さくなっちまったんだ!」

「カイ君が悪いんだよ!」

「どうしよう先生。戻す薬作ってないの!」


 カイ君とスターとルミちゃんの言葉が混ざって何を言ってるのかわからない……。ハートちゃんとピンクちゃんも怪訝そうな顔で三人を見ている。多分、先生も何を言っているのかわからないだろうな。


「そういうことか。それは困ったね、明日学校あるのに」


 えっ、わかったの!? 今のでどんな状況かわかったの!? 先生聖徳太子!?

 つい心の中で突っ込んじゃった。でも、先生すごく冷静だね。なんか解決する方法でもあるのかな。

 期待して先生を見つめるけど、先生は笑みを浮かべたままキッチンに行き、夕食を作り始めた。


「とりあえず、何か食べようか。お腹減っただろ?」


 ……ま、まあ、焦っても仕方ないよね。

 ぼく達は先生の指示に従い、夕食を済ませた。先生は、僕たち四人の分は小さく作ってくれた。

 夕食の後、ぼくは先生に元に戻る方法を聞こうとした。けれど、先生はにこにこしたまま。


「その姿でお風呂に入るの楽しそうだね。沸かしてあるから入っておいで」

「入る!」


 喜んでお風呂に向かっていくスター。その背中を、カイ君とルークが追っていた。あ、言っておくけど、ぼくは三人と一緒にお風呂はいらないからね? 忘れちゃうかもしれないけど、ぼく女の子だから。……ぼくは誰に言ってるんだろ……?

 スター達が出た後、ルミちゃん、ハートちゃん、ピンクちゃんと一緒にお風呂に入った。深くて広くて、先生の言った通り意外と楽しかった。

 お風呂から出たぼくは、今度こそと園長先生に戻る方法を聞こうとしたけど、先生は、


「小さな姿でベッドに寝ると気持ちよさそうだね」


 と、僕たちをそれぞれの部屋に連れて行った。あ、ほんとだ。ベッド、ふわふわしていて気持ちいい……!

 ぼくは同室のスターと共にベッドで遊んだ後、そのまま眠ってしまった。

 元に戻す方法がわからないから園長先生はぼくの質問を避けていた、なんてその時は考えもしなかった。


 ――次の日、目を覚ましたらぼく達の身体は元に戻っていたのだった。

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