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異世界の孤児園  作者: 宇佐美ときは
第二章 日常の消滅
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第十六話 逃避

 夢を見た。いじめに耐えかねて、自殺する夢。辛くて、苦しくて、泣きたくなるような悪夢を。

 ……否、夢じゃない。ぼくの頭には、しっかりと自殺した記憶がある。辛かった感情も、苦しかった思いも、泣いた時の気持ちも、鮮明に思い出す事が出来る。

 水無月さんの話を聞くまで、前世だと思ってた。全部、過ぎ去った事なんだ、ぼくは新たに人生をやり直せたんだって。でも、違くて……。

 じゃあここはどこ? 空想の世界って何? 何でぼくは死ななかったの? 死んだら、楽になれると思ったのに。何でこんなに苦しいの……。

 ……てか、ぼくってどうなったの? あの時、水無月さんから話を聞いた後……どうなったんだっけ……。

 ぼくは寝転がった状態で、ぼーっとそんなことをぐるぐる考えていた。

 がたんと床が揺れ、身体が小さくはねる。ぼくは身体を起こさずに視線を上に向けた。そこには窓ガラスがあり、外の風景が過ぎ去っていくのが見える。

 ぼく達は今、園長先生の車に乗って孤児園に帰るところだった。ぼくは朝から熱を出したから、こうして車の一番後ろに寝かされているらしい。

 色々な事を考えすぎて、ぼくは自分の状況がわからなくなっていた。何もかもが、どうでもいいと思えてくる。

 ぼくはもう一度、目を瞑った。

 次に目を開けた時には、もう孤児園に到着していた。先生に抱きかかえられ、ぼくの部屋に連れて行かれる。

 ベッドに座らされた後、おかゆと林檎、薬が出された。何も考えずにそれを口にする。味なんてわからなかった。

 それからベッドに横になり、額に冷たい布を置いた。布団を掛けられて眠るように言われ、ぼくは瞼を閉じた。その時、頭上から先生の声が聞こえてきた。


「ソラちゃん、そのままの状態で聞いて欲しいんだけど……」


 そこまで言ってから急に黙る先生。しばらくすると、また声が降ってきた。


「やっぱり、ソラちゃんの熱が下がってから言うよ。おやすみ」


 足音が遠ざかっていき、扉が閉まる音がした。

 ぼくはふぅーっと息を吐き出すと、再び眠りに入った。

 その日合わせてぼくは三日も熱で寝込んだ。

 先生が他のみんなに何か言ったのか、部屋には先生と同室のスターしか来る事はなかった。ぼくも、部屋から出る気はなかったし、何も話す気分でもなかったからずっとベッドの上で一言も声を出さずに過ごしていた。常に頭もぼーっとしていた。

 ずっとこのまま何もしないで寝て過ごしていたかったんだけど、先生はそれを許してはくれないらしい。三日間でぼくの熱を治してしまった。

 今日は二十九日。もうすぐ年が明けるなぁ、とか思いながらぼくは三日ぶりに洋服に着替えると、リビングに行った。リビングにはもうみんなが集まっていて、ぼくも見ると嬉しそうな声を上げてくれた。


「あ、ソラたん! 治ったんだね!」

「やっと治ったのか!」

「もう大丈夫なの?」

「うん。ごめんね、心配かけて」


 ピンクちゃんにそう答えて、椅子に座る。みんなでわいわい話しながら、先生が作ってくれた朝ご飯を食べた。この輪はとっても賑やかで、暖かかった。

 ……これも、ぼくが作り出した物? 声をかけてくれるようにしたのも、ぼく?

 笑顔で会話に加わりながら、ぼくはずっとそんな事を考えていた。

 朝食を済ませると、みんなは郵送された宿題を始めた。カイ君は嫌そうな顔をしていたけど、渋々といった感じで計算ドリルを開いていた。

 ぼくも特にやりたい事がなかったから、みんなと同じように宿題をする事にした。でも、自分の部屋でやる。なんとなく、みんなと一緒にいたくないと思った。怖いんだ。誰かが声をかけてくるたびに、これはぼくが考えただけの、ぼくがかけられたい言葉なんじゃないかと思ってしまって。

 部屋に入り、自分の机に向かって宿題を始める。簡単に解く事が出来た。だって、この問題を習ったのは二回目だから。やっぱり、ぼくは……。

 その時、ノックの音が響いた。入ってきたのは園長先生だった。


「ソラちゃん、体調はどうだい?」

「もう大丈夫です。看病してくれてありがとうございました」


 お礼を言うと先生は微笑みを見せ、ぼくのベッドに座った。

 ……? どうしたんだろ? まだ話しがあるのかな?

 先生は少し迷うそぶりを見せた後、ゆっくりと口を開いた。


「ソラちゃん、もう体調もよくなって、精神状態も落ち着いてきたよね?」

「……!」

「難しい内容の話も理解できるし、考える事が出来るね?」


 ぼくは先生から視線を逸らした。先生は言葉を続ける。


「ソラちゃんは、モエカちゃんの話を聞いて混乱した。そのモエカちゃんが話した内容を、私がもう少し詳しく話したいと思っているんだが……」

「そ、そういえば、モエカちゃんさっきリビングにいませんでしたよね?」


 ぼくは話を変えようと、精一杯そう言った。先生は一瞬困ったような顔をしてから、ぼくの質問に答えてくれる。


「ソラちゃんが熱を出した日に、モエカちゃんは孤児園を出て行ったんだよ。過ごす場所が見つかったらしい」

「そうなんですか」


 ぼくがそっと胸を撫で下したところを見ると、先生はすぐに話を戻してしまった。


「ソラちゃん、私が今話そうと思っている事はね、君が知っておかなければいけない事なんだよ」


 嫌だ……。

 耳を塞ぐ。


「曖昧のままにしておく訳にはいかないんだ」


 首を左右に振る。

 聞きたくない……。


「いつか話すべきだと思ってた。ソラちゃん、私の話を聞いてくれるかい?」

「聞く余裕は、ぼくにはありません……」

「いや、あるはずだよ。目を逸らしちゃ……」

「嫌なんです!」


 ぼくは目をギュッと瞑り、勢いよく立ち上がった。拳を握りしめ、声を上げる。


「ぼくは苦しい思いをしたくなくてここに来たんです! 何で嫌な事を話そうとするんですか! ぼくはここで平和に過ごせたら、それで十分なんですよ! 他の事なんて、知っておく必要ない!」


 大声を出して目を見開くと、ベッドに座った先生が驚きもせずにこちらを見つめていた。その顔は怒っているわけでも困っているわけでも悲しんでいるわけでもなく、ただただ真剣だった。


「……っ!」


 ぼくは怖くなって部屋を飛び出した。その勢いのまま、外に出てひたすら走る。何かから逃げるように。

 行く当てのなかったぼくは、気が付けばいつか行った川沿いに来ていた。

 立ち止まり、乱れた息を整える。

 久しぶりに来たなぁ、ここ。前に来たのは、確かロイ君とルミちゃんを仲直りさせようとした時だっけ。二人は、元気にしてるかなぁ。……二人を喧嘩するように動かしたのも、ぼくなのかな……。

 雪が積もっているから座る事が出来ず、ぼくは近くの木に寄り掛かった。はぁーっと白い息を吐く。

 うぅ、寒い……。あのまま飛び出しちゃったからなぁ。でも今は帰りたくないし……。

 先生が話そうとしている事は何となく察する事が出来た。ぼくがずっと本当かどうかわからないでいる、モエカちゃん――水無月さんの言葉について話してくれようとしていたんだ。真実なのか、嘘なのか。何が本当で、何が間違っているのか。ぼくのこの心にあるもやもやを晴らしてくれるんだろう。先生は、ぼくのこの状況も心情も、何もかも知っているんだと思う。でも……。

 ぼくは怖いんだ。真実を聞くのが。だってあの話が本当だったら……ぼくはどうしたらいい? あの話を聞いた上で、ここにいていいと先生が言うとは思えない。だけど、現実世界には戻りたくない!

 そういえば、先生。前に言ってたっけ。「みんなが幸せになれる場所は決まっているんだよ。だから、その時が来たらちゃんとここから出て、自分の居場所に行きなさい」って……。あの言葉は、現実の世界に帰るべきってことなのかな……。あそこが、ぼくの居場所……? 違うよ先生。あんなところに、ぼくの居場所はないよ。なかったよ……。

 現実世界の記憶を思い出し、ぼくは頭を振った。うん、戻りたくない。思い出したくもない。ずっとここにいたい。空想の世界でも何でもいいよ。ぼくの心が安まる空間、時間があれば。

 水無月さんは、あの時。ぼくに真実を告げる時、ここが空想の世界、何でも出来る世界だと、ぼくがわかっていると言っていた。それは否定できなかった。そんな気がしてしまったから。うまくいきすぎているとは少し思っていたんだ。親を殺されたカイ君がぼくとピクちゃんの言葉ですぐに立ち直ったり、シン君に殺されそうになった際にタイミングよくアト君が入ってきたりしていたから……。

 だけど、ぼくがみんなの辛い過去を作り、大切な人を殺したのは絶対違う!

 澄み切った空を見上げながらたくさんの事を考え、深いため息をつく。わかっているよ。これが逃げだということは。そう、自嘲する。

 けれどね、ぼくはそんなに心が強くないんだよ……。


「ソラ~」


 突然、のんびりとした声が聞こえた。振り向くと、そこにはこちらに駆けてくるスターの姿があった。

 スターはぼくの所まで来ると、持っていた上着を差し出してきた。


「はいこれ。また風邪引いちゃうよ~?」

「あ、ありがとう」


 お礼を言ってそれを着る。スターが抱えていたためか、ちょっと暖かかった。

 スターはぼくの隣に来ると、にやりと笑った。


「なに~? 園長先生と喧嘩したの~? ソラにしては珍しいね~」

「別に喧嘩ってわけじゃないけど……」


 大声、出しちゃったな。あんな風に言っちゃうなんて初めての事だし……先生、怒ってたらどうしよう……。


「怒ってないよ~。だってあれだよ? だいじょぶだって~」

「そうだね……」

「あれ? 突っ込まないの?」


 不思議そうな顔をするスターに、ぼくは逆に聞き返した。


「突っ込む?」

「うん。だって心読んだんだよ? 園長先生あれのことあれって言ったんだよ?」

「いつもの事じゃん」


 ぼくが呆れたようにそう口にすると、スターは頭の後ろで手を組んで口を尖らせた。


「えー、つまんな~い。ボク突っ込み待ってたのに~」

「え、そうなの?」

「そーだよ? あーあ、あれのせいでソラがおかしくなっちゃった~。うわー、どうしよっかな~、あれになんて言おうかな~。そうだ! あれに悪戯しよう! あれあれあれあれ~」

「えぇ!? あれって言い過ぎ! ってか最後の何!? スターの方が様子おかしくない!?」

「そう! それだよ~」


 スターが満足したのか笑顔でうんうんと頷いた。それを見て、ぼくは釣られるようにして微笑む。

 スターはいつも通りだなぁ。ぼくも、突っ込んだらちょっとすっきりしちゃった。あ、もしかして、ぼくを元気づけようとしてくれたとか? それだったら嬉しい。

 と、そこまで考えたところで、ぼくはハッとした。同時に不安が胸に広がり、息が荒くなる。

 スターのこの言葉も、ぼくが考え出したものなの? 無意識に、ぼくが言われたいと思った言葉を言わせているの? ぼくが、スターを使って……スターを動かして……。


「え~、ソラ何言ってんの~?」

「え……?」

「ボクがソラなんかに動かされるわけないじゃーん」

「ソラなんかって……」

「だってボク、天才だよ! Sだよ!?」

「自分で言っちゃったよ……」

「それにボク、ソラには動かされたくないし~」

「えぇー……」


 なんかさんざん酷い事を言われたんですけどー……あ!

 ぼくは驚いてスターをまじまじと見つめてしまった。スターはぼくの視線を気づくと、笑顔のまま首を傾げる。


「どしたの?」

「スター、なんでぼくに酷い言葉を……」

「え? ボクは言いたい事を言っただけだよ~?」


 言いたい事を言っただけ……? なんで? ぼくはそんな酷い事を言われたいなんて思ってないのに。もっと優しい言葉をかけてほしいと思ってたのに。それなのに、酷い事を言われた。じゃあ、もしかして、ぼくが動かしたわけじゃないって事? スターが自分の意志で動いてるって事!?


「だからそう言ってるじゃん。ていうか、いつも自分の意志だよ? ソラには操られないって~」

「ありがとう、スター!」

「え、何? ソラってMだったの?」

「何でそうなったの!?」


 ……うん、スターのおかげでなんか吹っ切れちゃった。そうだよ、全部水無月さんが言ってる事が本当ってわけじゃないんだよ。ってか、それを先生が教えてくれるって言ってたじゃん! わからなくて悩んで、不安になってただけなんだ。よし、先生から聞こう。真実を、全部。逃げてたら何も解決しないって、誰かが言ってたっけ。その通りだよね!

 さっきまでうだうだと悩んでいたのが嘘のようだ。スターのおかげで、前向きに考える事が出来たよ。


「そうでしょ~。またいつでも、罵倒されたいときは言ってね!」

「だからぼくMじゃないよ!?」

「で、先生のとこ行くの?」

「あ、うん。話さなきゃ行けない事があるって言われてて……ぼく逃げちゃったんだ。でも、もう大丈夫だから、聞きに行ってくる」

「そっか。……ソラ、行く前に聞きたい事があるんだけど」

「聞きたい事?」


 質問すると、スターはこくっと頷いてから、珍しく恐る恐るといった感じに口を開いたのだった。


「ソラの前世の話、聞いてもいい?」

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