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異世界の孤児園  作者: 宇佐美ときは
第二章 日常の消滅
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第十五話 人殺し

 狂っている。

 食堂の光景――ソラちゃんが笑いながらナイフを手にしているところを見た時、アタシ・・・はついそう思ってしまった。

 夜中の一時半頃、何故か急に目が覚めてしまったアタシはダンッという大きな音を聞いた。気になって部屋から出ると、男子部屋から誰かが出て行くのを目にし、その人影を追って食堂まで来たのだった。

 食堂では今、ナイフを振り下ろしたソラちゃんを園長先生が気絶させていた。尻餅をついていた、男子部屋から出てきた子――スター君がゆっくりと立ち上がり、恐る恐るといった感じでソラちゃんを見た。


「ソラは……?」

「気絶させただけだよ。……間一髪、防げたね。あの夢の事態を」

「うん……先生はやっぱり、モエカちゃんに?」

「魔法かけられてたよ。動けなかった、ごめん……」

「いーよ。ソラ、助けられたし」


 夢の事態? モエカちゃんに、魔法をかけられてた? どういう事なんだろう? ソラちゃんもあんな状態だったし……ここで、何が起こってたの?

 スター君が先生から目を逸らし、床に落ちているナイフに気づいて拾い上げた。俯いているため表情はよく見えないが、何かを考え込んでいるようだった。

 ……まあ、無理もないよね。何であんな事になってたのかはわからないけど、友達に殺されそうになったんだから。二人は仲がよかったし、呼び捨てで呼んでいる辺り、幼い頃から一緒にいるんだろうね。

 先生はソラちゃんをおんぶすると、ナイフを見つめるスター君に声をかけた。


「スター君。モエカちゃんがソラちゃんに話した内容、聞いたかい?」

「……? 聞いてないよ。ぼくが来た時にはモエカちゃんはもういなかったから」

「そうか」

「また隠し事?」

「そう睨まないで。モエカちゃんが言った事はソラちゃんをこんな風にしちゃったけど、ソラちゃんにとっては大事な話なんだ。だから、ソラちゃんはその内容を受け止めるべき……いつか、ソラちゃんから話してくれる日が来るよ。それまで、待っていてくれないかな?」

「……」


 スター君は返事をせず、歩き出してしまった……って、こっち来る!

 アタシは咄嗟に部屋に戻ろうとしたけど、時すでに遅し。スター君に気づかれてしまった。


「エミちゃん……?」

「あ……み、見つかっちゃったか~」

「見てたの?」

「えっと……ごめん」


 言い訳しようとして、やめた。ここではぐらかしてもすぐばれるし、それに先生は多分アタシがいる事をわかっていたと思う。


「先生、さっきの会話聞いちゃったんですけど、モエカちゃんがソラちゃんをこんな風にしたってほんとですか? 一体ここで何があったんですか?」

「……ほんとだよ。モエカちゃんはね、ソラちゃんの心の傷をえぐったんだ」

「心の傷を、抉った?」

「そう。ソラちゃんも孤児だからね。辛い過去を持っている。その過去を、彼女は無意識にずっと封印していたんだ。けど、モエカちゃんの言葉で思い出した」

「それで、あんな状態に……」

「さっきスター君にも言ったけど、その過去は受け止めなければならない。ソラちゃんから話してくれるまで、待っていて欲しい」


 先生の真剣な表情。

 アタシにも人には言えない過去がある。だから、それ以上は聞かない事にした。


「わかりました」

「ありがとう。ほら、もう遅いから部屋に戻って寝よう」

「はい。……あ、スター君。そのナイフ預かるよ?」

「え……なんで?」

「見覚えがあるんだ。多分それ、フルーツナイフだよ。キッチンに戻してくるね」


 怪訝そうな顔をし、スター君はしばらくアタシを見つめた後、ナイフを差し出してくれた。

 アタシはそれを受け取った後、スター君、先生と別れて女子部屋に戻った。そこで、モエカちゃんの荷物がなくなっている事を確かめる。

 やっぱり。今日……否、正確には昨日だけど、アタシはパーティーの途中でモエカちゃんがこっそりと食堂から出て行くところを目撃した。気になって着いて行くと、モエカちゃんはアタシ達が荷物を置いている部屋がある廊下とは反対側の廊下を歩いていき、突き当たりにある部屋に入っていったのだ。少し扉を開けて覗いてみると、荷物の整理をしていた。その顔は不気味な笑みを浮かべていて。何かある、何かの準備をしている。アタシはそう思った。そして、それは的中したんだ。

 モエカちゃんの姿はここにない。おそらく、食堂を出て行った後、荷物を持ってあの部屋に行ったんだろう。次の手を考えているに違いない。何をするつもりかはわからないけど、やるにはいましかない!

 何故か、アタシは焦っていた。今やらないといけない、そう思っていた。モエカちゃんがソラちゃんを、人を殺そうとするような状態にしてしまったのが原因なんだけど、それだけでモエカちゃんが悪い人物だとは判断できない。誰かに言われてやったのかもしれない。ソラちゃんの事を思って、辛い過去を思い出させたのかもしれない。その可能性は否定できない。そう考えて、やろうとしている行為を止める事は出来る。まだ今のアタシにはその判断力があった。この行為をしてしまったら、アタシはもうアタシではなくなってしまうという事もわかっていた。

 だけど、アタシは止めようとは思わなかった。久しぶりに、怒りが沸いてきたんだ。そう、今のアタシは、怒っているんだよ……!

 ナイフを片手に、アタシは目的地の扉を開けた。案の定、部屋の中にはモエカちゃんの姿があり、運がいい事に布団で眠っていた。

 そっと扉を閉め、アタシはモエカちゃんの傍らに座った。モエカちゃんが起きない事を確認し、ナイフの柄を両手で握りしめる。そうして殺す準備をし、息を整えながら、アタシはずっと思い出さないようにしていた昔の記憶を蘇らせていた。



 幼い頃から、アタシは虐待を受けて育ってきた。

 虐待してきたのは父だった。

 父はとても厳しい人で、言う事を聞かないとすぐに怒り、アタシを礼儀正しい“いい子”に育て上げようとしていた。そんな環境の中で、唯一の居場所が母の膝の上だった。父に怒られたり、嫌な事があるとアタシはすぐに母親の元に行き、癒しを求めた。母がいれば、父の行為にも耐えていられた。

 そんななか、アタシは小学校に入学した。友達が出来た。一緒に遊ぶ事も増え、友達の家におじゃまするようにもなった。

 アタシの父がお菓子が嫌いだったため、アタシはお菓子を食べた事がなかった。お菓子という物がある事さえ知らなかった。だから、友達の家でお菓子を始めて食べた時は、そのおいしさに感動した。けれど、それを両親に伝えると父に激怒された。友達と遊ぶ事を禁止されてしまった。この時、始めてアタシの心に怒りが生まれた。それまで、ずっとロボットのように父に従っていたアタシだったが、怒りのまま父に歯向かったのだ。それからだった。父の虐待が始まったのは。

 学校行く以外に外に出ると怒鳴り散らされ、腹を殴られる。お腹が減ったからと冷蔵庫を開けるだけでも蹴り飛ばされる。失敗する事なんて誰にでもあるはずなのに、テストで九十点以上取れないと物を投げつけられた。その頃から、勉強のすること命じられた。逆らえば、身体の傷が増える。

 あまりにも酷いと、母が止めてくれるようにもなった。虐待が始まったばかりの時は、まだ父は母の言う事を聞いていた。機嫌が良いと、アタシに謝ってくれていた。けれど、小学六年生ぐらいから父が仕事でうまくいかなくなり、そのストレスをアタシにぶつけるようになった。止めに入った母までも殴るようになってしまった。

 母は父から暴力を受けるストレスからか病気がちになってしまい、アタシも反抗する気力をなくして父が指名した中学に入った。だけど、中二になったばかりの時期、父はとうとう会社を辞め、家に引きこもるようになってしまった。今までより一層暴力を振るう回数が増え、家の中は荒れた。父は、もう勉強しろとか外に出るなとは言わなくなったが、酒に溺れ、何かを思い出すと物や母、アタシに当たった。

 そして、中三の五月。母が亡くなった。負の連続だと思った。

 それからは生活するのが困難になった。父が働いていなかったからだ。代わりに働いていた母が亡くなってしまい、家のお金は減るばかりだった。

 父は毎日のように酒に酔っていたけど、考える頭は残っていたらしい。十月下旬、受験に向けて勉強しているアタシに、父は言った。


「お前、高校行かずに働け。もう金がない」


 信じられなかった。あんなに、いい中学に入れて、高校も良いところに入るように小学生の頃から言っていた父が、働くように言うなんて。

 確かに、このままアタシが高校に入ったらこの家のお金は尽きるだろう。高校に入るお金さえ残っているかわからない。けど、アタシは高校に入りたかった。やりたい事が出来たんだ。

 だから、アタシは久しぶりに父に反抗した。


「嫌だよ。高校に入る」

「入れないだろ。金がない」

「高校生になったらバイトできるから平気」

「バイトなんて許さん」

「働いてない貴方がそれを言う権利あるの?」


 その言葉を吐いた直後、ものすごい勢いで父の手がアタシの首に伸びてきた。床に倒れたアタシの上に乗り、父は唾を飛ばしながら怒鳴った。


「働けっ!」


 ああ、もう駄目だ。この人は、完全に自分のためにアタシを働かせようとしている。ただお酒が飲みたいだけだ。こんな人のために働くくらいなら、死んだ方がマシだ。

 アタシはそのまま、意識を失った。

 次に気が付いた時、アタシはそのまま床に転がされていた。殺されなかった。どうやら、あの人はまだ理性を保っていられていたらしい。

 人を殺してはいけないと思ったのか。まだこいつは使えると思ったのか。どちらにせよ、アタシの存在を認めていた。だから、腹が立った。

 あんな状態なんだから、何も考えずに本能のままでいればいいのに。理性なんかなくして、アタシを殺せばよかったのに。そうすれば、世間から嫌な目で見られ、警察に捕まり、一生後悔する人生を送っただろうに……。

 いや、もうあの人にとっては周りなんてどうでもいいんだろう。捕まったって、変な目で見られたって今まで通りに気にくわない事があれば怒鳴り散らし、酒を飲んで意味もなく生き続けるんだろう。

 そんな人の言いなりになっていた自分に怒りを覚えた。あの人に、仕返しをしてやりたいと思った。そしてアタシは、あの人に恐怖を与えることにした。

 次の日。アタシは家を出る準備をした。探されても見つからないように、緑色の髪を茶色に染めた。命令に従ってお尻まで伸ばしていた髪を胸に届くぐらいで切り、きっちりとした服から露多い服に着替えた。名前も変えた。

 これからのアタシは違う。もうあの家にいられない。だから、違う場所で暮らす。最初はホームレスみたいになってしまうだろうけど、バイトして、必ず自分で住む場所を作るんだ。

 準備が整った日の夜、アタシは家の包丁を片手に父の元に行った。物音で目を覚ました父に、包丁を見せつけた。

 だけど、父は驚かなかった。恐怖も感じなかった。ただ、無表情で包丁を見つめていた。


「ほら、恐がりなよ!」

「お前に俺は殺せない」

「な、何言って……」

「お前は俺なしでは生きていけない」

「勝手な事言わないで! 生きていける! アタシはここを出て行くから!」

「無理だな。お前は、ずっと俺の言う事しか聞いてこなかったからな」

「うるさいっ! あんたなんか、いなくたって生きていける!」


 そう叫んだ時には、アタシが持っていた包丁は、かつて父と呼んでいた人の胸に突き刺さっていたのだった。

 それからの行動は早かった。殺すつもりはなかったのに、人を殺してしまった。それなのに、自分でも驚くほど冷静だった。死体を布団で隠し、返り血を浴びた服は布団の下に。新しい服に着替え、用意していた荷物を持って家を出た。

 父はここ二年、家から出ていないからすぐに死体があるとばれる事はないだろう。今は朝の二時だから、アタシがこの家を出て行くところを目撃する人もいない。学校に来ないって騒ぎが起きて家を調べられても、誰かが父を殺し、あたしは誘拐された。もしくは行方不明、で片付けられる。アタシも日が出る前にここから離れるから、見つかる事はない。

 そうしてアタシは家から遠く離れたこの町に来て、園長先生に出会って孤児園で暮らす事になったんだ。



 ナイフを振り上げ、すぅっと息を吸った。

 アタシは……アタシこそ狂っているのかもしれない。父がしなかった殺しをして、それなのに平然としていて、その罪を償うことなくこうして笑って過ごしている。それで今、また人を殺そうとしている。一回人を殺したんだ。アタシなら出来る。なんて思っている。だって、アタシにしかできないもん。他の子の手を血に染めるわけにはいかないからね。

 殺しちゃったら、もうここに入られないかな。隠しきれないよね。また、暮らせる場所探さなきゃ。結構楽しかったんだけどなぁ、孤児園での生活。みんなとも仲良く慣れたし。

 アタシはちょっと微笑んでから、目を瞑った。感情を押し殺す。……迷いはない。怖くもない。辛くない。これは、やるべき事……。

 そして、あの時のようにナイフを振り下ろし――ガッと肩を掴まれた。


「っ……!?」


 誰!?

 驚いて振り向くと、そこには園長先生が立っていた。


「やめなさい。それは、君がやるべき事じゃないよ」

「園長先生……」

「一度してしまった事はもう消せない。けどね、だからといって同じ事をしていいということはないんだよ」

「っ……どうして……」

「ん? 私は園長だからね。ここにいる子供達の事は、何でも知っているんだよ」


 先生は自慢げにそう言った後、不意に優しい笑みを浮かべた。


「孤児園の平穏を守りたいという思っているのは、エミちゃんだけじゃないよ。私も、モエカちゃんをどうにかしなければと思ってる。だけど、それをやってはいけない」


 ナイフを指さす先生。そのまま流れるようにナイフを取り上げると、ぽんとアタシの頭に手を置いた。


「みんなで、解決する方法を考えよう。今のエミちゃんには、仲間がいるんだから」


 胸が苦しくなり、視界が歪んだ。

 仲間……アタシにも、仲間がいるんだ。仲間だって、思っていいんだ。自分はもう、一人じゃないんだ。

 久しぶりに流した涙を拭い、アタシは笑顔を作った。


「……はいっ」


 いつか、自分がした行為をみんなに話そう。許してもらえなくても、話さないと。そう思ったのだった。

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