第十一話 夜話
ラギ君との話が終わって部屋に戻ると、もう床に布団が敷いてあった。綺麗に並べてあるその布団の上には、ピクちゃんとエミちゃんが寝転がっている。
「ソラちゃん、遅かったね」
「うん。ちょっとラギ君と話してて」
ピンクちゃんに頷き、ぼくが布団の上に座ると、待ってましたとばかりにピクちゃんとエミちゃんが同時に布団を被った。俯せの状態で顔だけを布団からだし、ニコニコとぼくを見つめている。え、な、なに……?
モエカちゃんも布団に潜ると、ピクちゃんが張り切ったような声を上げた。
「よーし! じゃあ、始めよっか!」
「何を?」
首を傾げると、エミちゃんがびしっと指を立てる。
「旅行、女子だけの部屋。そして寝る前と言えば……恋バナでしょ!」
えぇ!? 恋バナ!? 恋バナって、そんな風に宣言してから始める話だっけ!?
エミちゃんとピクちゃんの二人は話す気、というか聞く気満々のようで、早く早くとぼくを急かしてきた。仕方なく俯せになり、布団を掛ける。
全員が寝っ転がると、モエカちゃんが電気を消した。窓から差し込む月の光だけの、薄暗い部屋になる。夏だったら、こういう時怪談をするんだろうなぁ。そう考えると、恋バナの方がマシ……かな?
一瞬だけ静かになった部屋に、ピクちゃんの声が響く。
「じゃあまず、好きな人を言っていこー!」
いきなりだね……!
でも誰から言うの? と目でピクちゃんに尋ねると、ピクちゃんがキラキラした目でぼくを見つめ返してきた。その隣に視線を移動させると、そこにはピクちゃんと同じ目をしたエミちゃんの姿が……。
ぼ、ぼくからなの……!?
「い、いないよ~?」
にへら、と笑ってそう言うと、すぐに反論された。
「えー、絶対いるよー! ソラたん、嘘つかないの!」
「そうだよー。ソラちゃん、恋してる人の目をしてるもん!」
どんな目なのそれ……。ってか、ぼくってそんなにわかりやすい?
好きな人か。気になってる人ならいるけど、それは好きな人なのかな? 自分じゃよくわからないけど……二人は、この答えを求めてる気がする。でも……恥ずかしい!
ぼくはたっぷり躊躇した後、ぼそりと呟いた。……誰にも聞こえないように。
「……スター」
「やっぱり!」
気づいてたんなら答えさせないでよエミちゃん!
恥ずかしさに思わず布団を被る。うぅ……何でぼくからなの? 何で気づいているのぉ……。
そんなぼくの気持ちをを知ってか知らずか、エミちゃんとピクちゃんの楽しそうな声が耳に入った。
「ソラたん、わかりやすいよね~」
「うん! アタシ孤児園に入ってきて三日でわかったよ」
「そんな早くからわかったの!?」
自分が本当にスターの事を好きかどうかわからないのにぃ……。これが好きって気持ちなの? 尊敬とか憧れではなく、好き? もう、長く一緒にいるからわかんないよ!
「そんな考える必要ないよ。それが、好きってことなんだよ」
「え!? エ、エミちゃん、ぼく、声に出してた?」
「うん」
「うわああああ!? 恥ずかしいぃ……。つ、次行こう次! はい、この話おしまい!」
「じゃあ、次はモエたん!」
「あたし? あたしはラギ君かしらね」
「そうなの!? ピクもラギだよ!」
かっこいいよねーと、二人はラギ君について語り始めた。なんでモエカちゃん、そんなに簡単に好きな人を口に出来るんだろう。しかも、全然恥ずかしがってない。堂々としてる……ピクちゃんも。
ってか、二人ともラギ君なのか。ラギ君モテモテだねぇ。
「じゃー、エミりんは誰なの?」
話し終えたピクちゃんが、モエカちゃんとは反対側にいるエミちゃんに首を巡らせる。エミちゃんは「んー?」と考えた後、ため息混じりに答えた。
「いないよぉー。あー、アタシもみんなみたいに好きな人欲しいなぁ」
「意外だね。エミちゃん、いると思ったのに」
ぼくがそう言うと、エミちゃんは頬杖をついてむぅと口を尖らせた。
「だってー、学校にかっこいい人いないんだよね。もっとさ、マンガみたいなイケメンがいたらいいのに!」
あ、あはは……。今、学校にいる男子全員を敵に回す発言をしたような……。
ぼくが曖昧に笑うと、エミちゃんは怪しい笑みを浮かべた。
「ソラちゃんはいいよね。こんな身近に好きな人がいて。毎日会えるもんね!」
「う……」
脳裏にスターが浮かび上がり、身体が熱くなる。うぅ……その話はもう終わったでしょー……。
それにしても、意識した途端にこんな熱くなるんだ。どうしよう、明日スターの顔見れないかも。
「それで、ピンクちゃんは好きな人いるのかしら?」
モエカちゃんが話を戻し、ピンクちゃんにそう訊いた。ピンクちゃんは申し訳なさそうに微笑みを浮かべる。
「あたしもいないかな」
「え、そうなの? ぼく、てっきり園長先生のことが……」
途端、ぼくの背筋が凍った。ピンクちゃんが、不自然な笑みをぼくに向けてきたからだ。
ピンクちゃん、その笑顔怖いよっ! お、怒ってるの……!?
そのピンクちゃんがニコニコしながらぼくに尋ねてきた。
「てっきり園長先生の事が、なに? ソラちゃん?」
「あ、え、えーっと、園長先生のことが気になってるのかなーって、思ってたんだけど……ぼくの気のせいだったみたいだね……!」
「あの人? 別に気になってないよ? いつもへらへらしてる怪しい人だし、色々ふざけてるし、何考えてるわかんないし」
え、笑顔で言うピンクちゃん、毒舌だ……!
でも、一番最後に「まあ、悪い人じゃないけどね」と言い残す辺り、嫌いではないんだろうなぁっていうのがわかる。
……って、なんでエミちゃんとピクちゃん、にやにやしてるの?
ピンクちゃんも二人の表情に気づいたらしく、またあの怖い笑顔で首を傾げた。
「ん? どうしたの?」
瞬間、二人の顔が青ざめる。エミちゃんは「じゃ、ここまでにしよっか!」と慌てて横になって目を瞑り、ピクちゃんも「お姉ちゃん、おやすみー!」と、布団を被った。
「あら、残念。では、今日はこの辺で」
モエカちゃんもそう言い残し、眠りに入ってしまった。
「じゃ、じゃあ、ぼく達もそろそろ寝ようか」
「うん」
よ、よかった。ピンクちゃん、元に戻ってた。
ぼくはほっと安心し、仰向けになった。月の光で青白くなった天井を見つめ、少し考えを巡らす。
好きな人ができたら、こんな気持ちになるんだなぁ。ぼく、いつから好きだったんだろ? スターのこと。だいぶ前からだった気もするし、最近好きになった気もする。でも、これからどうすればいいんだろう? 今まで通り? だけど、ぼくはそれでいいの? じゃあ告白? いやいやいや! ぼくにそんな勇気はないよ!
冬の夜中なのに体中を熱くしながら、ぼくは眠りについたのだった。
* * *
「恋バナしよー!」
壁に寄り掛かって座り、考え事をしてたおれの耳にスターの高い声が響いた。いきなりどうしたんだと顔を上げ、布団が敷いてあることにびっくりする。あれ? おれがソラとわかれてから部屋に入ってきた時は敷いてなかったよな?
「ラギ君が考え事してる間にカイ君が敷いたんだよ~」
「そ、そうなのか。悪いな、カイ」
と、カイに目を向けると、カイは布団に仰向けに寝っ転がってぜぇぜぇと息を荒くしていた。そんなに大変だったのか、布団敷くの。
「全部カイが敷いたからな」
「ルーク、お前も手伝えよ」
「は? 何でオレが?」
「お前も寝る布団だろ!」
寝っ転がりながら枕を投げるカイ。ま、ルークは簡単に受け止めて、カイの顔面に投げ返したけどな。
おれは立ち上がると、カイにお礼をって布団の上に座った。
「それで、恋バナをするのか? 何でいきなり」
「それはね~、隣でソラ達が恋バナをしてるからだよ~」
「……覗いたのか?」
「違うよ。心の声が聞こえたんだよ」
へー、スターの心を読むって、壁越しにも使えるのか。
「あんまり遠すぎると聞こえないけどね~」
「それで、ソラとかピクは誰が好きなんだ!?」
カイが興味津々といった感じでスターに詰め寄る。そんなに興味があったのか。まあ、おれも、気にならないって言ったら嘘になるが。
スターは「え~? 気になるの~?」ともったいぶった後、壁を見た。
「じゃあね、まず、ソラの好きな人は……」
そこで、スターの声が止まる。不思議に思って顔を覗き込むと、笑みを浮かべた状態のまま固まっていた。ど、どうしたんだ?
「スター?」
カイが声を掛けると、スターは我に返って声を発した。
「いないみたいだよ~。それで、モエカちゃんは~、秘密~」
「えー!? 何で教えてくれないんだ!?」
「いーじゃん別に~。早く男子同士でも恋バナしよ!」
カチッと電気を消すスター。それから、布団に潜る音が聞こえてくる。やる気満々だな。
おれも布団に入ると、枕の上に頬杖をついた。窓から月の光が差し込んでくるおかげで、多少スター達の様子を見る事が出来る。
「で、恋バナって何を言うんだ?」
そう訊いたカイは仰向けになって顔を上に向けていた。そんな格好で話すのか? 疲れるだろ。
カイの隣にいるルークは、やはりカイの状態を見て呆れたような表情をしていた。
「まずは、好きな人言っていこうか。はい、じゃあカイ君」
「おれからなのか!? ッゲホッゴホ!」
あ、むせた。そんな状態で突っ込むからだろ。
カイはむせながら俯せの状態になると、ふぅ、と息をついてからぼそっと呟いた。
「ピクだ」
「だよね~」
「知ってたのかよ!?」
「ボク心読めるし」
じゃあ、恋バナする必要あるのか……?
おれが怪訝な目でスターを見ると、スターは笑いながら答えた。
「だって、みんなの反応見るの面白いじゃん!」
だって、じゃねーよ。Sかお前は。
「うん。Sだよ」
「いや、自慢できるようなことじゃないだろ」
「じゃあ、ラギ君は好きな人いるの?」
「全然会話が成り立っていないんだが」
「そんなことはどうでもいいんだよ! さあ、早く好きな人を言うんだ! カイ君も気になるよね?」
「ラギの好きな人? ああ、気になるな!」
「スター、息が荒いぞ。好きな人かはわからないが、気になる人なら……」
「それは誰!?」
「あー、ピンク、かな」
スターに答えてから、ピンクの顔を思い浮かべる。
始めてあった時は年下と思っていたからから、あまり意識はしてなかった。あ、おれは年上が好みなんだ。だから、妹に接するように普通に接していた。ただ、ピクやソラより少し大人っぽいなとは思っていたけど。
しかし、ある日、ピンクは本当は二十五歳だということを知った。あの時はびっくりしたなぁ。まず、年上の人を妹のように扱っていたことを恥じた。ピンクはあまり気にしてないようだったけど。そして、その時からおれはピンクを意識し始めてしまった。そしたら、いつの間にか気になっていたんだよな。
シーンとなる部屋。数秒して、スターが声を発する。
「知ってた」
「だろうな」
「そうなのか!?」
カイは気づいてなかったみたいだな。気づいてたら驚きなんだけど。
それより、ルークが何にもしゃべってないんだが、寝てるのか?
おれがルークの方に視線をやると、カイがおれの目線を追ってルークを見た。
「そうだ。ルークは好きな人いねーのか?」
「いないな」
「そ、そうか。じゃあ、スターはいるのか!?」
「いるよ~。ま、教えないけど」
「えぇ!? 誰だ!? 誰なんだ!? 教えろよー!」
「カイ君、静かにしようね」
「えぇ!? 人に訊いておいてそれはないだろ!」
ギャーギャーと騒ぎ出したカイだったが、スターはもう布団を肩までかけてカイに背を向けていた。恋バナはもう終わりってことか。
「カイ。明日起きられなくなるぞ。ルークも寝てるし、早く寝ろ」
「ルーク寝るの早っ!」
カイは最後にそう突っ込んだ後、納得がいかないといった顔をしながらも横になった。おれも布団を口元まで上げて右向きになる。
沈黙が下りる部屋。目を瞑ったおれの瞼の裏には、さっきの恋バナをしてたスター達でなく、温泉上がりに話したソラの姿が焼き付いていた。
ソラは言った。兄がいると。その兄の名前は勇輝。おれの、元の名前も勇輝。そして、ソラに言わなかったが、おれの妹の名前は……蒼空。と、いうことは……。
おれはフッと笑みを浮かべた。そうか、生きていたのか。しかも、元気だった。今は、それだけわかればいい。
おれは安心して、久しぶりにゆっくり眠る事が出来たのだった。
第一章『孤児園の日常』終
第二章『日常の消滅』へ続く
八月八日
すみません、連絡が遅れました。
最近、部活や進路の事で忙しくなってきたので、一旦更新を停止しようと思います。
次の更新は九月の下旬か十月になりそうです。
待たせてしまって、申し訳ありません!




