第二話 ハロウィン
「……ラ、ソラ……」
誰かの声が聞こえると同時に、ぼくは激しく揺すられているのを感じた。身じろぎして目を開け、瞬きを繰り返す。すると、上から声が降ってきた。
「ソラ! やっと起きた~。大丈夫?」
「あ……スター」
スターの姿を見ると、ぼくは目を擦りながら上半身を起こした。そして、首を傾げる。
「大丈夫って、何が?」
「ソラ、うなされてたんだよ~」
「うなされてた?」
「うん。変な夢でも見たの?」
「変な夢……」
確かに、何か夢を見てたかも。でも、どんな夢だっけ? なんだか、懐かしい感じがしたのは覚えてる。あと、恐怖も感じた気がする。だけど……詳しくは思い出せない。
「そっか~。まあいいや。それより、今日はハロウィンだよ!」
スターが机の上に乗っていた物をぼくに見せてきた。なにそれ、鎌? それに、黒いフード付きのマント。
「わかんないの~? 死神だよ」
「あー、確かに死神っぽいね。そんなのどこにあったの?」
「昨日買った」
「いつの間に!?」
確かに昨日スターどこかに出かけてたけど……それ買ってきてたんだ。ハロウィンなんて、去年も一昨年もやらなかったのに、なんで今年はこんなにやる気満々なんだろう?
疑問に思ってると、スターが壁に掛けてあった今日の日にちを指さした。十月三十一日。その下に、何か書いてある。えーと……?
「ロイ君、ルミちゃんとお別れ……あ、そっか。今日なんだっけ?」
「そう! だから、お別れパーティーするんだよ~」
なるほど。ぼくは納得して頷いた。
二ヶ月半くらい前、ぼくはロイ君とルミちゃんと一緒にロイ君の親戚がいる工場に行ったことがあった。その時、工場を造ったおじさんがロイ君とルミちゃんを引き取りたいって言い出したんだ。そこではロイ君が「少し考えさせて下さい」って返事を延ばしたんだけど……その後、シン君に工場を爆発されちゃったんだよね。それっきり話が出てこなくなったから、なくなったのかと思ってた。でも九月の下旬、おじさんがロイ君とルミちゃんを引き取りたいって改めて言いに来たんだ。それを聞いた園長先生はロイ君とルミちゃんと話し合った。それで、引き取ってもらう事になったみたい。
もう衣服や教科書などは引っ越し先に送ってあるみたいだから、あとはロイ君とルミちゃんが行くだけらしい。おじさんは今日の夕方迎えに来る。
そこで、お別れパーティーを開くって事だね。でも、スターは仮装を見たいだけなんじゃないの?
「そんな事ないよ~。あ、ソラの衣装は机の上に置いてあるから、着替えてから下に着てね。他のみんなも着替えて来るよう言ってあるから、楽しみにしててね~」
黒いマントを羽織り、フードを被ったスターは鎌を片手に手を振りながら部屋を出て行った。こうやって、スターが心を読んで返答してくるのにはもう慣れちゃったなぁ。
ベッドから下り、ぼくは机の上に置かれた衣装を手に取った。えっと、ぼくの衣装は……赤い頭巾に籠? もしかして、赤ずきんちゃん? へぇ~、スターが決めたのかな? 籠の中にはお菓子が入ってる! みんなはどんな仮装をしてるんだろ。ちょっと楽しみ。あ、でも……もしスターが決めたとしたら、他のメンバーの衣装もスターが決めてるって事になるよね。昨日出かけてたのはスターだけだったし。だとすると……他のみんなの衣装が心配だ。特にカイ君……まあ、いっか。カイ君が弄られてるのはいつもの事だし。
赤ずきんちゃんの衣装に着替えると、鏡の前でくるりと回ってみた。似合う、かな? こんなふりふりのスカートはいたこと、あんまりなかったからなぁ。あ、ちなみにぼく、女の子だからね? ぼくっ娘なんだ。ソラって名前だし、髪の毛は黄緑色で肩に届かないくらい短いし、一人称がぼくだから男の子に間違えられるんだよね。まあ、そんな事はおいといて……。
ぼくはドキドキしながら一回におりると、リビングに続く扉を開けた。まず目に入ったのは、黒いワンピースを着て、三角帽子を被ったピクちゃんだった。いつもは結わいている桃色の髪を今日は下ろしている。
ピクちゃんはオッドアイの目でぼくを見ると、「わあ!」と声を上げた。
「ソラたん可愛い!」
「ありがとう、ピクちゃんも可愛いよ。それは、魔女?」
「うん! あ、トリックオアトリート!」
あ、先言われちゃった。
ぼくは籠に入っているお菓子をピクちゃんに手渡した。
「はい」
「ありがと!」
笑顔でお礼を言い、持っていた箒にまたがって部屋の中を走り回るピクちゃん。元気だなぁ。
そんなピクちゃんを見ていると、誰かに肩に手を置かれた。
「おはよう、ソラちゃん」
「あ、ピンクちゃん、おはよう」
ピンクちゃんに目を向けたぼくはさっきのピクちゃんみたいに声を上げた。
ピンクちゃんの仮装はシスターだった。黒い衣装に身を包むピンクちゃん……すごく綺麗。そんなピンクちゃんも、ぼくの仮装を可愛いって言ってくれた。えへへ……。
「そうだ。他のみんなはどんな衣装着てるの?」
「ラギ君は海賊みたいだよ。主役のロイ君とルミちゃんは後から来るみたい。他の人は……まあ、見ればわかると思うよ……」
苦笑いを浮かべるピンクちゃん。ぼくはピンクちゃんの言われた通り、他の人に視線を向けた。最初に見つけたのはラギ君。海賊帽を被って、いかにも海賊って感じ。そんなラギ君と話しているのはカイ君。ん? カイ君、いつもと変わらなくない?
近くに行ってカイ君に声をかけてみた。
「カイ君」
「あ、ソラ。おー、お前は赤ずきんなのか」
「うん。カイ君は……なに?」
「見てわからねーのか? 猫だよ」
猫? まあ、カイ君は猫耳と尻尾が付いてるから、確かに猫だけど……。もともとの見た目を仮装に使ったの?
「カイ。その手を見せないとわからないだろ」
「手?」
ラギ君が言った、カイ君の手を見てみる。ん? 何かはめてる。あれは、猫の手? カイ君、黒い猫の手の手袋? みたいな物をはめてる。
「仮装ってそれだけ?」
「ちげーよ! この服も衣装だ!」
「黒い服に黒いズボン……ごめん、どういう仮装かわかんない」
「まあ、そうだろうな。カイの仮装は、魔女の使い魔の猫なんだよ」
「あー、なるほど」
ラギ君の説明に納得する。そっか、魔女と一緒にいる黒い猫か~。猫耳と尻尾が青だからわかんなかった。さすがに髪の毛は染められないよね。でも……それじゃあ、耳と尻尾だけが青い変な黒猫だよ……。
「あ、そういえばルークは?」
「ルークは……部屋の隅にいるけど、気をつけた方が良いぞ」
カイ君がぶるっと身震いする。気をつけた方が良いって、どういうことだろう。っていうか、どんな仮装させられてるの……?
「衝撃的だぞ」
ラギ君が苦笑する。
衝撃的って……あのルークがそんな変な衣装着るわけ……。
……衝撃的だった。なぜそんな仮装を? と思わず目を疑う。
だって、ルークの衣装が……メイド服だったんだもん! 黒色のワンピースにフリフリの白いエプロンを組み合わせたエプロンドレスに、同じく白いフリル付きのカチューシャをしてみんなに背を向けていた。なんか、周りの空気が怖い。は、話しかけない方が良いよね? っていうか、何でスター、ルークにメイド服着せたの!?
「あみだくじでそうなったんだよ」
「あみだくじ?」
「うん。ルークとカイ君とラギ君はあみだくじでどの仮装にするか決めたんだ~」
それでラギ君が海賊。カイ君が黒猫。ルークがメイドさんになったと……ほんとに、あみだくじで決めたの……?
それにしても、よくメイド服なんか着てくれたよね、ルーク。ぼくでも着るの恥ずかしいのに。
「ボクが頼んだら着てくれたよ」
「そうなんだ」
もしもカイ君が頼んでいたら着なかっただろうな……。
ところで、園長先生は? さっきから姿が見えないけど。
周りを見渡していると、ガチャリと音を立てて階段に続く扉が開かれた。
「今日の主役の登場だよ」
そう言って入ってきたのは内側が赤、外側が黒色をしたマントを羽織った園長先生。大きな牙をつけてるってことは……ドラキュラかな?
続いて、白い綺麗な服と水色のマントを纏って王冠をつけているロイ君と、淡い桃色のドレスを着て頭にティアラをつけているルミちゃんが入ってきた。手をつなぎ、並んで歩く姿は本物の王子様とお姫様みたい! でも……ドラキュラが王子様とお姫様を誘導しているって……何か微妙。どういう状況なの……?
「よし、みんな揃ったね。それじゃあまずは、朝ご飯にしようか」
先生がぱちんと指を鳴らす。すると、机の上が白い光に包まれ、次の瞬間、何もなかった机にたくさんの料理が現れた。
「これが、私からのお菓子だよ」
「すげー!」
カイ君が目を輝かせて机に駆け寄る。
うわあ……やっぱり先生の魔法はすごい。……いや、この世界には物を出したり消したりする魔法はないから手品か……え、でも机白く光ったよ!? 絶対手品じゃなくて魔法だよね今の! 前にも思ったけど、先生って何者……?
考えてもわかるはずがなく、ぼくは腑に落ちないまま他のみんなと一緒に席に座った。そして、改めて料理を見渡す。
机にはパンに味噌汁、おにぎりなどの他にケーキやパイなどのスイーツもあった。ほとんどがカボチャで出来ていたり、オバケやカボチャの形をしている。どれも可愛くて美味しそう!
見た目通り、とても美味しかった。先生って料理上手だよね~。
食べながら、ぼくたちはロイ君とルミちゃんにどこに行くのかを聞いてみた。ロイ君の話によると、隣町に行っちゃうみたい。車でも三時間はかかる遠い場所。そこで、前の工場を造ったおじさんが新たに工場を建てるんだって。なかなか会えなくなっちゃうけど、時々こっちに遊びに来てくれるって言ってくれた。だけど、二人もいなくなっちゃうなんて、何か寂しいな……。でもでも、笑顔で見送らなくちゃね。最後に楽しい思い出作って欲しいし!
それからぼく達は前に作ったオリジナルすごろくをした。楽しかったけど……『一発芸をする』や『隣の人にくすぐられる』など、前みたいな罰ゲームのようなマスがたくさんあって、何か疲れた。無理矢理つきあわされたピンクちゃんとルークもふぅ、とため息をついている。でも、次にスターが演劇を提案したせいで、すごろく以上に疲れる事をやる事になってしまった。
赤ずきんに死神、メイド、魔女、黒猫、王子様、お姫様、海賊、シスター、ドラキュラ。このメンバーが参加する、台本なしの行き当たりばったりの演劇。これをぼく達はやる事になり、やった結果、話がめちゃくちゃになって終わった。
赤ずきんが何故かパンプキンパイを持って城に向かったら海賊が現れて、襲われた赤ずきんを魔女と黒猫が守り、城に着いた赤ずきんがシスターに怒られているドラキュラと姫に手を出して王子とメイドに殺されそうになっている死神を目にするって……意味わからないよね? まあ、そこまではよかったんだよ。異様な光景だけど物語っぽくはなってたから。でもそこからぐだぐだになった。海賊と戦い飽きた魔女が王子の背中に飛びかかり、死神を狙ってた王子の魔法が赤ずきんの方に飛んでいってしまい、さっき赤ずきんを襲った海賊が赤ずきんを魔法から守って、怪我した海賊を見て「大丈夫か!?」と黒猫が話しかけ、メイドが妙に冷静に「猫はしゃべんな」と突っ込む。そんな奇妙で矛盾だらけの劇となったのだった。結局、海賊……じゃなくてラギ君が怪我したから演劇は中止となった。けど、先生がラギ君の怪我を治療した後、ぼく達は全員で笑い合った。
ぼく達は夕方まで、そうやって楽しく遊んだ。
夕方になると、玄関のチャイムが鳴った。その音を聞いた途端、みんなが顔を見合わせる。別れの時が来た。全員がそう思っただろう。
玄関の扉を開けると、ルミちゃんとロイ君を引き取るといったおじさんの姿があった。ぼく達は三人を見送るため、孤児園の外に出た。おじさんはぼく達の姿、というか格好を見ると案の定目を丸くしたが、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「最後に楽しめたみたいだね」
「うん!」
「みんな、今日はありがとう。すごく、楽しかった」
ロイ君がぼく達に向き直り、改めてそう言う。ルミちゃんも、くるっとまわってぼく達の方に身体を向けると、満面の笑みを見せてくれた。
「あたしも、すごく楽しかったよ! ありがとう! みんな、元気でね!」
「うん! ルミルミ、絶対会いに来てね!」
「うん、会いに来る!」
「じゃあ、そろそろ行こうか」
おじさんに言われ、二人が車に乗り込む。車が発進し、孤児園から遠ざかっていった。ぼくは車が見えなくなるまで、手を振り続けた。
車が道の先にある建物の角を曲がると、みんなは孤児園に入っていった。ぼくも戻ろうと身体を回転させた時、右上から先生の声が聞こえてきた。
「このままみんな、新しい親が見つかって幸せになってくれるかな……」
ぼくは先生を見上げ、笑いかける。
「先生、ぼく、ここにいてとっても幸せですよ。むしろ、ずっとここで暮らしていたいです。大人になっても、みんなと一緒に……」
「だめだよ」
「えっ?」
「……みんなが幸せになれる場所は決まっているんだよ。だから、その時が来たらちゃんとここから出て、自分の居場所に行きなさい」
「……?」
自分の居場所? 先生が何を言っているのか、よくわからない。ここより楽しくて幸せな場所――新しい家族が見つかるって事?
先生に問いかけても、答えは返ってこなかった。




