第三話 買い物
小雨の中、ぼく達は傘を差しながら孤児園の前で話し合っていた。誰が何を買いに行くのかを。
今から十分前に遡る。朝食を飛べ終え、土曜日だからとだらだらしていたぼく達に園長先生がいきなり、
「みんな、冷蔵庫が空になっちゃったんだ。だから、買い物行ってきてくれないかい?」
って、お金と買う物が書いてあるメモを渡してきた。スターやカイ君が不満げな声を上げたんだけど、買い物に行かなくちゃ昼食と夕食がないと言われ、渋々ながら行くことになったんだ。
それで、行くところが二箇所あるから今チーム分けをしようとしているんだけど……なかなか決まらないんだよね。
「どーすんだ? 早くしねぇと昼になっちまうぞ」
傘をくるくる回しながらカイ君がめんどくさそうに言った。そこで、スターがにやりと笑う。
「そこはあみだくじ、でしょ!」
スターは傘を玄関前に置くと、走って孤児園の中に入っていった。そして、十秒とかからずに戻ってくる。その手には棒が八本かかれた小さな紙が……って準備するの早っ!
「やる気満々だな」
ルークが呆れた様子で言うけど、スターは気にせずにその紙にぼく達の名前を書き込んでいく。
書き終えると、スターは「いくよ!」と指で紙に書いてある線をなぞり始めた。
紙を覗くと、線の先には赤い丸とと青い丸が四つずつ書かれている。
「えっと、ボクは赤チームで、ソラも……赤チームだね」
ぼくとスターは一緒のチームかぁ。
ちらりと、他のメンバーに視線を向けてみる。カイ君とルミちゃんは興味津々な様子でスターの指先を見ており、ルークやハートちゃん、ピンクちゃんは無言であみだくじが終わるのを待っている。ロイ君は何となく緊張した面持ちをしているように見えた。
「ルークも赤チームで、カイ君も赤チーム!」
「あ、お前と同じなんだ……」
「なんでそんな嫌そうなんだっ!?」
ルークに突っ込むカイ君。
これで四人が決まったね。あれ? 四人とも赤チームってことは……。
「他の四人は全員青チームだね」
「よしっ!」
ロイ君は小さくガッツポーズをすると、ルミちゃんの元に笑顔で駆け寄った。あ、ルミちゃんと一緒が良かったんだね。ルミちゃんも嬉しそうだし。
チームが決まった後、ぼく達は青チームと分かれて夕食の材料を買うために近くのスーパーに向かった。その間、ぼくは園長先生から渡されたメモを見た。えっと、買う物はニンジン、ジャカイモ、タマネギ、りんご、豚肉……って、この材料は!
「カレーだね。ボクの嫌いな」
あ、そう言えばスター、カレー嫌いだったね。すごく嫌そうな顔してる。でも、結局は食べるんだよね~。
えっと、後は、トマト、キュウリ、キャベツ。これはサラダかな。他には、アイスとお菓子。これは一人一個、三百円までだったら選んでいいらしいね。ぼくは何のお菓子にしようかな~。
「おい、ソラ、それだけか?」
「え? それだけだよ。昼食の方はロイ君達が買ってきてくれるから」
ぼくはルークの質問にそう答えて、メモをポケットにしまった。……ん? なんか違和感が……あ! ルーク、ぼくの心読んだ!?
「ねえソラ。ぼくも読んでたよ」
「え? ああー!」
そうだ! ぼくカレーの材料も声に出して読んでない! あー、なんか口に出してないのに会話できるって不思議な感じ。小さい頃からなのに全然なれないや。
「お前ら、何の話してるんだ?」
あ、カイ君は心読めないから会話についていけなかったね。ごめんごめん。
「あ? お前もう忘れたのか? オレたちは心が読めるんだよ」
「いや、忘れてねぇけど。おれは心読めないんだから、そっちで勝手に話進めんなよ」
「一人で寂しいのか?」
「寂しくなんかねーよっ!」
笑いを含んだルークの言葉をすぐさま否定するカイ君。
そんなやりとりをしながら歩くこと十分。前方から甘い匂いが漂ってきた。これは……あのクレープ屋さんの匂いだ。
「うまそう……!」
青色の猫耳をぴんと立てたカイ君は、そのクレープ屋さんの前で立ち止まった。食い入るようにイチゴ味のクレープの写真を見つめている。
「どしたのカイ君?」
不思議そうに訪ねるスターにカイ君は固まったまま見向きもしない。そんなに食べたいのかな? えっと値段は……三百円。買えばスーパーでお菓子買えなくなるけど……。
「買えば?」
「いいのか!?」
「君のお菓子代がなくなるだけだけど?」
スターの台詞にカイ君は迷いを見せた。スーパーの方向とクレープ屋さんを交互に見ている。相当悩んでるなぁ。
「ああ~、迷うっ! 自分のお金持ってねぇし……ルーク。金貸してくれ!」
「は? 誰が? お前に? 何で?」
「お前がおれにだ! いいだろ、後で返すから!」
じとーっとした目でカイ君を見るルーク。カイ君は顔の前でぱんっと手を合わせた。けれど、ルークにはそんな行動は通用しなかったみたい。
「嫌だ。絶対に。お前お金もってないじゃないか」
途端、カイ君はガーンという音が聞こえそうなほど落ち込んだ。何も言い返せないってことは、お金持ってないんだね……。
「カイ君、ボクが貸そうか?」
「ほんとか!?」
「そのかわり、返すときは二倍にして返してね」
スターは満面の笑みでそう言った。ああ、カイ君の顔に無理って書いてあるよ。
結局、クレープは諦めることになった。カイ君、残念。
そのまま歩き続けると、緑と白の壁が目立ついつものスーパーに到着した。
自動ドアを通りすぎ、買い物カートにかごを乗せる。スーパーの作りまで日本に似ているとか、この世界は日本と関わりが……あるわけないか。
買い物カートを押しながら、最初は野菜売りばに向かう。えっと、ニンジンは……。
「あった。カイ君、そこのニンジン二個とって」
「ん? ああ、これか」
カイ君はテキトーに段ボール箱の一番上に乗っているニンジンを取ると、かごの中に放り込んだ。そのニンジンを見て、スターが指摘をする。
「テキトーじゃだめだよ。なるべく大きい物を選ばないと」
「どれも一緒だろ?」
「全然違うよ!」
スターはカイ君が取ったニンジンを戻すと、大きいニンジンを探し始めた。見つけると、満足したようにかごの中に入れる。
そんな感じで他の食材も入れ終わり、後はお菓子だけとなった。ぼくは甘い系のお菓子でスターはスナック菓子。ルークは辛い系のお菓子。そしてカイ君は……また迷ってる。
「うーん、チョコもいいしグミも食べたいし……」
「辛いのはどうだ?」
「やだよ!」
「カイ君早くしてよ~」
「よしっ、これに決めた!」
と、カイ君が選んだのはおもちゃが入っているお菓子。
「子供だな」
「子供だね」
「子供じゃねーよ!」
「え!? 子供じゃないの?」
「いや、子供だけどっ!」
突っ込み、突っ込まれ、また突っ込む。スターとルーク、カイ君いじるの好きだなぁ。ぼくはその様子を見慣れているから何も思わないけど、多分周りの人には変な風に見えていると思うよ。
お菓子が決まったところで会計を済ませ、ぼく達はスーパーを出た。あー、まだ雨降ってる。
傘を差し、さっき歩いた道を孤児園に向かって歩く。
雨の音を聞きながらぼーっとしていたその時、前を歩いていたカイ君の耳がぴくっと動いた。かと思うと、キョロキョロと辺りを見渡す。
「カイどうかしたのか? 頭おかしくなっちまったのか?」
「何でそうなるんだよ! じゃなくて、どっからか泣き声が聞こえてこねぇか?」
「泣き声?」
ぼくはカイ君の言葉を聞き、耳を澄ませてみた。……あ、ほんとだ。女の子の泣いている声が聞こえる。
ぼくはその声の方向に走り出した。
泣き声の主はすぐに見つかった。四歳くらいの黄色いカッパを着た女の子だ。
「君、どうしたの? 怪我しちゃった?」
ぼくはその子の目線に合うようにしゃがんで、優しく声をかけた。……つもりだけど、怯えてないよね?
女の子は嗚咽を漏らしながら声を発した。
「ううん……お母さんが、どっかいっちゃったの……」
「そっか。じゃあ、一緒にお母さん探してあげるね。みんなもいいでしょ?」
「え!? おれもう帰りたいんだけど」
「ボクも帰りたいんだけど」
「オレも」
「……わかった。じゃあ、ぼく一人で探すね」
買った物を預け、帰って行く三人を見送ってからぼくは女の子と手をつなぎながら女の子のお母さんを捜し始めた。あの三人、帰るって行ってたけどその途中でこの子のお母さんを捜している気がする。……探していてほしいなぁ。
「ミーナちゃんのお母さーん! いませんかー!」
女の子の名前はミーナちゃんというらしい。
ミーナちゃんにお母さんの容姿を聞き、さっき行ったスーパーの中や学校の近く、商店街を探しまくる。でも、なかなか見つからない。雨も強くなって来ちゃったし……どうしよう。警察行った方がいいのかな。
木のトンネルの端で途方に暮れていると、ミーナちゃんが急に顔を上げた。視線の先には、ミーナちゃんと同じ髪色の女性。あ、もしかしてあの人!
「お母さんだ!」
「ミーちゃん!」
やっぱり。
お母さんの胸に飛び込んだミーナちゃんは安心したように泣いていた。よかったぁ、お母さん見つかって。
近くに行くと、ミーナちゃんのお母さんは小さく頭を下げた。
「ミーナと一緒にいてくれてありがとう」
「いえいえ、見つかって良かったです」
ぼくが笑いかけると、ミーナちゃんのお母さんは後ろに首を巡らせた。
「あなたたちも、いろいろとありがとう」
……? 後ろに誰かいるのかな? ……あ!
首を傾げてミーナちゃんのお母さんの後ろに目を向けると、そこにはロイ君、ルミちゃん、ハートちゃん、ピンクちゃんの姿があった。聞いたところ、青チームの四人はミーナちゃん捜しを手伝っていたらしい。こんな偶然あるんだなぁ。
「ソラお姉ちゃん、ありがとう!」
「もうはぐれないようにね!」
ミーナちゃんと別れた後、ぼく達は孤児園に帰った。
もう一時前だ。おなか減ったなぁ。
濡れた靴を脱ぎ、リビングの机の前に座ると園長先生が階段から下りてきた。
「おかえり! さあ、昼食にしようか」
昼食は、青チームが買ってきたパンらしい。ぼくはメロンパンを選び、口に運んだ。んー、おいしい! やっぱパンっていったらメロンパンだよね~。まあ、ぼくだけかもしれないけど。
「あ、ソラちゃん。君は迷子の子のお母さんを捜してあげたようだね」
突然、園長先生がぼくにそう言ってきた。
「え、何で知ってるんですか?」
「私は何でもわかるのさ!」
「引くわ~」
スターが座ったまま後ずさる。ハートちゃんとピンクちゃんも呆れたような表情をしていた。
園長先生はそんなことは気にせずに、ぼくの前に小さな箱を差し出した。受け取り、開けてみる。……あ、これは! ぼくが前からほしいと思っていた水彩色鉛筆!
「これはご褒美だよ」
「あ、ありがとうございます!」
これで綺麗に色が塗れる! やったぁ!
ぼくはさっそくスケッチブックの絵に色を塗り始めた。親切をしておいて良かった!
……結局、あのとき帰った三人はミーナちゃんのお母さんを捜してはくれなかったみたい。