第二十一話 友
八月十五日。お盆休みとなった。
ぼく達は夏休みだから関係ないけど、園長先生はお盆休みみたい。何の仕事をやっているのかは知らないけど、いつもは孤児園にいないのに今日はソファに座ってゆっくりしている。
お盆っていったら墓参りに行くのが普通だけど、ぼく達はいろいろな事情があってここにいるから、墓参りにはあまり行かない。場所がわかんないって言うのもあるし、行きたくないって思っている人もいる。あと、自分の家族の遺体が見つかってなかったり、家族が死んだのに墓が作れなかったり……ここはそういう世界なんだ。そう感じるたびに心が痛くなるけど、他のみんなはそんなことを気にせずに普通に過ごしていた。ぼくは平和な日本で暮らしていた記憶があるから、こんな風に考えちゃうんだろうな。だからって、ここの世界の考え方に直そうとは思わない。いつか、この世界も日本と同じように平和になって欲しいと思う。
そんなことを考えながら窓に目を移す。窓の外――庭ではカイ君が自由研究の宿題でもしてるのか、アリをじっと見つめていた。すごく汗かいてる。いつも外で遊んでいるルミちゃんでさえ部屋にいるんだから、外は相当暑いんだろうなぁ。あ、この部屋は冷房がかかってるからすごく快適。
「カイ君、熱中症とかにならなければいいけど……」
ぼくの隣に来たピンクちゃんが、カイ君を見てそう呟いた。そうだね。カイ君、お昼食べてからずっと外にいるし、少し心配かも。
ぼくは窓を少し開けると、カイ君に声を掛けた。
「カイ君」
「あ、ソラ! アリってスゲーな! 並んで砂糖運んでるぜ!」
「う、うん、そうだね。それより、少し休んだら? 水分取った方がいいよ」
「そうだな」
カイ君は立ち上がると、玄関の方に回った。ぼくは窓を閉め、近くの椅子に座る。ピンクちゃんもぼくの横に座り、壁に掛けてあるカレンダーに目を移動させた。
「もうお盆なんだ」
「うん。夏休みも、もうすぐ終わっちゃうね」
ぼくがそう言っても、ピンクちゃんは返事をしなかった。何かを考えているのか、遠くを見ている。その口から、ぽつりと言葉が零れた。
「じゃあ、小さくなってからもう九年も経つんだ……」
「あぁ……そうだね」
ピンクちゃんに続いて、園長先生が懐かしむような声を出す。
「……え? 何のこと?」
ぼくが思ったことを口にすると、ピンクちゃんはぼくを見て目を見開いた。そして、しまった、という感じに口を押さえ、素早く先生に目配せする。すると、先生もはっとしたような表情を見せ、コーヒーを飲んでいたためかむせた。これは……何かあるよね?
こんな話に一番反応を見せそうなのはスター。かき氷を食べていたスターの方を見ると、案の定にやりと笑みを浮かべていた。
「ねぇ~、何の話~?」
「先生、どうするんですか!?」
先生に囁くピンクちゃん。怒っているからか声が丸聞こえだけど……。
先生は不思議そうな顔をする他のメンバーを見渡すと、諦めたようにため息をついてピンクちゃんに笑いかけた。
「仕方がない。みんなに話そうか。そろそろ、話した方がいいと思ってたからね」
「本当ですか、それ……」
ピンクちゃんは呆れた顔で先生を見てから、ぼく達に視線を向け、はっきりした声を言った。
「みんな、黙っててごめんね。あたし……実は今二十五歳なの」
「えぇ!?」
驚くぼく達に困ったような笑みを浮かべてから、ピンクちゃんは自分の過去を語り始めた。
九年前、ここが幼稚園だったって話は先生に聞いたでしょ? あたしはそこで先生をしてたの。十四歳で働くところを探していたとき先生にあって、幼稚園で働かせてもらった。
でも、そこに通っている子供は年々減っていたみたいで、あたしが入ったときはひとクラスしかなかった。だから、あたしが働いてから二年経ったある日、その幼稚園は潰れちゃったの。仕方なく、帰ろうとしてたときだった。一日、先生の家に泊めてもらったんだけど、次の日――八月十五日の朝、あたしの身体は幼くなっていたの。精神は十六歳なのに、身体は一歳。びっくりして先生に理由を聞いたけど、先生にもわからなくて。それで、帰るに帰れなくなって……とりあえず先生が孤児院を開いて、ここにいるって事になったの。孤児園が出来たのはそれが理由。
数日後、あたしは子供が欲しいっていう女の人に引き取られた。その人が……ピクのお母さん。ピクのお姉ちゃんになってくれる子を探していたんだって。あたしはそれから、ピクと一緒に過ごした。そう、あたしはピクの本当のお姉ちゃんじゃなくて、義理のお姉ちゃんだったの。
引き取られてから六年後、ピクのお母さんはお金が入らなくなって、ピクを友達の家に預けた。その後、あたしを孤児園に戻して姿を消した。この辺は、前に話したことがあったよね?
「――さっきも言ったけど、今日で小さくなってから九年経つの。だから、本当だったら今は二十五歳ってこと」
ピンクちゃんが話し終わってから数秒、部屋は沈黙に包まれた。みんながぽかんとしてピンクちゃんか先生を見ていた。ぼくも同様に。だって、すごく現実味のない話なんだもん。なんでいきなり小さく? ルミちゃんの薬を飲んだって言うならまだわかるけど……。
ピンクちゃんは居心地悪そうにしてたけど、思い出したかのようにピクちゃんを見た。ぼくも、ピクちゃんの様子を窺った。ピンクちゃんが本当の姉じゃないって聞いて、ピクちゃんはどう思っているんだろ? ちょっと心配していると、ピクちゃんは、
「そうだったんだぁ。知らなかった~」
あっけらかんとそう言った。今度はピンクちゃんがぽかんとする番だった。っていうか、ピクちゃん軽っ! でも、それがピクちゃんのいいところなのかな。ピンクちゃん、ほっとしているようだし。
二人の事を見ていると、床に座って聞いていたカイ君が先生を見上げた。
「なあ、ピンクは何で小さくなったんだ?」
「先生、原因わからないんですか?」
カイ君に続いてピンクちゃんが訊く。先生は二人の視線を受け、困ったような笑顔を向けて「まあまあ」って誤魔化した。けど、ピンクちゃんに「先生?」と睨まれると、勘弁したように口を開いた。
「それが……わからないんだよ、私にも。ピンクちゃんが引き取られた後、みんなを預かりながら調べていたんだけどね、そんな症状、見たことも聞いたこともないんだ」
「そうなんですか……」
真面目な顔でそう言われ、ピンクちゃんは肩を落とした。先生は、ピンクちゃんが小さくなった原因が本当にわからないらしく、申し訳なさそうな顔をしてた。
その後ろで、カイ君とピクちゃんがルミちゃんに薬のこと尋ねていた。
「ルミの薬で何とか出来ないのか?」
「ルミルミ、色んな薬作れるんでしょ?」
「うん。でも、原因がわからないと作れないの」
目を伏せるルミちゃん。一層空気が重くなる。
ぼくは何とか空気を戻そうとピンクちゃんの横に行き、笑いかけた。
「でも、ピンクちゃんが小さくなってなかったら、この孤児園は存在してないんでしょ? そしたら、今のぼく達はなかった。ピンクちゃんにも会ってなかった。そう考えたら……うまく言えないけど、小さくなったことは悪いことってわけじゃないと思う」
「ソラちゃん……」
「楽しい事とか、よかったこととかあったでしょ?」
「……うん」
ピンクちゃんは頷くと、やっと笑顔を見せてくれた。それを見て、他のみんなも次々と口を開く。
「ピクも、お姉ちゃんと会えてよかったよ!」
「おれもだ! なっ、ルーク!」
「おう」
「園長先生のこと、いろいろ知ることが出来そうだしね~」
「みんな……」
「ピンクちゃん。それにね、ぼく達、ピンクちゃんが大人だってわかってもいつも通りだよ。しゃべり方も、態度も変わらないよ。ね、ラギ君」
「……」
ぼくは後ろにいたラギ君に同意を求めた。だけど、ラギ君はピンクちゃんを見つめたまま動かない。ぼーっとしてるけど、どうしたのかな?
ラギ君のところに行き、肩を揺すった。
「ラギ君?」
「……え、あ、そ、そうだな」
「……? どうかしたの?」
「いや、何でもない」
ラギ君は首を振ると、ぼくとピンクちゃんから視線を逸らした。なんか、顔赤い? ほんと、どうしたんだろ?
首を傾げていると、ピンクちゃんが立ち上がった。
「みんな、ありがとう。あと……これからもよろしく」
「うんっ!」
頷くみんな。シン君はちょっと離れたソファで座視してたけど。
先生を見ると、ほっとしたような表情でぼく達を傍観していた。そうだ。ピンクちゃん、幼稚園で働いてたって事は……。
「ピンクちゃん、先生との付き合い長いんだね」
「うん、まあ」
だから、掃除してたときや旅行でピンクちゃんが怒った時、先生は逆らえなかったのか。ちょっと青ざめていたし。みんなが怒っても笑って宥めるのに、ピンクちゃんが怒ると逃げるんだよねぇ、先生。多分、昔にピンクちゃんが怒ったことがあって、それがよっぽど怖かったんだと思う。ぼくの予想だけど。まあ、そんな話があっても、先生は話してくれないんだろうけど。
そんな事を考えていると、スターが悪い笑みを浮かべてピンクちゃんに質問していた。
「ねぇ、ピンクちゃん。昔、園長先生ってどんなひとだったの? 先生の秘密とか知ってるの~?」
「う~ん、今も昔も全然変わらないよ。性格も見た目も。秘密も知らない。先生、昔から自分の事は何も教えてくれないから」
「え~、つまんな~い」
不満そうな顔を向けても、先生は黙って笑顔を返すだけだった。
でも、スターはすぐに「あっ」と声を上げ、ピンクちゃんに視線を戻した。
「じゃあさ、先生の家はどこにあるの? 止まったことあるんだよね?」
「あ、それなら学校近くだったよ。そうですよね? 先生」
「そうだけど、孤児園を作った時に売ったよ。ここに私の部屋を作ったからね」
「えぇ~!」
今度はカイ君もスターと一緒に不満の声を漏らした。先生、徹底してるなぁ。なんでそんなに秘密をつくってんだろ? 部屋にも入れてくれないし。ぼく達を育ててくれた親みたいな存在なのに。ずっと一緒にいるのに話してくれないなんて、なんか、寂しいな……。
思わず俯くと、ぽんと頭に手が置かれた。大きくて、温かい手。見上げると、先生が優しく微笑んでいた。
「ごめんね。いつか、話せる時が来たら話すから……」
先生はぼくにしか聞こえない声でそう言うと、パンと手を叩いた。
「ほら、この話は終わりにしよう。ピンクちゃん、夕飯の支度手伝ってくれるかい?」
「あ、はい」
ピンクちゃんは先生と一緒にキッチンに行った。その後ろをスターとカイ君、ピクちゃんが着いて行った。先生とピンクちゃんの会話を聞こうとしているんだろうなぁ。もうみんなにばらしたから、過去のことを話していそうだしね。……大人二人の会話、ぼくも気になる。ちょっとだけ、聞いてもいいかな……?
ぼくはつい、三人の後に続いてしまった。
その時、ちらっとラギ君が視界に入った。彼は、何故か真剣な顔で園長先生を見つめていた。
* * *
夕飯を食べ終え、他の奴らがリビングでくつろいでいる時間帯、俺は部屋の机にメモを広げていた。ここには俺が見聞きした孤児園にいる十人や、その家族や友の情報が書かれている。俺の書いたものもあるし、俺を雇っている者が書いた紙もある。
五枚のメモのうち、一枚に目を向ける。そのメモには、ロイとルミの過去が書かれている。ロイがいた家や工場の場所、工場の中身、親の事情。ルミの親の研究所の場所、ルミが作れる道具と薬の種類。そして、二人の仲の良さ。欲しかった情報はすべて集まった。あとは、俺が行動をするだけだ。
トン、と廊下の方で足音がした。その足音は、ロイとルミの部屋に向かっているようだ。音の大きさからして、ルミだろう。ちょうどいい。
俺は部屋を出て、ルミの部屋の扉を開けた。ルミが振り向き、驚いた目に俺が映る。
「ルミ。花火を持ってるか?」
「花火? アタシが作った物ならあるけど……」
「それでいい。使いたい」
ルミはしばしの間、俺を見つめた。確かこいつは、俺のことをスターから聞いていたな。ま、俺がこれからやることには気づけないだろう。
「いいよ。でも、危ないことには使わないでね?」
俺は適当に返事をし、部屋に戻った。
よし、準備は整った。危ないことに使うな? そんな約束、するわけないだろ。
笑みが零れる。ようやく、遊べる時が来たな。
明日が楽しみだ。
『第二章 子供達の過去』 終
『第三章 過去からの悲劇』へ続く。




