第二十話 心
目を覚ますと同時に、ぼくは首筋に鋭い痛みを感じた。小さく声を上げ、右手で痛みが走った部分を触る。あ、腫れてる。それに、湿布も貼ってある。
そう思った時、シン君と戦った事が脳裏に蘇った。そうだ、ぼくはあのとき、シン君に気絶させられたんだ。スターの敵、取れなかったんだよね……。
首を押さえたまま起き上がり、辺りを見渡す。ここは……ぼくの部屋? なんで……もしかして、誰かがぼくを見つけてここまで運んでくれたのかな? いつの間にかパジャマに着替えてあるし。
そういえば、今何時なんだろ?
時計を見ると、八時を示していた。外を見ると、暑い太陽の光を浴びながら、蝉がジージー言っていた。ってことは、朝か。じゃあぼく、昨日の夕方からずっと気絶してたんだ。
ベッドから下りて、服に着替えるためにパジャマを脱ぐ。そこで、身体に包帯が巻いてあるのに気が付いた。あれ、ぼくこんなに怪我してたっけ……?
包帯が取れないように気をつけながら服に着替えると、リビングに行った。その途端、みんなの視線がぼくに集まり、カイ君とピクちゃん、ルミちゃんが駆け寄ってきた。
「ソラ! 目が覚めたんだな!」
「そらたん! 怪我大丈夫?」
「あ、うん……」
「なあ、誰にやられたんだ?」
「あたしも気になってたの。あたし達と分かれた後、何があったの?」
「え、えーと……」
シン君と戦ってやられたんだけど……これは言っていいのかな。ぼくからシン君に戦いを挑んで、負けちゃったわけだし……。
考えていると、ピンクちゃんとロイ君が来てくれた。
「そんなに質問したらソラちゃんが困っちゃうでしょ。まだ目が覚めたばかりなんだから」
「ルミも、気になるのはわかるけど、今は朝食にしよう」
「……うん、わかった」
ピンクちゃん、ロイ君、ありがとう!
ぼくは自分の席に座り、ぼくのところに来なかった四人の様子を窺った。ルークはカイ君と一緒に夏休みの宿題をしていて、ラギ君は窓の外を見ながら何かを考えているようだった。シン君はやっぱりリビングにはいない。そして、スターはソファに座ってぼくをじっと見つめていた。ぼくはその鋭い視線から目を逸らした。なんか、スターの雰囲気が怖い。お、怒ってる……?
「ソラちゃん、おはよう」
「あ、園長先生。おはようございます」
「はい、朝食」
「ありがとうございます」
先生はいつも通りだなぁ。
受け取った朝ご飯を食べる。うん、美味しい。
朝食を食べ終え、麦茶を飲んだぼくはスターが近づいてくるのに気づいた。思わず、身構えてしまう。スターはそんなぼくの腕を掴んだ。な、なに……?
聞く暇もなく、ぼくはスターに腕を引かれた。無言で連れて行かれたのは二階のぼく達の部屋。先に入るよう促され、部屋に入る。扉を閉めたスターを見て、びくびくしながら言葉を待つ。な、何言われるんだろう? 多分、シン君と戦ったことだよね……。
「ソラ」
「は、はいっ」
名前を呼ばれ、咄嗟に返事をした。背筋をぴんと伸ばし、スターと視線を合わせる。スターはちらりとぼくの首の傷に目線を移動させると、すごく真剣な表情で口を開いた。
「シンと戦って、やられたの?」
「……うん」
「何で勝手にやったの!?」
突然、スターが声を荒げた。驚いたぼくは思わず後ずさり、ベッドに尻餅をつく。スターはそんなぼくに鋭い声を浴びせてきた。
「ボク頼んでないじゃん! 勝手にやんないでよ!」
「あ、う、ごめん……」
「もしかしたら、死んでたかもしれないんだよ! 自分が殺されるって考えなかったの!?」
「……考えてなかった」
あのときのぼくは、とにかくスターやアト君を守ろうと必死になってて……自分が殺されるだなんて、全然考えていなかった。シン君に勝てるって……勝たなきゃって思ってた。
「シンは、そんなに弱くないよ。剣も魔法も使えるし、人を簡単に殺せる。人を殺すことを楽しみにしている、最低な人間だよ……!」
「だからっ、シン君を止めなきゃと思って……このままでいたら、みんな殺されちゃうんでしょ!?」
「……うん。でも、そうやって何の作戦も考えずに行動したら、ソラが最初に殺されるよ!」
「……っ!」
「そしたら……誰か一人を殺したら、もうシンは止まらない。次々と殺し始める」
「ぼくが殺されてたら、シンは今頃、みんなを殺しているって事……?」
「……そうだよ」
「そんなっ……!」
じゃあぼくはどうしたらいいの!? みんなが殺されるのはやだ。シン君と止めたい! でも、シン君は強くてぼくでは止められない。それに、自分が死ぬのも怖い……!
悔しくて握りしめた拳に涙が落ちる。なんでこんなに、世界は残酷なんだろう。もっと平和だったらいいのに……。
「ソラ、これはソラ一人だけの問題じゃないんだよ? だからさ、一人で行動しないでよ。シンがいつ殺しを始めるかわかんないし、園長っていう強い人もいるんだしさ」
「……うん、そうだね。……スター、ごめんさい。あと、ありがとう」
ぼくはそう言って、スターに笑いかけた。
何か、心が軽くなった気がする。そうだよね、これは一人だけの問題じゃないんだよね。みんなに、頼ってもいいんだよね……。協力して、シン君を止めよう。ぼくはそう決心した。
* * *
「それにしてもぉ、ソラってすぐ行動に出るよね~」
「そんな風に言わなくても……」
「だって、本当のことじゃん」
「うぅ……」
オレは、言い争いをやめて普段通りの会話を始めた二人を見て、そっと扉を閉じた。気になって来てみたけど、喧嘩にはなってないみたい。そのまま、二人に気づかれないように隣の部屋――オレとカイの部屋に入る。
机の前に立ち、オレは写真立てを手に取った。そこには、スター――兄ちゃんとオレ、そしてオレ達の母さんと父さんが写った写真がある。写真立ての裏には『ルーク』と、オレの名前が書かれている。母さんの字で。
母さんと父さんは、オレが四歳の時の殺された。殺した人はシンだって知っている。兄ちゃんは、オレがシンの薬を飲んで記憶を失っていると思っているらしいけど、オレは本当は記憶をなくしてない。ううん、なくしてたけど思い出したんだ。
思い出すきっかけになったのは、兄ちゃんの寝言だった。兄ちゃんはいつも明るくて、笑顔を浮かべているけど、本当は色んな悩みや思いを抱えている。それが、寝ているときに寝言になって出てくるんだ。オレは三年前ぐらいに偶然、そのことを知った。いつも寝るのはオレが先だったからね。それまで知ることが出来なかったんだ。
それで、兄ちゃんの寝言は母さんと父さん、そしてシンのことだった。その寝言を聞いて、オレはだんだんと思い出していったんだ。
すべてじゃないけど、思い出せてよかったよ。それに、思い出したとき、思っていたよりもショックを感じなかった。多分、兄ちゃんやカイ達とここで生活しているからだと思う。
思い出したオレは、兄ちゃんが過去のことを話してくれるのを待った。オレが記憶を失っていたら、いつか話すだろうと考えたんだ。でも、兄ちゃんは話す気配を見せなかった。ソラには話しているのに、オレには話さない。兄ちゃんは、オレに思い出して欲しくないって思っているのかな? オレは、兄ちゃんの弟なのに……。
写真立てを机の上に戻し、椅子に座る。写真を見たからかな。オレの脳裏に過去の出来事が蘇った。
お城に住んでいた頃、オレはよく兄ちゃんと一緒に部屋に閉じこもっていた。前世の記憶があるオレ達は、お城を探検したり母さんや父さんと遊んでもらったりはしていなかった。ただ人と会うのが怖くて、部屋で二人だけで過ごしていたんだ。それでも、やっぱり王様の息子だから毎日メイドにお世話され、食事をするときは家族で集まった。そこでオレは、いろんな人の心の声を聞いた。勝手に入ってくるその声は、オレ達や母さん、父さんの悪口だった。オレは人の負の感情に弱い。だから、よく人の心を聞いては体調を崩していた。もちろん、兄ちゃんもその声を聞いていた。けど、兄ちゃんはオレよりも強いから、いつもオレを支えてくれた。そのたびに嬉しく思って、同時に悔しいって思ったよ。オレも、強くなりたいって。
お城の中は、オレ達の敵だらけだった。だから、オレ達は人と会うのが怖かったんだ。そんな中、オレ達に新しい世話係ができた。ソートって言う名前の男の人だ。
初めてあったとき、警戒していたオレ達はびっくりした。ソートは、言っていることと心の中で思っていることがほとんど一緒だったから。
「ソートです。これからよろしくお願いします。仲良くして下さい」
そう笑顔を見せた時のソートの心の中は『仲良くなりたいな』だったんだ。
オレは最初、人見知りしててソートとは全然話さなかった。だけど、そのうち兄ちゃんがソートと仲良くなった。兄ちゃんと仲良くなったソートは、今度はオレに話しかけてきた。ソートは本当に、裏表がない人だったから、すぐに安心して接することが出来た。ソートは、家族以外で初めて心を許せる相手だった。そう感じたとき、突然オレの頭に前世の記憶が蘇った。その記憶にはソートの姿があって、そこでオレは思い出した。前世にもソートがいたって事を。
前世の記憶があるといっても、すべてを覚えている訳じゃない。言語とか知識とか、そう言うのは覚えているけど、出会った人の事はあんまり覚えていないんだ。最初から覚えているのは兄ちゃんと母さんと父さんくらい。他の人は何かの拍子に突然思い出せるんだよね。
それでソートのことを思い出したわけだけど、別に思い出したからってどうにかなる訳じゃない。ソートには前世の記憶なんてないしね。
前世と性格が全く変わっていないことに安堵したオレは、ソートに今まで以上に話しかけることができた。
ソートとの出会いに続いて、オレ達はもう一人、心を許せる相手と出会った。紺色の髪の少年……シンだった。シンは心の中が読みづらかったから、仲良くなることが出来た。いつもは心の中を読んでいい人か悪い人かを見分けてたから、ちょっと新鮮だった。顔の表情や仕草を見て、シンが喜んでいるのか嫌がっているのかを感じる。楽しかった。もう一人、お兄ちゃんが出来たみたいだった。
二人と出会って、オレ達の性格は少しずつ明るくなっていった。
……そんなときだよ。あの事件が起きたのは。
ある日の朝、寝室の方からメイドの悲鳴が聞こえてきた。オレ達は嫌な予感がして、寝間着のまま寝室に駆け込んだ。そこで目にしたんだ。母さんと、父さんの無惨な姿を。部屋は床と壁が真っ赤な何かで染まっていて、窓ガラスは割られていた。
状況が飲み込めず、混乱したままオレは母さんに近寄り、呼びかけた。答えは、帰ってこなかった。顔を向けて、手を伸ばしてくれない母さんを見て、オレは心が一気に冷たくなっていくのを感じた。目から涙がこぼれ落ちた。声が出なかった。もう一度母さんに触れ、死を認めた途端、オレの視界は暗転した。
その後、オレは兄ちゃんと共にシンに今後のことを相談した。そこで、シンに告知されたんだ。「君たちの親を殺したの、俺なんだよ」って。
そんな事があって母さんと父さんがいなくなり、シンに裏切られたオレ達は園長先生に拾われ、孤児園に来たんだ。その時のオレは悲惨だった。自分でそう思うよ。何もしないで、無関心で、ただ兄ちゃんに着いて行くだけだった。
数日経ってもなんの希望も見つけられずにいたとき、カイに会った。カイも親と離れたからなのか、酷い状態だったよ。人を信じないで、いつもイライラしていた。そんなカイを見て、オレは思ったんだ。カイの親はまだ死んでないのに、生きているってわかっているのに、なんで絶望しているんだって。その苛つきを、なんで人にぶつけるんだって。だからオレは、カイにぶつけた。オレの心に生まれた怒りを。
「お前の親は死んでない」
「あ?」
「死んでいないんだ、また会えるかもしれないんだ! 母さんが来たとき、そんな姿で会うのか!」
「っ……」
「お前は、お前の母さんが戻ってくるって信じてないのか!?」
「……!」
「本当に母さんのこと思ってるんだったら、信じて待っていろ!」
「……しん、じる……」
それから、カイは変わった。人に八つ当たりするのをやめ、人を信じるようになって、素直になった。
そして、オレも変わった。カイに言った自分の言葉を思い返して、母さんと父さんはオレのこんな姿を見たらどう思うかって考えたんだ。きっと、いつまでも過去を引きずることは望んでいない。前に進んで欲しいって言ってると思う。オレは、強くなるためにしゃべり方を変えて、カイと一緒に前に進むことを決めた。しゃべり方は、まだ完全には変えられてないんだけどね。心の中とか、兄ちゃんと話すときは元のしゃべり方に戻っちゃうんだ。
孤児園の中で、オレは今日までカイと過ごしてきた。時にからかい、悪戯し、怒って、カイの反応を見て楽しんできた。これからも、そうやって過ごしていくつもりだよ。
目を開け、もう一度写真に視線を向ける。やっぱり、母さんと父さんがいないことは悲しい。でも、いつまでも悲しんでいたら駄目なんだよね。
それを再度確認したとき、部屋の扉が開く音が聞こえた。振り向くと、そこには兄ちゃんが立っていた。
「ルーク、ぼくとソラの会話、聞いてたでしょ?」
「うん。聞いてたよ」
「……シンのこと、思い出したの?」
「結構前にね。全部じゃないけど、大体思い出した」
「そっか」
兄ちゃんはオレのベッドに座った。オレは椅子に座り直し、兄ちゃんと向かい合う。
「さっき、昔のことを思い出してたんだ。両親のこととか、カイのこととか……」
「ソートのこと?」
「うん」
兄ちゃんがオレの考えていたことを言い当てても、不思議だとは思わなかった。だって、兄ちゃんも心を読めるから。
「ソートは、どこかで元気にしてるよ。あの時、急な別れになっちゃったけど」
「そうだね。ねぇ、兄ちゃん、前世のシンの事を思い出したのっていつ?」
「シンに、親を殺したって言われたとき。あの時に思い出した。ルークは?」
「オレは、シンが孤児園に入ってきたとき。……シンは、この世界でもみんなを殺すかな?」
「殺すよ。今のところ。でも、止めるよ。ソラと、ルミちゃんとロイ君と協力して」
「ルミとロイも知ってるの?」
「前に聞かれちゃって……ルークも協力するよね?」
「うん」
シンは前世でも人を殺している。けど、この世界と前世では人の殺し方、殺す日時や人、殺す人の順番が違う。だから、次に誰を殺すのか、シンがどんなことを考えているのかはわからない。
オレ達は、事情を知っているソラ、ルミ、ロイと一緒に、シンをどうにかして止めることに決めた。そして、シンのことを知らない人たちには言わないことにした。混乱させるわけにも行かないし、知るとシンに狙われる可能性があると考えたからだ。
オレ達は、ソラとルミ、ロイに、シンに気をつけるようにいいに行くため、一階に下りた。
オレはこの時、気づけなかった。大切な友達の家族が狙われているということに……。
今回は、後半からルーク視点で過去話を書きました。ルークは本当に心を許せる相手だけに、あのしゃべり方をするので、カイ君にはまだ完全には心を許してません。まあ、孤児園のメンバーの中では一番仲のいい友達ですけどね。




