第十五話 旅行―遭難―
翌日、ぼく達はテントを片付けて山を登ることになった。バスを置いた場所は山の中間だったらしい。
園長先生に続いて山を登り始めたぼく、だったんだけど……道に迷ってしまいました……。
「みんなー、どこー?」
スターやカイ君の名前を呼びかけても、返事が返ってこない。歩いても歩いても同じ道のような気がしてくる。うわあ……ぼく遭難したのかなぁ。
自分に呆れて泣きそうになる。ぼくって何でこんなドジなのかな……。
「はぁ……」
近くの木の根っこに座り込み、足を休ませる。……みんなにちゃんと着いて行けばよかった。何であのとき、みんなから目を離しちゃったんだろう。
手に持っている花を見つめる。日本にはない、珍しい水色の花。この花を見つけて、みんなから目を離して立ち止まっちゃったんだよね。気づいたときには一人になってて、慌てて後を追ったんだけど見つからなくて、道がわからなくなって……。
このまま夜になったらどうしよう。ここで野宿したくないよ。食べ物はぼくのリュックにちょっとだけ入ってるけど、いずれなくなっちゃうだろうし……誰か助けて……。
「ソラー」
「え……?」
ぼくはばっと顔を上げ、声の方に視線を向けた。少し離れたところに、ルークの姿が見える。立ち上がったぼくはルークに手を振った。
「ルーク!」
「あ、ソラ!」
よかった……! ルークが探しに来てくれたよぉ。じゃあ、他のみんなもぼくを捜してくれていたのかな。
「ごめん、ルーク。ぼく、途中でみんなを見失っちゃって……」
「そうか。じゃあ、行くぞ」
「うん、ありがと」
ぼくはあんまり怒っていないルークにほっとしながら着いて行こうとした。でも、ルークは来た方向を見て立ち止まったまま。どうしたのかな?
「ルーク? どうしたの?」
「……どっちだっけ?」
「……えぇ!?」
ど、どっちだっけって……ルークも道がわからなくなったって事?
ぼくが心の中でそう聞くと、ルークはコクンと頷いた。この場にカイ君がいたら、「はあああ!?」って叫んでそう……。
って、それどころじゃないよ! 遭難者が二人になっちゃったよ!? 最初に道に迷ったぼくが悪いんだけど……。
焦った顔でキョロキョロしてるルーク。冗談かなと少し思ってたけど、全然冗談とか言ってなさそう。
ぼくも何とか道を見つけられないかと視線をあげると、桃色の何かが目に入った。あれは、もしかして……。
「ピンクちゃん!」
「ソラちゃん! やっと見つけた」
ぼくはピンクちゃんに駆け寄った。やったぁ! ピンクちゃんなら安心だね。あ、別にルークが頼りないとか、そう言ってるわけじゃないからね?
ぼくはそんないいわけをしながら、みんなのところに戻ると言うピンクちゃんに着いて行った。
ルークと共にピンクちゃんに着いて行くこと数分。突然ピンクちゃんが立ち止まった。ぼくは辺りを見渡す。みんなの姿は……ないよね? どうしたんだろ?
ピンクちゃんはぼくの方を見ると、小さく口を開いた。
「ごめん、わからなくなっちゃった……」
「えぇ!?」
本日二度目の驚き。まさか、ピンクちゃんまで迷うとは……ミイラ取りがミイラになるって、こういうことを言うんだよね?
ぼく達はその場で固まったまま、顔を見合わせた。二人とも、どうしようって顔に書いてある。多分、ぼくもそんな表情をしているんだろうなぁ。
そんな時、ザッザッと、誰かの足音が後ろから聞こえた。振り返った先にいたのは……。
「あ、シン君……」
ここでシン君に会うとは。でも、シン君もぼくを捜してくれてたんだよね? ちょっと危ない気がするけど、頼むしかない。
「シン君、ぼく達道に迷っちゃって。みんなのところにつれてってくれない?」
「ああ」
シン君は返事をすると、背後を見た。しばらくした後、ぼくの方に視線を戻す。その口元は笑っていたけど、額には汗をかいていた。嫌な予感がしたと同時に、シン君が言葉を発する。
「道がわかんなくなった、って言ったらどうする?」
「……」
二度あることは三度ある。そんな言葉が頭に浮かんだ。何? これはギャグマンガなの? こんな事ってあるの?
ぼくたちはその後、また誰か来るかなとじっとしてたけど、もう誰も来なかった。遭難したのはぼくたち四人か。
とりあえず、ぼく達は頂上に向かって森の中を進むことに決めた。道という道がないから、足下に気をつけながら坂を登る。急な斜面では、協力しながら進んだ。
時折、ぼくはシン君を見た。だって、何をするかわかんないじゃん。もしラギ君みたいに足を引っかけられたりしたら……。
今はシン君に怪しい動きはない。普通にぼくの後ろを着いてきているだけだ。
「ソラちゃん、どうしたの? 後ろになんかある?」
「え、あ、ううん。何でもない」
ぼくはピンクちゃんにそう答え、前を向いた。ぼくの少し前にはルークがいる。黙々と進んでいくルークは、さっきから全然口を開かない。ずっとしゃべっているスターと違って、ルークはカイ君といるとき以外はすごく静かだ。……仲良くしたいなぁ。どうすれば仲良くなれるんだろ? 話しかけるべきかな? でも、話題が面白くないとすぐ話が終わっちゃうし……。ルークが積極的に話してくれる話題といえば……カイ君のこと、かな。
「そういえば、ルーク。カイ君のカレーに唐辛子入れるとか言ってたけど、唐辛子持ってたの?」
「持ってない」
「持ってないの!?」
あ、思わず突っ込んじゃった。だって、持ってきてると思ったんだもん。「いいよ」って言われときどうするつもりだったの?
「カイがいいよって言うと思うか?」
「……思わないね」
カイ君の反応を考えて言ってたのか。今までも、そんなことが何回もあったのかな。
聞いてみると、出会ったときからそういう風に弄っていたらしい。期待を裏切らない反応をしてくれるから面白いんだって。
「……カイ君、弄られてるってことわかってるのかな?」
「わかってないんじゃないか? カイ馬鹿だし」
「あはは……」
ルークの楽しみって、カイ君を弄ることなんだと思う。
「いつも弄られてるのに、カイ君ってルークから離れていかないよね」
「なんでだ?」
「優しいんじゃない?」
「あのカイが?」
「え!? カイ君の扱い雑っ!」
フッと笑みを見せるルーク。あ、ちょっとだけ人見知り解けたかな? ルークは人見知りが激しくて、未だにスターとカイ君以外には人見知りしてたりするんだよね。
その時、後ろにいたシン君が「あっ」と声を上げた。はっとして振り返ると、シン君は木に手を伸ばしていた。掴んだのは、カブトムシ。
「カブトムシ発見。ほれ」
「シン君、こっち来ないで……!」
シン君から後ずさるピンクちゃん。そっか、ピンクちゃん虫苦手なんだ。ていうかカブトムシに反応するって、シン君も意外と子供っぽいところあるなぁ。
なんて思ってたら、シン君がピンクちゃんの行動を見てにやりと笑った。もしかして、とぼくが思ったと同時に青ざめるピンクちゃん。案の定、シン君は虫を突き出してピンクちゃんに近づき始めた。虫持っている上に無言で近づくから怖い。ピンクちゃんはだんだんと早足になり、ぼくとルークを抜かして走り出してしまった。
「あっ、ピンクちゃん待って!」
今離れたら合流できなくなっちゃうかもしれない! ぼくはルークとシン君を置いてピンクちゃんの後を追った。
運動音痴だけど、見失わないように必死に走り、大きな岩が転がっているところでピンクちゃんに追いついた。ピンクちゃんは岩の陰で息を整えていた。
「はぁ、はぁ……ピンクちゃん、大丈夫?」
「ソラちゃん……うん、大丈夫」
ピンクちゃんはぼくに気づくと、息を乱しながらも弱々しく微笑んだ。ぼくはピンクちゃんの横に行き、まだ荒い息を整えながら地面に座った。ピンクちゃんも隣に座り込む。
「ごめんね、急に走り出しちゃって」
「ううん。でも、逃げるほど虫が苦手だったの?」
「そういう訳じゃないんだけど……なんか、虫よりもシン君の方が怖くなっちゃって……」
確かに。ぼくもシン君を怖いって思ったことは何度かある。スターの話を聞いてからはもっと怖いって感じるようになった。
ピンクちゃんは俯いていた顔を上げ、空を見上げた。
「でも、シン君から逃げちゃって、悪いことしたかな」
「そんなことないよ。虫を近づけてきたシン君の方が悪い!」
あの顔は面白がってたし。ぼくが断言すると、ピンクちゃんは「ありがとう」と笑みを浮かべた。あ、少し元気になったみたい。よかったぁ。
その後、ぼく達は岩の陰から出て、走ってきた方向を見つめた。多分、ぼく達を追ってルークとシン君がこっちに来ると思うんだけど。
なかなか来ないルークとシン君を心配したとき、走る音が聞こえてきた。……あれ? なんか、足音が大きいんだけど……。普通ならザッザッなのに、ドスッドスッて聞こえるんだけど……。
ぼくの視界にルークとシン君の姿が入る。と同時に見たくもない茶色の動物が。
「く、熊……!?」
ピンクちゃんがその名を口にした途端、ぼくの停止した思考が動き出した。身体に逃げろという命令が下され、口から叫び声が上がる。
「う、うわああああ!」
ぼくは熊に背を向け、駆けだした。すぐ横でピンクちゃんも走り出すのがわかる。
もう方向なんてどうでもよかった。無我夢中で坂道を駆け上がる。途中、熊の唸り声に飛び上がり、足を木の根に引っかけたけど、必死だったためか転んだりはしなかった。
三度目の熊の咆哮を聞いた直後、いきなり腕を引っ張られた。すぐに対応できず、受け身を取る暇もなく横に転がる。身体が地面に叩きつけられ、声を上げそうになった刹那、後ろから誰かに押さえつけられて口を塞がれた。
「静かに……!」
咄嗟にぼくは恐怖で逃げ出しそうになる身体を抑えた。頭上から熊の足音が聞こえてくる。ぎゅっと目を瞑り、身体を硬くする。
しばらくすると、足音が遠ざかっていった。口を塞いでいた手が離れ、無意識に止めていた息を吐き出す。た、助かったぁ~。
「はぁ、びっくりした……ソラちゃん、大丈夫?」
左側を向くと、ピンクちゃんが心配そうに顔を覗き込んできた。ピンクちゃん、無事だったんだね。あれ? じゃあぼくを助けてくれたのって……。
顔を後ろに向けると、ルークと目があった。
「あ、ルークが助けてくれたんだ。ありがとう」
「ああ」
声を返してくれるルーク。ちょっと乱暴だったけど、熊に襲われるよりはマシだよね、うん。
ルークの右側には、シン君の姿がある。よかった、みんな無事だ。
ぼくは安心して寄りかかろうとした。そこでふと気づく。ぼくの後ろには今ルークがいて、ぼくを押さえつけていたためか腕がぼくのお腹に回されている。……ぼく、後ろから抱きつかれてる!?
「ル、ルーク? もう離しても大丈夫だよ?」
「え、あ、おう!」
慌ててぼくを離すルーク。ぼくもルークから離れ、ピンクちゃんの隣に座った。熱くなった顔を誤魔化すように、改めて周りを見渡す。
ここはさっきぼく達が走っていたところの左にあった大きな溝の底らしい。走っている最中にピンクちゃんが発見して、隠れることにしたんだって。ぼくはもっと前の方を走ってたから呼びかけられなかったみたい。……例え呼びかけてくれたとしても、パニックになっていたぼくは気づかなかったかも。
「そうだ。ルークとシン君、何で熊に追いかけられてたの? 何かあった?」
「いや、ソラ達を追いかけてたら途中で熊に遭遇して……驚いて逃げたら追いかけてきたんだ」
え、熊さんどうしたの……。それだけであんな速さで走る? お腹でも減ってたのかな。
熊の謎の行動に驚きながらも、ぼく達は先を急ぐことにした。さっきの熊じゃないけど、お腹減ってきたし、早く園長先生と合流したいな。
そんなことを考えていると、急に視界が開けた。目の前には建物があり、その横に園長先生のバスがある。ってことは……。
「や、やった。着いたよ! 頂上!」
先生は頂上に今日泊まる旅館があるって言ってた。多分、あの建物が旅館なんだろう。ぼく達は無事、たどり着いたんだ!
急いで旅館に入ると、カウンターの前に園長先生が立っていた。
「四人とも、お帰り。無事帰ってこれたみたいだね」
「え? どういう事ですか?」
全然心配していた様子がない先生に困惑しながら聞くと、先生は不思議そうに首を傾げた。
「ん?」
「えっと、ぼく達遭難したから、先生心配しているかと思って……」
「ああ、そのことか。心配はしてなかったよ。君たちはちゃんとここに来られると思ってたし、なにより君たちを森に残したのは私だからね」
「え……なんで……」
「君たち四人はあまり接点がなかっただろ? だから、この機会に仲良くなれるかと思ってね」
「確かに仲良くなれたけど……」
残していくなんて……あんなに心細かったんだよ……。
先生の答えにシン君はさっさと自分の部屋に行ってしまい、ルークは唖然としていた。ピンクちゃんは無言のままで、ぼくはシュンとして俯く。
そんなぼく達に先生が慌てて言葉をかけてきた。
「でも、全然心配してなかった訳じゃないよ? 実際、四人の様子を見に行ったからね」
「え、でも先生どこにもいなかったですよ?」
「やっぱり気づかなかったんだね。あの熊だよ」
「……は?」
ルークがここで声を出した。ぼくもぽかんとしてしまう。
そんなぼく達に、先生はあの熊に変装していたということを話した。全然変装には見えなかったけど……っていうか、何で襲ってきたの!? すごい勢いで逃げたんだけど!
「ちょっと追いかけてみたら面白くなってしまってね。あれも、仲良くさせるイベントだよ」
にこっと笑う先生。なんか、もう悲しみとか怒りを通り越して何の感情も沸いてこないよ。先生って、前からわかってたけど不思議な人だよね~。
ぼくがまあいっかと思い始めたとき、今まで黙っていたピンクちゃんがぼくの前に出た。
「……先生?」
ピ、ピンクちゃん? なんか、声のトーンが低いんだけど?
ピンクちゃんの顔を覗き見ると、笑みを浮かべていた。でも、目が笑っていない。もしかして、怒ってる……?
先生もそれがわかったのか、額に汗を浮かべながら口を開いた。
「じゃあ、私はこの後用事があるからそろそろ行くね。部屋はこの廊下を行った先にあるから、ゆっくり休みな」
「園長先生?」
ピンクちゃんがゆっくりとした口調で先生を呼ぶ。その怒りを含んだ声に答えず、階段に向かって早足で歩いていく先生。後を追うピンクちゃん。……ピンクちゃんって、先生を従える気がする。先生とピンクちゃんの間に一体何があったんだろう……?
ぼくとルークは顔を見合わせると、ピンクちゃんの後を追わずに部屋に向かった。ピンクちゃんを怒らせてはいけない、そう思いながら。
園長先生とピンクちゃんの間に何があったのか、ぼく達はいずれ知ることになる。
おまけ
「そうだ。ぼく達が遭難して、みんな心配してなかったの?」
「園長先生が大丈夫って言ってたから、みんな心配してなかったよ~」
「先生って、結構信頼されてるよね」
「うん。あ、でも、カイ君は慌ててたよ~。あのときのカイ君、クスクス」
「笑うなっ!」




