第十三話 旅行―川遊び―
「んー、空気が澄んでて気持ちいいー!」
ぼくは太陽が昇り始めた淡い水色の空を仰ぎ、大きく空気を吸い込んだ。夏なのに吹いてくる風が冷たいのは、山にいるからなのかな。
ぼく達、孤児園のメンバーは今山に来ています! 海に行くときと同じバスに乗って、昨日の昼に出発したんだ。で、着いたのがついさっき。ぼく達は初めてバスで夜を過ごしたんだ。バスだったけどぐっすり眠っちゃったよ。眠っている間にここに着いたみたい。……あれ? ってことは、運転していた園長先生は寝ていないんじゃ……?
バスに戻り、運転席を覗く。園長先生は地図を見ながら欠伸をしていた。ちなみに、ぼく以外のメンバーはまだ寝ている。まあ、当たり前だよね。まだ朝の五時だから。ぼくはなんか目が覚めちゃったんだ。
あ、先生うとうとしてる。やっぱり眠いよね。ただ起きているだけじゃなくて、運転もしてたんだから。
「あの、先生。寝たらどうですか? もう着いたんだし」
「いや、みんなが起きた後、テントを張る場所を決めないといけないからね。まだ寝られないよ」
「でも、すごく眠そうですよ。まだ五時でみんなも起きてないんだし、寝てても大丈夫ですよ」
「ありがとう。うーん……そうだね。じゃあ、少し寝かせてもらおうかな」
先生は時計を見て頷くと、地図をしまって背もたれに寄りかかった。眼鏡を外し、目を閉じる。
ぼくはそんな先生をじっと眺めた。今までこんな近くで見たことなんてあんまりなかったから気づかなかったけど、先生、綺麗な顔してるなぁ。シミとかソバカスとか、ニキビなんかない顔は白くて女の人みたい。サラサラしている髪は窓から入った日の光を受けて銀色に輝いていて、眉毛は細い。顔の輪郭は整っているし……イケメンだよね~。
「……そんなに見られると、逆に寝られないんだけど」
苦笑しながら先生が目を開いた。あ、水色の瞳も透き通っていて綺麗……じゃなかった!
「あ、すいません。先生の寝顔とか、あまり見たことなかったんでつい」
「まあ、褒められて悪い気はしないけどね」
「え?」
ぼくがそんな声を上げたときには、もう先生は目を瞑っていた。……何でぼくが先生を褒めてたってわかったんだろう? 声に出してた、とか? いや、それだったら自分で気がつくよね。
首を捻りながら先生を見てると、横から声をかけられた。
「なぁに園長先生をじろじろ見てるのぉ?」
「ス、スターいつから起きてたの!?」
「さっき起きた」
……さっきの見られてたかな? 園長先生を観察してたこと。うー、なんか恥ずかしい……。
密かに恥じていると、スターはカメラを持ってぼくの前にやってきた。
「何してるの?」
「んー? 寝てる園長先生レアだから、撮ろうとしてるの」
案の定、というべきか。カメラを先生に向け、カシャッとシャッターを切るスター。音が鳴り、カメラが光を放ったけど先生は目を覚まさない。やっぱり、相当眠かったんだね。
その後、ぼくとスターはバスから降りて、山からの景色を眺めた。遠くに見える町や、ここに来る間に通った森が太陽の光を浴びで黄金色に輝いて見えて、とても美しい。ぼく達も、金色に光って見えたりするのかな。そんな事を思い、スターに視線を向けてみると、スターの茶色の髪は小麦色に光っていた。瞳もキラキラしている。
ふと、スターが手にしているカメラが目に入った。
「あ、ねえスター。この景色を撮ってよ。帰ったら絵にしてみたいんだ」
「うん、いいよ」
パシャッ、とカメラにこの景色を収める。来てよかったなぁと、まだ来たばっかりなのに思ってしまった。
それからに時間が経過し、七時となった。園長先生も、他のみんなも目を覚まし、ぼく達はキャンプをするため、テントを張る場所まで歩くことになった。
最初にみんなの希望を聞いたところ、だいたいの人が川の近くがいいと答えたため、今は川を探しながら歩いている。
と、その時、ルミちゃんが前を指さした。
「川の音が聞こえるよ!」
「ああ、俺にも聞こえる……って、ルミ! ちょっと待て!」
先頭にいる先生を追い越し、走り出すルミちゃんと慌ててその後を追うロイ君。二人は兎の耳を持ってるから、遠くの音も聞こえるんだね。
ぼく達も、二人を見失わないように足を速める。そのまま木々の間を通り過ぎた時、ぼく達の前に川が現れた。
「スゲー綺麗な川だな!」
カイ君が声を上げ、瞳に川を映す。カイ君の言う通り、川は魚がはっきり見えるほど透き通っていた。
さっそく、靴と靴下を脱いで川に入っていくカイ君。そこまで深くはないみたいで、水はカイ君の膝ぐらいの高さだった。
「じゃあ、この辺にテント張ろうか」
園長先生が荷物を下ろし、畳んであるテントを取り出した。子供が六人入れるぐらいの大きなテント。先生はそれを慣れた手つきで設置していった。
ぼくはテントの近くにリュックを置くと、水筒を取り出して水分を取った。そして、川で遊んでいるカイ君の元に行く。カイ君の他に、ピクちゃんとスターも川に入っていた。
「ソラたん、見て見て! 魚取ったよ!」
「あ、ほんとだ」
ピクちゃんの手には小さな魚が乗っかっていた。隣にいるカイ君はピクちゃんが取った魚よりも大きな魚を狙っている。その時、カイ君が狙っていた魚にスターが飛びかかった。
「イェーイ、取ったー」
「あー! 俺が狙ってた魚だぞ!」
「早いもん勝ちだもーん」
「くっそー!」
悔しそうな顔でスターを見たカイ君は、すぐに川に視線を戻した。もっと大きな魚を探しているんだろうなぁ。邪魔しちゃ悪いかな。
ぼくはキョロキョロと辺りを見渡して、川に足をつけて涼しんいるピンクちゃんを見つけた。隣に行き、同じように腰を下ろして足を水に浸けた。
「あー、気持ちー」
ここに来るまでにだんだんと気温が上がってきたため、ひんやりとした水はとても心地よかった。
ピンクちゃんはぼくを見て微笑むと、前に顔を向けた。目線を追うようにそっちに目を移動させると、そこにはラギ君の姿があった。ラギ君はルークと一緒に釣りをしていた。釣り竿は園長先生が持っていた物だ。でも、こんな浅い川で釣りなんか出来るのかな。不思議に思って川を見ると、そこは少し深くなっているようだった。森の奥に行くほど深くなっていってるみたい。気をつけないと。ぼくと同じように思ったのか、ラギ君が近くにいたルミちゃんとロイ君に注意していた。
その時、ぼくの背後から園長先生の声が聞こえてきた。
「みんな、こっちの大きいテントが男子のテント。こっちの小さいのが女子のテントだからね」
「はーい」
ぼく達が返事をすると、先生はもう一つテントを張り始めた。多分、あれは先生のテントなんだろう。
と、そこで森の奥に入るシン君の姿が視界に入った。どこ行くんだろう? ……着いて行ってみようかな。
どうせ戻ってくるからと裸足のまま少し進んだとき、木に赤い実が成っているのを見つけた。なんか、無人島にあった木の実と似てる。
試しに取って食べてみると、口の中に甘みが広がった。美味しい!
「みんなー! こっちにある木の実、美味しいよー!」
ぼくは川の方にいるみんなに手を振った。
最初に駆け寄ってきてのはカイ君だった。ぼくと同じく裸足で駆けてきたカイ君は、お腹空いてたのか木の実をすぐに口に入れた。
「うめー! なんだこれ!? ルークも食べてみろよ!」
隣に来たルークに木の実を差し出すカイ君。ルークはそれを受け取ると、口に放り込んだ。続いて、スターやルミちゃん、ピクちゃんが食べる。
みんなが美味しいと感想を言い合う中、ぼくは森の奥に何気なく視線を送った。あっ、シン君のこと忘れてた。
シン君を捜すため、というより森の奥に何があるのかが気になって足を進めると、水の流れる音が聞こえてきた。そっちに首を巡らすと、木々の間を抜けたところに大きな川が見えた。川は地面をえぐって流れていたのか、川沿いが少し崖のようになっていた。シン君はそんな川沿いで釣りをしていた。なんか、シン君って他の人と関わろうとしないよね。いつも一人で違うところにいるし。
「へぇ、ここにも川があったのか」
背後からの声に振り向くと、そこには釣り竿を持ったラギ君が立っていた。後ろには、木の実を十分に食べ終えた他のメンバーが着いて来ている。
「あ、川だ! 地形的に、さっきの川はここから分かれてきた川だね」
ピクちゃんが川を見ながらそう口にした。ピクちゃんは社会が得意なんだよね。地理とか、歴史とか。多分、今ピクちゃんの頭にはここの地形が浮かんでいるんじゃないかな。
みんなも川を覗き見る。さすがにここは深いから、スターもカイ君もピクちゃんも飛び込んだりはしなかった。
「ルーク、ここならでっかい魚が釣れるんじゃないか?」
「そうだな」
「じゃあ、釣ってみようか」
ラギ君がカイ君とルークの横を通り過ぎ、川に近づいた。ちょうど、シン君が釣りしている辺りに。そこで、ぼくはシン君がラギ君に向かってさりげなく足を出したのが目に入った。その足に躓くラギ君。ラギ君の身体が前に傾き、足が地面から離れて宙に浮く。釣り竿が手から離れる。揺れる赤髪。見開かれた目。水に叩きつけられ、ドボンという音が耳に入る。その数秒を、ぼくは動くことが出来ずにただ見ていることしかできなかった。が、「ラギ!」というピクちゃんの叫び声で我に返った。それと同時に思い出す。ラギ君が泳げないということを。
ぼくは助けに行こうとして、ぐっと堪える。泳げないぼくが行っても何も出来ない……! そんなぼくの横に立ち、スターが川を指さした。
「カイ君、行くんだ!」
「おうっ!」
スターの横を通り過ぎ、川に飛び込むカイ君。そっか、カイ君なら泳ぐの得意だし大丈夫そう。さすがスター。ナイス! そう声をかけようとスターを見ると、スターは口に笑みを浮かべていた。あ、あれは面白がっている顔だ。と思ったあと、素直に飛び込んでいったカイ君を見て、呆れたような声を出した。
「カイ君は馬鹿なの? 服が濡れるとは思わないの?」
あ、確かに。でも! 溺れそうなラギ君を助けに行ったんだよ? いい事だとぼくは思うけどなぁ。
ラギ君を救出したカイ君は、ラギ君に肩を貸しながら川から上がってきた。ああ見えて、結構体力あるんだよね、カイ君。……って、そんなこと思ってる場合じゃなかった!
「シン君、なんでラギ君転ばせたの!? ラギ君が泳げないって知ってたでしょ!?」
「……俺は何もしてねぇよ? ラギが勝手に転けただけだろ」
「そんなはずない! ラギ君、シン君に足引っかけられたよね?」
「……いや、おれの不注意だ」
「ほらな?」
……なんで? なんでラギ君嘘付くの? シン君は、なんで笑ってるの? 全然笑える事じゃない。だって、一歩間違えればラギ君は死んでいたかもしれないんだよ? シン君は、そういう人だったの?
ぼくは納得できずに、すぐ近くにいたスターの服を掴んだ。
「スター。ラギ君が転んだの、シン君のせいだよね……?」
「ラギ君が一人で転んだんだよ。本人がそう言ってるんだから」
「え、でも……」
やっぱり、納得できない。スターの他に、ルークやピンクちゃん、ピクちゃんの様子を窺ってみた。だけど、みんな気づかなかったのか、ラギ君が助かって安心したような顔をしているだけで、それ以外の感情は読み取れなかった。
カイ君も、服を絞りながらラギ君と話していた。
「何もねぇところで転ぶとか、お前って意外とドジなんだな!」
「まあ……助けてくれてありがとな」
「おう!」
お礼を言われて二カッと笑うカイ君。ラギ君も微笑んでいるし……あれはぼくの気のせい、なのかな? いや、さっきラギ君が転んだところには石とか木の根っことか、躓きそうな物は何もない。それに、シン君の足に当たったラギ君の足首は、少し赤くなっていた。気のせいなんかじゃない、けど、この事をしってるのはぼくだけ……。多分、口にしてもみんなに笑われる。だからぼくは、誰にも言わないことにした。でも、ぼくは……ぼくだけはしっかりと覚えておくよ。
この時、ぼくは見ていなかった。シン君が、何かをラギ君に耳打ちしていたところを。
ここから旅行の話が続きます。




