第十話 無人島
ザー、ザーという波の音が耳に入り、ついでにまぶしい光が顔に当たってぼくは目を覚ました。最初に目に入るのは見知らぬ天井……じゃなくて、青い空。起き上がると白い砂浜に青い海がある。
……あ、そうだ。ぼくは海に来てたんだ。それでみんなと遊んで、夕方帰ろうとして……津波に巻き込まれた……。
ちょっと待って。ならここはどこ? ぼくは助かったの? それとも、死んじゃって天国にいるの? でも、天国っぽくないし……助かったのかな?
ためしに頬をつねってみたけど、痛みはちゃんと感じる。夢じゃないみたいだ。
……ずっとこうしていてもしょうがない。ここがどこだか確かめよう。
ぼくは座ったまま、とりあえず辺りを見渡した。右には砂浜と海と大きな岩がたくさん転がっているところがあり、後ろには森がある。だんだんと急な坂になってるから山にも見えるけど……。
その流れで左に首を巡らせたとき、黒い瞳と目があった。
「わあ!?」
びっくりして思わず後ずさる。
ぼくの左側にいたのは白い髭を生やしたお爺さんだった。身体ががっちりしていて、ぼくよりもすごく背が高い。
「あの、あなたは?」
「名前は自分から名乗る物じゃ」
「ご、ごめんなさい。ぼくはソラ」
「ほう、ソラか。儂はユテイル」
ユテイルさん、か。
ぼくは自分の自己紹介を終えると、ユテイルさんに津波でこの島に来てしまったことを話した。それからユテイルさんにここにいる理由を聞いてみる。ユテイルさんは、数年前からここに住み着いているらしい。
ぼくは聞き終えると、ユテイルさんに笑顔を見せた。
「多分、ぼくの孤児園の園長先生が探しに来てくれると思うから、それまでここにいようと思います。とりあえず、食べ物を探さないと」
「うむ、それがいいな。もぐもぐ」
「え、何食べてるんですか?」
「あそこの木にあった木の実じゃよ」
ユテイルさんに指さされた木を見てみると、確かに小さな赤い実が成っていた。ちょっと高いところにあるけど、取れるかな?
近くまで行き、思いっきり手を伸ばして背伸びする。うー、届かない……。ぼくでも届く低い枝を見るけど、木の実は成っていない。取られた形跡があるから、ユテイルさんが取ったのかな? あの体型だから、木に登ったら木の枝が折れちゃいそうだし……って、失礼かな。
「登るしかないかぁ~」
一つ呟き、ぼくは木の幹に手を置いた。木の表面のへこんでいるところに足をかけ、ぐっと力を入れる。裸足だから少し痛いけど、木の実を取るためだ。我慢しないと。
「よっ」
あ、いけるかも。
滑らないように気をつけながらもう片方の足を持ち上げる。更に上に上がり、木の幹まで到達すると、その幹にまたがった。
「よし。もう少し……痛っ」
またがった途端、足の太ももに痛みを感じ、目を向ける。痛みを感じたところからは血が流れていた。木の表面にかすっちゃったみたい。……今思い出したけど、ぼく水着だったんだ。
今は消毒液も絆創膏も持ってないため、傷をそのままにして木の実の方に手を伸ばした。食料採取が先だよね。
五つ手にし、どこに置こうか迷う。水着にはポケットないし、下に落とすしかないかな。
幸い、この下は砂浜だったため、木の実を潰さずにすんだ。
それからも取っては落とし取っては落としを繰り返し、手の届く範囲の木の実は取り終わった。今はこのぐらいで大丈夫かな。
ぼくはその場で立ち上がり、登ったときに使ったへこみに足を置く。その時、頭上で何か音がした。上に視線を移動させて大きなカラスを目にした瞬間、そのカラスが大声を上げる。
「うわあ!?」
驚いたと同時に足が滑る。重力に引かれながら悲鳴を上げ、ぼくは背中を砂浜に打ち付けた。
「いたた……。あ、木の実は!?」
慌てて身を起こし、木の実を確かめる。よ、よかったぁ~。潰れてないみたい。
ぼくは木の実を三つくらい口に入れると、残った木の実を抱えてさっきの位置まで行った。あれ? ユテイルさんがいない。どこ行っちゃったんだろ?
キョロキョロと辺りを見渡してると、森の方から探していた人物が手を振りながら歩いてくるのが目に入った。
「ソラ、木の実は採れたか?」
「あ、はい」
「そうか。向こうに儂が住んでいる家がある。その木の実を置きに行くぞ」
ぼくは木の実を抱えた状態でユテイルさんの後ろを着いて行った。
五分くらい森の中を歩くと、木の家が家が見えてきた。屋根や壁がちゃんと付いていて、雨が降ったも大丈夫そうな家だった。これ、ユテイルさんが一人で作ったのかな?
中に入ると、机に椅子、箱、ベッドがあった。
「木の実は机に置いて、腹が減ったら食べな」
ユテイルさんはそれだけ言うと、箱のふたを開けて中から棒のような物を取りだした。
「何ですか? それ」
「釣り竿だ。今から夕飯の材料をつってくるんじゃよ。今日は客もいるからな」
ユテイルさんは釣り竿を肩にかけると、家を出て行った。ぼくの分も釣ってきてくれるんだ。釣り出来るなんてすごいなぁ。ぼくなんか、前に一回だけ行ったとき一匹も釣れなかったのに……。
一人家に取り残されるぼく。……何もしないわけにはいかないな。ぼくも何か食料集めてこよう。
家を出て、森の中を探索する。ちゃんと帰ってこれるように目印をつけながら。途中で鞄になりそうな布を見つけ、それに採取した木の実を入れる。それから夕日が見える時刻まで、ぼくは森の探索を続けていた。
辺りが暗くなってきた頃、家にたどり着いた。中に入ると、魚を机の上に置いていたユテイルさんが振り向く。
「お帰り、ソラ」
「ただいまです。適当に木の実を取ってきました」
「ご苦労。少し休みな」
「はい」
ぼくは木の実を机の上に置くと、椅子に腰を下ろした。ずっと歩いてて疲れた~。裸足だから、大きな石とか踏んだときは痛かった。
ぼく達は少し休んだ後、家の外で木の枝を拾ってきて、そこに火をつけた。火は、ユテイルさんが木と木を擦りつけてつけたんだ。手慣れていたから、この島に住んでいることは本当なんだってわかった。信用していなかった訳じゃないんだけど、ちょっと信じられなかったんだ。あ、これは信用していないことになっちゃうのかな。
心の中でごめんなさいと謝り、火のそばに木の枝を指した魚を近づける。ついでに水着姿で冷えてしまった身体も温める。なんか、こうしていると山のキャンプを思い出すなぁ。二年前だったっけ。孤児園のみんなと一緒にキャンプに行って、川の魚を外で焼いて食べたことがあったんだ。懐かしいなぁ。……みんな、今頃何しているのかな。ぼくのこと、心配してるかな。一日経っても園長先生来なかったし……忘れられてるってことはないと思うけど……。
「ソラ、魚が焦げてしまうぞ」
「え? あっ」
慌てて魚を確認する。よかった。まだそんなに焦げてない。
ぼくは魚の腹にかぶりついた。うん、骨が刺さるけど美味しい。
「ぼーっとしてたが大丈夫か?」
口をもぐもぐしてると、ユテイルさんが心配そうに訊いてきた。ぼくは口の中の物を飲み込み、コクンと頷く。
「はい。ちょっと孤児園のみんなを思い出してたんです」
「ほう、孤児園か」
「はい。ぼく、親がいないから孤児園に住んでいるんですけど――」
魚や木の実を食べながら、ぼくは孤児園のみんなのことをユテイルさんに話した。スターとルークはぼくの小さい頃からの友達で、ちょっと悪戯好きだけどすごく素直。カイ君は苦手な物が多くていじられてるけど友達思い。ルミちゃんは理科が大好きで科学的な物を作ること、ロイ君は機械を作ることが得意。ピンクちゃんはしっかりしていて優しくて、もう養子になっちゃったハートちゃんは大人びていた。来たばっかりのラギ君は雷好きで、スターとよく遊んでいる。シン君はちょっと怖いけど、なんだかんだ言ってぼく達がやることに文句言わないでやってくれる。園長先生はぼくが孤児園に来たときから子供達を元気づけようと頑張っている、すごく頼りになる先生――。
「みんな、ぼくの大事な人なんです。ぼくみたいに津波に巻き込まれなくてよかった。今頃、孤児園で寝る準備とかしてるのかなぁ……」
話しながら、視界が滲むのがわかった。ぼくも、みんなと一緒に孤児園で園長先生の夕ご飯を食べたい。楽しくおしゃべりしたい。カイ君とルークのやりとりや、スターのラギ君の遊びを見たい。笑いあいたい。先生の「もう寝なさい」って声を聞きたい。
「みんなに、会いたいよぉ……」
食べ終えた魚を地面に置いて踞る。ユテイルさんを困らせちゃうのに次から次へと流れてくる涙を止めることは出来なかった。
園長先生、早く迎えに来てよ……。
次の日、ぼくはユテイルさんが使っていたと思われるベッドの上で目を覚ました。
昨日の夜の後、ぼくはユテイルさんに背中をさすられながらこのベッドに連れてこられて、泣きながら寝たんだ。ユテイルさんのベッド、取っちゃったみたいで何か悪いな。
木の実を数個食べた後、ユテイルさんにお礼を言うため外に出た。また釣りをしに行ってるのかな。
ユテイルさんの姿を探しながら浜辺へと向かう。その途中、ユテイルさんがぼくに向かって声を上げているのが見えた。
「ソラ、こっちに来るんだ」
「え? どうしたんですか?」
ユテイルさんの声の方向に走り出し、ぼく達は浜辺に出た。そこで、思わず目を見開く。地平線に、白い船がこっちに向かって来てるのが見えたから!
ぼくはすぐに園長先生が来てくれたんだとわかった。だって、あの先生だよ。絶対来てくれるでしょ!
「ユテイルさん! 園長先生が迎えに来てくれました!」
「そうか。ソラは、その園長のことを信用しているんだな」
「はいっ!」
自信満々に答えを返した後、船に向かって大きく手を振った。
数分後、船がぼく達の前で止まった。甲板に、園長先生の姿が現れる。
「遅くなってごめん! ソラちゃん、無事だね?」
「はいっ!」
「じゃあ、そこのはしご登っておいで」
「はい!」
ぼくはすぐに船の外側にあるはしごを登って先生の前まで行った。
「絶対来てくれると信じていました! ありがとうございます!」
「いやいや、ほんと遅くなってごめんね。あれ? そちらの方は?」
園長先生がぼくの背後に視線を移動させる。振り返ると、ユテイルさんが甲板に登ってくるのが見えた。
ぼくはユテイルさんを紹介しようと先生に顔を向けた。そこで、思わず言葉を失う。先生が、信じられない、といった感じで目を見開いてユテイルさんを見ていたから。
「ユテイル……?」
「久しいな、エン」
「え? 先生とユテイルさんって、知り合いなんですか?」
「ああ。しばらく会ってないがな」
「ユテイル……まさか、こんなところで会えるとは思ってなかったよ」
二人は握手をした後、数年前と思われることを話し始めた。その話によると、園長先生とユテイルさんは友人で毎日会ってたんだけど、突然ユテイルさんが姿を消してしまったらしい。それ以来、先生はずっとユテイルさんを探していたんだって。
「悪いな。あのときから儂はこの島に住み着いておったんじゃ」
「そうか。大丈夫、理由は聞かないよ」
「ありがたいな。それより、ソラはお前の孤児園に住んでいるそうじゃないか。こんな小さな子を危ない目に遭わせるとは、エンらしくないな」
「……あの津波は、予知できなかった」
「ほう。お前さんが予知できないとは……何かあるんじゃな」
「多分ね」
……何の話をしているんだろ? 二人の話の内容がぼくにはさっぱりわからなかった。先生らしくない? 予知? 何かある?
ぼくが頭の上に疑問符を浮かべていると、ユテイルさんがぼくの頭の上に手を置いた。
「まあ、お前さんがこれ以上ミスを犯すとは思えんが、今まで以上に気をつけることだ。特に、この子にはな」
「そうするつもりだよ。忠告ありがとう」
「……? 何の話ですか?」
「何でもないよ。心配しなくても大丈夫」
園長先生が大丈夫って言ってるから、大丈夫なんだよね。
それから、ぼくと先生はユテイルさんと別れることになった。ユテイルさんは、まだあの島に残るみたい。先生は、それを止めたりはしなかった。
ユテイルさんが森の中に消えると、船が動き出した。
……やっと、帰れるんだ! みんなに会える!
ぼくは先生が用意してくれた服に着替えた後、甲板から向かっている方向をずっと見つめ続けた。
二時間、海の上を走ってやっと孤児園がある町の港に到着した。
そこで、園長先生の車に乗り変えて孤児園に向かう。無人島で木の実を取ったり、船に乗ったりしてすごく疲れていたためか、ぼくは車に乗りながら眠ってしまった。
「ソラちゃん、孤児園に着いたよ」
そんな園長先生の声に起こされて目を覚ますと、孤児園の扉がぼくの目に入った。
帰ってきたんだ……!
そんなに離れていた訳じゃないのに、なんだか懐かしく感じられた。
先生の後を追うように孤児園に入る。その途端、孤児園のみんながぼくの帰りを喜んでくれた。すごく嬉しくなる。改めてこのみんながいてくれてよかったと思った。こんなぼくを大切に思ってくれる仲間を、大切にしていこう。
その後、ぼくは園長先生に名前が“エン”なのか訊いてみたんだけど、それはあだ名だったみたい。ユテイルさんにも、先生は名前を教えなかったらしい。もちろん、ぼくにも教えてくれなかった。
園長先生の友人が出てきました。園長先生の名前は、しばらくわかりません。というか、出す予定が今のところありません。
「秘密を持っていた方がかっこいいだろ?」
とのことですので(笑)




