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見知らぬ土地で・5

 どこの国かも分からない世界で、柚子の持っている紙幣はきっと役に立たない。中世ヨーロッパに近い文化だとしたら、主に使われているのは硬貨だったはずだ(と学校で習った)。

 手のひらよりも少し大きなメダルを、見つめた。

(おじいちゃんの形見、だけど)

 凄まじい光を出したとは思えないくらいに、今は普通の骨董品だ。色がくすんでいて、少なくとも純金には思えない。重いといえば重いが、実際の金がどれくらい重いのか分からないので手掛かりにはならない。

 これのせいで、よく分からない場所へ飛ばされた。

 メダルを持っていたら、また何か起きそうな気がする。元の世界へ戻れるのなら、いい。ここよりももっと変な場所へ飛ばされたらどうしよう。あるいは、このメダルがとんでもない姿に変貌してしまったら――。

 考えれば考えるほど恐ろしくなって、メダルをテーブルに置いた。

「これ!」

「……っ、これは」

「お金の代わりになるか分かりませんけど、これをあげます。だから、もう帰っていいですか」

「どこに帰るんだ?」

「え」

「君はおそらく本来あるべき場所へ、容易に帰ることはできない。違うかい?」

 違わない。

「それと、このメダルは君が持っていた方がいい。誰にも見せてはいけない。何があっても、できるだけ外に出さないようにしまっておくんだ」

「高価なもの、なんですか」

「値段はつけられない」

「じゃあ! それじゃあ、アレックスさんが持っていてください。わたし、こんなの持っていたくないっ」

「何かあったのか? ……いや、場所を変えよう」

 さっと周囲に視線をやり、アレックスが腰を上げた。

 柚子は泣きたい気持ちを堪えながら、それに倣う。御守りのように抱きしめたハンドバッグに、メダルが放り込まれた時には寸での所で叫びそうになった。そうしなかったのは、大きな手に握られたからだ。

 黙って、と唇に指を立てるアレックスを睨む。

 ますますこの男のことがよく分からなかった。そもそも彼自身に関することは何一つ話していない。それは柚子にも同じことが言えたが、たちまち膨れ上がる不信感が猜疑心となってアレックスへ向かう。このままついていってもいいのだろうか。

 おかしな所へ連れていかれるのではないのか。

「やっ」

「お嬢さん!?」

 店を出た所で、必死になって手を振り払う。

 そこからはもう夢中だった。大通りを滅茶苦茶に駆け抜けていく。そのうちに足へ巻き付くドレスが邪魔になって、裾をまくり上げた。一緒に買ってもらった新品の靴は走るには辛く、思い切って脱いでしまう。

 石の通路が痛い。

 でも、構っていられなかった。

 何度か人にぶつかって、謝る余裕もなく路地へ迷い込む。もちろん、土地勘なんかない。今は逃げ切ることだけを考えていた。

「はあっ、はあっ、はあっ」

 もう走れない。

 初めて見た風景と似ているようで、少し違う。

 薄暗い路地に人影はなかった。念のために振りかえれば、大通りが壁の間に小さく見える。進行方向は蛇行する階段がどこまでも続いていた。ここを登っていけば、高い場所に行けるかもしれない。そうしたら、この世界がどんな形をしているのか分かる。

 ふらりと足が勝手に動き出す。

「ミリィ!」

 アレックスの焦った声がした。

 誰かと間違えたか、そんな愛称で呼ばれそうな人が近くにいたのか。どちらにしても柚子には、もう関係ないことだ。

 そう思って一歩、踏み出そうとした足が宙に浮いた。

 くるっと景色が反転し、代わり映えのしないレンガ造りが目に入る。柚子はまたしても、抱きしめられていた。

「ちょっと何、す」

 抗議の声は飲み込んだ。

 すぐ近くで見えたアレックスの顔が歪んでいる。まるで何かに耐えるように喰いしばった歯の隙間から、怨嗟の呟きらしきものが洩れた。


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