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見知らぬ土地で・4

 真っ直ぐに見つめてくる瞳の色が、苦手だ。

 この目を見てしまうと、力んだ言葉も途中で勢いをなくして、がっくりと肩を落とす。彼がやっていることは全て正しく思えてくる。とにかく反論したくなる自分が、ただ我儘をわめきちらす子供のようだ。

 悔しかった、どうしようもなく。

「お待たせしました」

「よしよし、良い頃合だ」

 つい一瞬前まで重苦しい沈黙が降りようとしていたのに、そんな余韻は感じさせない素振りでアレックスが器を受け取った。いつの間にか空になっていた皿が、手際よく片づけられていく。

 テーブルがきれいになった所で、柚子の目の前にそれが届いた。

「これ、って……まさか、杏仁豆腐?」

「堪忍ドーフン?」

「違います、わたしが知っているものと似ていたから」

「ほう。それで、カンニンドウフというのは」

「アンニンドウフ、っていうお菓子があるんです。中国、じゃなかったかも。どこの国だか忘れました。とにかく…………、もう食べていいですか」

「もちろんだ。君のために用意させたのだからな」

 太陽の如く眩しい笑顔から逃げるように、器を覗き込んだ。

 見れば見るほど、杏仁豆腐と似ている。白くてぷるんとしている感じも、赤くて小さなドライフルーツが乗っているのも完璧だ。スプーンは菓子専用のものがないらしく、スープに使っていた大きな匙を握る。おそるおそる差し込んでみると、非常に柔らかいのがわかる。

 口に運んだ途端、柚子の顔がほころんだ。

「わ、口の中でとろける」

 甘さは控えめで、咽喉を滑り落ちる冷たさも最高に良い。

 またスプーンを器に入れて一口、そして一口と味わいながら食べる。気付けばすっかり夢中になって、きれいに平らげてしまった。赤いドライフルーツは甘みが強く、これはこれで美味しい。プチッという触感もなかなかだ。

「気に入ったか?」

「はい!」

 力いっぱい答えてから、子供っぽかったと赤くなる。

 アレックスには振り回されっぱなしだ。もうどこからつっこめばいいのか分からない。よく言うではないか、美味い話には裏がある。至れ尽くせりで警戒心を解いた後、恐ろしい所へ連れていかれるのだ。

 この男を信用してはいけない、たぶん。

(あ、また会話が途切れて……)

 饒舌な男だが、相手を無視して語り続けるタイプではない。そういえば、こんな風にふとした沈黙がやってくることもある。こんな時、アレックスは何を考えているのだろう。

 そろりと見上げかけて、柚子は固まった。

「なっ、何ですか」

「見れば見るほど、可愛らしいなと思っていた。あと数年もすれば、誰もが振り返るような美しい女性になれるだろう。俺が保証する」

「しなくていいです。なりませんから」

 柚子は褒め言葉に慣れていない、というわけでもない。

 お世辞は大抵、社交辞令と決まっている。挨拶代わりの言葉をまともに受け取る気はないし、可愛くもなければ美しくもない自覚があった。運動、成績ともに並程度。人付き合いはまあまあ、使う立場よりも使われる立場の方が安定する。

 要するに有原柚子は、あらゆる意味で平均レベルの人間なのだ。

「ふむ」

「何か嫌な予感がするので、まじまじと見つめないでください」

「恥ずかしがる姿もなかなかに愛らしいぞ」

「だから、そういうのは十分ですから。おなかいっぱいです」

「随分と少食だな。うちの娘は君と同じくらいの年頃だが、これからが本番」

「た、頼んでないですよね!?」

 さすがにこれ以上は食べられない。柚子は青ざめて、台詞の先をぶった切る。

「このドレスだって、いくらかかったか分からないのに。これ以上注文されたら、わたしが困ります。あっ、もしかして本当に体で払えとかいうオチですか!」

「人聞きの悪いことを言うな。俺がそんな男に見えるか?」

 さっきまで完全に疑ってました、とは言えなかった。

 ひくりと上がる口角を痙攣させつつ、日本人特有の曖昧な笑顔を貼りつける。イエスと言っても、ノーと言っても、楽しくない状況が待っている。とにかくここから逃げ出したい一心で、ハンドバッグを引き寄せた。

「あっ」

 そういえば、お金になりそうなものが一つある。


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