見知らぬ土地で・3
『柚子、世の中には不思議なことがたくさんあるんだよ』
その一つずつを発見するのはとても楽しく、面白いことだと教えてくれた。
小さなことほど見つけにくく、大きなことほど「不思議なこと」にされにくい。前者はひっそりと消えていってしまうし、後者は物知り顔の誰かによって適当な理由を付けられてしまうからだ。
(おじいちゃん、これは『不思議』通り越して『不可思議』だよ……)
亡き祖父の面影に、今は縋りたい気分だ。
目の前で嬉々として新たな注文を言いつけているのは、アレックスという男。見れば見るほどに祖父とは似ていない。深緑のコートを羽織っているだけで、どうして祖父と間違えたのか。できるなら、当時の自分に問い質してみたい。
「どうだ、ここの飯はどれも美味いだろう?」
「え。ええ、まあ」
「特に鳥は最高だな」
「そうですね。しっかり焼いてあるのに柔らかくて、良い薫りがします」
「そうか!」
大きな声に驚き、柚子は手を止めた。
満面の笑顔はまるで、母親に褒められた子供のようだ。いい年をした大人がと思わなくもないが、ちっとも変じゃなかった。どうしてか、つられて自分も笑顔になってしまう。
「ここで出しているハーブ鳥は、俺が考案したんだ。というのも、飼い主が処方された薬草を間違えて鳥に食べさせてしまってな。慌てて吐かせようとしたんだが、どうにも上手くいかなかったらしい。仕方なく首を絞めて殺し、もったいないからと肉を捌いて……ん、どうした?」
「い、いえ」
食事中にそんな話をしないでほしい。
(いくらするか分からないけど、高価なドレスを汚したら大変だし)
口元を抑え、なんとか飲み下す。
強張った愛想笑いを向ければ、予想通りの顔と目が合った。モゴモゴと頬を動かしながら、何かおかしなことを言っただろうかと書いてある。人が寝ている間に着替えさせ、ほぼ強引に飲食店へ連れていったのも悪いことだと思っていないに違いない。
文句は山盛りあったが、諦めて一つだけを舌に乗せる。
「食べるか、喋るかのどちらかにした方がいいと思います」
「ほうらは」
吐き気はどうにかやり過ごしたが、今度は頭が痛くなってきた。
そういえば、傍にいた人も眉間の皺がクセのようだ。今は姿が見えなくなっているが、どこかその辺にいるのだろう。
「レノが気になるのか」
そんなにキョロキョロしていたつもりはないのに。
アレックスの顔を窺えば、ご自慢のハーブ鳥に夢中のようだ。柚子へ切り分けた分の残りを全て一人で抱えている。その前には大皿のスープを平らげていたし、テーブルには色んな料理が所狭しと並んでいた。
食欲をなくしかけたのも最初だけで、柚子もそれなりの量を食べている。
「あいつは止めておけ」
「え?」
「悪い奴ではないんだが、古いものへの執着が強すぎる。だから、こうして連れ回しているんだが、あまり効果は出ていないな」
古いもの。
柚子はある日の、父の言葉を思い出していた。寡黙ではない分、理屈っぽくて幼い頃は理解するのが大変だった。それで会話も必然的に少なくなっていったが、あの徹底した現実主義は両親を反面教師として育てられたのだと思う。
父は、祖父のことを「レトロタイプ」と称していた。
日々の発見を愉しみとする祖父が、どうして「古い」のかがよく分からなかった。義務教育が始まると、レトロタイプの意味を少しだけ理解する。保守的で、昔気質の人間をそう呼ぶことがあるらしい。
柚子には、どうしても祖父がそうだと思えなかった。
「信念を持つのは大事だが、固定観念に縛られすぎるのもいかん。時には己が示す心のままに動くのも、必要なことなのだ」
「それで、こうやって食事をしているわけですか」
「服が気に入らなかったか? ふむ、確かに君のために作られたものではないからな。食べ終わったら、もう一件行ってみるか。良いものが見つかるかもしれない」
「これで十分ですっ」
「そうか、良かった。では、どうして君の機嫌は悪いのかな?」
「…………」
「俺としては、花の笑顔を愛でたいのだが」
「そういうところが、ですね!」
「うむ」
どうにも柚子は、アレックスが苦手らしい。