プロローグ・2
柚子が高校三年目の夏、祖父が死んだ。
米寿を目前にしての病死だった。数年の闘病生活は、高齢者として長かったのか短かったのか。危篤の報せがきて、柚子たちが慌てて病院へ向かっている最中に亡くなった。父は仕事をひと段落させてから帰宅したが、そこで待っていたのは祖母の死だった。
あんなに家族が大好きな二人なのに、誰にも見送られることなく。
しかし、彼らは同じ日に亡くなった。まるで全て悟っていたかのように、穏やかな死に顔だった。そう思うのは柚子だけだったかもしれない。
間もなくして遺書を持った弁護士がやってきて、事前に話をしてあったらしい葬儀屋が打ち合わせを始める。父が手配していたのかと思いきや、そうではない。
何もかも、祖母が済ませていたのだ。
それも、二人分。
「なんか……、あっという間だったな」
たくさんの参列客が来てくれたおかげで、目の回るような忙しさだった。何をどうやってきたのかも覚えていない。いつの間にか、週末が来ていた。
「あれ? また郵便物が入ってる」
朝見ていったはずなのに。
祖父が毎朝楽しみにしていた朝刊は、入院して以来ずっと柚子が取ってきている。祖母に渡して、一緒に熱いお茶を一杯。それが日課だった。
ついでに郵便受けも見るようにしているのだが、二度訪れたのかもしれない。
分厚くてやや重い封筒を引っ張り出し、宛名を確認した。
「わ、たし宛て?」
差出人は祖父。
この時にはもう、何か予感があったのかもしれない。急いで封を切り、中身を取り出す。入っていたのは古びたメダルと、几帳面な字で綴られた手紙だった。
「おばあちゃんの字だ」
カクカクとして、小さいボールペンの文字をなぞる。
どこかの映画みたいに「この手紙を読んでいるということは、もう私はこの世にいないのでしょう」という冒頭から始まっていた。祖父母に懐いていた柚子の未来を案ずる優しい声が、耳元で聞こえてきそうだ。
「っていうか、なんでメダル?」
金属製で、少々厚みのある円盤には真っ赤な珠が埋め込まれている。
金メダルは輝きを失い、相当な年代物に思えた。何やらびっしりと文字が刻まれているのだが、細かい上に掠れていて読みづらい。少なくとも日本語ではない。
メダルのことが書いてないかと、手紙に視線を戻した。
「あ、一番下に何か書いてある。ええと……我は、拓く者。契約に従い、ここに証を示さん?」
直後、メダルが眩いばかりの光を放った。
手のひらに乗るくらいのサイズから、世界を覆い尽くすほどの緋色が一気に溢れだしたのだ。余りの眩しさに目を開けていられない。
「な、なにこれ!?」
熱くはない。
じわりと感じるものはあっても、眩しい光以上のものは何もなかった。
そう、何もなかったのである。