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陰謀・1

「お初にお目にかかります。ミリィです」

 地下牢を出た後は寝たきり生活が続いていたため、柚子の体はすっかり弱っていた。傷はほとんど痕も残さずに完治したものの、今度は歩くためのリハビリが待っていた。どういうわけか、これもストラルドとクラインが交代で相手をしてくれる。

 おかげで今、こうして立っているわけだが。

(あ、頭がパンクしそう)

 かれこれ何人の人間に挨拶しただろうか。

 慣れない靴で足が痛い。裾の長い服は歩きにくい上に、袖がやや窮屈で動かしづらい。結果的に淑やかな振る舞いができるようになっていたが、そろそろ貼り付けた愛想笑いも限界だ。そもそも本当は、こんなことをする必要なんかない。

 クラインがちら、と視線だけをくれた。

「機嫌が悪そうだな」

「おかげさまで」

「大手を振って歩けるんだぜ。贅沢言うな」

 囚人扱いに比べれば、破格の待遇だ。それは理解している。

「でも、どうしてこんなことを」

「一人でも多くの人間に見てもらっといた方が、後々便利なんだよ」

「バレたら大騒ぎですよ?」

「もちろん、そっちも折り込み済みだ」

「うわあ」

 ものすごく感情のこもらない「うわあ」だったが、柚子はそれ以外に何も思いつかなかった。怪我の治療が終わっても自由にしてもらえないだろう、とは予想していたが。王女の替え玉作戦はまだまだ続くらしい。

 ミリエランダが本来の姿でいる時、侍女の「ミリィ」はユーコがやる。

 いっそ髪染めでもしてしまいたいが、当のミリエランダが拒んだことでカツラを使い回しすることになった。顔も含め、身体的特徴がほぼ同じだからできることだ。他人の空似とはいうが、これではまるで双子である。

「ミリィとあなたが兄妹だなんて、聞いてないです」

「実際、俺のが年上だからな」

「そういう意味じゃなくて、ですね」

 言い募ろうとして、止めた。

 クラインが神聖騎士なので、挨拶回りをしているのは主に騎士団関連だ。王女は元々、信を置いた人間しか傍に寄せないタイプだったらしい。

 それが、いわゆる「王女派」と呼ばれる人々だ。

 王女付き侍女である「ミリィ」は既に女官長とは顔見知りなので、わざわざ挨拶に行く必要はない。少し前まで世話になっていた医療室も同様だ。

 何気なく顔を上げた柚子は、ぎくりとする。

「お、やっと来たな」

「プライム」

「団長って呼べ、団長と」

「普段は気にしねえくせに」

 そういえば、神聖騎士団の団長とはまだ挨拶していなかった。

 詰所で聞いた所、別件で留守にしていると言われたからだ。そのまま会えなければいいと思っていた柚子は、アテが外れてしまった。

「似てない兄妹きょうだいだな」

「血は繋がってない。親父が勝手に引き取ったんだ」

「その割に懐いてるのな」

「あ?」

「裾をしっかり掴んで、お前の後ろから出てこない」

 プライムがそこまで言った直後、柚子は頭を掴まれた。握り潰されそうな勢いで、そのまま前へ引きずり出された。痛みで抗議することもできない。

「おい。乱暴するなよ、クライン」

「ミリィ、ちゃんと挨拶しろ」

「初めまして。あの、ミリィです。どうぞよろしくお願いします、プライム様」

 うっすらと覚えている。

 クラインに抱えられ、地下牢から出た時に彼がいた。シクリアには二つの騎士団があって、国内の警備や防衛も担当している。罪人を捕らえたり、脱走者を見張るのも騎士団の仕事だ。

 ミリエランダの意向とはいえ、柚子はどんなふうに映っていたのだろう。

 変装用に栗色のカツラを被っているが、鋭い視線に何もかも暴かれてしまいそうな気がする。だからクラインの後ろに隠れていたのに。

「あー、なるほど」

 何を言われるかと身構えていた柚子は、首を傾げた。

「それが全部芝居でやっているなら、あんたは相当の悪女だな」

「な……っ」

「安心しろ。当面の保証はしてやる。どんな者であろうと守るのが、俺たちの義務だ。神聖騎士団団長プライム・レイ。確か『ミリィ』だったな。何かあれば、頼ってこい」

「プライム」

「王女の気持ちを汲んでやっただけだ。俺にまで紹介するってのは、そういうことだろ?」

 二人で何を喋っているのだろう。

 頭を掴まれているのも忘れて呆然としていると、いきなり解放された。つんのめって倒れかけるのを、かろうじて踏みとどまる。振り返って、クラインを睨んだ。

「な、何するんですかっ」

「基本的に大人しい……が、応用的にこんな感じだ」

「なんだ、やっぱり猫被ってたのか」

「そりゃあ『団長様』だからだろ。お前に取り入ろうとか、目こぼしされたいとか考えてるわけじゃねえから、そっち方面は期待しなくていい」

「ちょっ、好き勝手に言わないでください!」

「へえ」

 ぐき、と首の骨が悲鳴を上げる。

 柚子の顎を掴んで、まじまじと観察していたプライムがにんまり笑う。まるで獰猛な獣に餌か、玩具としてターゲットロックされた気分だ。

 背中を冷や汗が滑り落ちる。

「面白いな、こいつ」

「プライム、お前もかよ」

 クラインがげんなりとして、嫌な予感が確信へと変わる。

「これから、どんな顔をするか楽しみだ」

 プライム本人は大した含みもなく告げた台詞だったが、柚子の中で「変態さん2号」の称号がつけられたのは言うまでもない。


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