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王都にて・1

 時は少し遡る。

 栗色の髪を靡かせた女剣士が、王都の大通りを歩いていた。ごく標準的な剣を提げ、動きやすい軽装に身を包み、ヒールがちょっと高めのブーツを履いている。化粧っ気がほとんどなく、唇は自然な紅色をまとう。それでも彼女はどことなく華があった。

 そして正体は王女ミリエランダ、その人だったりする。

(街の活気が足りない。そりゃそうか)

 現在のシクリア王国には国王が不在という異例の事態になっている。というのも、アレクセル王の国葬の後でお触れを出したのだ。

 曰く、偉大なる王の死を悼み、一年の喪に服す。

 国外的には一年の期間内に手を出すことは義に反する行いとなり、国内的には期間中の即位はありえないということになる。王子派の動きに先制する一手だが、効力はそれほど強くない。そもそもアレクセル王が存命の時から、マルセル王子こそ王位継承者であるとされてきたからだ。

 シクリア王国において、重要な案件は議会が取り決める。

 賛成が過半数を占めるのが条件で、国王は最終的な判断のみを下す。それゆえに議会の決定と異なる決断を下すことはほとんどない。しかしアレクセル王は、時に裏技を使ってきた。議会に通すことなく、いつの間にか国内へ浸透させる。

 国民が支持しているものを、議会で覆すのは難しい。

 何故ならシクリア国民の多くが商人であり、職人だからだ。彼らを敵に回すことは、国そのものの存続に関わる。職人が仕事をしなくなれば収入はなくなり、商人が商売をしなくなれば流通そのものが止まる。元々の商売相手は諸外国なので、そちらに移住していけば国民は激減する。当然、貴族たちは生きていけなくなる。

 アレクセル王はそういった仕組みを、よくよく理解していた。

(特に王都は、父様にとって庭みたいなものだったし。これだけたくさんの人に悲しんでもらえるなんて、幸せね)

 ミリエランダは、母の顔を知らない。

 貴族ですらない身分の低い娘だったという。当時のアレクセル王には、既にイザベラ王妃がいた。信のおける大臣の養女にしてから、側妃として国王に嫁がせる計画もあった。生まれたばかりの娘だけが残されたのは、何者かに殺されてしまったからだ。

 彼女は己の死を、事前に察していたらしい。

 赤ん坊を預けたその日に、死体として発見された。

 ミリエランダが事実を知らされたのは、16才の誕生日を迎えた翌日だ。父であるアレクセルが守れなかった詫びと、娘が生まれながらにして背負う宿命を語ってくれた。不思議と、母の仇を討ちたいと思わなかった。

 涙も、流れなかった。

「あーもー、ダメダメ!」

 ぷるぷるっと首を振る。

 昏い気持ちに心を引きずられては、何も見出せない。行動すると決めた以上、立ち止まってはいられないのだ。この命は自分だけのものではなく、肩にかかる重みは多くの命や願いそのもの。全て捨てるのは簡単だが、同時にミリエランダがミリエランダではなくなる。

 王城に繋がる大通りは、そのまま進んでいくと街の外門へ辿り着く。

 広く整備されているので、馬車や運搬する人馬が行き交う。旅人が必ず通る道なので、日用品の店や宿屋が多く立ち並んでいた。月に一度は露天商が競い合う、派手なバザーも開催する。

 ミリエランダが足を向けたのは、その大通りから逸れた横道だ。

「ここ、か」

 高い建物が並ぶ隙間をぬって、その道は細々と続く。

 シクリアの王都は円形だ。中心の城は小高い丘陵に立てられ、その周囲をぐるりと貴族たちの屋敷が占め、更に外周を職人たちの工房が、最も外門に近い側に各種店舗やギルドが並ぶといった感じだ。真上から見ると、王城を中心に東西南北へ大きな道が走っている。王都は城から外へ、四つの区画に分けられているのだ。

 店舗はどの区画にも存在するが、庶民が住む居住地は北側に集中している。

 というのも、西は大河が隣接し、南はどこまでも広がる海があるからだ。港に近い領域は業者や、漁師たちが多い。西は水源が豊富なため、職人たちが外壁近くまで作業場を広げる。元々、北側は外国に対する防衛線の役割もあった。流浪の民が、そちら側に留まるようになったのも自然な流れかもしれない。

「さあ、現れなさい」

 四区画にはそれぞれ路地が網の目のように行き渡り、交差しては別れていく。

 全ての区画に共通しているのは、中心である城へ近づくに従って上り坂になっていることだ。開発、整備されていったのが同時期ではないために斜面は一定とは限らない。ミリエランダの立っている路地は、それ自体が間隔の広い階段になっていた。

 両脇にそびえる建物の壁に、血痕がかろうじて残っている。

 道幅を考えれば、当時の惨状が目に浮かぶようだ。

「父様……っ」

 その腕前ゆえに、剣聖王と呼ばれた。

 たとえ足手まといの少女がいたとしても、刺客相手に後れを取ったりはしない。騎士として剣技を磨いてきたにも関わらず、集団戦を得意としていた。それも整然と並んで突撃するのではなく、敵味方入り乱れる混戦状態の方である。

 母に続き、父までもが何者かに殺された。

 ユーコは巻き込まれただけだ。あの色と外見でなければ、無害を装った暗殺者かもしれないと疑ったかもしれない。明らかに疑わしい相手よりも、意外な人物が真犯人である。そう教えてくれたのは、やはり父だった。

 国王という職業は、寂しいものだ。

 華やかで、自由に満ちているように思われているが、実際はそうではない。色々なものに縛られ、多くのものに耐え、痛みを受け続ける。どんなに辛くとも、自ら逃げることはできない。

 それが『国王』だ。

「あたしは、許さない」

 甲高い金属音と、散り咲く火花を睨む。

 一人佇んで、動かなかったミリエランダにいきなり斬りかかった者がいた。砂色のまだら模様をまとった細身の男だ。手足は針金のように長く、得物は妙な形にねじくれている。

「ヒョー、強いねェ」

「ありがと。お世辞でも嬉しいわ」

 路地の薄暗さに慣れたつもりだったが、相手の顔ははっきりとしない。

 飄々とした素振りに、ゆらゆら揺れて一定しない体勢。まるで風に揺れる細枝のようだ。動きを見極めようと注視しかけ、ハッとした。

「くっ」

「おッとー、惜しいオシイ」

「ば、馬鹿にしてっ」

「イヤイヤ?」

 暗殺者に、おちょくられている。

 かっとなったミリエランダが激しい攻勢に出た。女剣士を装っていたのも、こうして襲われることを想定した上でだ。ドレスと違って、裾をさばく必要がない。速さを増していく多段攻撃を、暗殺者はのらりくらりと避けていく。

 たまに命中したかと思いきや、それは残像だったりもする。

「こ、のぉ!」

「マダマダだねェ、王女サマ」

「うるさいっ」

 煽られている自覚はあった。

 文字通りに掴みどころのない暗殺者を追いかけ回しながら、頭の片隅で冷静に思考する。これと同じレベルの技術持ちであれば、国王も苦戦したに違いない。だが貫通した傷以外は、ほぼ正面に集中していた。手足への傷もほとんどない。

(コイツじゃ、ないわね)

 毒矢で弱らせた上で、一挙に止めを刺す。

 ただし、やられる側が棒立ちでなければならない。無抵抗で狙いやすい状態になっているから、急所を確実に貫けるのだ。目の前にいる男くらいの実力があれば、そんな小細工をする必要はない。

 ミリエランダが知りたいのは、間接的な要因となった『何か』だ。

「つまらないナ」

 急に冷めた声がして、ミリエランダの剣が空を切った。

 さっきから掠りもしなかったのだが、今度は完全に目標を見失ったのだ。いつ、どこへ消えたのかも分からない。

 ぬるい風が吹く裏路地を、息を切らしたミリエランダ一人が佇んでいた。


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