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書記官と騎士・2

「とりあえず、自己紹介ですか」

「今更かよ?」

「あ、わたしは有原柚子です」 

 なんとなく機会を逃しそうだったので、先に名乗っておく。

 この世界に来てから、そこそこの人間と知り合いになったにもかかわらず、一度も名乗り合っていないのだ。王女のふりをさせるつもりなら、尚更こちらの名を聞く必要もない。

 そういうのはもう、嫌だった。

「ユーコ、ですか。変わった響きですね」

「そう?」

「私のことはストラルド、とお呼びください。王城にて、書記官の筆頭を務めさせていただいています。お見知りおきを」

「コラ、無視すんな!」

「そちらの粗野な男はクライン。これでも神聖騎士の一人です」

「これでも、は余計だ」

「君は頭が悪いわけでもなさそうですが、念のため。我々に対する言葉遣いに丁寧な表現は必要ありません。努めてぞんざいに、かつ横暴にお願いします」

「どっちが不敬なんだよ……」

「できるだけ違和感を減らした方がいいですからね」

「わたしに『ミリエランダ王女』の真似は無理です」

「です、は必要ありませんよ。殿下」

 完璧な微笑みで、優雅な一礼すらしてみせる。

 嫌味な男だ。騎士だというクラインも黙っていれば、それなりに見えるのに。あるいは、最初から柚子に対して良い感情を持っていないのかもしれない。彼らがミリエランダ王女に近しい存在だとしたら、アレックスとも面識はある。

 牢獄からは出してもらえたものの、柚子は国王暗殺に関わっているかもしれない人間だ。仲良くなりたくない、と思っていても不思議ではない。

「……調子、狂う」

「え」

「気持ちは分からなくもありませんが、クライン。何か妙案はありませんか? ユーコが協力してもいいと思うような『何か』がいいですね」

「いいですね、じゃねえよ。俺様が、そんなもん考え付くか」

「ええ、分かっています。ちょっと聞いてみただけです」

「てめっ」

 前言撤回。ストラルドは単なる毒舌家のようだ。

 単細胞なクラインをからかって遊ぶのが日課、といわれても信じる。その証拠に彼はとても楽しそうだ。そして是非とも巻き込まないでいただきたい、と思う。

「ユーコ」

「うわ、きた」

「何が来たのかは知りませんが、君は王女にとても似ているのですよ。髪と目の色を除けば、瓜二つです。他人の空似とはいえ、ここまで似た風貌というのも何やら作為じみたものを感じてしまうくらいには」

「まあ、な。あのマルセル王子がころっと騙されたくらいだ」

 髪と目の色と言われ、柚子は己の髪を触ってみた。目が届く範囲まで引っ張ってみると、見事な金髪になっている。

(染めるにしても、こんな綺麗に……)

 ずるり、と髪が抜けた。

「ぎゃあ!! って、カツラじゃないですか」

「ご明察。どうでもいいが、もっと女らしい悲鳴を上げろ。色気ねえな」

「余計なお世話です」

「それから、目には色つきガラスを入れてある。今の今まで気付かなかったんだから、付け心地は悪くなさそうだな」

「コンタクトレンズ!?」

 思わず瞬きをしたら、確かに違和感がある。

 視力の良さが密かな自慢だったというのに、カラコンを入れることになろうとは。思ったよりも高度な技術が存在しているのを喜べばいいのか何なのか。ちょっとリアクションに困る。

 もう少し真面目に歴史を勉強しておけばよかった。

「ストラルド、何か気になることでもあるのか?」

「いいえ。彼女の出身について、少し考えていただけです」

「わたしの?」

「我が国の文明、技術的水準は大陸でも指折りだと自負しています。そして一般的認識として、大陸周辺の島々での文化はそれほど高くない。ゆえに対等な立場でなく、奴隷としての搾取や資源の徴収に繋がっていくわけですが」

「授業をやりたいんなら、後にしろ。こんな所じゃ『王女』のご機嫌伺いと称して、いつ誰がやってくるか分からねえ」

「その辺りは問題ありません。事前に、根回しをしてあります」

 ストラルドがさらりと答え、クラインが忌々しそうに舌打ちをする。

 どうやら『仲が良い』というわけでもなさそうだ。かといって義務や事務的な関係にも思えない。とにかく王女に会って、色々聞いてみたい。そうしなければ、このモヤモヤはちっとも解消されない。

 それだけは確かだ。

「ユーコでしたか」

「え? あ、はい」

 細い目を更に細めて、ストラルドは言った。

「君と、君を形成した環境に興味が出てきました」

「………………」

「おい、固まってんぞ」

「困りましたね。そういう意味で言ったつもりはなかったのですが」

「へ」

「へ?」

「へんたいさんだ」

 一瞬の間をおいて、クラインが「ぐふっ」と妙な音を立てた。

 その後、医療室全体に大爆笑が響き、勘違いしたスタッフが大騒ぎになったのはまた別の話である。


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