プロローグ・1
祖父は魔法使いだった。
そう言っていたのは、祖母だけだった。
「おじいちゃんはね、魔法使いなのよ」
何度も、何度も数えられないくらい聞いた台詞が不思議と嫌いにならないのはきっと、祖母の表情が夢見る乙女のように可愛らしかったからだろう。ほんのりと頬を染め、きらきらと目を輝かせて、どこか自慢げに語る。
有原柚子は、そんな祖父母が大好きだった。
二人は柚子にとって、一つの理想形だ。
素敵な男性と運命的な出会いから、ドラマチックな恋をして、情熱的なプロポーズを受ける。もちろん断ったりはしない。幸せな結婚生活は既に約束されたようなもの。いつかは可愛い子供に恵まれ、賑やかしくも楽しい毎日を過ごす。
「本当の、本当なのよ」
「うん。知ってるよ、おばあちゃん」
祖母の手を握って、柚子は微笑む。
実際に祖父が魔法を使うところを見たことはない。だが、贈り物を外したことは一度もなかった。誰に対しても、その人が最も必要としているものをくれる。形の有無は関係なく、さも当たり前のようにプレゼントしてくれる。
そんな夫婦の間に生まれた息子は、リアリストだった。
この世の中に魔法なんて、存在しない。頼れるのは己だけで、積み重ねた努力すらも時には報われないこともある。そんな男が結婚をしたのは、必要に駆られてのことだった。
披露宴も、祖母が泣いて頼んだからだという。
第一子誕生まで計画的にこなした若夫婦は、子供にも同じ論理を要求した。
『夢で腹はふくれない』
父の持論だ。
何事にもしかるべき目標を立て、そこに向かって努力をする。たとえ目標に足りなかったとしても、頑張った経験と時間は無駄にならない。常に目標を持ち続けろ、甘い幻想を抱くよりは将来を見据えた着実な進路を選べ。
ある意味、柚子の「幸せな家族計画」はそんな父の教えに沿っていたかもしれない。