託されたもの・4
当然といえば当然ながら、王女はこう言った。
「あたしに会いたいですって? 望むところよ」
ちょうど書記官としての仕事で部屋にいたストラルドは、長すぎる溜息を吐いてから首を振った。こうなった王女は、誰にも止められない。
「クライン、君はもう少し頭の良い人間だと思っていました。……残念です」
「惨めになるから、そんな目で見んな。な?」
「残念です」
「二度言うな!!」
そこへ王女が割って入り、パンパンと手を鳴らす。
「じゃれ合いはそこまで。さ、行きましょ」
「仕方ありませんね」
「って、俺もかよ! 今からかよ!!」
ツッコミが追い付かない。
侍女や護衛兵士たちが驚いて目を丸くする真前を、颯爽と進軍する王女とそのお付きの者たち二名。王城ではとうに見慣れた光景であり、わざわざ行く先を聞き咎める者はいない。
何故なら、彼女は『暴走王女』だから。
「おっ、久々のお出ましか」
階下に降りてきてすぐの回廊は、中庭を眺めるのに最適な場所だ。
すると反対側の曲がり角の向こうから、背の高い男が現れた。栗色の髪を短く刈り込んで、彫刻のような造形の中で愛嬌を放つ垂れ目。惜しげもなく開かれた襟からは見事な胸襟が見え、肩幅も広いためにずいぶん体格が良く見える。
神聖騎士団の団長プライム・レイだ。
実際の名前はもっと長いらしいが、彼も古い血筋の生まれだから仕方ない。クラインとは入団以来の付き合いがあり、気さくな人柄もあって仲が良い。
「他人事のように言ってんな。王女殿下を止めてくれ」
「はい、残念賞」
「意味が分からんわ!!」
先を歩いていたミリエランダが振り返り、笑顔になる。
「あら、レイちゃん」
「……殿下。その呼び方だけはお止めくださいと、いつも」
「レイちゃん、次にまた行くから。よろしくね?」
「またですか! いや、もう程々にしていただかないと怒られますよ。俺が」
「大丈夫、大丈夫」
「そういえば、父が近々ご機嫌伺いに参りたいとのことですよ」
「ありがた迷惑、って言っといてー」
ひらひらと手を振りつつ、王女は歩き去っていく。その背をつかず離れず、ストラルドがついていった。影のように付き従う姿が自然すぎて、まるで護衛か従者のようである。
クラインとプライムは並んで、しばし見送る。
「な?」
「嬉しそうに言うんじゃねえよ、妻帯者が」
「いいんだよ、俺はあの方をそういう目で見ていないから。お前と違って」
「一言余計だ」
「ほいほい。ああ、追いかけなくていいのか」
進軍中の王女は歩くのが早い。
中庭をぐるりと巡る回廊をどんどん進んで、ほとんど見えなくなりそうだ。プライムに言われて気付いたクラインは、急いで後を追いかけた。
「相変わらず仲が良いのね」
背中にも目があるのかと思うような間合いで、王女がそんなことを言った。
「それは俺の台詞だろ」
「レイちゃんとあたしが? ないない」
「ですが、王女。火のない所に煙は立たないと言います」
「本人たちの意志に関係なく、な」
「そうねえ。あるとしたら、その上。だから大丈夫よ」
クラインとストラルドは思わず顔を見合わせた。
王城は、回廊が特に危険だ。どこに目があり、耳があるか分からない。見晴らしの良い場所なら安全かといえば、そうでもなかったりするのだ。何食わぬ顔で通り過ぎる侍女や貴族、あるいは侍従や小間使いに至るまでが誰かの手足かもしれない。
ミリエランダとプライムは酒呑み友達で、街へ抜け出しては酒場で落ち合っている。それが密会だと噂されれば、プライムの妻と実家に迷惑がかかる。
その「上」ということは、親の方だ。
さっきの会話はそういうことを含んでいたのかと気付いて、クラインは血の気の引く思いがした。ストラルドも表情が厳しい。
「王女派も動き出したようですね。厄介な……」
「あの爺、何歳差だと思ってんだ」
「そういう問題ではありません。クライン、本当に理解していますか?」
「お前は一々俺を馬鹿にしないと気が済まねえのか」
「心外ですね。一日一回と決めていますよ」
「十分だろうが!」
「あー、分かった分かった。仲が良いのはあんたたち二人ね。よっく理解した」
「笑えない冗談です、王女」
何か言う前にストラルドに言われてしまい、クラインは渋面で黙り込んだ。
視線の先には、そろそろ牢屋の入り口が見えてくる。
「あ、思い出した」
「忘れ物ですか?」
「そうじゃないわ。……後でね」
ミリエランダの意味深な切り方に、心がざわつく。
それはもしかしたら物陰で聞き耳を立てていた者も、同じだったかもしれない。